75話 魔族、全て失い発狂する
テイマーのエレンにより、魔族ジンギョが撃退された。
魔界、ジンギョの所有する屋敷にて。
「いいかてめらぁ、よーく聞きやがれ」
「「「ギョギョッ!」」」
広いホールには、大量の上級魚人たちが集められている。
彼らはみなジンギョの忠実なる部下達だ。
「これより人間界に攻め入る。大量の魚人をツッコんで蹂躙する作戦よ」
「「「おおー! ついに!」」」
魚人達の目が輝く。
「兄貴! ついに念願だった【大規模作戦】を実行するのですね!」
「おうよ。ゲートの数が足りねえ問題は、【協力者】に頼んで解決済みよ」
ジンギョが部屋の隅を見やる。
フードをかぶった人物が、静かにたたずんで、こちらを見ていた。
「おれらジンギョ・ファミリーだけじゃねえ他の組にも協力をつけてきた。今回の作戦は例に無いほどの規模になるだろうなぁ」
「「「す、すげー! さすがジンギョさん!」」」
部下達がジンギョに尊敬のまなざしを向ける。
「やっと目障りな人間どもを根絶やしにできるのですね!」
「おうよ、思う存分あばれな。ただし、ひとつ条件がある?」
「「「条件?」」」
にやっと笑ってジンギョが言う。
「最初に狙う人物と街は決まっている。エレンっつーガキだ。そいつがすんでいるトーカの街をまずは狙う」
魚人達は首をかしげたが、特に疑問を持たずに納得したようだ。
「思い知らせてやるよ、魔族がどれほど恐ろしい存在かをなぁ……エレン……」
邪悪にジンギョが笑う。
「やっぱジンギョさんはすげーや!」
「こんなにイカした作戦を実行に移すなんて!」
「おれ、ジンギョさんマジリスペクトっす! 一生ついてきますっす!」
部下達は彼に信頼を向ける。
「30分後に屋敷の外に集合だ。解散!」
ジンギョはホールを出て行く。
「ぱぱー!」
駆け寄ってきたのは、ジンギョの娘だ。
「おお、どうしたよぉ?」
「ぱぱ、おでかけー?」
よいしょ、とジンギョが娘を抱き上げる。
「そうだぜぇ、今からパパ、人間界のゴミどもぶち殺しにいくんだ」
「わー! すっごーい! ぱぱかっこいいー!」
むぎゅっとジンギョは抱きしめる。
「さみしい思いさせてすまねえ。おれが帰ってくるまで、がまんできるか?」
「うん! できるっ! 死んだママいってたもん、あたしはがまんできる強い子だって!」
この子はジンギョの大事な一人娘だ。
死んだ妻の忘れ形見。
立派に彼女を育てることが、ジンギョの生きる意味と言える。
「それにね、今回はがまんできるよ!」
「ほー、どうしてだ?」
「パパが帰ってくるまで、一緒に遊んでくれるって! あの【お姉ちゃん】が」
娘が指さす、その先に……【彼女】がいた。
「やぁ、ジンギョくん」
恐ろしいまでの美貌を持った、背の高い女性。
彼女は【精霊王ルルイエ】。
「て、てめ……どうして……」
がくがくと震える。
目の前にいる、凶悪な力を持った存在を見て、ジンギョは動けなくなった。
「パパは疲れているみたいだね。僕が遊んであげよう」
「わーい!」
娘がジンギョから降りると、ルルイエのそばまでやってくる。
「お、おいよせ! やめろぉ!」
ルルイエはジンギョの娘を抱っこし、慈愛に満ちた顔を向ける。
「ぱぱ、どうしたの?」
「さぁ、どうしたんだろうねぇ?」
精霊王の身体から吹き上がるのは、莫大な量の魔力。
幼い娘には、彼女の放つ凶悪な魔力の波動を感知できないのだ。
「頼む! 娘を解放してくれ! 大事な一人娘なんだ」
「それが人にものを頼む態度かな?」
ジンギョは歯がみして、その場に膝をついて、土下座をする。
「頼む! その子は死んだ妻の忘れ形見なんだ! 返してくれ! お願いだ!」
ルルイエはニコッと笑う。
「良いよ。でも僕のお願いを聞いてくれることが条件だよ?」
「何でもする! だからどうか! その子を返してくれぇ!」
ふぅー……とルルイエはため息をつく。
「しかたないなぁ。返してあげるよ」
ルルイエが娘を下ろす。
「パパが君を抱っこしたいそうだよ。いってあげなさい」
「うん! わかった!」
娘が元気よくこちらにかけてくる。
あの化け物に何を要求されるかはわからない。
けれど娘が無事だったら、なんでもいい。
「ぱぱー!」
ジンギョは娘を、ぎゅっと抱きしめる。
「ああ、良かった! もう二度と離さないぞ!」
強く抱きしめた、そのときだった。
グシャッ……! と娘が潰れたのだ。
「は……? な……え?」
握りつぶしたトマトのように、娘はジンギョの手によって圧死したのだ。
「なんて酷いお父さんだ。自分の大事な娘を、自分の手で殺すなんて」
くすくす、と精霊王は嗤いながら、近づいてくる。
「あ……あぁああああ!!」
娘を殺したショックと、なぜ死んだのかに対する疑問で、頭の中がぐちゃぐちゃになった。
「簡単な理屈さ。君の娘を低級モンスターに存在を退化させたんだよ。魔核を剥奪してね」
ルルイエの手には、赤黒い結晶が握られている。
「低級モンスター並に弱体化した娘を、子爵級の魔族が強く抱きしめた。魔族の膂力に耐えきれずグシャリ」
「あぁがあぁあ! あがぁあああああ!」
大事な大事な娘を自分で殺してしまったことの後悔で、ジンギョは身を引き裂かれそうな思いをする。
「いやだぁああ! 死ぬなぁああ! うわぁああ!」
ルルイエは愉しそうに笑うと、パチンッ、と指を鳴らす。
「ぱ、パパ……?」
「え……?」
胸の中で事切れていたはずの娘が、復活していたのだ。
「お、おま……なんとも……ない?」
「うん? うん。ぜーんぜん!」
娘が生きていたことの安堵。
生き返ったことに対する疑問。
それらが渾然一体となって、身体から力が抜けてしまう。
「パパはそろそろお仕事の時間みたいだ。僕があとは面倒を見てあげよう。先に部屋に帰ってなさい」
「はーい!」
娘は元気よくうなずいて、自分の部屋に戻っていく。
しばし呆然と、その場から動けないでいた。
「大事なものを理不尽に傷つけられる気持ち、理解したかい?」
ルルイエは冷たい表情でジンギョを見下ろす。
「どう、して……生き返った?」
「魔核を返してあげただけさ。あとは自分の再生能力で戻っただけだよ。魔族って、無駄に生命力あるからね」
「なん、で……こんな……ことを?」
ルルイエは酷薄に笑って言う。
「言ったろ? 大事な人を傷つけられる気持ち、君にも是非味わって欲しくてね」
圧倒的な殺意を彼女が放つ。
そう、森の中で出会ったときに、感じたそれと同じだ。
「僕の愛するエレンを、君は理不尽に傷つけようとした。そのときのショックは今君が感じたものの何億倍も大きいんだよ?」
彼女の身体から立ち上る、凶悪な魔力の波動。
それは肉食動物を目の前にしたときに感じる恐怖の比ではない。
「僕は君を許さない。絶対絶対許さない」
「こ、殺すなら……おれを殺せぇ!」
「殺す? あははっ! そんなことするわけないだろ? 死は救済じゃないか」
微笑みながら精霊王は続ける。
「僕はいつでもお前達魔族を皆殺しにできる。1秒もあれば根絶やしにできる。けどしない。なんでかわかるかい?」
「し、しらねえよ……」
「僕の大大大好きなエレンがね、そう望んだからなんだ」
頬を赤く染めて、うっとりとつぶやく。
「彼の言いつけを破ってしまったらあの子に嫌われてしまう。それは嫌だ。だから生かしてあげる……でもね」
再び感じるのは、圧倒的な殺意だ。
「殺しはしない。けれど死ぬ以上の苦しみをおまえには与える。その気になれば僕はあの子をすぐに殺せる。24時間、365日、いつだってね」
ガクガクガク……とジンギョが震える。
「さて、娘が死ぬのはいつかな? 1秒後かな? 1分後かな? 明日かな明後日かな? ……君は、いつ大事な娘が殺されるかわからない恐怖に、死ぬまで怯えないといけないんだ」
「や、やめろ! 娘は関係ないだろおおお!」
泣き叫ぶジンギョを、まるでゴミのように見下ろす。
「黙れ。でないと娘を殺す」
「ひぎっ……!」
もはやジンギョは、精霊王の言いなりだった。
逆らえば自分じゃなく、娘を殺されてしまうから。
「そう怯えるなよ。言っただろう? 僕はお前を殺さないって」
「あ……あぁ……」
精霊王は立ち上がり、きびすを返す。
「娘の命が惜しければ……どうすればいいか、わかるね?」
ルルイエは足音を鳴らしながら去って行く。
ふらふら……と立ち上がる。
「なんて……ことだ。あんな化け物に……因縁つけられちまった……くそ……あんなガキに……かかわっちまったばっかりに」
「ああ、そうそう。気をつけた方が良い」
精霊王は振り返って、微笑む。
「今の一部始終、部下達全員が見てたから」
「…………………………は?」
ガツンッ!
誰かに後頭部を殴られる。
振り返るとそこには、自分の部下達がいた。
「ジンギョさん……いや、ジンギョ。見損なったっすよ」
部下達の表情には、侮蔑の色が浮かんでいる。
「あんな人間の言いなりになるなんて!」
「人間を皆殺しにするって息巻いていたくせに! あんな人間になにびびってるんすか!」
部下達の言うところの、人間とは、ルルイエのことだろう。
たしかに彼女は、表面上は美しい人間の女だ。
だが魚人どもは知らない。
彼女がこの世の奇跡を司る至上の存在であることを。
「ち、違うんだ……! あの女は人間じゃあねえんだよ!」
「うるせえ腰抜け! てめえには失望したよ!」
部下達はジンギョを袋だたきにする。
「や、やめ……くそ、調子に乗るなよザコどもがぁあああ!」
ジンギョは子爵級魔族。
その気になればこんな部下達など、瞬殺できる。
だが……。
「なっ!? ば、バカな! 力が出ねえ! どうなって……ガッ!」
部下達はジンギョをボコボコにする。
抵抗しようとしても、身体に全く力が入らないのだ。
『ああそうだ君の魔核奪っといたから。きみ、部下の魚人より弱い存在になっているからね』
「ぞ、ぞんなぁ……」
ボコッ! ドガッ! ボコッ!
「や、やめ……やめろぉおおおおおお!」
ひとしきりボコられた後。
「あーあ、しらけたわ。おい、おれらで人間界へ攻め入ろうぜ。こんな腰抜けほっといてよ」
「「「さんせー!」」」
部下達がぞろぞろと、ジンギョたちから離れていく。
「ま、待てぇー……」
部下達の足を掴む。
「それだけ……は、やめろぉ……」
魚人が人間界に攻めれば、エレンへの敵対行動と見なされる。
すると彼の娘はルルイエに殺される。
「うっせえよ腰抜け。おい行こうぜ」
ぞろぞろ……と部下達が出て行く。
廊下の先には、フードをかぶった男がいた。
巨大なゲートを出現させている。
「ま、待て……いくな……いくなぁあああああ!」
ジンギョが叫ぶ。
だが部下達は蔑んだ目を向けるものの、彼を無視してぞろぞろとゲートに入っていく。
大量にいた魚人達が、ひとり残らずゲートに入って……消えた。
グシャッ……!
「あ……あぁ……」
「あらあら、残念」
娘の部屋から、何かが潰れる音がした。
ジンギョの目の前には、手を【赤い液体】でぬらしたルルイエがいる。
「僕の言いつけ守れなかったから、仕方ないよね?」
「あ、あはは……あびゃびゃびゃばやぁあああ!」
部下の信頼を失い、大切な娘の命さえも失ってしまった。
自分が引き留めることができなかったせいだ。
殺したのは、ジンギョだ。
「あぶびゃ、あびゃびゃばやぁああああああああ!」
狂ったように叫び続けるジンギョ。
全てを失った彼に残されているのは、絶望だけだ。
ルルイエは微笑みながらその場を後にし、娘の部屋へ行く。
「ルルイエちゃん! もー、どこいってたのー?」
死んだ、と思われたはずの娘が、実は生きていた。
「さっき食べたホットドッグのトマトケチャップを、洗いに行こうとトイレに行ったんだけど、満席でね」
ハンカチでルルイエは、自分の手についた赤い液体……ケチャップを拭く。
潰れた音はフェイクだし、液体はただのケチャップ。
それをジンギョが勝手に、娘がルルイエに殺されたと誤解したまでだ。
「お父さん、早く帰ってこないかなー」
「すぐ帰ってくるさ」
ルルイエは優しく娘の頭をなでる。
「これでいいんだろう、エレン? ほら、子供の魔族は殺さなかったよ」
そのときだった。
「……始末してきましたよ、精霊王」
振り返ると、フードをかぶった人物がいた。
「……ゲートの転移先は火山のマグマの中。今頃魚人どもは全員焼き魚です」
精霊王は立ち上がって、嫌そうな顔をする。
「誰がそんなこと頼んだ? 【ふくろう】?」
フードを目深にかぶった人物が、肩を揺らす。
「……あなたが喜んでくれると思っての行動だったのですが」
「ふざけるな。あの雑魚どもはエレンが倒し大活躍するための駒だったんだよ。余計なことするな」
「……なるほど。そこまで考えは及びませんでした。しかし、魚人どもと戦えばケガをする可能性もあったのでは?」
「僕がいればエレンは無敵さ」
「……出過ぎたマネをしました」
娘が首をかしげて、ルルイエに尋ねる。
「あのひとだれー?」
「ん。まぁ……ちょっと昔の知り合いさ。今はもう赤の他人だよ」
ルルイエはふくろうに言う。
「お前の顔は二度と見たくないと言ったはずだ。出て行け、【出来損ない】」
「……ひどいですねぇ。昔は私のことを」
「黙れ」
にらみつけた、それだけで、ふくろうの着ていたフードはズタズタに引き裂かれる。
『……いずれまた、お会いしましょう』
そう言って、ふくろうは精霊王の前から消えたのだった。
【※お知らせ】
新連載、始めました!
「騎士団長は最強に生まれ変わった~腑抜けたおっさんと蔑まれてきた俺、ダンジョン奥地で部下に裏切られ全てを失ったが、賢者の元で修業し最強となって自由に生きる」
【作品URL】
https://ncode.syosetu.com/n1466gm/
頑張って書いたので、よろしければぜひご覧ください!
また、広告の下に作品のリンクも貼ってあります!
タイトルを押せば飛べるようになってるので、ぜひ!




