第98話 嵐の中の灯
嵐から出た瞬間、全身に広がってた息苦しさが一瞬で立ち消えた。
荒れ狂う風の音が、背後で遠ざかっていく。
金属を削るあの嫌な響きも、もう追ってこない。
『……逃げ切れたか?』
俺は周囲を見回し、安全であることを確認する。
視認できるサソリは、俺たちをここまで乗せてくれたこいつくらいだ。
当然、ビャッコも追いかけてきてない。
さすがにサソリを捕まえたままにしておくのは危険なので、拘束を解いておこう。
幸いなことに、サソリも俺たちに追撃するつもりはないみたいで、嵐の中へと逃げ帰って行ったぜ。
「みんな無事だよね?」
ダグの問いかけがきっかけになったのか、誰かが深く息を吐く音がした。
気づけば、空はすっかり暗くなっている。
星は見えない。嵐が吐き出した雲が、空を覆っていた。
「今から合流は無理ね」
イザベラが短く言う。
「選別衆のところまで戻るのは危険すぎるわ。ここで休みましょう」
反対する理由はなかった。
俺たちはその場に野営地を作り、焚火を起こす。
炎が揺れる。
久しぶりに、穏やかな音だ。
もっとも、和やかな雰囲気ってわけにはいかないけどな。
「……情報を整理しましょう」
焚火を挟んで、イザベラが切り出す。
「さっきのは間違いなくビャッコよね? それとも、この大陸に生息してる別の魔獣だったりする?」
「いいや、あれがビャッコで間違いないと思うぜ」
「なにか根拠があるの?」
イザベラの問いに、フンッと鼻を鳴らしたエオウィンが答える。
「アイツは、強者の目をしてやがった。少なくとも、そこらの獣と同じとは思えねぇ」
根拠としては薄い気もするが、妙に説得力があるぜ。
エオウィンは確信を持ってるらしい。
「あれが、ビャッコ。オイラ、もっと大きいのかと思ってたよ」
「そうね。今までの3体に比べたら小さいわ」
確かに。
あれは巨大な神獣ってほどじゃない。
大きめのトラ、という表現が一番近い。
「瞳も、赤く光ってなかったぞ」
アレックスの言うとおりだ。
伝承では、嵐の中から見下ろしてくる巨大な“瞳”として語られてたはずだけど。
俺たちが見たビャッコは、違った。
嵐の中って言えば、1つ、皆に共有しておくべきことがあったっけ。
「みんな、聞いてくれ」
焚火越しに、皆の注意が注がれたのを確認して、俺は続ける。
「嵐の中で周囲を探ってみたけど……残念ながら魔導遺跡らしいものは見当たらなかった」
空気が、少し重くなる。
遺跡がない。
つまり、魔導書もない。
そんな可能性が、じわじわと現実味を帯びてきた。
「……やっぱり、簡単じゃないわね」
イザベラが、唇を噛む。
静寂の中、まるで時間が止まったように感じてきたぜ。
パチパチと弾ける焚火の音だけが、時間の流れを教えてくれる。
そのときだった。
「……ねぇ」
彼女の声が、ふっと変わった。
「あれ見て」
そういったイザベラが、嵐の方を指さして立ち上がった。
即座に、全員の視線が嵐に向く。
「あれはっ!?」
「嵐の中から見下ろしてくる瞳だぞ!」
「ビャッコか!?」
慌てるアレックスと、警戒態勢に入るシグ。
当然の反応なんだが、見通す瞳を持ってる俺にとってはただの杞憂だぜ。
じっと、こちらを見下ろしているような、淡い光。
あれは、ビャッコの瞳なんかじゃねぇ。
と、イザベラがこちらの様子を見てきていることに気づいた。
どうやら、落ち着いてる俺の様子から、危険はないと察してくれたみたいだぜ。
「何かの手がかりになるかもしれないわね」
イザベラは、もう決心したらしい。
相変わらず、胆が据わっていらっしゃる。
「ルース、ライラ、クゥ。ちょっと付き合ってくれる?」
「アタシはいいけど、ライラは」
「大丈夫ですよクゥ。イザベラさん。私も連れて行ってください」
「うん。それじゃあルース、案内は任せるわよ」
「当たり前だ、任せとけ!」
止める暇もなく、俺たちは夜空へと飛び立った。
風の魔道具で風を遮ってはいる。
だが、それでも嵐は容赦がない。
クゥが少しでも気を抜けば、あっという間に体勢を崩して地面に真っ逆さまだ。
ライラのツタが、クゥの翼を補助していなければ、簡単に吹き飛ばされていただろう。
俺も、クゥの目になってしっかりと案内の役を果たしたぜ!
『……もう少しだ!』
光は、逃げない。
宙を漂うように、静かに揺れている。
やがて、俺たちは目にしたんだ。
それは――生き物じゃない。
宙に浮かぶ、二つの“欠片”。
『……温かいわね』
ほんのりとした熱と灯りを放っている欠片に、イザベラが手を伸ばした。
その瞬間。
「――っ!」
彼女の身体から、力が抜けた。
『イザベラ!?』
意識を失った彼女を、ライラが慌てて抱きとめる。
風に飛ばされないように、あらかじめツタを巻き付けておいて正解だったぜ!
ついでとばかりに、もう1つの欠片もライラが回収したのを確認しつつ、俺はクゥに指令を出した。
『戻るぞ! 今すぐだ!』
考える余裕はなかった。
俺たちは全力で嵐を抜け、野営地へと引き返した。
焚火の前に寝かせても、イザベラは目を覚まさない。
呼吸はある。
脈も、乱れてはいない。
だが――意識が戻らない。
そしてもう一つの異変がある。
イザベラに対して、欠乏と結合が使えない。
「……どうなってんだ?」
ライラが切り離されちまった時は、上手くいったのに。
まるで、拒絶されてるみたいだぜ。
焚火の火が、静かに揺れていた。
残酷にも、時間は少しずつ進んでる。
救いがあるとすれば、イザベラが欠片を握りしめていること。
彼女はまだ、死んじゃいない。
ソヴリンを討伐したあと、俺はいつもこんな風になってるんだよな。
そう考えると、申し訳ない気持ちになって来たぜ。
案外、イザベラも真っ白な霧の中で誰かと話でもしてるかもしれないよな。
なんて。
―――そんなワケ、ないよな?
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