110話 温泉宿へ行こう
ぼくたちが魔王を倒してから、半年が経過した。
ある日のこと。
ぼくはアスナさん、ティナと一緒に、温泉街へと向かっていた。
「温泉かぁ~……あたし楽しみだわ!」
「でもエレンさすがね。福引きで1等の温泉旅行を当てるんですもの」
先日トーカの街でやっていた、買い物をするとできる福引きで、この旅行チケットを手に入れたんだ。
「魔王を倒して平和になって、勇者としての公務も減ってきたし、ちょうどいい骨休めになると良いわね」
「骨休め……かぁ」
アスナさんに言われて、そう言えばあんまり休んでいないことに気づく。
魔王を倒してもモンスターは普通にいるし、悪い魔族もまだいっぱいいる。
ぼくは勇者として、魔王軍の残党を相手取る日々を送っていた。
「そーよ、今日のあんたは勇者エレンじゃなくて、ただのエレン。ほら、これあげる」
ひょいっ、とティナがぼくに首飾りを投げて寄越す。
「これは認識阻害の魔法がかかっている首飾りよ。つけていれば勇者エレンってバレないわ」
「? 何でそんなことしないといけないの?」
やれやれ、とティナが呆れたように首を振る。
「エレン、あなたは魔王を倒した勇者なの。それが明るみになったら大騒ぎになっちゃうわ」
「アスナの言う通りよ。今日はお忍びで来てるんだから、あんた、あんまり目立つことしないようにね」
ぼくたちはこの国の北端にある、【セナミ】という街を訪れていた。
有名な温泉の街なんだって。
「エレン凄いわ、あなたが当てた宿、大人気で1年先まで予約びっしりなところなんですって!」
アスナさんは下調べをしたらしい。
「すごい……どんな立派な宿なんだろう、楽しみだね!」
と、宿へ向かって歩いていた、そのときだった。
「いや! 離してください!」
遠くで女の子と、数人の柄の悪い男達が路上で揉めていた。
「あ! エレン! 待ちなさい!」
ティナが止める前に、ぼくは動いていた。
「なぁおれらと一緒に行こうぜ~?」
「嫌です! お断りです!」
ぐいっ、とチンピラが女の子の腕を無理矢理引っ張る。
「痛っ」
「へっへっへ、おとなしく来りゃ問題……ぶべぇえええええええ!」
ぼくは高速で接近し、チンピラの頬を殴り飛ばした。
「なっ!? なんだてめえは!」
「ぼくは…………通りすがりだ!」
勇者エレンと名乗ったら大変だからね。
今日はお忍びできたんだから、隠しておかないと。
殴られたチンピラは空中できりもみ回転すると、地面にべしゃっと墜落する。
「な、なんてパワーだ……。こんなちびのくせに」
「お、おい! やっちまえ!」
チンピラたちがぼくを取り囲む。
「あ、あの! お逃げください!」
女の子が震えながら言う。
ぼくは首を振って、笑顔で答える。
「大丈夫だよ、ぼくが助ける。それに……震えてる女の子を置いてなんて、逃げられないよ」
「黙って聞いてりゃ調子乗りやがって! おい、野郎ども! かかれ!」
ドサッ……!
「なにぃいいいいいいい!?」
チンピラたちは全員昏倒し、その場に倒れている。
「え……? うそ……」
「な、何をしやがった!?」
「ええっと……少しにらんだだけだけど……」
それなのに、チンピラ達は泡を吹いて倒れてしまった。
『おぬしは魔王を倒すほどの強者。にらまれただけで魂が怯えてしまい気を失ったのじゃ。さすがじゃエレンよ』
不死鳥のカレンの解説を聞いても、ぼくは理屈がよくわからなかった。
「みょ、妙な術を使いやがって……! くそっ! 【サイトー】様に言いつけてやるからな! 覚えてろよ!」
チンピラは仲間をたたき起こし、ぼくらの元を去って行った。
「まったく、エレンってば困っている人を見るとすーぐこれなんだから」
ティナ達が追いついてきて、苦笑いしている。
「でもわたしね、エレンの困っている人を見過ごせないところ大好きよ♡」
アスナさんに微笑まれて、ぼくは赤面してしまう。
ややあって。
ぼくたちは女の子とともに、温泉宿を目指していた。
「へぇ……! きみは女将さんの娘さんなんだね!」
ぼくが助けた女の子は、今からぼくらが行く宿の関係者らしい。
「はい……その……ごめんなさい……」
「なんで謝るの?」
「今……うち、大変なことになってるんです」
「大変なこと?」
女の子とともに、ぼくらは宿へとやってきた。
異国情緒ただよう大きな温泉宿……なんだけど。
「人、少ないわね」
「そ、そんなことないわ。ほら、素敵な宿よ!」
ティナの言うとおり、1年先まで予約が埋まっているにしては、宿の周りに人っ子一人見かけなかった。
それどころか、通行人たちはこの宿の前をあえて避けているようにすら見えた。
温泉宿は外周を壁で囲まれている。
壁を雑巾でゴシゴシと拭いている、きれいな女の人がいた。
「おかーさん!」
ててっ、と女の子がその人の元へと向かう。
「ハナ、おかえり。お使いご苦労様。遅かったわね」
助けた女の子は、ハナちゃんというらしい。
ハナちゃんは女将さんの娘、といっていた。
ということは、今掃除をしていた女性が、この宿の女将さんなのだろうか。
「! まさかおまえ……また【サイトー】のチンピラに……」
「う、ううん! なんでもないよおかーさん! 大丈夫、お兄ちゃんたちが助けてくれたんだっ!」
女将さんはぼくらの前にやってくると、深々と頭を下げる。
「娘を悪漢から守っていただき、誠にありがとうございました……!」
「いいえ! 当然のことをしたまでです!」
ぼくはここに泊まる旨を女将さんに伝える。
女将さんは表情を曇らせた後、僕らを部屋に案内してくれる。
「なんだ、中はとても豪華で綺麗じゃない」
ここら辺では見ない内装をしていた。
木でできたつるつるの廊下に、庭には白い砂が引いてあって、大きな岩がアーティスティックに置いてある。
けれど、廊下をすれ違う人たちは今のところいない。
「……なんだかおかしいわね、ここ」
「……ううん、何か事情があるのかな?」
ぼくたちは部屋へと通される。
ここもまた、【畳】という珍しいカーペットの引かれた、豪華かつ開放的な部屋だった。
「すごいわ! こんな素敵な宿に泊まれるなんて、ありがとうエレン!」
アスナさんがぼくをムギュと抱きしめる。
恋人同士になったとは言え、人前だとちょっと気恥ずかしいや。
「あたしさっそくお風呂入りたい! 温泉があるんでしょう?」
すると女将さんは、非常に申し訳なさそうな顔で言う。
「ごめんなさい、温泉には入れないのです……」
「ええっ!? ど、どうかしたんですか?」
女将さんは躊躇した後、ぼくらを連れて温泉までやってきた。
「な、なによこれ……!」
「ひどい……お湯がヘドロにまみれてる……」
露天風呂の湯船には、黒い泥で満杯になっていた。
硫黄というよりゴミのような腐敗臭がただよってくる。
「なにがあったんですか?」
ぼくは女将さんに尋ねる。
「……実は、ある大貴族から嫌がらせを受けているのです」
女将さんによると、こういう話らしい。
大貴族【サイトー】が、この温泉に泊まりに来た。
そのときにハナちゃんに一目惚れしたらしい。
求婚されたがもちろん断った。
「その日以来、こうして嫌がらせを受けるようになりました。客はサイトーのチンピラたちを恐れて近づかず……今では宿は風前の灯火なのです……」
「なんて酷いヤツなんだ、そのサイトーとかいう貴族は!」
と、そのときだった。
「帰ってください!」
宿の玄関口のほうから、ハナちゃんの声が聞こえてきた。
ぼくらは急いで声のする方へと駆けつける。
「ぐふっ……♡ ハナちゃんは怒った顔も可愛いでちねぇ~……」
玄関にいたのは、太ったイボカエルのような男だった。
黄色い肌に、黒い髪に黒い目。
変わった見た目だな……。
「サイトー様!」
女将が青い顔をして、娘であるハナちゃんに近づく。
「チッ……。口うるさいババアがやってきたでち。ひっこんでるでち」
大貴族サイトーと、そのチンピラが背後に数人立っていた。
「何をしに来たのですか?」
「決まってるでち。ハナちゃんを迎えにきたでち」
サイトーが下卑た笑みを浮かべる。
「あたし、嫌よ!」
「そうでちか~? でも、そうなると大事な宿がつぶれちまうでち? おい、おまえらやれ」
背後に控えていたチンピラ達が、手に持った武器を振り上げる。
玄関の壁を破壊しようとしたので、ぼくは素早く炎を出す。
ボッ……! と一瞬でチンピラ数名の持っていた武器が燃えて溶ける。
「なっ!? どうなってるでち!?」
ぼくはサイトーの前にやってきて、ハナちゃんをかばうようにして立つ。
「もうこの人たちに嫌がらせをするのはやめてください!」
「な、なんでちおまえは~……?」
「えっと……そんなのどうでもいいでしょっ? 嫌がっている女の子を無理矢理連れてこうとするなんて、人さらいとおんなじですよ!」
ふんっ! とサイトーが小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「ガキが。大貴族に逆らったこと、後悔させてやるでち」
ぱちんっ、とサイトーが指を鳴らす。
玄関をぶちやぶって、3メートルほどの巨大な男が入ってきた。
「オーガでち! どうだ、怖いだろ!」
筋骨隆々のそいつは、確かにオーガだった。
……モンスターをこのサイトーという男は、従えているのだろう。
けれど……ぼくは何も怖くなかった。
「なっ!? どうしてビビらんでち!」
「オーガくらいなんだっていうんだ」
魔王幹部や魔王と比べると、オーガなんて全く怖くなかった。
「くっ……! お、おい! やれオーガ!」
だが、オーガはがくがくと震えるばかりで、サイトーの命令を聞かない。
「どうしたでち! おい! 殺せ! この生意気なガキを殺すんでちよ!」
ぼくはオーガに近づくと、向こうはびくんっ! と体を硬直させる。
スッ……とぼくは手を伸ばすと、オーガはぼくの前で跪いた。
「す、すごい……! オーガが恐れをなして、お辞儀をしている!」
「いったい、あなたは何者なの……?」
ハナちゃんたち親子が、ぼくを見て目をむいている。
「く、くそぉお! 役に立たん! こうなったらボクが能力を……!」
ぼくはサイトーに向かって、炎を一瞬だけ展開する。
炎による風圧で、サイトーとそのチンピラ達は吹き飛んでいった。
「な、なんてパワーでち……圧倒的でち……ば、化け物かおまえは!」
ぼくは倒れ伏すサイトーを見下ろしていう。
「またこの人達にちょっかい出すなら、この程度じゃ済ませないぞ!」
「く、くそ……! 覚えてろ! 次は殺してやるからなぁあああああ!」
サイトーはそう吐き捨てて、ぼくらの元から立ち去っていくのだった。
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ひゃっほー! やっぱりエレンはどこへ行っても正義の味方! かっこいー! 最高ー!
……しかしあのサイトーとか言うデブ、転生者みたいだね。
あの自称女神ユゴスがこの世界に連れてきた転生者って、意外と多いのかな。
ま、なんにせよ、エレンに刃向かった以上はペナルティを、覚悟してもらわないとね。
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