102:芋くさ夫人の痴漢撃退術
部屋の隅に避難してキーキーわめいている、真っ赤な顔の王妃殿下と王女殿下が見える。
ナゼル様の父君や兄君は武闘派ではないのか、同じく端の方で震えていた。母君は避難済みで、ジュリアン様は残っているけれど平気そうだ。
(よかった、皆無事……どころか、相手を圧倒しているわ)
しかし、ホッとした私の後ろから、ニュッと小麦色の腕が伸びる。
ハッと気づいたときには、いつの間にか移動したロビン様に後ろから抱え込まれていた。
ナイフを手にした彼はその切っ先を私の頬に当てる。
「ロビン様、放してください」
「嫌だね。う~ん、いい匂いだね、小鳥ちゃん」
「ひいっ!」
首元でクンクン匂いを嗅がれたせいで、全身に鳥肌が立つ。
「柔らかい抱き心地……ナゼルバートめ、羨ましい……」
「変なところを触らないでください!」
「え~。せっかくお近づきになれたのに、触らないともったいないじゃん~」
セクハラ行為を働きながら、ロビン様はナゼル様に向かって叫んだ。
「ナゼルバート! 小鳥ちゃんの命が惜しければ武器を捨てて、俺ちゃんに土下座しろ!」
彼の言葉で、二人の王子殿下やナゼル様がたじろぐ。
なんて卑怯な人なのだろう! この期に及んで人質を取るなんて!
(でも、人選ミスなのよね)
怖いけれど、ただ震えているだけでは状況は変わらない。
私は足を上げ、そのまま「えいっ」と、ロビン様のつま先を踏みつける。
以前、ラトリーチェ様に教えてもらった、変態撃退用の護身術だ。
武闘派のラトリーチェ様は親に虐待されていた私に酷く同情し、スートレナ滞在中に護身術を一通り仕込んでくれたのだった。
「……っ!」
高いヒールではないが、パーティー用の靴はかかとの部分が硬めだ。
ぐりぐりと足を動かしていると、ロビン様は苦悶に満ちたうめき声を上げる。
「ぐっ!?」
「まだまだ!」
右手側に体をずらし、肘の先で相手のみぞおちを突く。
「ぐはっ!」
「もう一息!」
ロビン様の左腕を掴んで、くるりと相手の左脇の下をくぐり、ギュッと相手の腕を背中側へ引っ張る。
「痛でででででっ! 関節技……だと!?」
無理な体勢に悲鳴を上げるロビン様をめがけて、ナゼル様が駆け寄ってくる。
「アニエス!」
相手が関節技を受けて動けないところへ、長い足で容赦なく跳び蹴りを決めるナゼル様。
「ロビン! よくも私の妻に……!」
私を保護して抱きしめるナゼル様は、ロビン様を捕縛するよう指示を出す。
すると、王妃の息がかかっていない兵士がやって来て、素早く彼を拘束した。
気絶したロビン様はブクブクと泡を吹いている。
「ごめんね、アニエス、怖かったね。大丈夫かい?」
「はい。ロビン様が、めちゃくちゃ弱かったので、なんとかなりました」
「この期に及んでアニエスに抱きつくとは。なんて危険な奴なんだ……」
私が関節技を決めなくても、ナゼル様は助け出してくれたと思う。けれど、皆の足を引っ張るような真似はしたくなかった。
護身術の師であるラトリーチェ様が、嬉しそうにこちらをチラ見している。
「王妃と王女を連れて別室へ」
ベルトラン殿下の言葉に、兵士が忠実に従う。王妃たちに味方する者は、もう一人もいなかった。
その光景から、すでに王宮の勢力図が書き換わったと理解する。
最後に陛下を仰ぎ見たベルトラン様は、ニヤリと笑って彼に話しかけた。
「そういうわけですので父上、約束は守ってくださいね」
瞑目した陛下は、ゆっくり頷く。
「……もとよりそのつもりだ。よくやったベルトラン、レオナルド。ナゼルバートよ、協力感謝する」
きびすを返した陛下は、連行される王妃と王女を追うように、悠々とした足取りで大広間を後にした。