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芋くさ令嬢ですが悪役令息を助けたら気に入られました  作者: 桜あげは 
本編

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20/120

19:芋くさ令嬢とワイバーン

 十日間馬車に乗り、たどり着いたのは、ロカという地方の街だった。

 王都と比べると人や店の数が格段に少ない。

 

 ここは、辺境へ行く際に馬車を乗り換える場所でもある。

 王都から離れた土地は街道が整備されておらず、馬車では進めないためだ。

 では、何に乗るのかというと、細い道や空中を移動できる魔獣である。

 人が乗れる魔獣は騎獣と呼ばれ、特別に訓練されていた。

 

 エバンテール侯爵領に騎獣はいなかったので、私が実際に見るのは初めてだ。

 騎獣を売る店や、騎獣の貸し出しをする店、騎獣に人を乗せて運ぶ業者など、この街の様々な場所で目にすることができた。

 

 一番多いのは、空を駆ける羽の生えた馬……天馬だ。馬と扱いが似ており、人気らしい。

 他には、足の長い大きな鳥や、蜥蜴のような騎獣もいる。

 私たちが乗る騎獣は、スートレナ領の人が持ってきてくれるそうだ。

 

 とはいえ、私は全く騎獣に乗れない。騎獣どころか馬も駄目だ。

 誰かの後ろに乗せてもらうことになるだろう。

 私は隣にいる夫、ナゼル様に尋ねた。

 

「ナゼル様は、騎獣に乗った経験がありますか?」

 

「もちろん。王配教育の一環で、いろいろな領地を回ったことがある。そのときに騎獣に乗る訓練もさせてもらったよ。王都では需要がないけれど、乗れるに越したことはないからね」

 

 さすが、ナゼル様だ。優秀すぎる。

 迎えが現れるまでの間、私たちは指定された場所で街の様子を観察した。

 小綺麗な待合所の一角で、新しいテーブルと椅子が置かれている。

 

「アニエスは俺と一緒の騎獣に乗るといいよ」

「ありがとうございます」

 

 ナゼル様がそう言ってくれると、とても安心できた。

 

 

 しばらくすると、待合室にそばかすのある少年が駆け込んできた。

 辺境特有の、日に焼けた肌に橙色に近い茶髪の彼は、私たちを見て瞬きしたあと、早足で近づいてくる。


「ナゼルバート様でしょうか」

「そうだよ。君がスートレナ領からの迎えかな?」

「はい、トニー・フォーンといいます。それで……」

 

 トニーはなぜか待合室の中をキョロキョロと見回す。そして、戸惑った様子でナゼル様を見上げた。

 

「奥様はどちらに?」

「…………」

 

 ここだよ、ここにいるよ。あなたの目の前ですよ。

 待合室に沈黙が落ちた。

 コホンと咳払いしたあと、ナゼル様が私の背中に腕を伸ばす。

 

「紹介しよう。妻のアニエスだ」

 

 私は微笑みながらトニーに挨拶した。

 

「はじめまして、私がアニエスです。迎えに来てくださり、ありがとうございます」

 

 大丈夫だ。今日もケリーに服と化粧を任せている。

 顔を合わせた瞬間、一目散に逃げられることはないはずだ。ケリーはとても優秀なメイドさんなのだから。

 トニーはぽかんと口を開けて私を見ており、腑に落ちないといった表情を浮かべていた。

 すると、ナゼル様が私の背中を支えたまま、彼に向かって微笑む。

 

「自慢の妻なんだ」

 

 ひぇー! そんな、滅相もない!

 私があたふたしている間にトニーは立ち直ったようで、騎獣のいる場所へ案内してくれた。けれど……

 

「こ、これは……?」

 

 私は初めて間近で見る騎獣に興味津々だけれど、ナゼル様はもの言いたげな表情を浮かべている。

 目の前で雄叫びを上げているのは、ワイバーンと呼ばれる、蜥蜴に似た魔獣の一種だ。

 蜥蜴なら、エバンテール家の庭にたくさんいたし、それに羽が生えて大きくなっただけだよね。変な魔獣じゃなくて良かった~!

 

「アニエス、その、大丈夫かい?」

 

 まじまじとワイバーンを見ていたら、心配そうなナゼル様に声をかけられた。

 

「ん? 何がですか?」

「いや、天馬が用意されているものと思っていたのだけれど。ワイバーンは、怖がる女性も多いから……」

「平気ですよ。ナゼル様は、天馬じゃなくても乗れますか?」

「ああ、俺はワイバーンにも乗れるけれど……」

「良かったです。それでは、さっそく」

 

 騎獣に乗るのは初めてだから、ドキドキする。

 私たちの前にいるのは、真っ青な皮膚に緑色の瞳の美しいワイバーンだ。

 大人しくて、不思議そうな目で私たちを見つめている。雄かな、雌かな?

 

「よし、よーし、いい子でしゅねー。美人さんでしゅねー。私、こういう生き物が大好きなんです」

「え、そうなの?」

「父や母が良い顔をしないので、屋敷では何も飼えなかったですけど」

 

 庭には多くの小さな獣が暮らしていたし、エバンテール侯爵領では羊が飼われ、牧羊犬もいた。牛や鶏、山羊や猫も見かけた記憶がある。

 夜中にこっそり屋敷を抜けだし、夜行性の獣を触りに行ったこともあった。

 彼らは人間と違って、私の外見をとやかく言わないし、私を傷つけない。

 

「では、お先に乗らせていただきますね」

 

 目の前にいるワイバーンを撫で終えた私は、金具に足を引っかけ、するすると背中に這い上がる。ケリーが着せてくれた服はヒラヒラせず、騎乗しやすいデザインだ。

 一応鞍らしきものがあったので、その上に座ってみる。

 

「ナゼル様、前に乗りますか、後ろに乗りますか?」

「後ろは危ないよ。アニエスは前に乗って、俺が支えるから」

「了解しました」

 

 ずりずりっと前に移動すると、ナゼル様が身軽な動きで後ろの席に飛び乗ってきた。

 何をしてもスマート、格好いい……!

 トニーが複雑な顔をしているけれど、どうしたのだろう? まあいいか。

 

 フロレスクルス家からついてきた皆さんには、ここで帰ってもらい、私とナゼル様とケリーだけでスートレナ領へ向かう。

 ケリーはトニーと一緒に赤いワイバーンに乗った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この精神力…… まさか鋼様?
[一言] すげえただの平民がロクに情報ないのに先行イメージで嫌がらせしようとしてやがる
[良い点] 天馬もかっこいいけどワイバーンもかっこいいですね…!!早そう。 [一言] ワイバーンに這い上がる姿が最高ですね! ワイバーンもいきなり可愛らしく声かけされて驚いたり興味持ったりしてそうです…
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