51:芋くさ夫人、避難所を作る
スートレナはデズニム国の中でも人口の少ない領地だ。
人々はほとんど中心街付近に固まって住んでおり、残りは離れた場所に集落が点在している。
また各集落は距離があるため、馬や騎獣での移動が必須だ。
中心街は魔獣の被害が一番マシで、街を囲むように張り巡らされた壁には私がすでに物質強化の魔法をかけてある。
避難所に集まるのは中心街の壁の周りに住む人や、集落の人が中心だろう。
屋敷の広間を整備して避難所とすべく、私はメイド姿で働いていた。
広い屋敷のため、メイド全員で取りかかっても大仕事である。
その間、ナゼル様は各集落の偉い人と屋敷の一室で会議中。
メイド姿になる前に領主夫人としての挨拶は済ませたので、会議終了までは自由時間だ。
広間の掃除が一段落したところで、私は差し入れを準備しようと厨房へ向かい……
「わっ……?」
途中、廊下に出ていたナゼル様に捕獲された。
「ナゼル様? 会議はどうしたのですか?」
「重要な部分は終わったから、少し休憩を挟むことにしたんだ」
「では、飲み物やお菓子を……」
「ケリー、悪いけど頼むよ」
いつの間にか私についてきていたケリーが、無表情で親指を立てる。「了解」という意味みたいだ。相変わらず真顔の彼女だけれど、今はなんとなく嬉しそうに見える。
メイド姿の私は、ナゼル様に抱えられて彼の部屋に連れ去られてしまった。
「お疲れさまです」
ベッドに腰掛けるナゼル様の膝の間に座り、ぎゅっと拘束される。
私からも告白したからか、ナゼル様の行動は以前よりさらに大胆になった。
「アニエス、休憩が終わるまで少しだけこうさせて?」
ナゼル様の吐息が首にかかった私は大混乱だ。顔に熱が集まり猛烈な恥ずかしさに襲われる。
思わず後ろを振り向くと間近にナゼル様の顔があり、こちらをのぞき込んでいた。
「あ、あの。この状態は、ちょっと照れます」
「なら、慣れようね?」
無情……!
ナゼル様は私を放してはくれなかった。
彼の指先が私の顎を持ち上げ、ゆっくりと唇が下りてくる。
「ま、待っ……」
「待たない」
聖人のようなナゼル様の瞳に余裕のない熱が灯っているのを見て、私はどんな言い訳をしても逃げられないのだと悟った。
けれど、艶めかしいナゼル様の目は嬉しそうに細められていて、それを見ると私の恥ずかしいという気持ちも我慢できる。
「アニエス、好きだよ」
「私もナゼル様が好きです」
今度は噛まずに言えてホッとする。
何度もキスされ、ぼーっとした頭でナゼル様を見つめると、くすりと微笑む彼が優しい手つきで私の体を抱えて押し倒し……ふと、扉の方を眺めた。
同時に、扉がドンドンと力強く叩かれる。力強すぎて壊れないか心配だ。
「ナゼルバート様! お時間です! 休憩は終わりです!」
外から響いてくるのはトッレの声だ。会議の再開時間が迫っているので呼びに来たのだろう。
ナゼル様は行きたくなさそうにしていたけれど、会議をすっぽかすわけにもいかず渋々立ち上がる。私は彼を応援した。
「ナゼル様、頑張ってください」
「ありがとう、アニエス」
片手で顔を覆って「可愛い、可愛い……」と呟きながら去って行くナゼル様。心配だ。
おかしな呟きをするくらいお疲れのようだから、晩ご飯には疲労回復に良いメニューを加えてもらおう。
むくりと起き上がった私は、まっすぐ料理人メイーザのもとへ向かった。




















