色々スタンバって勝手に暴走とか変態すぎんだろ
「アコには心配かけたくないからいわないで欲しいんだけど」
と前置きしてアスカはぽつりぽつりと話し始めた。
そこそこ混んでいる電車の中で前にいたおっさんからエロ動画を見せられた挙句に「おっぱい大きいねぇ」と鼻息荒く囁かれたらしい。
まじか。
電車内でエロい動画堂々と見るヤツの気が知れん。
そんなもんは個室のトイレか自室で見ろやっ!
この変態オヤジめっ!
なんてもんをアスカに見せてんだ!
しかもお前の臭い息をアスカに吹きかけたとかマジ許せん!
アスカと同じ空気を吸ったということだけでも市中引き回しの上打ち首獄門ばりの案件だぞ!?
「まだそれくらいならよくあることだし、いちいち過剰に反応してたら喜ばせるだけだから無視してたんだけどぉ」
直接触られたわけじゃないからまだマシだよとかマジ勘弁してくれってんだ!
それはすでに駅員に突き出すレベルだぞ。
世の男どもの勝手な性欲を押し付けられすぎたせいか、アスカの中の我慢できるラインがあまりにも世間一般とズれすぎてやしないか。
「電車から降りたら先輩からLINEでしつこく遊びに行こうよって誘われてうんざりだし、信号待ちしてたら向こう側で待ってた男の人が胸を揉む仕草してきてぇ」
イヤだなぁって思ってたら。
「すれ違いざまに触ってきたから」
「――――!!」
「え!?アツシくん?なに?どうしたの!?」
怒りとうらやましさが相まってゲージがマックスになっちまったおれは無言で叫びながら鼻を押さえて壁に頭突きをかましてしまっていた。
「っざけんなっ!」
「うっ。ごめぇん」
アスカに向けた怒りじゃねえのにシュンとうつむいて謝ってくる。
くそう。
謝らせたいわけでも怖がらせたいわけでもないってのに。
うまくいかん。
痛む額を押さえておれはゆっくりと深呼吸した。
落ち着け。
まったく情けねぇ。
「なんでアスカが謝んだよ」
「だって」
大声出してビビらしたのはおれのほうなんだから謝んのならこっちなんだが。
素直に謝れないのは十年近く片思いをこじらせちまってるからだ。
「アツシくんがわたしを心配してくれてるの分かってるよ。だからなに簡単に触らせてんだよっていわれてるんだと思ってぇ」
「ばっ」
いや。
まあたしかになに触らせてんだよ!って気持ちは少なからずある。
ある、が。
「簡単に触らせたとか思ってねぇよ。すれ違いに触ってくるとかふつう思わねぇだろ。触ってくるほうが悪ぃに決まってんだろが」
「うん。ありがと。それだけでなんか救われる」
なんだそれ。
そんなもんで救われんなよ。
アスカ。
「えへへ。ごめんねぇ。今日ちょっとアコのことうらやましすぎたかも。それで気づいたんでしょ?」
なんかあったって。
「ん、まぁな」
ほんとはアスカが男のモノを宇宙人にどうにかして消してもらいたいって暴言吐くほどのよっぽどのことがあったんだろうって邪推しただけで。
アスカが苦しんでることとか悩んでることのほとんどは男のおれには理解できねぇんだ。
そもそもおれと半年会わなくてもアスカは平気なわけで。
悔しいがLINE交換すらできてねぇんだから勝負は見えてる。
でもそう簡単に諦められるなら十年も片思いしてねぇっての。
「アツシくん口は悪いけど優しいよねぇ」
ふわっと笑うアスカの目元は潤んで赤くなっている。
酒のせいだ――と分かっていても期待しちまう。
クッソ!
なんで通りすがりの痴漢野郎がアスカのマジ柔らかそうな胸に触れるんだよ!
電車の変態野郎がアスカの良い匂いをくんくん嗅げるんだ!
おれなんかこの関係を崩したくなくて相当我慢してるってのに。
「アスカ」
「なぁに」
でも名前を呼んで応えてもらえるという特権はあいつらにはないのだと必死で納得させる。
普段のアスカも可愛いが、酔ってるときのアスカは格別色っぽくてマジ可愛い。
そんなアスカが見られるなら友だちでいい。
アスカの中ではアコの友だちって認識だろうけど。
「アツシくん。ごめん。ちょっと限界」
「――――!?」
もじもじと膝をこすり合わせて通路の奥へと視線を送るアスカに身体の中心がカッと熱くなる。
まじか!?
なんだよ。
急にそんなラッキースケベ起こるわけ――ねえだろ!?
鎮まれ。
頼む。
勝手に勘違いしてスタンバってんじゃねえよ!!
おれのモノ宇宙人に刈られちまうぞ!?
いや、いっそのことそうのほうがいいのか!?
そうすればアスカとは清い友人として続けられる。
ってイヤだ――――!!
せめて一回くらい。
いやいや落ち着け!
それ以上妄想したら暴発する!
血よ!
鎮まってくれ!
頼む!
「ぐぅうっ」
苦しくて痛くて真っすぐ立っていられないおれにそっと寄り添ってアスカが甘く囁く。
「アツシくんもツラそうじゃない。ほら急いで」
「アスカ、マジか?マジでいってんのか?」
「マジでって」
きょとんとしたアスカの可愛い顔がすぐ近くにある。
やべぇ。
唇が、息が、香りが。
おれを誘って。
「こんなところで漏らしちゃったら店員さんの迷惑になるし恥ずかしいよぉ?大人なのに」
「アスカっ」
たまらず伸ばした手はひらりと華麗にかわされ「先に行くねぇ」という声を残してトイレのドアの向こうへとアスカは消えていった。
「ああ、だよな」
あたりまえだ。
バカ。
急速に萎えてくれて心底助かった。
勝手に盛り上がって暴走するなんざ痴漢野郎や変態野郎とたいして変わらん。
壁にめり込むように頭をこすりつけてため息をつく。
「変な野郎たちから守ってやりてぇだけなんだけど」
うまくいかんな。
男って生きもんはどうしたってエロいこと考えちまうし、あわよくば雰囲気に流されていいようにできんかとか思っちまうし。
傷つけたいわけじゃない。
ただ。
笑っていてほしいだけ。
なんだけど。
「アツシくん」
待っててくれたんだぁなんて嬉しそうに笑われたらまともなことなんか考えられなくなっちまうんだよ。
重症だ。
「ねえさっきスマホ触ってて気づいたんだけどぉわたしたちLINE交換してなくない?とっくに知ってると思ってたからびっくりしちゃったぁ」
トイレでスマホ触ってたのかというツッコミはいま必要ない。
なるべく普通の顔を取り繕いスマホを取り出して「こ、交換するか?」と聞いてみた。
「うん。しよ」
「お、おう」
アスカとならなんでもしてぇわ。
くぅ。
しかし大きな一歩。
宇宙人侵略が起こる前までには覚悟決めてアタックするから。
それまではどうか頼むから他の男とどうこうなってくれるなよ。