海、それは自由への誘い(いざない)
見渡す限りの海――
船体に軽く打ち付ける波音と揺れを肌で感じる大型船の上。
十数日に及ぶ船旅で、私は一人でデッキに立っていた。
なぜ一人って?
フフ、安易に聞くものじゃないわよ。
たまには……、こうして解放感に満ちていたいのよ。
初めての船旅、最初は快適そのもの。
お食事は美味しいし景色は壮観。
乗客は長年のお勤めを果たした老夫婦に新婚さん、世界で名を馳せるマダムまで。
ずいぶんと、いろんな方がいらっしゃるのね。
船は南に進み、手持ちの服だけじゃ汗ばむ陽気に。
お友達になれたお隣さんからワンピースを借りちゃったわ。
「あ~ら、やだ。ちょっと短すぎない?」
軽く恥じる私にその子は笑顔を送る。
「みんな一緒だから大丈夫よ!」
そう言われて、照れながら船内を歩くとまた不思議。
はじめあった船内の違和感が軽くなった感じがするの。
船に慣れ、船内を自由に見て回れる心の余裕が持てた私だったけど、どこかまだぽっかりと心に穴が開いている。
せっかく打ち解けたと言うのに、最近は、なぜかまた海の遠くを見たくなる。
今日もまた、デッキの片隅に張り付き、水平線を見ていた。
けれどちょうどそこに、渡り鳥がデッキの手すりに降り立った。
体長は六十センチ程ほど。広げれば一メートル以上の立派な翼。
ふと様子を見ているとピタリと目が合った。
じっと見つめていても、その子は逃げもしなければよそへも行かない。
「あら、どうしたの? 男に逃げられた私に何の用?」
思わず口から鬱憤が零れた。
船員からのガイドで、渡り鳥がやってきても手は出さないようにと聞いていた。
なのにこの子ったら、離れるどころか手すりを器用に伝って寄ってくる。
随分と人懐っこいじゃない。
つい私は手を差し出した。
餌でもあると思ったのか手のひらをじっと見ている。
ついに手が触れるところまで寄ってきて、私は喉を軽く擦った。
ぴくぴくと動く脈が指を伝う。時折キィ! と鳴くけど不思議と離れない。
「飛び続けて疲れたの? ゆっくりと休んで」
そう声をかけた。
やがて群れを成した鳥たちが船の一番高い柱に集う。
行かないの? と様子を見ていると、ついに私の前で羽ばたき、群れに戻った。
じっと見つめて後を辿る。
右から二番目。その端をくちばしを突いてじゃれ合っている。
フフ、いい仲じゃない。
しばらくして、一羽が飛び立ったと思うと続けてその群れが一斉に船を離れた。
あの子も後ろからついていくように、大海原へと飛び立った。
その時間、わずか十数分。
それでも、彼らは振り返ることなく移り変わっていく。
――いいじゃない。そんな生き方も。
彼らは振り返らない。地に足もつかない、行き先も見えていない大海原を力強く進む。
全ては自分の信じたまま。
船で時を刻むしかない私とはどれほどの差か。
「誘ってくれてありがとう」
ずっと煮え切らない思いを抱えていた理由がやっとわかった。
今こうして海の上にいるというのに、心を置いてきてしまっていた。
傍に誰もいない自分は負け組、という勝手な固定観念。
そこから晴れて、自由に生きていい。
人生の舵は自分で決めていい。
あの鳥は、私にそう告げた――
翌日、私はガイドに渡り鳥のことを尋ねた。
「あの鳥はよく見かけるタイプだよ。この時期は群れになって南から北へ渡るんだ。日本も通っていくよ」
あらやだ。行き先は同じだったと思ったのに。
それならメッセージを頼むべきだったわ。
『私は自由になりました』と。