表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/120

70:膝に乗る芋くさ夫人

 砦のメンバーでガヤガヤと賑わう宿の食堂、その一角にあるテーブルでナゼル様は私を待っていた。

 

「ナゼル様、お待たせしました! リリアンヌ様のお話を聞けましたよ。彼女は今、部屋で休んでいます。ケリー曰く、私たちに害意は全く抱いていないとのことです」

「アニエス、大丈夫だよ。俺も他の仕事に追われていたんだ」

 

 自分の膝に私を座らせたナゼル様は、にこにこと嬉しそうな表情になる。

 トッレはテーブルを挟んで向かい側に腰掛けた。

 

「そうだ、お腹は減っていない? この町に食料はないけれど、屋敷でメイーザが作ってくれた焼き菓子があるよ」

「食べます。ケリーにも持っていってあげていいですか」

「もちろんだよ。トニーが暇そうだから、彼に運んでもらおう」

 

 カッテーナの惨状を前に、さっそく魔獣駆除係が呼ばれたみたいだ。トニーが食堂の隅で居眠りしている。

 魔獣は夜行性のものが多いので日が落ちるまでは暇らしい。

 袋から焼き菓子を取り出したナゼル様は、私の口元に菓子を持ってくる。私の大好きなヴィオラベリーフィナンシェだ。

 

「アニエス、あーんして?」

「あーん」

「ふふっ、可愛いなアニエスは。ジュースも用意してあげようね」

「ありがとうございます……じゃなくて! 報告の続きがあるんでした」

 

 私はそこでリリアンヌがロビンに唆されていたことや、彼女の境遇を伝えた。

 

「そういうわけで、裏にロビン様がいるらしいです。彼とキギョンヌ男爵、アポー伯爵には繋がりがあるのだとか」

「なるほど。男爵家にいたけれど、令嬢は俺を狙っただけで魔獣被害の件とは無関係か。それにしても、ロビン殿は何を考えているんだ? 俺は王女の婚約者ではなくなったのに、わざわざ辺境に刺客を送ってくるなんて」

「まったくです!」

「厳しい王配教育もあるはずだけれど。スートレナにちょっかいをかけるほどの時間があるのか?」

 

 ナゼル様は心底不思議そうな顔をしている。

 実際、我がデズニム国の王妃・王配教育はかなりブラックらしいのだ。

 丸一日部屋に閉じ込められることなんてザラで、騎士と同じ訓練を受け、各領地を回り……時には外国に足を運ぶほどだという。

 王や女王が賢くなくても大丈夫なように、結婚相手には過酷な訓練が課されるのだとか。

 話を聞いたときには、ナゼル様が可哀想で仕方がなかった。

 

「それで、リリアンヌ様の処遇なのですが」

「ちょうど考えていたところだった。俺は生きているわけだし、ケリーの見立てでは害意はないんだね。だったら、処刑じゃなくていいと思う」

「本当ですか!」

 

 大きな声で叫んだのは私ではなく、テーブルの向こうに座っていたトッレだ。

 

「ああ、情状酌量の余地がある。今回の事件の大事な証人だから協力も取り付けたい。とはいえ、何もお咎めなしというわけにもいかないかな」

 

 たしかにスートレナの人々の目もあるし、全くの無罪というのは難しいだろう。

 結果的に無傷だったとはいえ、ナゼル様を襲ったのは許されないことだ。

 

「そこで、新しい制度を適用しようと思うんだけど」

「決められた期間の労働でしたっけ?」

「そうそう」

 

 ナゼル様たちが考えたのは、果実の栽培や騎獣の世話、縫い物や家具製作などの労働だった。辺境スートレナは常に人手不足なのだ。

 罪を犯した者をただ牢屋に閉じ込めておくだけではなく、働く意志のある者は社会復帰しやすいよう支える。そんな試みらしい。

 お金は少ないが出るし、衣食住は質素ながらも保証される。

 品行方正なら外でも監視付きで働けるようになり、釈放される時期も早まるのだとか。

 

「もともと軽犯罪者が対象だけれど、害意がないなら彼女を入れても問題ないかなって。貴族扱いはできないけれど」

「ナゼル様……」

 

 正直、領主の殺人未遂という罪に対して破格の待遇である。

 それに同じ仕事に就く軽犯罪者というのも前領主の時代、食うに困って食料を盗んだ者が中心だ。

 話を聞いていたトッレが立ち上がって叫ぶ。

 

「ありがとうございます! ナゼルバート様!!」

 

 彼の大声は離れた部屋だけでなく、宿の外にまで響き渡ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

1巻 2巻 3巻 4巻
5巻 6巻 7巻 8巻 コミック連載
コミック1巻 コミック2巻 コミック3巻 コミック4巻 コミック5巻 コミック6巻 コミック7巻
書籍発売中です
七浦なりな先生によるコミカライズ


こちらもよろしくお願いします。

拾われ少女は魔法学校から一歩を踏み出す

― 新着の感想 ―
[良い点] >「ありがとうございます! ナゼルバート様!!」 リリアンヌの処分が穏健なものになって良かった。
[一言] 人前でもナチュラルにいちゃつく仲良し夫婦(*´ω`)
2020/12/20 17:24 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ