序章 病室にて思いを馳せる
「はい、アーンしてください、ハーカーさん。アーン」
可愛らしい声とともに、ベッドで寝ていたジョージの目の前にリンゴの切り身が差し出される。その先には金髪碧眼の少女、ミリア・スカイラインが満面の笑みを浮かべて立っていた。
「……」
差し出されたジョージは苦々しげな表情で口を閉ざし、リンゴとミリアを睨みつける。
ジョージが吸血鬼と戦闘し、勝利するも大きな傷を受けこの病院に入院してから三日が経っていた。三日程度で彼が受けた傷が治るはずもなく、両手両足はまだまともに動かすことはできない生活を送っている。幸いなことに般若面の男、神羅が施した治療のおかげか内臓の方は急速に回復が進み、軽い食事はとれるようになっていた。そこで、同じ病院に入院しているスティーヴ・ジェンキンスを見舞いに来たミリアが病院食だけでは味気なかろうとわざわざ自分で林檎をむき、腕を動かせないジョージに食べさえようと差し出してきたのだ。むろん、ジョージはそんなこっぱずかしい真似はしたくないので、口を固く閉ざして決してそれを口にしようとはしない。
「アーンです、アーン」
なおもミリアは善意たっぷりのニコニコ顔で彼の口を開けようとする。
「アーン」
「……チッ」
結局ジョージの方が根負けし、小さく舌打ちしながらも渋々口を開いた。差し出されたリンゴを一口分かじった瞬間甘味とその中にうっすら混ざる酸味が広がる。羞恥心とは裏腹に彼の舌は素直にうまいと感じ、喉をうならせた。
「えへへー」
その様子を眺めてミリアは満足げに笑みを深める。
「なぁなぁ、ミリアちゃん。オレには食わせてくれねーのかい?」
隣りのベッドに腰かけていたジェンキンスが二人の微笑ましい光景を見て二ヤつきながら軽口を叩いた。その傍らには切り分けられたリンゴの半分が盛りつけられている。
「ダメです。ジェンキンスさんは一人で食べられるでしょう?」
「へへへ、手厳しいねぇ」
ミリアのすげない答えにジェンキンスは肩をすくめる。彼もまた吸血鬼との戦闘で両手両足の骨を折られるという重傷を負っていたが、彼もまた般若面の男の施術により(話によると意図的に治りやすい折られ方をされていたのも要因の一つであるらしい)普段とほとんど変わりなく動かせるまで回復していた。
「元気そうだな、おっさん」
差し出されたリンゴを食べ終えたジョージが憮然とした表情で言った。
「ああ、もう骨が折れたのが嘘みてぇに動けるようになったぜ!あんまり治るのが早いもんだから医者の先生がびっくりしてたな。一応明日明後日検査して異常がなければ退院だとよ」
お前さんはまだまだなようだな、ジェンキンスは彼の様子を軽く見回しながら言った。
「内臓は大体治ったが手足がな、まともに動くのはひと月くらいかかるとか、後遺症が残るとも言われた。まぁどっちにせよ、ヴァンパイアハンターは引退だ……」
もう続ける意味もなくなったしな、とジョージは自嘲気味に呟く。
「おまえさんは一番傷が酷かったからなぁ、オレのようにゃいかねぇか」
「でもでも!私たち皆命に別条がなかったのはいいことですよね!あと――――」
少し暗い雰囲気になったのを感じとったミリアが明るいトーンで口を開いた。しかしすぐに何かに気付いたのか表情を曇らせ、声量を落とす。。
「真九郎さんもいたら……」
そして首に空いた二つの牙の跡を隠す包帯に触れ、今ここにいない人物の名を口にする。速水真九郎、彼だけは三日前から姿を消していた。吸血鬼カーミラの支配を受けたミリアを退け、カーミラ本人と交戦したことは明らかだったが、その後は彼女とともに生死不明ということになっている。彼女に敗北し死んで吸血鬼になったか、生きたまま支配されてしまっている可能性が高い。
「す、すみません!お飲み物も必要ですよね?買ってきます!」
自分がさらに空気を沈ませてしまったことにいたたまれなくなったのか、取り繕うように微笑んでミリアは退出していった。
「何だあいつは? 明るくなったり暗くなったりよ。これだからガキは分からねぇ」
人の気持ちは察せないジョージは消えていくミリアの表情を見送った後怪訝そうな顔で呟いた。
「ミリアちゃんは吸血鬼に支配されて速水の旦那と戦ったそうだからな。大方自分のせいだとでも思ってんだろうさ。噛まれて支配されちまったのはオレも同じだ、責任ならオレにだってあんだから自分のせいでなんてそうくよくよするこたねーと思うんだが」
それに対してジェンキンスは苦々し気な口調で答える。
「そもそもなんでガキを使ってるんだ? たとえ能力が強くても経験や精神面をかんがみて荒事には向かねぇだろ。それともそうでもしねえと立ちいかないほどあんたんとこはギリギリなのか? それともガキでも使いつぶす人でなしの集まりか?」
ジョージがずけずけとした態度で質問を続ける。
「ひとでなし、か……そうだよなぁ、よそから見たらそう見えるよな。そして別に間違ってるわけでもねー」
ジェンキンスは彼の疑問に深くため息をついた。
「『天からの贈り物』…… 何十年かに一度世界中で生まれつき能力を持った子供が山ほど生まれる年があるんだよ。おまけにそのほとんどが馬鹿みてぇな強力な力を持っててな。で、物心つく前やついてすぐに能力を暴走させちまって親を失ったり、親に捨てられたりする例が多いんだ。俺たちの組織、WEOの仕事の中にはそいつらの早期発見、保護も含まれてる。ミリアちゃんもそのクチさ。そしてここからが困った話なんだが、そうした子供たちにはある共通の強迫観念が出来上がってることが多い。『能力を持って生まれたから捨てられた、能力を役立てないとまた捨てられるんじゃないか』っていうな。だから荒事でもなんでもこっちの役に立とうとしやがる。そしてこっちには全力で何かしようとするあいつらを止められる力はねえ、仕方なくオレみたいな監督役をつけて無茶だけはしないように仕事をさせてるわけ。悔しいことに能力だけは大人より数段上だからな、今や組織的にもあいつらに頼らざるおえないのが現状だ」
そこで一旦言葉を切ると彼は拳を固く握り、ベッドに軽く叩きつける。
「別に役に立ってもらうために拾ったんじゃねーんだよ……! 『天からの贈り物』って異名は、新しく生まれてきた仲間たちへの祝福だ。あいつらを縛り付ける呪いの言葉じゃない……!」
彼の声には子供たちを止められない自分の無力さと、自分たちの思いが伝わらない子供たちへの怒りが滲み出ていた。
「あー、すまねぇ兄ちゃん……こっちの長々とした事情どころか面白くもない愚痴まで聞かせちまって。」
そして顔を上げ力なく微笑む。
「いや構わねぇさ、俺もあんたに話を聞いてもらったからな、おあいこだ。こっちこそひとでなしなんて言ってすまなかった」
軽薄でヘラヘラしている彼の内に秘めた思いを知ったジョージは少し驚きながらも自分の非礼を詫びる。
「ありがとよ、なら愚痴ついでにオレからも一つ聞きたい。速水の旦那の死体は見つかってねーそうだが生きてるって可能性はあるのかい? 生きてるってならあいつも少しは気が楽になると思うんだよ。今のオレがあいつにしてやれるのはこれくらいしかねぇからな」
「ないとは言えん。だが相手は吸血鬼だ、死体がないってことは神羅の言った通りのことになってるだろう。生きて支配されてるだけなら助けられるが死んで吸血鬼にされてるならもう手遅れ、殺すしかねぇ。カーミラは同類を作らねぇタイプだが、所詮は化け物、確証はねぇ」
ジョージは彼の問いに誠実にしかし希望的観測は含まず答える。吸血鬼に敗北するとはそういうことだ。気休めの言葉はのちの絶望を深めるだけだと彼は判断した。
「そうかい、五分五分ってとこか? 旦那にはミリアちゃんを助けてくれた恩もある、生きてまた出会えることを願いたいもんだ……」
ジェンキンスはそうしみじみと呟き、遠い目で彼方を見つめた。そこに自らが望む未来があると願って。




