62:怪しい貴族とうさんくさい商人
ナゼル様が考える間もなく、道の向こうからでっぷりとした男性が歩いてきて大声を出した。
「おお、領主様! ようこそいらっしゃいました! 娘を助けていただき、ありがとうございます。我が屋敷へお越しくださいませ!」
いぶかしむナゼル様にヘンリーさんが近づき、小声で彼らについて訴える。
「あの人たちが、例の妨害貴族ですよ。我々を屋敷に招くなんて、どういう風の吹き回しなのでしょう? 怪しいですね……」
「たしか、彼らには不正疑惑があったよね」
「妙に金回りがいいのですよ。領地を治めて税収を得ているわけでもなく、大きな商売をして稼いでいるわけでもない」
「どこかから、なんらかの金が入金されたのかな」
「今のところ、それも不明なのです。彼ら、キギョンヌ男爵家はなにかと黒い噂が多いのですけれど。なかなか尻尾をつかめず」
「なら、潜入捜査してみる? 俺としても、アニエスには綺麗で安全な場所で過ごしてもらいたいし」
「たしかに、町中は不衛生で魔獣被害が出る恐れもありますからね。前に訪れたときより治安も悪いですし」
二人がヒソヒソ会話していると、ケリーが割り込んできた。
「気をつけてください、ナゼルバート様。彼らは限りなく『黒』です。特にあの男性の感情が……」
ケリーの魔法は、相手の感情が大まかにわかるというもの。黒というのは、多少なりともこちらに悪意を持っているということだろう。
「忠告ありがとう、ケリー」
ナゼル様は迷っている。私がいるから慎重に動いているのだろうけれど、領民のためにも怪しい貴族を調べてもらいたい気持ちが強い。
「大丈夫です、ナゼル様。私は自分や皆さんに魔法をかけられますし、足手まといにはなりませんから。乗り込みましょう」
「でも、アニエス」
「街の様子は酷いです。このままにして良いものではありません。一日でも早く手を打ち、人々を救済したいと思います。私は大丈夫ですから」
しかし、ナゼル様はまだ悩んでいる。ケリーも貴族の屋敷へ行くのは反対みたいだ。
ただ、そこに新たな声がかかった。
「おやおや! 奇遇ですね、領主夫人!」
「えっ?」
振り向くと、大荷物を持った男性が私を見て親しげに手を挙げている。
「あなたは……」
彼は、領主の屋敷の不要品を売った先のベルという名の商人だった。
私やケリーは面識があるけれど、ナゼル様たちは初対面。
「ナゼル様、屋敷のヘンテコな像などを買い取ってくれた商人の方です」
紹介すると、ナゼル様は怪訝な表情を浮かべた。
「商人? 彼が?」
「そうですけど、どうかしましたか?」
ベルはと言えば、いつものうさんくさい笑みを貼り付けつつ、困ったように肩をすくめた。ナゼル様の疑わしげな視線を受けても、飄々とした態度だ。
「私はれっきとした商人ですよ」
彼を見たトッレも、なぜかソワソワ落ち着かない様子を見せている。
どうしたのだろう、トイレかな?
「いやあ領主夫人、こんな場所で再びお目にかかれるとは奇遇ですね。もし男爵の屋敷へ行かれるようでしたら、私もご一緒しても?」
ぐいぐいとベルが押し入ってきたせいか、空気が変わる。
その後、ナゼル様はヘンリーさんや部下の人たちと協議し……結果、男爵家へ向かうことが決まった。