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三章 VS不快雑音(ディープノイズ)

 カーミラの耳が怪音を捉えてからしばらく、二人は警戒を続けたが何事もなく時が過ぎた。ただ他の乗客が塩を引くように列車を降りていくこと以外は。

「来ますね」

「ああ」

列車から二人以外の気配がすっかり消えると同時に頷きあった。

――――ジ、ジジジ―――ジ――――――

 それが合図となったかのように再び車内に不快音が鳴り響く。今度は真九郎の耳もしかとそれを捉えた。

「「!」」

 俊寛、二人は座席から廊下へと飛びのいた。その直後二人の頭があった空間を外に面する窓から突き出された人の腕が貫いていた。

『ふ、ふ、ふ、気づかれているのは分かっていたがこうもたやすく回避されるとはな……」

 窓の外からくぐもった笑い声がし、それとともにずぶりと泥から抜け出すようにベレー帽を被った筋骨隆々の大男が姿を現す。

「悪いが二人まとめて始末させてもらうぞ、むん!」

 言うが早いか男は突き出した両手を振り下ろした。その先から目に見えぬ衝撃波のようなものが生じ、空気を裂きながら二人めがけて飛んでいく。

 とっさに二人はそれぞれ反対方向に転がり、回避する。それは金属の床をやすやすと貫き穴を空けた。

 すぐさま立ち上がったカーミラがお返しとばかり男に飛びかかり、蹴りを叩きこんだ。男は不敵に笑うと常人が受ければたやすく骨を砕かれるであろうそれを、片腕で受け止める。足に嫌な感触を感じたカーミラは一転飛びずさり先程とは反対方向、真九郎の隣へと着地した。男の腕と接した部分がぱっくり裂かれ、鮮血が流れる。男は手を構えそのまま二人に追撃を加えようと突進を始めた。

「シンクロ―!」

「うむ」

 カーミラの呼びかけに応え、真九郎は懐から水の入ったペットボトル――――カーミラとの戦闘と肉体の再構成により術式が乱れ、空気中から水を生成できず別個に用意する必要がある――――を取り出し、素早く蓋を開けた。

「水生木!」

 開くと同時に水がほとばしり、更に術によって鎌鼬に形を変え飛んでいく。

「無駄、だ」

 男は歩みを止めることなく再び手の先から衝撃波を生み出し、それを打ち消す。

「! まだだ!」

 空気の刃さえ回避ではなく止められたことに真九郎は息を呑む。しかし間髪入れず印を結び、残りの水を樹木の壁に変え通路を塞いだ。男の両腕は壁を貫通したが破壊するには至らず、進撃はそこで停止する。

「木生火!」

長くは保たない、そう判断した真九郎はさらに術を重ね、壁を炎に変えた。炎に包まれた男はその場に崩れ落ちるように倒れた。

「呆気なかったですね……?」

 床に倒れもだえ苦しむ男を訝しむような目で見回してカーミラが口を開いた。

「……合図をしたら火を消しなさい。手足を折って尋問します」

 一通り見て安心した彼女はそう命じ、慎重な足取りで男に近づいていく。

「了解した」

 最初からそのつもりだ、と真九郎は頷いた。命まで取るつもりはない、火傷とカーミラの尋問については気がかりだが彼が纏う雰囲気や技の練り具合から見るに後ろ暗い仕事を生業にしているに違いあるまい、その程度は覚悟の上だろう。そう胸の内で呟き、タイミングを見計らうべく激しく燃え盛る炎を睨む。

(?)

 炎の内でのたうつ男の姿に何か違和感を感じる。まだ言葉にはできないが何か重大なことを見落としているような――――

 近づくカーミラもまた目の前の光景に違和感を感じていた。それは近づくごとに大きくなっていくが確証が持てないため、歩みを止めるまでには至らない。やがて触れられる距離まで来ると合図と攻撃のために腕を上げる。そして違和感の正体にようやく気付く。

「退がれ!その男全く身体が焼けていない!」

 同時に真九郎も気づき、叫ぶ。しかしすでに遅い、炎をまといながら男はゆらりと立ち上がり、回避する隙も与えずカーミラの手足を切断した。切断された断面から鮮血を吹き出し、カーミラの身体はぐらりと体勢を崩した。その無防備な胴体にとどめを刺さんと貫手が迫る。

 ――――ああ、死んでしまう、消耗した今の自分では心臓を再生することは不可能だ。またあの闇がやってくる。逃げても逃げても頭から離れない、暗く冷たい死の暗黒が。迫りくる死を感じ、彼女は恐怖で顔を強張らせた。何とか逃れようと手を動かすが無情にも空をかくばかり。恐怖は絶望へと変わり、彼女の思考を飲み込んでいく。

「ウオオオオオ!」

 そんな彼女を力強い雄叫びが現実に呼び戻した。そして浮遊感とともに後方へ引っ張られ、間一髪男の貫手から逃れる。

「シンクロ―……?」

 我に返ったカーミラは自分が誰に助けられたかに気付き目を見開く。守れとは命じたがまだ助けろとは命じていない、警告はしても助けようとするまでには間に合わないと思ったのに――――


 叫んだと同時に真九郎は駆け出していた。脳裏に廃屋で見た彼女の弱々しい姿がよぎり、助けねばという思いが胸を駆け巡る。何故だかは分からない、だが止めようのない激情が彼の身体を突き動かす。彼女の手足が切断され心臓が貫かれる寸前で手を伸ばし、そのまま力いっぱいに引き寄せる。

「水生木!」

 そして男と自分たちの間に再び壁を作り出し、そのまま方向転換、そのまま後方車両へと逃走する。


「仕留め損ねたか」

 樹木の壁を破った先、目前に先程破壊したのと同じ樹木の壁が塞いだ通路を見て男は呟いた。

「だが俺の『不快雑音ディープノイズ』からは逃げられん。早かろうが、遅かろうが必ず仕留める」

 男は不敵な笑みを崩さず二人の後を追って歩き出す。

 

「ここまで来ればしばらくは保つだろう……」

 最後尾までたどり着いた真九郎は抱えたカーミラを床に下し、自らもその場に腰を落ち着けた。追跡を阻むためいくつも壁を作ったためか息が荒らげている。

「かなりまずい状況だ。敵は強く、その力は得体が知れぬ。更にこの高速で移動する列車の上では土地から力を得ることもままならない、術の行使にかなりの制限がかかってしまっている。そして最後の問題は貴様だカーミラ。まだ力が戻っていないのだろう? 再生すら碌に出来ていないではないか」

真九郎は横たわるカーミラを苦々しげな目つきで睨む。

「はぁ……ええその通り、今の私は力が強い単なる小娘に過ぎません。だからこそ私を倒す寸前まで至ったあなたを用心棒にしたわけですが、こんな早く足をすくわれるとは。我ながら迂闊でした」

重いため息をつき、カーミラは自嘲気味に呟いた。元々白い肌は血の気が失せ、すでに死体の土気色。切断された断面からは鮮血が止めどなく溢れ、再生する兆しすら見えない。

「さてここからどう立て直すか……」

「拙者の血を吸え、すべて差し出すわけにはいかぬが、その足を再生しまともに戦える程度は持っていくがいい」

 彼女の呟きに真九郎は即座に答えた。

「……私もそう言おうと思っていたのですが、命じる前に申し出るとは、さっきのことといい随分殊勝な態度ですね? あんなに反抗的だったのに、やはり日本人特有の奴隷根性という奴でしょうか」

 先程と同じく、彼の方から来ると思わなかった提案に目を丸くする。

「違う、不本意とはいえ拙者は貴様の用心棒となることを受け入れた。一度受け入れた責務はいかなものであろうと果たすのが拙者の矜持、それだけだ。さぁ軽口を叩いている暇はない、さっさと済ませろ」

 言うが早いか真九郎はカーミラを抱き上げるとその顔を自分の首元へと寄せる。

「む……起き上がるくらい自分で出来ますのに…… まぁいいでしょう」

 彼女は突然抱き寄せられたことに不満の声を上げながらも彼の背中に腕を回すとしっかと掴み、その首元へ牙を突き立てた。鋭い針で刺されたような痛みと自らが違う何かに侵されていくような感覚が彼の身体を駆け巡る。

「じっとしてなさい従僕」

 カーミラはそう囁くように命じ、揺らぐ下僕の身体を無理矢理押さえつける。やがて貪るようにその白い喉が脈打ち、こくこくと嚥下する音だけが場を支配した。


「ぬぅん!」

 最後の壁が破壊され男の視界が一気に開けた。見据える先には二人の標的の姿がある。切断したはずの女の手足は何もなかったかのように無傷で、反対に男の方は息を荒らげ膝をついている。

(吸血鬼の再生能力か、厄介な)

 心中で舌打ちしながら男は両手を構える。

「しかしやることは変わらん。ただ始末するのみ」


「……来たぞ、いけるか?」

「ええ、能力の正体にも大体の見当は付いています」

 若干の疲労を感じさせる真九郎の呼びかけにカーミラは力強く答える。そして一瞬屈んだかと思うとバネが跳ねるような勢いで男に飛び掛かった。男もまた両手から次々に衝撃波を放ち応戦する。それに対しカーミラは身体をぐにゃりと変形させ回避、スピードを殺すことなく男に肉薄する。

(今はこれが限度、変身まではできませんか……ですがそれで充分!)

 男の懐に入った彼女は腕から刀のように変化した骨を飛び出させ斬りつける。骨刀はすんでで繰り出された男の手刀によって受け止められ、まるで金属がぶつかり合ったかのように火花を上げて拮抗する。その様にカーミラは不敵に微笑んだ

「やはり、三度受けて確信しました。あなたの能力は振動の操作。衝撃波やその手の切れ味は周囲の大気や肉体を振動させて生み出したもの、壁から現れたのは熱運動、すなわち分子の振動を操り壁を融解させたのでしょう。火が通用しないのもそれと同じ、自分の周囲の振動を停止してしまえば熱は伝わらない。繊細かつ強力な能力です。しかしそれが己の身体を用いたものならば私にもその真似事くらいはできます。そして、振動数では負けても強度と力はこちらの方が上!」

 言うが早いかぐいと怪力で男を跳ね除け、大きくのけ反らせる。

「今ですシンクロー!」

「承知した!」

 真九郎はその呼びかけに力強く頷き、すかさず印を結んだ。瞬間予め床に張り巡らされていた水の陣が淡く輝き、光の帯になって男を縛り上げる。

「早くしろ、人には長く保たん……!」

 術を維持しながら真九郎は叫んだ。彼の言葉に頷き、吸血のためにカーミラは手を伸ばす。

 ――――ジ、ジジジ―――ジ――――――

 戦闘前にも聞こえたか細い、けれどひどく不快な音が彼女の耳に響いた。直後視界が揺らぎ、足がもつれて立つことすら覚束なくなる。音は彼女の脳内に響き続け、それに力を奪われているかのように身体の自由が失われていく。体勢を崩したカーミラはそのまま糸の切れた人形のように床に突っ伏した。背後からもばたりと倒れる音がし、真九郎もまた同じような状態にあることが分かる。

「ふ、ふ、ふ、お前たちを襲う直前から今まで、俺はお前たちの神経を狂わせる振動を浴びせ続けていた…… それが今効果を現したのだ。相手の気づかぬ間に深く、深く侵していく…… 故に『不快雑音ディープノイズ』。」

 術の拘束を振りほどいた男は慣れた口ぶりで語ると、倒れた彼女を冷徹に見下ろす。

「さぁこれで終いだ」

 そしてカーミラの首めがけて一気に振り下ろした。

 しかしそれはすんでのところで動けないはずのカーミラが身を翻すことで空を裂くだけに終わった。反対に彼女に腕を掴まれすさまじい力で骨を砕かれる。さらに男が痛みに気づくよりも速く、跳ねるように起き上がった彼女がその首筋にかぶりついた。刹那の嚥下の後カーミラは首筋から口を離し、彼の耳元で囁く。

「動くな」

 その一言で男の身体は石のように固まり、完全に無力化された。

「単純な破壊力の高さとからめ手による二重攻撃、恐るべき戦法でした。並みの吸血鬼ならなすすべもなく殺されていたでしょうね。しかし私は肉体を極めた吸血鬼、狂わされた神経を壊して新しく作り直すことなど造作もありません」

 完全に男を支配したことを確認するとカーミラは淡々とした口調で告げた。


「さて答えてもらいましょうか、あなたが受けた仕事のことを」

 カーミラは床に座らせた男を睥睨し、命じる。流石に生き残ったという情報が広まるのが早すぎる上、動けるようになった真九郎に車内を調べさせると超能力者であるこの男一人では扱えそうもない人除けの札が貼られていたことから依頼者及び協力したものがいる可能性が高いと考えたのだ。

「……うぐ、受けたのは数日前、ターゲットはお前を含めて三人…… 一人でも殺せれば報酬を貰えるという話だった…… 人除けの札もその時渡されたものだ」

 男は口を紡ごうとしたが抗えずぼそりぼそりと問いに答え出した。その顔は屈辱で歪んでいる。

「協力者がいたわけではなく依頼者がその筋の者だったわけですか。とするなら目的は生き残りの掃除といったところ……?」

 カーミラは顎に手を当て思案する。数日前ということは恐らく受けたのは先日の戦いよりも前、生き残りが出ることを見越して依頼したということだ。そこまでして自分たちを殺す意義があるものに心当たりはあるが三人というのが解せない。あの場に集った吸血鬼は四人だ、依頼したものはその中から一人を意図的に外したということになる。あの戦いで四人のうち誰が生き残るのか分からないのに、だ。

「あなたに依頼したもののことを話しなさい。名前が分からないなら身体的特徴だけで構いません」

 そこで彼女は男の依頼主の解像度を上げるため更に問を重ねる。

「……それは、殺されても言えん……!」

 男は口から血が出るほどに歯を食いしばり抗う。

「無駄です。あなたは私の支配下にある、逆らうことは不可能です。早く話して楽におなりなさいな」

 男の抵抗を意に介さず冷徹に彼女は命じた。

「ぐぐ…… 子供の姿をしていた…… しかし見た目通りの年齢はしていな、ぐぐぐ、言わん……! 言わんぞ! 依頼人の素性だけは決して明かさん……!」

 尚もいやさらに激しく男は頑強な肉体と精神で支配に抵抗する。自由を奪っていなければ今にも舌を噛み切っているのではないかという凄味があった。

「おい、そこまでにしておけ。壊れてしまうぞ」

 それまで苦虫を噛み潰したような表情で眺めていた真九郎が流石に見かねて口を出す。

「甘いですよシンクロー、こういうタイプはこれくらいしないと口を割りません。話したらあなたの望む通り、命までは奪わない…… 何をしているんです!」

 カーミラは制止の声振り向きもせず鬱陶しそうに返していたが途中で言葉を切り、血相を変えて叫んだ。座らせていた男の身体が床にずぶりと沈み込んだからだ。

「ふ、ふ、ふ、何とか、間に合ったようだな。動くなとは言ったが床を揺らすなとは言ってなかったよな? これで誇り、だけは守られる……!」

 男は覚悟と狂気を秘めた凄惨な笑みを浮かべて自らの身体を沈ませていく。無論電車は高速で移動している、下に落ちればひとたまりもない。カーミラ、真九郎の両方がとっさに駆け寄るが得体のしれない行動を警戒して距離をとっていたのが災いし、彼らの手は届かなかった。断末魔すらなくぐしゃりと嫌な音がしたあと、再び電車の駆動音だけが場を支配する。

「殺し屋とはいえ自らの矜持だけは捨てていなかったということか…… 止められなかったのは無念だがその最期にだけは敬意を払わねばなるまい」

 真九郎は悲しげに目を伏せ、ぼそりと呟いた。しかしその口調には何か彼にある種のうらやましさを感じているような含みがある。

「何が誇りですか……! 大切なのは自分の命でしょう? 死ねば何もかも失ってもう二度と取り戻すことはできません。なのに何故誇りだとか矜持だとかわけのわからないもののために自分から死にに行くのか、理解に苦しみます」

 呆然と男が落ちた穴を見つめていたカーミラが真九郎の言葉に反応し、吐き捨てるように言った。口調はとげとげしく確かな怒りがにじんでいる。

「人が人であるためにはその誇りが必要なのだ。その一線を越えた時命があろうと死んだのと同じなのだ。それこそ、人でない貴様には理解できんだろうがな」

 真九郎も負けじと皮肉っぽく笑い返す。途中で悪いかとも思ったが止まらない、自分の誇りはもちろん、敵とはいえ自らの生業に命を懸けた彼の意志を否定されたくはなかったのだ。

「……分かりたくもありません。 私はあなたたちのような人間が大嫌いですよ。平穏な日常を、何にも脅かされない明日を、私が求めるものをすべて持っているのに簡単に捨ててしまえる愚か者たち……!」

 先ほどよりも低く、殺気すら感じさせる冷え切った声でカーミラは答えた。こちらを振り向きもせず穴を睨み続けているため、表情は真九郎からは分からない。しかし、彼にはその後ろ姿が何故か廃屋で彼女が見せた儚い姿と重なり、それ以上は何も言えなかった。

 

 


 


 

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