87:文字の汚い王女様(ナゼルバート視点)
早朝、王都から辺境へ届いた手紙を、ナゼルバートは複雑な表情で眺めていた。
執務室には、自分の他に手紙を持ってきたケリーもいる。
(この便箋に何かが書かれているのはわかるが、字が汚くて読めない……!)
筆跡には覚えがある。間違いなくミーア王女のものだ。
婚約者時代に義務で手紙のやり取りをしたことがあったが、あのときもミミズがのたくったような文字が解読できず、結局数回で文通は終了した。
「ナゼルバート様、私が解読いたしましょうか」
「ケリー、できるの?」
「これでも王女殿下のメイドでしたから、先輩メイドにコツを伝授されております。王女殿下の文字が読めないと務まらない仕事ですので」
「助かるよ……」
「では、失礼します」
ケリーは手紙を受け取ると、丁寧に読み上げ始めた。
しかし、内容を聞いていくうちに彼女の声はこわばり、ナゼルバートのこめかみにも青筋が浮く。
「……というわけで、領主ナゼルバートの王都帰還と、王配としての職務遂行を期待するとのことです。なんと一方的で身勝手な手紙でしょう。庭の落ち葉と一緒に焼却しましょうか」
「燃やしてはいけないよ。手紙も証拠として残しておかなきゃ。でも、腹の立つ内容だね。しかも、陛下の意見はなく、ミーア殿下の独断で送ってきたか。王妃の意見という可能性もあるな」
「そうですね、ロビン様でさえ王女殿下の行動をご存じないのかもしれません。彼なら絶対に反対しそうですし。王族たちも一枚岩ではありません」
「ベルトラン殿下やレオナルド殿下から、『そろそろ仕掛けるときだ』というメッセージももらっている。俺はミーア殿下の提案に徹底的に反対するよ……アニエスと離婚しろだなんて馬鹿にするのも大概にしてほしいね」
愛おしい妻と別れ、ミーア王女の伴侶になるなんて地獄だ。
「ところで、アニエスは?」
「まだ、眠っておられます」
「そうか。また無理をさせてしまったかな」
毎日毎日、アニエスが可愛くて仕方がない。ナゼルバートは開き直っていた。
今のこの生活を続けるためにも、王女やロビンはなんとかしなければならない。
さっそく手紙をしたためたナゼルバートは、王子達に連絡を取るべく動き出したのだった。