98:王妃の宣言と新たな人物
「お、お母様!」
救いを求めるように、ミーア殿下が王妃殿下を振り返った。
王妃殿下はゆったりした仕草で王女殿下の傍に立つと、周囲の貴族を睥睨しながら赤い唇を開く。
「妾がいない間に、何があった?」
「お母様、酷いのよ! ナゼルバートが、私の王配になりたくないって……ロビンはロビンで、愛人が嫌だと騒ぎますの!」
王女殿下は小さい子供のように、全てを王妃殿下に告げ口する。
「痴れ者が……男爵家の庶子風情が妾の決定に異議を唱えるのかえ?」
「…………ひっ!」
さすがのロビン様も、王妃殿下に返す言葉はないようだった。
つまり、彼が脅えるほど、王妃はヤバい人物ということ。
(強い……ベルトラン様も、レオナルド様も、過去何回か殺されそうになった経験があると言うし。この中では一番危ない人物ね)
王妃殿下はナゼル様に視線を移す。
「さて、ナゼルバート。もと婚約者であったというのに、一体、妾のミーアのどこが気に入らぬと言うのだ。そなたの親も賛同していることであるから従うのが筋というもの」
「親と私自身の意見は違います。私はこれからも辺境スートレナを治めていく所存ですので。王城で飼い殺される気はありません」
「生意気な」
いつの間にか、大勢の貴族に交じって、ナゼル様の弟君であるジュリアン様が私たちの近くに立っている。
彼の後ろにいる赤髪の男性二人が、フロレスクルス公爵とナゼル様の兄君だろう。
公爵も兄君もナゼル様を責めるような視線を向けている。
二人は、王妃殿下に賛同していた。
ナゼル様の実家は王妃殿下の血縁に当たり、ミーア殿下とナゼル様は従兄妹同士だ。
私にとって、ナゼル様の父君と兄君の心証は悪い。
彼らは一番苦しい時期のナゼル様をあっさり見捨てた。
味方だったのは、ナゼル様の母君とジュリアン様だけ。
「ナゼルバート、これは妾の命令であるぞ? そなたは未来の王配となるのだ!」
威風堂々と宣言する王妃殿下だけれど、そこに新たな声が飛ぶ。
「残念ながら、その未来は来ない」
全員がはじかれたように、声のする方向を見た。
王妃殿下の後方、階段の上に病弱で寝たきり……という設定のベルトラン様が、悠々とした笑みを浮かべて立っている。
何も知らない貴族たちの間にざわめきが広がった。
「あ、あの方は!?」
「王家の金髪、ミーア殿下やレオナルド殿下とよく似たお姿……! もしや……!」
「第一王子のベルトラン様!?」
ざわざわと全員が騒ぎ、大広間に衝撃が走り抜けていく。
ラトリーチェ様は、待っていましたとばかりに、レオナルド殿下の隣からベルトラン殿下の隣へ移動する。
レオナルド殿下やジュリアン様も、ナゼル様の近くに位置取り、反撃の準備が整った。




















