五章 古戸村
「まさか似たようなことが付近のあちこちで起こっていたとはな…… 地元の術師たちが駆け付けぬわけだ」
新聞を眺め真九郎は苦々しげな表情で呟いた。その紙面には「県各地で原因不明の災害多数」という見出しとともに、火車の起こした火災を含めたいくつもの怪奇現象が記されている。火車以外にも目覚めさせられた妖怪が存在し、これらの事件に関わっていると容易に推測できた。
「魔弾の射手は何を考えている……? カーミラを狙っているだけではないのか?」
「降りかかった火の粉は払えたのだから別にいいでしょう? どうして私を狙うのか少しは気になりますが、私が優先すべき目的に変わりはありません。それより何故そいつがここにいるのかの方が余程知りたいですね」
対するカーミラは落ち着かない様子で答えた。その視線は彼の肩から新聞を覗き込み、「中々派手にやるなぁ」と感心したように腕を組む火車に向けられている。
「しょうかたなかろう、管理を頼むべき相手がいないのだ。その場に捨て置いては何かの間違いでまた封印が解かれてしまうやもしれぬ。貴様もまたあの大立ち回りを演じたくはないだろう?」
真九郎もまた顔面近くで騒ぐ火車を鬱陶しそうに睨みながら諦観のため息をついた。
「むぅ、それはご免ですね…… 我慢するしかありません」
カーミラは不機嫌そうに顔をしかめながらも観念して押し黙る。
「俺様は古臭い祠や社に押し込められるよかずっとマシで嬉しいぜぇ? おめぇらにくっついてりゃ新しくなった世ン中を見て回れるんだからよぉ」
当の火車は両者から注がれる冷たい視線を意にも介さず喜色満面で騒ぐ。
「それに嬢ちゃんおめぇ、『屍の姫君』を探してんだろ? あいつなら知り合いだから話つけてやってもいいぜ?」
「それは有用ですね、その性格を考えるとますます拗れてしまいそうですけど…… シンクロ―、そろそろ出発しますよ。あなたの体力も十分回復したでしょう?」
火車の言葉を言葉半分に聞き流し、彼女は真九郎に出立を促す。火車と戦った晩彼女たちはその足で目的地に向かう算段であった。しかし連日の戦闘、そして龍神を呼び出すという荒業は一度死に瀕した真九郎の身には堪え、しばらく歩いたところで疲労と負傷で膝をつきそれ以上の活動は不可能となってしまったのだ。なおも気力で立ち上がろうとする彼を見かね、背負って宿まで運び丸一日休息をとったのが現状である。
「そうだな行こう。しかし、あれしきで動けなくなる拙者も情けないが、そのように急かすなら拙者を置いて貴様だけ向かってもよかったのではないか?」
真九郎は新聞をたたみ立ち上がると少し冗談めかした口調で尋ねた。いつものしかめ面の下でそわそわと待ち遠しそうに揺れる足がまるで遠足を楽しみにする子供のようで可笑しかったのだ。
「ふん、あなたの働きはまだまだ与えた血の対価には及びません。今度の目的を果たすまでこき使わせてもらいますよ」
カーミラはそれに不機嫌そうに鼻を鳴らして答え、自らも立ち上がりさっさと部屋の出口へ向かって歩き出す。
「では精々この手がかりが貴様の目的に直接繋がっていることを願うとしよう」
真九郎もやれやれとため息をつき付き従う。
「ヒヒヒ、燃えてるねぇ」
そして最後に火車のにやけた呟きが二人の後に続いた。
「ここが事件の現場、古戸屋敷ですか……」
京都府北部深い山々に囲まれた谷合にぽつんと存在する集落古戸村、その一際高い場所に立つ屋敷の門の前に一行は立っていた。半分以上放棄されているが僻地の村にしては広い農地と多い家屋、決して小さくない屋敷が過去の繁栄と現在の衰退が窺え、そこはかとない寂しさを感じさせられる。
「辺りの住民に聞いてみたが事件が起きてから家主の一族は引き払い、ずっと無人だそうだ。彼らもこれ以上のことは話したがらず、事件については詳しく聞けなかった。 ……無理もない、自らが住む近辺で何人も奇怪な殺され方をしたのだ」
真九郎は道中集めた情報を苦々し気な表情で語った。
「そんなものでしょうね、元々一般人の情報にはそこまで期待していません。今は無人であることが知れただけで十分有用です」
言うが早いかカーミラは腰をかがめ一気に跳び上がり、門の向こう側に侵入する。
「こそ泥のようで気が引けるが、な!」
真九郎もまた渋々塀に手をかけ、勢いよく乗り越えた。
門の内側はやはり数年間の放置により荒れており、庭には雑草が生い茂り屋敷内は埃にまみれている。しかし引き払った際に持ち出しきれなかったのだろう家具や置物、書物などはそのまま残っており、調べるには支障はないようだった。一行はそれぞれカーミラは屋敷全体の探索、真九郎は火車とともに蔵と書斎の物色と二手に分かれ手がかりを見つけるべく動き出した。
「……何もこれと言ったものは見つかりませんね。座敷牢や隠し部屋などそれらしいものはあるのですが」
一通り屋敷を回り終えたカーミラが肩を落とし、途方に暮れた表情で真九郎の元に戻ってきた。
「申し訳ないがこちらもだ。かなり古い時代の書物や物品が残っているが、この家や地方について記されているものは殆どない。あっても当たり障りのないものばかりでな……」
彼の答えを聞いて彼女は俯き、重いため息をつく。長年探し求めたものにやっと手が届くというところで突然梯子を下ろされたようなものだ。その落胆具合は真九郎にもはっきりと伝わった。何か言葉をかけたい思いに駆られるが、今何を言っても空々しく響くだけと考え直し口をつぐむ。いつの間にか自然と彼女を気遣っていることすら気づかずに。
「いや待て、暗くなんのはまだ早いぜ。この屋敷、跡を辿るのができねぇほど微かだが呪い臭ぇ、こりゃあいつの匂いだ。今どこにいんのか分からねぇがここにいたってことは確かだよ」
沈む二人を傍らに浮かんだ火車が制す。彼もまた自らの感知能力で独自に屋敷を探っていたのだ。
「それを早く言いなさい! ということは手がかりがないのではなく、意図的に消されている……? シンクロ―、カシャ、ついてきなさい、もう一度屋敷内を探します。まだ気づいていないところに隠してあったり、カシャの言う匂いが濃いところがあるかもしれません。 せめて隠匿者の足取りを追えるものを見つけるんです!」
カーミラは顔を上げ、少し表情を明るくすると真九郎の手を強くつかみ、ぐいと引っ張り出す。それは希望を見出した前進とも、藁であっても縋りたいという悲壮な彷徨とも見えた。
「無駄だよ、ここをどれだけ探しても彼女へたどり着くことは決してできない。僕が念入りに痕跡を消したからねえ」
無情にも、熱に沸く彼女に勢いよく冷や水を浴びせるように、声がかけられた。その声が意味するものを認識し、カーミラは恐怖で、真九郎は驚愕で、火車はうんざりと表情を歪ませる。そしておもむろに振り向くと、見た目だけは幼い、しかし見たものに樹齢数百年を経た古木のようなはっきりとした老いを感じさせる少年が薄い笑みを浮かべて立っていた。
「やあ、お二人さん、それと一匹、かな? ご機嫌はいかがかな?」
その少年の名は、死神速水正四郎。




