83:明らかにされた罪と慌てる両親
「ポールは黙って我々に従えばいいんだ! 功績を残せばエバンテール家は王宮に返り咲ける! 私はお前のためを思って言っているんだぞ! 辺境へ来たのも、アニエスたちに連れ去られたからだろう?」
「功績とは、令嬢の売買に加担することですか? そんなのは功績じゃない、どうしてわからないんだ? 今ならまだ引き返せる、第二王子に敵対するのはやめましょう。それに、ここへ来たのは僕の意思です! 全部手紙に書いた通りなんです!」
「うるさい! 子供の分際で指図をするな!」
父の振り上げた拳がポールを襲おうと迫ったそのとき、屋敷の中から二人の男性が出てきた。ベルトラン殿下とレオナルド殿下だ。二人が並ぶと、よく似ていることがわかる。
「騒がしいな。僕の目の前で暴力沙汰はやめてもらおうか」
いるはずのない天敵の声を聞き、さすがの父も腕を振り上げたまま硬直した。
「……レオナルド殿下」
「そうだ。どうした? 僕が現れたのが意外だったか? 都合が悪かったか?」
両親はベルトラン殿下の顔を知らないので、レオナルド殿下を見て驚いている。
「ラトリーチェ義姉上の調査で、お前たちがすでに人身売買に手を貸したと報告が来ている。修道院から横流しするルートが見つかった」
「なっ、なんのことだ! 身に覚えがないぞ! それに、ラトリーチェ様は第一王子殿下につきっきりのはずだ!」
動揺の激しすぎる父の動きが、諸々の悪事が事実だと物語っていた。
ここへ来る前に、いろいろしでかしてしまったらしい。
というか、横流しルートが存在したなんて、修道院の闇が怖い。絶対に余罪がありそうだ。その部分についてはレオナルド殿下たちが動くようだけれど……
まだ両親が手を染めていなければいいと密かに願っていたが、すでに悪事に手を染めてしまったのなら、無罪というわけにはいかない。
嵌められたのではなく、がっつり関与している証拠まで上がっているので。
エバンテール家取り潰しの危機だが、私にできることはない。
ベルトラン殿下は、「罪を問いただされた際の反応がわかりやすすぎだ」と、呆れたようにため息をついた。
「ロビンたちに唆されたようだな、王宮へ戻って重要な地位に就けるとでも言われたか? 返り咲けると本気で思っていたのか? あいつにとってお前たちは、ナゼルバートへの嫌がらせ用の駒だ。使い捨てのな」
そう言って、レオナルド殿下は私の方に目を向ける。
「いいのか」
「……かまいません。令嬢の人身売買は罪ですから」
第二王子がスートレナ領主宅へ来ていた理由、それは私の両親を捕縛するためだった。
ここで待機すれば、確実に身柄を拘束できると踏んでのことだったのだ。
ポールも神妙な顔でレオナルド殿下を振り返る。
「どうぞ、つれて行ってください」
「うむ、協力に感謝する」
母はわけがわからないという風に右往左往し、父は逆上して外に待機していた兵士を呼びつけた。
「お父様、やめてください! 殿下に兵を向ける気ですか? さらに罪が重くなります!」
ポールが慌てたように声を上げる。
「うるさい、跡取りとしての自覚がない裏切り者め! お前もアニエスと同じで、エバンテール家の恥だ!」
エバンテール家の兵士が大勢、門の中へなだれ込んでくる。
けれど、私たちは動じなかった。これも想定内だったのだ。
待っていましたと言わんばかりに、我が家の庭の奥から、複数の天馬のいななきが上がる。
「お前ら、出番だぞ!」
勇ましい女性の声を筆頭に、天馬に乗った集団が空を駆けてきた。
王子妃のラトリーチェ様と、彼女率いる実力派の近衛たちだった。
実はラトリーチェ様はスートレナ領のお隣、ポルピスタンの王女で、国にいた頃は武闘派で名を轟かせた方らしい。うちの国での評判は、「寝たきりの第一王子を献身的に介護する心優しき王子妃」というものなのだけれど。
突然の騎獣の襲撃に泡を食ったエバンテール家の兵士が叫び声を上げて逃亡する。
辺境以外の人間は、魔獣や騎獣を目にする機会が少ないため、耐性がないのだ。
父も母も奇声を発して門の外へ逃げ出した。
全力疾走する父のタイツの穴が、かなりきわどい部分まで広がっている。
やめて、もうそれ以上は……犯罪だわ!
後ろにいたナゼル様がささっと駆け寄り、後ろから手を伸ばして私の目を塞ぐ。
「アニエス、危ないから先に屋敷へ戻ろう」
「はい、ナゼル様……きゃっ」
くるりと後ろ向きに引っ張られた私は、不意に体を持ち上げられた。
そうして、最近のナゼル様のお気に入りである前向き抱っこで、屋敷へ連れ帰られてしまったのだった。二人の殿下の視線が生ぬるい……
背後からはまだ父や母の悲鳴が聞こえていた。
 




















