ツーカップ上がってスリーカップ下がっても胸はえぐれたりしないから
「私だって胸か尻か分かんないねって面白がっていわれることもあるし、頂き物のみかんを胸に詰めたらちょうどよくなるんじゃないかって笑われたりするもん。触られることもいやらしい目で見られることもないけど女として扱ってもらえないのはやっぱり悔しいよ」
お代わりのビールを今度はチビチビと飲みながらぽつりぽつりと話してくれたエピソードや悩みは笑い飛ばしてだいじょうぶだよなんていえるようなものじゃなかった。
「ごめん。アコ」
「いいよ。アスカが謝る必要どこにもないじゃん。胸が大きいとか小さいとかでバカみたいに騒ぐ男が悪いんだからさ」
「たしかにそうだけど」
「それにね。敵はそれだけじゃなかったんだよ。この間眠くてぐずってる甥っ子を抱っこしてたら胸をさぐられて『ぱ~い?ぱ~い!な~い』って号泣されたのが超ショックでさ」
「ぶはっ!子どもは正直だなっ!」
ゲラゲラと笑うアツシくん。
アコが「そこまで笑わなくてもいいでしょうが!」って怒ってるけど、一瞬ホッとした顔をしたのをわたしはちゃんと見てたからね。
「だいたい同じ遺伝子なのに姉ちゃんは胸でかいし女っぽいのって納得できないんだけど」
「おいおい同じ遺伝子なわけがあるかバカ。そういう時は同じ両親から生まれたとかなんとかいうもんだろうが」
お前と姉ちゃんはクローンか一卵性双生児かなにかか、なんて呆れたようにいうアツシくん。
「そうともいう。とにかく姉ちゃんが大きいのに私が大きくならないのってなんか理由があるんだと思う?」
「別にいいんじゃねぇの?おれはお前の胸が大きかろうが小さかろうがどうでもいいわ」
運ばれてきた焼き鳥を頬張って心底興味なさそうに首を振る。
そしてほら飲め飲めとアコをあおった。
「男にも色々いんだっつーの。巨乳が好きなやつもいればお前みたいなのを好きなやつもいるんだよ」
「いるんだよってことはアツシくんの近くにそういう男の子がいるの?」
「まぁいなくはねぇけど……」
期待を込めたアコの視線から逃げるように顔を背けてはっきりいわないところをみると特殊な性癖の人たちなんだろうなぁ。
マトモそうならアツシくんだってアコに紹介するくらいはするだろうし。
「男ってほんとバカなんだねぇ」
「なに?なに?どういうこと?」
「いいから飲めって。そんで食え」
「ちょっとなんかごまかそうとしてない!?」
「あ、ほらこれ美味しいよ。アコ」
「え?どれ?」
次々と運ばれてくる料理の中から適当に一品選んですすめるとアコはぱくりと一口食べて「おいし~い!」と笑み崩れた。
そのままどんどん食べ始めたのでほっと息をつくとアコの向こう側からアツシくんが「サンキュ」って口パクをしてくる。
アコに気づかれないように小さくうなずいて、わたしもおいしそうな料理に箸をつけることにした。
しばらくは料理に集中してどれが一番美味しいかで会話が盛り上がる。
居酒屋のお料理は美味しいけれど脂っこいし味も濃い。
カロリーは鬼のように高いから考えながらわたしは食べるんだけど。
アコは違うんだよね。
毎回見事な食べっぷりで平らげていくのに体型はスレンダーだし、暴飲暴食で肌が荒れたとかも聞いたことがないからなぁ。
正直うらやましい。
わたしは飲んだ翌日は顔はむくんでパンパンだし、メイクのノリもすこぶる悪くなるから。
「そもそもアコは痩せてるからなにを着ても似合うからいいよねぇ」
「は?そんなことないって」
「あるよぉ。わたしTシャツ似合わないし、ワンピースも裾が上がっちゃうし、リブ編みのニットは太って見えるし胸が悪目立ちするし」
他にも胸回りで選ぶと袖が余るし、第二ボタンなんて留めても留めても気づいたら外れてるしさ。
胸のせいで諦めた服。
憧れても一生着ることができないと思うとなんだか切ないよねぇ。
「それなら私にもNG服いっぱいあるってば!胸元が深く開いたデザインだと前かがみになったときに谷間じゃなくてお腹が見えちゃうから着られないし、うっすい生地のゆるっとしたシルエットの服とかも貧相に見えちゃうしさ」
どちらかといったらボーイッシュな服装の方が似合うし――っていうアコはパンツスタイルが確かに多い。
脚は細すぎず筋肉で引き締まってスラ~っとしてるからとっても似合う。
お尻だってきゅっと上がっててうっとりしちゃうけどスカートも可愛いお洋服も絶対似合うと思うんだけどなぁ。
「ピタッとした服とか胸が小さいのが強調されるからまず着ないし。アスカくらいあるんならバンバン着るけど」
「あはは。胸で生地とられるから勝手にピッタリになっちゃうんだよねぇ」
「けっきょく着たい服と似合う服って違うもんなんだよなぁ」
「そうだねぇ」
ひとしきり笑ったあとでアコが「そういえば」と真面目な顔をした。
なんだろう?
「今日職場で妊娠したらツーカップアップするよって教わって喜んだら、その代わりスリーカップ縮むっていわれて」
まじまじと自分の胸を見下ろしアコは泣きそうな声で「凹んじゃうよ」と呟いた。
「いやいや!いくらなんでも凹んだりまではしないからぁ」
「だって!今からワンカップ減るってことだよ!?そうなったら私耐えられない!」
慎ましい胸を両腕で隠しておいおいと泣くアコをどうやって慰めよう。
まったく職場のおばさまたち余計なことをアコに吹き込まないでほしいなぁ。
おばさまたちもおもしろがって軽い気持ちでいってるのかもしれないけど。
「赤ちゃんに母乳飲ませなかったら減らないらしいよ?」
「……減らないってことは」
「ツーカップ上がったままってことだから今より大きくなるねぇ」
「――――!?」
勢いよく顔を上げて丸く大きな目を輝かせたアコだったけど、すぐにしおしおしおのぷ~っとしおれちゃった。
「なぁに?どした?」
「だってさ。赤ちゃんのために大きくなったのにおっぱいあげないってどんだけ自分のことしか考えてないのかよって思ったらすっごいイヤになって」
ムリムリなんて首を振るアコはほんとうにいい子だなぁ。
「なんだ。そもそもお前結婚できるって思ってたのか?」
「ア~ツ~シ!?」
「できるよぉ!アコの可愛いさが理解できないなんてアツシくん趣味悪いね」
「ほんとに」
わたしの反論に同意してくれた声はアコじゃなかった。
声は隣じゃなくて前から。
つまりカウンターの向こう。
「あ!浅井さん!」
「こんばんは。今日も楽しそうだ」
お店の黒いTシャツと帽子をかぶったお兄さんはいつもはキッチンの方でお料理を作っているんだけど、たまにこうしてカウンターの中にも出没する。
サービスですってデザートを出してくれたり、酔い覚ましの熱いお茶を出してくれたり気が利く人なんだけど。
「今日のお料理どれも美味しかったです。食べ過ぎちゃって苦しいくらい」
「ありがとう。今後の参考にどれがお口に合ったのか教えてもらえると助かる」
「もちろんです」
乞われるがままアコは一生懸命料理の感想を熱く語って、浅井さんも真剣に耳を傾けては改善策をぶつぶつ呟いてる。
取り残されちゃったわたしとアツシくんは顔を見合わせて苦笑い。
食べるのも食べ歩きも大好きなアコの意見は浅井さんにとってすごく刺激的で楽しいんだろうけど。
ちょっと妬けちゃうなぁ。
「ごめん。ちょっとお手洗い」
「ん?行ってらっしゃい」
邪魔をするのもなんだからいまのうちと思って立ち上がるとなんでかアツシくんも席を立ってついてくる。
「アツシくんもトイレ行きたいのぉ?」
女の子同士なら一緒に行くのもアリだけどさすがに男の子と連れ立ってトイレにはいきたくない。
座敷の前を通ってトイレがある通路に出るとざわついた空気や声が遠くなる。
そんなに長い通路でもないのに。
「アスカ、お前誰かになんかイヤなことされたんじゃねえのか」
なんかされたってなんのことぉ?ってとぼけてもよかった。
良かったのに。
少し酔ってたのかもしれない。
いつもより飲みすぎた自覚はあったし。
それとも誰かに聞いてもらいたかっただけなのかもしれないね。