96:高慢な王女とずるい王配
「私はすでに、こちらのアニエスと結婚した身。しかも相思相愛ですので、今のお話をお受けする理由はありません。他を当たってください」
「ですから、これは命令だと言っているのですわ! お前に拒否権などありません!」
「それはどうでしょうか」
「なんですの! 辺境の領主ごときが生意気な……」
「今のお言葉、次期女王陛下の本音として、ありがたく受け取らせていただきますね」
ナゼル様の反応を受け、一部の貴族がざわつき固まりだす。
そう……ミーア殿下は今、デズニム国の重要拠点である辺境スートレナに堂々と喧嘩を売ったのだ。
ラトリーチェ様がベルトラン殿下に嫁いでいるとはいえ、隣国ポルピスタンに接するスートレナの重要度は無視すべきものではない。
次はどう出るのだろうかとミーア殿下を観察すると、なんと隣に立つロビン様が動きだした。
「ミーア、そぉ~んな、嫌みたらしい男に頼るのは止めときなよ~。俺ちゃんがいるじゃ~ん」
都合良く自分を棚上げするロビン様。
でも、王女殿下とロビン様という二人の考えがだんだんわかってきた。
(ロビン様と王女殿下の意見は違う。ロビン様のほうは、ナゼル様が王配に戻るのに未だ反対なんだわ……正式な夫の座を奪われ、愛人に降格されてしまうのだから当然よね)
しかし、ミーア殿下はロビン様を諭しにかかる。
「ああ、ロビン。何度も言ったように、私の気持ちやロビンとの関係は変わらないわ。ナゼルバートには王配がすべき仕事をやらせるだけよ。あなたは仕事が嫌いだし、できないでしょ?」
王女殿下に悪気はないが、ロビン様は仕事ができない事実を大勢の前で暴露されてしまった。
ロビン様のヘラヘラした笑顔が引きつっているように見えるのは、私だけだろうか。
「で、でもさあ、ナゼルバートは悪党だよ? そんなやつを王配にしたら大変だよ~」
「あなたへの嫌がらせの件なら、今後は監視を付けて……」
「んもう、そ~じゃないってば~! ナゼルバートが! また! 新しい! 悪さを! し・た・の!」
主張の激しいロビン様が再び訳のわからないことを言い始めた。
……この人、なんでこんなにお騒がせなの?
「さっそく、ナゼルバートに虐められたのかしら?」
「ち・が・う! もっと大きな事件だよ。ナゼルバートは……小鳥ちゃんの実家と組んで、人身売買に手を出していたんだよ~ん!」
私はロビン様の言葉に絶句した。
(それ、全部、あなたがやったことじゃないのー! なんで、ナゼル様のせいにしているのよ!)
品行方正なナゼル様に対し、許しがたい侮辱だ。
しかし、ナゼル様は気にしたそぶりは見せず、涼しい顔のまま口元を緩める。
「やれやれ、なんでも他人のせいにするのは見苦しいよ、ロビン殿。人身売買に加担していたのは君のほうじゃないか。きちんと証拠も挙がっている」
「お、俺ちゃんだって、この日のために証拠を用意したもんね~!」
ロビン様はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、片眉を上げた。
(怪しいわね。「この日のために用意」って……)
でも、ナゼル様のほうが、きちんとした証拠を揃えているはず。
スートレナ領内の事件も、エバンテール家がらみの人身売買も、全て調べ上げたのだから。
「しょ、証人がいるんだよ~!」
言うと、ロビン様が指し示した方向から、数人の令嬢がオドオドした空気を纏いながら歩いてくる。
彼女たちはどこか、心ここにあらずといった雰囲気で、何かを恐れているようにも見えた。
しかし、熱に浮かされたようにロビン様を見つめる表情は、以前辺境で事件を起こしたリリアンヌを彷彿とさせる。
「さあ、じゃんじゃん証言しちゃってぇ~!」
場違いに明るいロビン様の声に応えるように、令嬢の一人が口を開いた。