28:芋くさ夫人、初めてのお使い
その後、苗の話はナゼル様からヘンリーさんに伝わり、近々屋敷に彼がやってくることが決まった。
食糧危機を救う植物の出現とあっては、さすがに今までのように無視できなかった模様。
これを機に、ナゼル様が辺境の人たちに認められるといいな。
私のお屋敷管理も、不要品を買い取ってくれる業者が見つかり、使用人を雇う計画に希望が見え始めた。
業者はケリーが、信頼できる筋から見つけてきてくれた。
彼女が連れてきたのは、近隣で手広く商売をしているベルという人物で、まだ若い商人だった。外見は、ナゼル様と同年代。
金髪に緑色の瞳のやたらと爽やかな人で、白い歯がキラーンと光を反射している。
とにかく華やかな雰囲気なので、そこにいるだけで周りが霞んでしまいそうだ。
……ちょっと、うさんくさくない?
不要品を買い取り、必要な人に売ったりもしているという彼を、さっそく屋敷の中に招き入れてみる。
ベルは荷物の運び出し要員もたくさん引き連れていて、全員がテキパキと動いてくれた。
人に指示を出すのに慣れているみたいだ。
「ふぅん、曰く付きの領主の屋敷か……いろいろな意味ですごい場所だな。ここまで悪趣味とは」
ベルは、正面にあった獅子のような亀のような置物を鑑定しつつ答える。
この人、「悪趣味」って正直に言ってしまったよ?
「でも、価値はある。ここに埋め込まれている宝石は非常に珍しい」
「置物はどうですか?」
「うん? ヘンテコな物体は全部無価値。むしろ、宝石の美しさを著しく損ねている、マイナス要因だ。デザインした人間の美意識を疑う」
「……ですよね~。こちらの絵画も持っていっちゃってください。不気味なので」
一瞬素が出た商人は爽やかに笑うと、丁寧な口調に戻って応えた。
「かしこまりました。こういう絵ばかり集めている貴族がいるので、そちらに紹介してみましょう。あちらのインテリア類も、そういうのが好きなご婦人がいるので」
「変わった趣味の人が多いですね」
「ええ、そうなんです。理解に苦しみます」
……商人がそんなことを言ってしまっていいの?
物腰はとても上品だけれど、妙にうさんくさいし、なんだか商人っぽくない人だ。
そう思ってベルを見ていたら、心の声が漏れていたみたいで、彼に苦笑されてしまった。
「うさんくさくない、うさんくさくない。私はれっきとした商人ですよ」
「……ですよね~」
私の審美眼はともかく、しっかり者のケリーが呼んでくれた商人なので、怪しくはないのだろう。
そんな感じで、私たちはお屋敷の中を見て回った。
ベルは割と顔が広いようで、様々な貴族たちの事情を知っている。当たり障りのない話ばかりだけれど、彼の話を聞くのは楽しかった。
「アニエス様は、気さくな方なのですね」
「そうですか?」
「すみません、予想していた奥方と違ったもので。これほど美しくて面白いご夫人がいて、旦那様は幸せ者だ」
「だといいのですが」
この人も、芋くさ令嬢の噂を知っている人か。
怪しげな美術品の鑑定を終えたベルは、運搬係の人にあれこれ指示を出している。
これで、屋敷は見違えるほどスッキリするはずだ。
ベルは変わった商人だったけれど、きっちりとお金も払ってくれたので、悪い取り引き相手ではなかった。彼らを見送ったあとで、私はケリーに簡単な掃除を頼む。
諸々の対処に追われてしまったので、気づけばもう辺りが暗くなっていた。
「ケリー、今日は私が夕食を買ってくるわね。近くだから、メイドの格好をして行けば大丈夫」
「駄目ですよ、アニエス様。あなたに何かあれば、ナゼルバート様に顔向けできません」
「一番近くの店なら、屋敷を出てすぐなのに? ちょっと行ってくるだけだから……それとも、私が掃除を代わる?」
「家具や変な置物を大量に退かしましたので、どこもかしこもホコリの山です。アニエス様は近づいてはいけません」
「……なら、寄るのは近所の店だけにするから。それなら、大丈夫でしょう?」
そろそろ、ナゼル様が屋敷に帰ってきてしまう。食事の準備はしておきたいところだ。
絶対に寄り道をしないという条件で、私は外出を勝ち取ったのだった。
とはいえ、目的の店は屋敷からとても近いのだけれど。
「……初めての一人のお使い。ドキドキする」
お金を鞄に入れた私は逸る気持ちを押し隠し、メイド姿で屋敷を飛び出したのだった。
「急がなきゃ、お店が閉まっちゃう」
辺境は店じまいする時刻が早いので、駆け足で屋敷の庭を進み、大きな門を開けて通りに出る。
屋敷は街の中心部から少し離れていて、人通りが少ない。
それでも、近くに食べ物を扱う店が数軒あった。
森で採れた木の実やキノコを売る店『お日様堂』、簡単な惣菜を販売する屋台『ハムに小判』、テイクアウト可能な小さな食堂『花モグラ亭』。
私はそのうちの一つ、『花モグラ亭』へ向かった。
たしか、一番閉店時間が遅かったはずだ。
暖かい色のランプに照らされた、木でできた扉を開けると、チリンチリンとベルの音が鳴り響く。
静かな店内には、数人のお客さんと壮年の亭主夫妻がいた。
「いらっしゃい、夜遅くまで大変だねえ。お屋敷では、酷い目に遭っていないかい?」
亭主とおかみさんが心配してくれている。
ケリーと一緒に足を運んだことがあったので、彼らは私を覚えていたようだ。
メイドって、この辺りではあまり見かけないものね……
前にいた領主は、雇用主としても最悪だったらしく、私とケリーは買い物に行く先々で心配される。
これは、訂正しないといけないよね。
「職場環境は悪くないですよ。衣食住保証で賃金も他と比べて多めです。あ、そうだ……」
私は懐から、ゴソゴソと一枚の紙を取り出した。
これは、かねてよりケリーと一緒に作っていた、求人募集の張り紙だ。
――資金が手に入ったし、使用人を雇う計画をいよいよ実行する!
「これをご覧ください。あの屋敷の使用人募集の紙です」
この辺りの使用人はもちろん、王都の使用人よりも待遇がいいと思うんだよね。
「なんと、まあ! こんなに条件の良い求人は、ここいらでは初めて見たよ」
おかみさんが声を上げると、亭主もうんうんと頷いた。
「衣食住保証、通いOK、勤務日週三日以上(応相談)、各種手当てあり、ボーナスあり、残業の少ない職場です……好待遇過ぎて怪しくないか?」
驚いている二人に、私は「現在、初期メンバーを募集しています」と告げた。
さらに「旦那様は優秀で寛大な心を持っている」ということも猛アピールした。
このところ、街の各地でナゼル様の素晴らしさを布教して回っているのだ。
「あの、もし良かったら、求人票をお店の壁に貼らせていただけないでしょうか」
店の壁には、他にも求人票がたくさん貼られている。その中に混ぜてもらえないか駄目元で頼んでみると、亭主夫妻はあっさり許可してくれた。いい人たちだ。
「ありがとうございます!」
目的の料理も無事に購入でき、私は満ち足りた気分で屋敷へ帰るのだった。
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