表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

第1話 Dreamer

人間には満たされる時がふたつはある。

それはこうして、学校の屋上の木の下でのんびりしていることと。

もうひとつは────



近付く足音に気付き、木の緑から憩い集っていた鳥たちが青の景色へと飛び去った。



(こうしてずけずけやってくるメガネ先生と話す、──なわけない)



「先客がいるとは、キミも好きだね、ここが」


「……先客もなにも来るなって言ったろ」


「私は先生だ。サボりの生徒がいたら見つけてあげるべきだ。2年1組、ミツル・ヤナギ」


眼鏡をかけたスーツの男が立ち止まり、おもむろに起き上がった生徒の背中に語りかけた。


「はいはい、先生はえらい。じゃーな」


背中でアクビをしながら振り返り、ミツルはぎらり光るメガネを一瞥し、ドア方の出口へと歩き出した。


「待ちたまえ。あんぱんだ」


すると後ろ手に隠していたものを見せつける。

何故それを見せつけて微笑むのか……メガネの先生はどこにでもある〝あんぱん〟ひとつでサボる生徒の足を止めた。


「あんぱんで待てるかよ! 小学生でも待たねえ!」


「私は負けず嫌いでね、キミは待つべきだ」


「あんぱんと関係ねぇじゃねぇか。おいまさか──」


「今年で30周年【電王(でんおう)】、こうみえて私はキミよりベテランプレイヤーでね。地元じゃ」


「はいはい前にきいたぜ? わりぃけど俺無駄な遺恨つくりたくねーの」


「あんぱんではファイトマネーは足りなかったか?」


「金より時間、時は金。まさかこの前軽くあしらわれたからってムキになってるのか? あとあんぱんはもういいっての」


「そうだな多少は。キミになんとしてでも勝ちたいと思ってねアレからアップデートを重ねられたゲームの情報収集に励んだものだ」


「あんたが俺に? はは? さっそく情報収集は感心だがゲームだからって舐めてんだろ? 俺に勝ちたきゃそうだな情報収集なんかより……ムーンサーバーのウサギ使いでも呼びなっ。まったくゲームってのはなまじ敷居が低いから誰でもぐちぐちオンライン喧嘩売ってくるってのがなー、あげくにこういうのがリアルでも湧いて最悪リアルファイトに」


ベテランプレイヤーに配慮したごたくを並べているところに、今年で30周年、電王の有名プレイヤーに対して失礼な祝いのあんぱんは投げつけられた。


「のやろうっ! あんぱんを弾にしやがった!! 俺はリアルに投げ技も得意だぞ!!! やるってのか!」


顔に張り付いたビニールの音が彼の怒りを掻き立てた。もはや生徒と教師であれど、投げつけられた方はリアルファイト寸前の雰囲気であった。


「それで足りるはずだ。電王ルナカップ。今のキミにたぶん必要だろう? 亀王子くん? フフフ」


おでこを指し、あなたを指さす。

メガネ教師は怒りの形相のキョンシーに対してにやりと微笑んだ。


「…………先に言えよ、やさメガネ。────粒あんじゃねぇか、これハハハ」


視界に垂れ下がったその未知の紙ぺらを手にする。

そこにかかれた【第15回電王ルナカップ】、思い返すのは遠い遠い記憶に今ものこる雪辱の電脳ヒストリー。

地上でへばりつき停滞していた彼のセカイが動きだしたように──ニヤリ、

守り続けていた偽りの玉座を立ち、その悪くない味のビニールの封はやぶかれた。







ときは放課後。バスで連れられ午後から別地にて特別授業────灰色の大マットの上で、相対する巨大な人影がまだ明るく照らす西日にカタチづくられている。


視界はやけに高く、人が豆粒ほどに見える。

レバーを握れば百戦錬磨のミツル・ヤナギにとってリアルにそれを経験したのは初めてのことである。


「月にかわってどうしてこれかよ……こんのクソッ! なんでこんなにやりにきぃぃ!!!」


『地球代表には、訓練機では足りなかったかな?』


動作を色々試す駆動音が騒がしい。

そんな愉快なさまを見上げるメガネの先生は生徒へと皮肉を言う。


月行きのチケットと交換条件で、フルVRゲーム電王の地球代表は現在見知らぬ機体に見事餌につられ乗せられていた。


「足りるもクソも、スケールが部屋でやるゲームじゃねぇ! おい、お前! そこの突っ立ってるお見合いのデカいの!」


『な、なにかな……』


黄色いカラーの訓練機は目の前に立つ黄色の同型機に内臓スピーカーから若い男の声で喋りかけた。



【訓練機エッグゼロ(地上戦用)】

黄色いカラーリングは訓練機。

訓練学校でパイロットを目指す訓練生、彼らの機体だ。

武装は模擬戦用のチューインインクガンと小盾のみである。

ウロボロス社のクイックバッテリーを採用しており、飛行機能はない。


ガンエッグ

エッグファイター

ガンエッグSP

などの正規採用されているガイア連合軍機に配属され乗り換えるまで、ひよっこたちはこのエッグゼロで慣れ、より良い機体の担当になるためより良いスコアをおさめる必要がある。



「これの操作を詳しく説明しろ! 誰だこれを俺の前に乗って設定したやつ!」


『あのぉー、これからボクとたたかうんですよね??』


「これで戦えるとお思いかー!!」


内股でぷるぷると震えるロボットなど……ロボットと言えるのだろうか。

ミツルのお相手の訓練生はモニターごしに世にもひどいモノを見てしまった。


『まるで生まれたての仔鹿だ……なんでそんなにひどいの!? 小学生!? きみ何年生!? そこを動かないであぶないよぉー!!』


「あの俺をハメたやさメガネにきけぇー! そんでこれのマニュアルとまともに配置したVRコントローラーぐらいよこせっ! って小学生じゃねぇー!」


『ごめんっ! 口が悪いからついっ! って今から教えるの!?』


「さっきからお前もちょっと失礼だーー! 教えろ! いや教えてくれ! コイツは教えないと勝負にならねぇ! お前も質の良い練習ができなくて困るだろぉーー!! 俺はあと30分ここでこれしててもいいんだからな!」


『……そりゃそうだ? 過去一ひどいもん。んーー…ボクも訓練はしたいし……(30分仔鹿は恥ずかしいだろうし…)オッケー、わかったよ! ところで中学何年生?』




30分後──────




「オッケー、なんとなくわかった。(操作系統は電王とすこし共通点がある感じか…)じゃ、やろうぜ」


「え、やるの? 飲み込みは大したもんだけど今日はもう」


「実戦でやらなきゃ殻をやぶって上達しねぇだろ、それにここまで教えてもらった恩をさっそく返さないとな。師匠、名前は?」


「師匠!? え、えええっとリカルド・ハーブ、君は?」


「ふっ、もちろん──勝ったら教えてやる!」


「あははは、──おもしろいねぇ!」


歩く走る跳ぶ、エッグゼロの一通りの操作感覚を覚えたミツルは構えマニピュレーターをくいと動かし挑発する。

師匠であり訓練生リカルド・ハーブとの模擬戦へと移った。







灰色のマットに大きなヒヨコが尻餅をつくたびに、訓練場にギャラリーは増えた。

規律の中に紛れ込んだ謎の異物に対して、若き訓練兵たちの挑戦は黄色い山を重ね、続いていた。


「ちょこまかとイラつかせやがってェ!! 捻り潰してやる盆踊り野郎!!」


「いいぞアグレッシブくん! その調子だ! その殺気だ! 待ってたんだよそういう単純なヤツ!」


訓練で見たことのない動き、揺さぶり方に、当たらないチューインインクガンを銃口から連射しながら攻める訓練生は眉間に皺をよせによせて、果敢に接近した。


「俺の名前はグレーシー!! ・ザがはぁっ!??」


撃ち抜いた拳は黄色い半ドームの顔面の横をそれ────バックドロップ。


勢いを利用し抱えあげられたエッグゼロは、痛々しい地鳴りと共にそのまま逆さに地に伏した。


見守っていたもう一体のエッグゼロから勝負ありの赤い旗がミツル機へと上がった。


「おいリカルドお前何教えたんだ。さっきまでの笑いもののビギナーがいつの間に凄腕の道化に?」


「はは、えええっと……ヒミツ…!」



ギャラリーがざわめく中、仰向けになった機体の胸部コックピットが開く。

へなへなと重力にさからい這いあがってきた執念の漢グレーシーがいる。


拡声器を手にした水色髪がそんな現場へと駆け寄り駆け上った。


「その技、やりすぎよ新人」


「そうだった……か? ごめんごめん!! 動くようになると試したくってさ! アグレッシブくん大丈夫かー! いい具合の気迫だったぜナイスファイトー!」


なんとか胸部コックピットから抜け出したグレーシーは腹の底から叫んだ。


「このカクカク盆踊り野郎ううう見てろっ次はもう一本!! んんn!?おえええええ!??」


負け顔を見るためにカメラを拡大して損と後悔をしたとミツル・ヤナギはまさに思った。



「こっ…氷姫様」


そんな彼の背カラダをさする、細い手指がある。

その淡い青い髪色、白い瞳とまつ毛は敬意を込めて〝氷姫〟と皆に呼ばれている。


「うん、見てた。仇は討つわ。手の空いてるひと彼を運んであげて」


「なんたる至福、怪我の功名…ぐふっ……」


全てを出し切って力尽きたのか、氷姫様のご尊顔を拝みながら安らかな寝顔のグレーシー訓練生はその場から他の者たちに担がれ撤去された。


内輪で盛り上がる訓練生たちを見下げ見つめていると。

ミツルは見上げる涼し気な白瞳と目が合ってしまった。



「ヤルってのか? つぎ?」


「うん、さっきのは危険。ルールを守らない子はかるくお仕置き」


「自信ありげだなっ。いいぜ、最後にぽっと出のお前を倒して俺は堂々月に行ってやる!」



「ぽっと出はオマエだぁーー!! せいぜい氷姫様に半殺しのかき氷にされろーー!!」

「沼でも行ってろあんぽんたん!」

「カクカク盆踊りぃー!」

「その口悪いガキしばいてください氷姫様ぁー!」

「あははは……ファイトー!」



「よしっ、雑音はプレイで黙らせてやる! 待ってろぉールナカップ! 月ウサギ!」


「あまり喋れないと思うけどよろしく」


仰向けに眠っていたエッグゼロは立ち上がる。



アウェイには慣れているその男、歓声にも澄まし顔のその女。


同機を操るミツル・ヤナギと氷姫の戦いは、また一層異様な盛り上がりと熱気のなか始まった。





どの世界にも残酷な壁があることを知っている。

ゲームとてリアルとてこの世界にも────


たどり着いた先は、同じ────必死に己のプライドを守り、装甲の限り耐えること。



「攻めるのが得意と思って見ていたけど? 守ってばかり、そんなに怖いの?」


チューインインクガンの威力は左の小盾、色づくダメージ痕は胸部コックピットと頭以外のいたるところに。


そんなみすぼらしく彩られた彼のエッグゼロへと、一回対峙しただけで全てを見透かしたような彼女の冷たい挑発の言葉が突き刺さる。


冷静さを失っていたのかもしれないと、後になって思えど今の彼は振り返らない。


盾を投げ捨て、巨大な二脚で前へと駆ける。



「こ、このやっ──ヲっっ!???」



奇しくも同じようなカタチ。


ミツル・ヤナギの天地は逆転し、彼の拳を冷静に見極めバックドロップの大技が大地を揺るがした。


地にはねたギャラリーがさらに自ら飛び跳ねる、圧巻の戦いぶりを魅せた彼女を称える歓声が聞こえる。



ミツル・ヤナギは、ひどい気分で仰向けのオレンジ空を……必死に守っていた黄色い箱の中から見上げる。


氷姫との戦いに負けたのであった。


打った頭をかかえているところに、独りのコックピットの扉は開かれた。



「ミツル・ヤナギ、大丈夫??」



聞いたことのある声と伸ばす手に導かれて、這い上がっていく。


「あぁ……だいじょっ──うおっ!?」


「ほぇ!?」


差し伸ばされた手を取るも、足元おぼつかず……共に転げ落ちていく。

コックピット内はてんやわんや、シートにまた逆戻りした。


「あたたた……大丈夫ミツルヤナギ!?」


「あぁだいじょぶ……すまねぇもう一戦、んんん!??」


「ほぇ!? まさか……」


転げ落ちた際の、腹部パーツへの圧迫。

リカルドが見上げる青ざめていくミツルの顔に、青ざめていく。


「おえええええ────」


「ぬへえええええん!!?」



燦々なオレンジ光と、散々なコックピット内。

彼らの長い一日が、終わりを告げた。





▼▼▼

▽▽▽





『もちろんなしだろ、いるかよっ』


そんなことを誰が言い出したかと言うと、学生の彼自身である。メガネの先生から専門外の訓練に付き合ってくれたお礼にプレゼントされようとも、手痛い敗北を喫した彼はそれを拒んだ。



「はぁー……ん?」



いつもの屋上木の下で、通知音の鳴り響くスマホには──メッセージが来ていた。



⬜︎Rain

それにしてもすごいよ! 氷姫様相手にあそこまでやり合えるなんて!


ソレ褒めてんのか?


ええ? そうだよ! もちろん!


それより今日会えるか?


え? いきなり? ぼくに??


それ以外誰だよ


ええええ、……オッケーわかった。どこ? そっちの近くのカフェ?


よし、カフェより訓練所あけとけっ! 今からいくっ! またあの黄色いのでいいぜ!


ええええちょっとちょっとそんなのっ!


ありがとなーリカルド(もう勝ったから師匠じゃない)くん!


ええええ! もうぼく師匠解任!??

⬜︎



「よしっ、どうにかして氷野郎に対戦を取り付けて。先ずは頼れる練習相手の確保だろ! ひゃっほーー!!!」



昼の屋上から白い翼は羽ばたいた。


自転車代わりのグライダーで一気に爽快ショートカット。

ミツル・ヤナギは見つけたバス停へと降下し、羽を折りたたんで、目的地ゆきのバスに乗り込んだ。







「どうしよう……ここはひとつ破天荒な知り合いにお茶でもおごろうか…。しかしミツルヤナギが電王の地球代表? やっぱそういう人ってやることが大きくて才能が違うのかなぁ? うふふ、おっと!」



「──────え?」



浮かれ気分に降り注ぐは雷光。

風を切るメタルボディ。

広大な訓練場と、工業地帯に見たこともない巨人たちが現れた。

これは訓練ではない。

リカルド・ハーブはそう感じてから5秒、長い長い時が止まっていた。


灰色の地が赤く赤く彩られていく……信じられない光景は唐突に────




「我々の狙いはキューブだ。人間殺しではない、メタロールもどき以外は放っておけ!」

「反逆者マザーテンのキューブを見つけ次第回収しろ。マザーバーン様がくださったこの鈴の共鳴するどこかにあるはずだ」


小隊のリーダー機である紅色のムカデを彷彿とさせる機体は通信回路で、仲間の2機へとそう告げた。


「アーイわかったぜ!」


黒い1体のムカデは頷いた。

同型のもう1体も頷き、リーダーの指示に従いなお向かってくる敵機への破壊活動を始めた。





途中引き返そうとしたバスを降りやって来た目的地は既に、知らない巨人たちが飛び交い争うゲームじみた異様な光景。



「だれの救難通信?」

「一体どういう……」


考えていても仕方がない。

今この瞬間に思い返すのはこの間知り合った黒のショートカットの訓練生の顔。


待たせている連絡のつかないリカルドのことと、スマホへと届いた奇妙な救難通信。タイミングも心情もわからない、だがミツルの身体は煙立つ中へと走り出していた。




点滅する救難通信の場所はマップアプリで記録されていて、おおまかのポイントを探り出せた。


地鳴りにさらさらと滴る嫌な粉に、一瞬躊躇いながらも見知らぬ地下へと錆びた梯子を滑り降りてゆく。


そして揺れる鉄の廊下を駆け抜けてゆく、今は天の地盤が背に落ち後戻り出来ないルートとなっても、汗を滲ませただ示すであろう場所へとミツルは駆け抜けた。



人生で1番か2番のハードな道を抜け出したその先に待っていたのは、先ず目に入ったのはこんな辺鄙な地下に隠されたように佇む灰色の巨人と…


地鳴りに紛れた人の呻き声。


知らない巨人よりも、目に入った知ったような顔へと慌てミツルは駆けつけた。



「托卵という言葉を知っているか……驚いたかこの巨人は私が育てた」


そんな言葉から始まった、苦悶の表情を浮かべながらも見知った先生は訳の分からない事を言っている。

落盤したのか……大きな障害物に体を挟まれて地に伏す乱れた髪の大人と、曲がり折れたメガネがそこに置かれてあった。


「おい、一体なんなんだ!? 大丈夫か──ッ先生!? 待ってろ今これをのけて!!」


「かっ…構わん、私の事はかまうな。それより…最後にキミに渡すべきものがあった」

「──約束のチケットだ。目的のために使うがいい」


「おいっ!! そんなもんより!!」


「それとこれが……キーだ。あの巨人Dreamerを動かすには……リンクする鍵が必要だろう…」


目一杯伸ばした手がミツルの足元に置いたのは血塗られたチケットと、L字の鉄がつけられた首飾り。

訳の分からない言動と事態の連続に、置いてけぼりをくらっていたミツルは形相を怒らせた。


「何馬鹿ばかり言ってん!……そういうことか!! よし、待ってろ!! あんたの望み通りアレを動かして今そこから助けてやる!!」


「あぁ、頼んだ。……行け、Dreamerはきっとスベテを叶える………何者かになれ2年1組ミツル・ヤナギ……電王地球代表の活躍を…楽しみに……している」


「クソゲーの台詞じゃねぇんだ! 意味深な死に台詞言ってんじゃねぇ!!」


ミツルは地にあった赤いチケットと、L字を素早くかっぱらった。


乗り込もうとした昇降リフトはボタンを押しても反応をしない、タラップを急ぎ駆け上っていく。


滑りかけた手汗も気にせず上っていく、全てがイヤな振動に崩壊していくその前に。



やっと上り終え、ハッチを開き、灰色のコックピットへと乗り込んだときにはもう────



「うぐっ……天国行きのチケットかよ……!」



崩壊していく見下げたクリアモニター越しの景色は……目を瞑り、そむけ、受け入れ難いリアルをどうか祈るしかなかった。


涙を流したのはいつ以来だろう。

大好きなゲームで負けても感覚が麻痺し、いつの日からか流すことは絶対になかった。


この得体の知れない押し付けがましい涙は拭わなければならない……ミツル・ヤナギは目に見えた窪みへと握りしめたソレを押し込めた。


「突っ立ってないで起動しろッッ、Dreamer!!!」


灰色の巨躯に黄色く光る。眼光はイマ、鋭く灯された。







「雑魚しかいねぇのか、この世界にはよぉ! 俺たちはぐぅっ!??」


「おい、あまり不用意な無駄口を喋るなダン。脳回路がイカれて死ぬぞ、外とはちがう未知の病だ気をつけろ」


「イててて……ったくいきなり言論統制で死ぬなんて冗談じゃないぜっゼナン! おらよっと! 死んでこーーーいハッハッハ!」


未確認機紅ムカデと黒ムカデは両手指先に内臓されたフィンガーバルカンを発しながら、空の戦闘機を潰し、軍機である人型タイプのガンエッグを撃ち抜いた。

人型ムカデたちの圧倒的な機体性能と弾丸の火力差は、軍の標準機ガンエッグと駆り出された正規パイロットたちでも太刀打ちができない程に……。


依然、前触れのない破壊活動が続いている。


何もない穏やかな日に訪れた未曾有の事態、これはやはり訓練ではない。


荒れる訓練場でそれでもエアバイクを飛ばし、

訓練生リカルド・ハーブはかっぱらった整備状態も分からないガンエッグへと乗り込んでいた。


「訓練はこんなときの為に……!!! 今、ひよっこの殻を破るんだボクがっ…!!!」


黒い装甲の側面へとガンエッグのレールマシンガンの弾は命中した。

散開し飛び立った黒ムカデを探すもガンエッグのコックピットのクリアモニターに巨人たちはいない。



「なんだぼくちゃん?? この俺に喧嘩を売ったのかな??」


「オッ!? お前たちこそなんなのいきなり!! 訓練地で堂々とこんな悍ましいことを!!」


「ははは、悍ましい? それはこっちのセリフだぁ!! ぼくちゃんの存在自体が俺様のココロには虫より悍ましいんだよっ、地獄であばよっ!!」


「くっ!!?」


上から急速接近され掴まれた両手首、ガンエッグを凌駕する体躯とパワーで黒ムカデに装甲が裂かれていく。


一つ、二つ、希望がもげていく。


もはやカラダに纏うほどの冷たい殺気と絶望に察する……風前の灯に、振りかぶる黒い手刀がリカルドの視界へと迫った。


────人生を回想する胸先に迫る絶望は、不意に飛んできた灰色の塊におもく蹴り飛ばされた。



「悪ぃ遅れた! 今日の訓練の相手はこいつらか! 随分アグレッシブだな? おいっリカルド? その声俺の友達のリカルドで合ってるよなっ?」


「え!? な、なに? ミッ…ミツルヤナギ!? それに乗っているの!?」


「あぁ、だからそれから脱出……いやどっちだ…とにかく前に出ない方がよろしいぞ。どうやらココからは…こいつを貰った俺の試合っぽい!」



「なんだァ!? コイツはよっ! メタロールの新型か!? 俺を蹴りやがった!?」


「シラねぇよ! お前もいいの乗ってんな! 後でソレ貸せよ!」


「なんだこのガキぃ!?」



乱暴な言葉とは裏腹に両機両者警戒心を強め構えていると、ニヤリ……企み先に気付き動き出したのは黒ムカデの方であった。



「威勢よく出てきたわりには、玉無しのスッピンかよ! はははは! 殴るまでもねぇぜ! ぼくちゃんたちぃ!!!」


「おい、鈴が僅かに反応しているアレは捕らえる。撃つなダン!」


「ウルセェ! 俺様の乗るメタロールを蹴るような世間知らずのガキは地獄の蜂の巣コースだぁ!!!」


「の野郎!! リアルで蜂の巣なんてごめんだ! 化粧も武装もないなんてッ冗談ッなんか武器があるだろうが!! Dreamerそんな名でェェ夢も希望も盛り込んでないなんてねぇよなァァ!!!」



灰色の装甲に突き刺さるフィンガーバルカンと脚部内臓ガトリングの雨にさらされて、虹色に発光するのは叫ぶ思いに答えるキューブの輝き。


キューブは乱回転しロードする。

キューブ兵器Dreamerは、その秘められし変幻のチカラを発揮した。



「【トータルシールド】────展開」



「ふっ、防いだァァ!? 盾ぇ!??」


「全てを叶える…そういう事かよやさメガネ────ハッ、当然この状況、固めるよな!」


構えるのは満月、いや亀の甲羅を模した灰色の盾。

突如スッピンの機体から出てきた重厚な武装に、ムカデたちはたじろいだ。


「なんだコイツはぁ!? そのまま向かって来たあ!!」



ブーストを吹かして、そのまま突進を試みたDreamerに対して三機集ったムカデたちは様子を見て跳躍機動、後ろへと散開した。


「硬くても遅いんだよのろま亀っ! もっかい今度は上から蜂の巣に」


「あぁ、そーかよ! ノッてきたから見せてやる、これがホンモノのプロの蜂の巣だ!!」




灰色の満月は半月に──


綺麗に分かれて両腕に武装する二つの【ガトリングシールド】になった。


ばら撒かれるプロの射撃その厚い翠の弾幕に、面を食らい逃げ場を探せど反応は遅い。


「ばきゃはぁーーー!??」



ダンの黒ムカデは、蜂の巣に射抜かれ、貫いた翠の雨になす術なく──爆散。



リカルドの元から敵を離すために跳躍、Dreamerはそのまま散っていった敵機を追って空戦へと移行した。



「メタロールが負けるかぁ!!! 歴史が違うんだよぉ!!!」


「歴史だけで殴って勝てるかよっ!!!」


始まった灰色と向かってきたもう一体の黒ムカデの空中射撃戦、


しかし、歴史の重みを決する勝負は一瞬であった。


下からの翠の援護射撃。

脚を射抜かれたムカデは、更に正面からたらふくの弾をもらい──運命同じく爆散した。

どさくさで片方の半月を地に残したプロの戦略が、見事に空を駆け噛みついてきた敵へとハマった。


あっという間に二機を撃墜。

経験のないリアルの渦中であるのに何故かミツルの緊張感が薄らいでいく。


「んっ赤いのが────いねぇ? がっ!??」



「ダン、グライド……貴様はやはり滅びろぉーー!!!」


「あぁ!?」


遥か上空曇り空から降下する紅に、掻っ攫われた灰色に鋭い衝撃が走る。

見失った赤いターゲットからの上からの奇襲。


一気に天から地にDreamerは叩きつけられた。


そして倒れた灰色のノロマ亀へと乱れ鞭打つ、紅ムカデの電磁鞭。


「怒り! 怒り! なぜ楯突く! なぜ居る! なぜ息をする! 貴様らという旧い存在は何故! こんな姿に変えてまで私をいちいちイラつかせる!! 今すぐに私の手で滅びてみるかァァ!!!」


Dreamerの装甲へと焼き刻まれていく身勝手な存ぜぬ紅き怒りに────


ひどく居心地の悪い鉄の揺籠に揺られながら────



『守ってばかりね』

『失うのが怖いの?』

『アイツとのバトルはつまんねぇ』

『カクカク盆踊り野郎がァァ』

『変わったね、ざんねんぴょん』



「ごちゃごちゃ……うるせぇェェッ!!!」



巡る雑音は──叫び跳ね除けた。


背に仕込んだ灰色の甲羅は、起動呼応回転する。

マウントポジションでごちゃごちゃ纏わりつく紅ムカデごと、巻き込み、回転し加速する灰色の足技がムカデを蹴りつけながら翠に灯っていく。



「何故っ!?? ナゼ私が怒りに蹴られてッッ」


「【トータルブレイキンブレイク】!!!」



巻き起こる翠の旋風、最後に両足の裏で真上の天へと敵を蹴り上げた。



「ふぅー…まずは1勝……。とにかく……ハァハァ……俺は未だ…ゲーマーだよな……」


窮地に繰り出した守りながらの攻めの一手は、やがて曇り空にエメラルドの閃光を華々しく描いた。

キューブ兵器Dreamerは転んだ背をおもむろに起き上がらせ、立ち昇る白煙とともに天を見上げた。



お読みくださりありがとうございます。つづきはしばらく後に……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ