78:少年貴族とうさんくさい二人組(ポール視点)
初めてのパーティーで大きな衝撃を受けたあと、ポールは社交の場に出るのが嫌になった。
あんなに婚約に失敗し続ける姉を馬鹿にしていたというのに、許されないとわかりつつ、自分の婚約などもうどうでもいいと思ってしまう。
そんな情けない息子の姿を見て、厚化粧に重いドレス姿の母は言った。
「まあ、ポール。いつまでも過去の失敗を引きずらないで。セリーヌ嬢の件は残念だったけれど、初めてのパーティーだったから緊張したのよ。アニエスとは違ってあなたなら優秀だから大丈夫」
大丈夫なんかではない!
でも、母に向かってそんなことは言えないのだ。ポールは「優秀な跡取り」だから。
パーティーで散々馬鹿にされ、成果なく帰ってきたと正直に話すのはプライドが許さない。
そして、それが今後も続くであろうという事実なんて……なおさら口にできなかった。
どうして、こんなにもみじめな目に遭ってしまうのか。
ポールは唇を噛みしめ、自分の部屋へ走る。
途中で応接室の扉の前を通ると、誰か客人が訪れているようで、父の話し声と聞き慣れない男の声が響いていた。
エバンテール家に親族以外の客が来るのは珍しい。
曽祖父の時代はひっきりなしに貴族たちが領地まで足を運んだが、現在は偉大なエバンテール家に遠慮して、火急の用事以外では屋敷へ押しかけない方針に変わったと父が言っていた。
あの無礼な姉は父の話を信じていなかったけれど、パーティーに参加したポールも昔のように両親の言葉をそのまま受け入れることに抵抗を感じ始めている。
中の会話が気になって耳を澄ませると、驚くようなやりとりが繰り広げられていた。
「まったく、エバンテール家をないがしろにするとは、第二王子殿下はもう駄目だ」
「そうですよ、エバンテール侯爵閣下。我が陣営に鞍替えなさってはいかがです?」
「そうだな。宰相補佐を務めた祖父亡きあと、私の父は王妃殿下の一族に権力を奪われ辺境へ追いやられた。それ以降で我が家が手がける国の仕事は僅かな雑事ばかり。だから私は王女殿下ではなく第二王子殿下の派閥についた。しかし、第二王子殿下の無礼な行動には黙っておれん。所詮、地位の低い女から生まれた王子だ」
「では、我々にご協力いただけると言うことで?」
「ああ、ロビン殿に力を貸そうではないか。だが、私は公の場に姿を見せられぬ」
「そんなの、気にしなければいいのです。王族の命令といえど、力のない第二王子のものなのですから。彼の参加する催し以外なら問題ないでしょう」
「では、第二王子が出る場合はポールに……」
思いがけず自分の名前が登場し、驚くポールの心臓がバクバクと音を立てて激しく脈打つ。
「う、ううぁ……」
ポールは「絶対に無理だ!」と、怒鳴りたいのをこらえて首をすくめる。
ただでさえ、大勢の集まる場はこりごりなのに、第二王子が参加する催しでエバンテール家の者が出れば、まったく味方がいないアウェイな状態になるだろう。
前回のパーティー以上に辛い思いをするのは目に見えていた。
いても立ってもいられずポールは家を飛び出したが、どこへ向かえばいいのかわからず、屋敷の近くをウロウロ歩き続けることしかできない。
エバンテール家の治める領地は田舎だが、屋敷がある場所だけは小さな街が広がっていた。古びた飲食店や宿、雑貨屋や住宅がバラバラと建ち並ぶ通りを、まばらに住民が行き来している。
すると、人々の中に歩き回るポールに対して声をかける者が現れた。
金髪の怪しげな商人風の男だ。
「おや、その格好はエバンテール家の方かな?」
「なんだ、お前は! うさんくさいやつだな」
「うさんくさくない、うさんくさくない、私はただの流れの商人ですよ。ところで、何かお困りなのでは? 先ほどから同じ場所をぐるぐる回っておられるようですが」
「それは……」
ずっと自分が観察されていたとわかり、気まずさで視線を泳がせるポール。
そこへ、新たな人物がやって来た。赤みがかった金髪を背中まで垂らした背の高い美女で、この領地では見かけない派手な衣装を身に纏っている。年は商人と同じくらいだ。
「ベル、そろそろ辺境へ出発するぞ。あいつらの動向は掴んだし、あとは部下に任せれば大丈夫だろ……って、その子供はなんだ?」
「ラトリーチェ、どうやらエバンテール家の息子のようだ」
「なぜ、そんなのがうろついているんだ。どうする?」
二人の会話を聞いたポールは、ラトリーチェの言った「辺境」という言葉が気になった。
この国で辺境と呼ばれるような場所は、姉の暮らすスートレナだけだ。
「お前たちは辺境へ行くのか? もしかしてスートレナ?」
「……そうだが」
「つれて行ってくれ! 辺境に!」
必死に頼み込むポールを前に、ベルとラトリーチェはびっくりした様子で顔を見合わせる。
「金ならある」
ポールの知り合いは少なく、両親以外となると姉くらいしか思い浮かばない。
別に助けを求める気などないが、一言文句を言ってやらなければ気が済まなかった。
自分がこんな酷い目に遭うのは、全部姉のせいなのだから。彼女がなんとかするべきだ。
「ほお、面白いな。ベル、つれて行こう」
ラトリーチェの言葉を聞いて、ポールの心に光が差す。
「ナゼルバート様に恨まれても知らないぞ、ラトリーチェ?」
「アニエス夫人はできた人物と聞いている。悪いようにはならんだろう」
「……子供だし影響はないだろうから、別にいいけど」
そこでポールは二人組が、商人のベルと貴族令嬢のラトリーチェだと改めて聞かされる。
ベルはラトリーチェの親に頼まれ、彼女を辺境へ送り届ける途中らしい。
「ご令嬢がスートレナなどに行って何をするんだ?」
首を傾げるポールを前に、ラトリーチェは「スートレナで流行中のヴィオラベリージャムを買い付けに行くんだ」と告げた。
まともな貴族令嬢の行動ではないが、彼女は気にしておらず、鼻歌を歌っている。
年頃の令嬢が一人で辺境へ出かけるなんて、エバンテール家では考えられないことだ。
ポールは両親には何も知らせず、エバンテール家を出ようと決める。言えば絶対に止められるからだ。
ピーと口笛を吹くと、屋敷の方角から伝書鳩のポッポが飛んできた。
ポッポは友達がいないポールの大事なペットで、一緒に空中を散歩する仲間なのだ。
そのあと、二人は親切にもポールを辺境スートレナまで運んでくれることになった。
ベルの魔法は「収納」というとても貴重なもので、荷物は全部魔法で管理できるらしい。「収納」の中には自分自身も入れるそうだ。身を隠す必要がある際に役立つという。そして……
あろうことか、ベルは収納から騎獣を二頭取り出し、ポールに乗れと言ってきた。
「辺境付近以外で騎獣に乗るのは違法じゃないか!」
「馬車で行ったら馬鹿みたいに時間がかかるだろ。こいつはちゃんと訓練されているから大丈夫だって」
ラトリーチェは早くも騎獣にまたがり手綱を引く。
青灰色に波打つたてがみの美しい見事な天馬は、ポールを見ると「フヒンッ」と小馬鹿にしたように鳴いた。
「なっ……」
「ポール様、あなたは私と一緒に乗りますよ。ラトリーチェの操縦は危険だ」
騎獣を叱ろうと動いたポールの腕を、後ろからベルが引いて、もう一頭の黒い天馬に乗せる。
「それでは出発!」
ベルの合図で天馬たちは空へといっせいに駆け出す。
猛スピードで羽ばたく天馬に乗るなど、ポールにとっては恐怖体験でしかなかった。
しかし、暴れまくるラトリーチェの天馬よりベルの天馬のほうが遥かにマシだ。
そうして、通常よりもかなり早く、ポールは辺境スートレナの中心街へ到着したのだった。ベルたちはポールを領主の屋敷の前に下ろし、いずこかへと飛んで行く。
そのあとしばらく浮いていると、アニエスが現れた。
※
ベッドから降りるとメイドが来て、ポールにアニエスを呼んでくると伝えた。
「さっきは筋肉男に邪魔されて、まともに話せなかったからな。今度こそ……!」
ポールは自らを奮い立たせようと、固く両手を握りしめたのだった。




















