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宇宙人に男の大事なところを消して欲しいとかマジトーンでいわないで



「もう!ほんと気分悪いんだけど!バカなの?ねえバカなの?」


 アスカがぷりぷりと怒りながら私の左隣にストンっと座るとカウンターの向こう側から温かいおしぼりが差し出される。

 間が悪いことに「男なんてみんなもげちゃえばいいんだ」なんてぼやいたところだったから大将が微妙な顔をして聞こえないふりをしてくれた。


「なに?また男になんかされた?」

「そうなのぉ。ちょっと聞いてよ」


 細い眉をハの字にしてアスカはパーマがゆるくかかった長い髪をシュシュでひとつに結んでため息をひとつ。


「駅から十五分の居酒屋(この店)に来るまでにどれだけの男がいやらしい顔でこの胸を見てきたと思う?」


 う~ん。

 それはちょっと正確な数はあげられない。


 だって“この胸”っていいながら突き付けられたアスカのそこには立派なおっぱいと谷間が鎮座ましましているのだから。


「付き合い長いけど私だってアスカの胸にはついつい目が行っちゃうからなぁ」


 だから男どもの気持ちも分からなくもない。


「もー!アコはどっちの味方なのよぉ」

「えっと、アスカ?」

「なんで疑問形!?」


 信じられないという顔をしているアスカを見ながらジョッキを傾けてゴクゴクと飲み干した。

 そのタイミングを見計らったように近づいてきたアルバイトの男の子に「生ビールふたつ」と注文する。


「はい!生ふたつっ!!」


 元気な声でオーダーを繰り返す前に男の子が一瞬アスカの豊かすぎる胸を見てゴクリと喉を鳴らしちゃったのは仕方がない――っていっちゃほんとはダメなんだろうけどさ。


「ふぅう!ほんとヤダ!」


 私の枝豆を奪ってやけ食いしている可愛らしく色づいた唇も、色素が薄いせいでふわふわと可憐に見える髪や肌も、なめらかで優しい曲線を描くボディラインも――ぜーんぶ!アスカを魅力的に見せる。


 オシャレで可愛い自慢の友人アスカ。


 だけど。


「ほんとにみんなもげちゃえばいいんだよ!宇宙人が地球侵略してきて変なビーム銃みたいなのをビビビッて照射したら男の大事な部分が消えてなくなるとかほんと理想なんだけど。起こんないかな?そういうの」


 本気でこんなこといっちゃうんだよね。


 さすがにこれは右から左にスルーすることは難しかったらしく大将が小さく「ヒッ!?」って悲鳴を上げて大事な部分を押さえる。


 うん。

 分かるよ。

 想像しただけで縮み上がるよね。


「いやいやいや。そうなったら子孫を残せず人類滅亡するよ」

「えー?そこはさぁ頭がよくて偉い人がなんか方法考えてくれるよぉ」

「いやいや。ムリっしょ」

「もうさぁ。なんで男って大きい胸が好きなの?」


 怒りを通り越して泣けてくるといじけるアスカを見ていると本当に気の毒だと思う。


 でもね。

 アスカ。


「好きなのは男だけじゃないよ」

「えー?なにそれ」


 カウンターにジョッキがドンッと置かれて二人同時に手に取った。

 冷たいジョッキを握ってグイッと一口。

 二口、三口――結局ゴクゴク飲んじゃって半分ほど減ったジョッキを戻して「ぷはぁ~」と息を吐く。


「だって私もおっぱい好きだもん。ていうか大きいおっぱいがうらやましい」

「はあ?なんで?わずらわしいだけだよ?だって重たくて肩凝るし、太って見えるし、可愛い下着も少ないし」


 知ってる?Dカップ以上から急に値段高くなるんだから――なんていわれてもうらやましいものはうらやましいんだい。


「アスカは太ってないよ!ボンキュッボンの魅惑のボディしてるくせに!たっかい育乳ブラ半年使ってもなんの変化もない可哀そうな私の胸に謝れ!今すぐに!」

「えええぇ」

「そもそも寄せるだけの肉がどこにも見当たらないのが問題なんだよ!」

「どちらかというと筋肉質だもんね。アコは」

「それな!」


 介護職は力仕事が多いからどうしても鍛えられちゃうんだよね。

 一緒に働いているおばちゃんたちはけっこうふくよかだから私も年取ればそれなりにふっくらしてくるのかもしれないけど。


「それじゃ遅いんだよ!花も恥じらうお年頃なのにこんなんじゃ彼氏もできない!」

「それはお前の胸が小さいからだけが原因じゃないんじゃねぇか」

「なぬ!?アツシ!あんた幼馴染の腐れ縁だからって軽々しく私の胸のことディスるなんていい度胸してんじゃないの!」


 よよよと泣き崩れた演技をした私の右隣にストンと座ったのは家も近所で幼稚園から高校卒業まで一緒だったアツシだった。

 仕事帰りなのかスーツ姿でネクタイをゆるめながら生ビールを大将に頼んでいる。


「大声で『私もおっぱい好きだもん』なんて恥ずかしげもなくいえるような女はぜってぇモテねえよ」

「なっ!?あんた一体いつからいたのよ!」


 今来たばかりなのかと思ったらちょっと前からいたらしい。

 それならそうと早く声かけてくれればよかろうに。


「いつからっていうなら宇宙人が来襲してきて男の大事なところを消滅させてくれないかなってアスカがいってた辺りだな」

「ばっ!?」


 バカ野郎!ずいぶんと前からいたんじゃないか!

 どうして黙って聞いてたかな!?


「アツシくん。いくら会話に入りにくかったからってそういうのはちょっと良くないと思う」

「あー……わりぃ」

「反省してください」


 さすがにアスカもドン引きしてアツシにマジ注意をしている。

 いい気味だ。


「だいたい誘ってないのにどうして隣に座る?」

「いいだろ。別に。たまたま寄ったらお前らがいたんだよ」


 おしぼりを広げて手だけじゃなく顔も拭きながらアツシは面倒くさそうに答えるけど、たまたまっていうのは怪しい。


 このお店は奥に座敷もあるからよく職場の人たちと飲みに来るんだけど、アツシと偶然鉢合わせしたことは一度もないんだよね。


 アスカと飲んでいる時だけアツシは現れる。


「なに?ストーカーなわけ?」

「はあ!?んだよ、それ」


 分かりやすすぎでしょうが。

 まったく。


「気持ち悪いからやめた方がいいよ」

「き、きもちわるい!?」

「アツシこそ女にモテないでしょ」

「ばっか、おれだってだな――」


 アツシはしどろもどろになりながら私とアスカを交互に見て結局黙った。

 ぐうぅっと唸ってビールをあおる。


「それをいうなら私だって結構モテるよ」

「ジジババガキにな」

「くっ!腹立つけどほんとのことだから言い返せない!」

「アツシくん口悪いよねぇ。それ直した方がいいと思う。そもそもお年寄りや子どもに好かれるって人類のほとんどから好感度高いってことでしょ?わたしも正直で明るいアコが大好きだから」

「アスカ~!私もアスカのこと大好き!」


 感極まって抱きついたアスカの胸の柔らかさとほんのり香る甘い匂いがほろ酔いになっている頭をさらにクラクラさせる。


 ああ。

 とってもいい気分。


「私が男だったら絶対アスカと付き合うのにな」

「えへへありがと」

「なんならもう付き合っちゃう?」

「え~?」


 スリスリとアスカの胸元に頬ずりしながらそれもいいかもしれないなんてマジで思っているとアツシが「やめれ!」と後ろ頭をはたいてきた。


「なんだよ。痛いよ。アツシがやめてよ」

「お前な!冗談もたいがいにしとけよ!」


 叩かれたところをさすりながら振り返ると必死な形相のアツシがいたのでにんまりと笑う。


「なに?嫉妬?」

「悪いか。目の前で腐れ縁にだけ恋人ができるなんざ我慢できん」

「あれぇ?アツシくん彼女いなかったっけ?この前会ったとき記念日旅に行くんだっていってたよね?」


 いってたな。


 でもね。

 アスカ。


「それ半年前の話でしょ?このアツシが半年以上続くお付き合いをできるわけがない」

「え~?でも記念日旅行って普通付き合って半年とか一年とかじゃない?」

「悪かったな!二ヵ月記念だったんだよ!」


 あはは!ほらやっぱり。


 本命が他にいることに気づかない女はいないんだから、いいかげんやめときゃいいのに。

 そもそも隠し通せるほどアツシは器用じゃないし。


「かわいそうなヤツ」

「そういうお前も長く付き合ったことないだろうが」

「まあね」


 さやをくわえて枝豆を押し出しながらぼんやりと過去の男たちを思い出してみる。


 最初の彼は私が高校一年生の時。

 部活の先輩だった。

 付き合い始めた三日後にキスしてきてなんか違うなって思って別れた。


 二人目は高二の時のクラスメイトでデートの時に握ってきた手が汗ばんでいて気持ち悪くてお別れした。

 たしか一週間か十日くらいだったはず。


 三人目は専門学校の時に合コンで知り合った人で、いい雰囲気で盛り上がっていたはずなのに私の胸を直に見た彼がすっと真顔になって「萎えた」の一言をいただき敢え無く終了となった。


 すんごい好きだったからパットで盛りに盛っていたのがアダになったのかもしれないけどさ。


 彼とは一カ月半くらいだったなぁ。


「うっ!なんか悲しくなってきた……どこかに私のこと小さい胸も含めて好きになって大事にしてくれる人いないかな」

「いるって。だいじょうぶ」

「だいじょぶじゃない。私もアスカみたいな愛されおっぱいが欲しい」


 そしたら最後の彼はきっと喜んでくれたしもっと続いていたはずだ。


「さっきもいったけどそんなに良いものじゃないよぉ?わたし職場で男の人たちに陰で“おっぱい”って呼ばれてるし、飲み会では胸のこといじられるし、酔ったふりして触ってきたりするしさ。違う部署の女の子たちからは“無駄にでかい胸で男を誘って恥ずかしいよね”って笑われたりもしてるし」

「アスカ――」


 そんなの。

 平気な顔していえるような内容じゃない。


 なのに。

 アスカはちょっと困った顔をしただけでよくあることだよっていう。


「なにそれ。ムカつく。宇宙人からレーザー銃奪ってアスカのこと傷つける男たちのモノ撃って!撃って!撃ちまくって使い物にならないようにしてやりたい。頭の悪い女たちにはボーリングの球投げつけてごめんなさいって泣いて謝るまで許してやらないんだから」


 悔しくてムカついて。

 当たるところがなくてジョッキを飲み干した。


「大将!おかわりぃ!あとおすすめの料理いくつか出してください!アスカ!今日は私のおごりだからね?いっぱい飲んで忘れよう!」

「え~?いいよぉ。ちゃんと割り勘にしよ。なんならわたしがおごるから浮いたお金でナイトブラでも買っちゃえば?ほらこれとか口コミもよくて後輩のリオちゃんが使ってほんとうに大きくなったからアコのも大きくなるかもだよ」


 スマホですいすいっと検索して画面を見せてくるのでふんふんと鼻息荒く食いつく。


 なになに『つけて寝るだけでDカップ』なんて煽り文句の後にどこどこ教授が科学的に検証して効果ありと認めたとか、独自の立体編みと着圧で特許取得しました!とかつらつらと書かれていてバストアップに成功した女の子たちの写真やコメントがぶわ~っと出ててついつい購買意欲に火がつきそうになる。


 しかも今なら二枚でお買い得!胸用マッサージオイルもおまけでついてくるとか商売上手にもほどがあるよ。


 うん。

 これは家に帰ってちょっと冷静になってからポチろう。


 うんうん。


「でもさ、アスカ」

「なぁに?」


 大きいことでイヤな思いをすることもたくさんあるかもしれない。

 でも小さいことで悔しい思いをすることだっていっぱいあるんだよ。




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