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7:修道院へ行きたい芋くさ令嬢

「ああ、やっぱり靴擦れだ」

 

 落ち着いた私の声とは裏腹に、前に座るナゼルバート様は端正な顔を顰めて焦っている。

 

「大変だ、血が出ているじゃないか。屋敷へ帰ったら手当てしよう」

「そんな大げさな」

 

 放っておいても治るので、いつもはそのままにしている。毎日パーティーがあるわけでもないので、それでなんとかなるのだ。

 

「その靴は、君の足に合っていないのでは?」

「えへへ、実はそうなんですよ。祖母の靴で私の足より少し小さいんですよね。我慢すればギリギリ入るので、パーティーの時はこれを履くんです」

「エバンテール侯爵家は、それほどまでに貧しいのか……」

「いいえ、両親が古いものに執着しているだけです」

 

 話している途中で馬車が止まり、御者が公爵家に着いたことを知らせる。

 ナゼルバート様は御者に「靴はあとで届けて」と告げ、裸足の私を横抱きにして馬車を降りた。

 

「あの、裸足で公爵家にお邪魔するなんて、できません!」

 さすがに失礼すぎる。私の神経は、そこまで図太くない。

「大丈夫、これから向かうのは離れだ。誰にも会わないから楽にして」

「そう言われましても」

 

 お姫様抱っこは緊張する。重いドレスのせいで、彼の腕に負担もかけているだろう。

 結局、ガチガチに緊張している間に、私は公爵家の離れへ運ばれてしまった。

 

 公爵家の庭は綺麗に手入れされており、私の背より高い薔薇の生け垣が連なっている。

 これは、絶対に迷子になるやつだ。入ったら最後、一人で出られないやつだ!

 そんなことを考えていると、一棟の素朴な建物の前に到着した。

 ぬくもりの感じられる木造の新しい建物で、庶民の家より大きいが屋敷と言うには小さい、アトリエのような雰囲気だった。

 

「離れに着いたよ。しばらくは、ここで生活するといい」

 

 いそいそと、私を抱えて中へ入るナゼルバート様。その足取りが、なんとなく軽い。

 

「心配しないで。ここでは、リラックスして過ごしてくれていいから」

 

 ナゼルバート様は、城で会ったときのような隙のない姿ではなく、いくらか砕けた雰囲気を出していた。砕けたところで、お上品なのは変わらないけれど……

 

「ひえぇ……離れとはいえ、綺麗な建物ですね」

 

 木の床や壁に覆われた室内は割と新しいし、お洒落な調度品も今風。あまり貴族らしくなく、どこかほっこりできる空間だ。

 手前の広い部屋に入ったナゼルバート様は、お高そうなキルトのカバーがかけられたソファーの上に私をそっと下ろすと、自分は向かい側の椅子に腰掛けた。そして、自らの手で私の足を手当てしてくれる。使用人、いないのかな?

 

「改めて自己紹介するね。俺はフロレスクルス公爵家の次男、ナゼルバートだ」

「私はエバンテール侯爵家の長女、アニエス・エバンテールです。このたびは、行き場のない私を助けてくださり、ありがとうございました」

 

「君が家から追い出されることになったのは俺が原因だ。保護くらいさせて欲しい……俺に世話を焼かれるのは、嫌かもしれないけれど」

「そんなことはありません。感謝しています!」

 

 路頭に迷っていたところへ、ナゼルバート様が来てくれて本当に助かった。

 公爵家の彼が私なんかを気にかけてくれるなんて、思わなかったけれど。

 

「今日はゆっくり休んで。俺の部屋は廊下の突き当たり、君の部屋は二階だよ」

「お部屋まで用意していただいて」

「辺境に向かうまでの短い間かもしれないけれど、仲良く過ごそう。俺は下の階にいるから、何かあれば声をかけて」

 

 彼に言われて、私は「ん?」と首をひねった。

 

「待って。ナゼルバート様も、この離れで一緒に過ごすんですか?」

「そうだよ。一応、罪人だからね。本邸には入れないことになっているんだ。今、両親が国王に罪の軽減を掛け合っている最中で、数日後には沙汰が降りると思う」

「そうなんですね」

 

 国王陛下や王妃殿下は、冷静な判断を下してくれると思うけれど……

 どんな沙汰が降りようと、頭の固い父は私が屋敷に戻ることを許さないだろう。

 どんよりと、自分の将来を憂いていると、ナゼルバート様がすまなさそうに言った。

 

「アニエス嬢。もしかすると、君は俺と一緒に辺境行きになってしまうかもしれない」

「王女殿下が『追放』とか、おっしゃっていましたものね」

「辺境はとても田舎なんだ。そして魔獣がたくさん出る」

 

 魔獣とは魔力を持った獣のことで、この国では魔力のない動物を獣、魔力を持つ動物を魔獣と呼んで区別している。危険度は魔獣の方が高い。

 

「エバンテール侯爵領も田舎なので、辺境には負けていないと思いますよ」

 

 私の暢気な答えが気になったのか、ナゼルバート様は心配した様子で、両手で私の肩を掴む。

 

「婚約破棄に巻き込まれたせいで、君まで追放されそうになっているんだよ? 俺を責めないの?」

「責めませんよ。家を追い出されたときはショックでした。でも、なんというか、もともと修道院へ行きたいと思っていたので、そこまで気にはならないですね」

 

 ナゼルバート様は呆気にとられた表情を浮かべている。

 

「修道院? どうしてまた、そんな場所に?」

 

 ……まあ驚くよね。

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