6月 9日金曜日 物理化学準備室 取り憑いちゃえばいいじゃない
加美洋子
私は念のためドアを開けて外に誰もいないか確認した。変質的だなって思うけど、もしこれで盗み聞きとかされても間抜け過ぎて目覚めが悪い。
私は姫岡先輩の隣の椅子に座りながら推測を話した。
「何か学校から具体的な譲歩提案でも受けてるんじゃないですか。新たな目玉政策ぶつけて古城先輩を潰す気ですよ」
日向先輩が私の意見に追従してきた。
「俺も加美さんの言うことに一票。政見放送、向こうは思った以上にマイナスで受け取ってそうだね」
陽子先輩はさらりと私も対策として思いついていることを口にした。
「じゃあ、それに取り付いちゃえばいいんじゃない?」
「それはありだな。向こうの仕掛けはそれで無力化出来る。いい政策はうちでも取り入れる事自体に問題はない」
古城先輩は危惧を口にした。
「とは言え何を仕掛けてくるか分からないのは問題かな。咄嗟判断で取り憑けるようなマイルドな内容ならいいけどさ」
私はその点はあまり心配はしなくていいだろうと伝えた。
「古城先輩。多分ですけどある種の過激さはあっても取り憑けないようなものじゃないと思います。古城先輩の判断でその場でえいやって決めて下さい。よっぽど酷い案でなければ軌道修正は出来ますから」
私は気になっている事があったので古城さん達に聞いた。
「あと文化祭ですけど、公約が漠然としていてイメージできません。もっと具体性を持たせた方が良くないですか?会長の文化祭専従機関って6月会長選から11月の文化祭までの5ヶ月ですよね。本来なら4月からそうなっていた方がいいと思うんですけど」
古城先輩は机の上で両手の指を軽く組んだ。
「それは言えてる。可能なら前の年の開催終了時点の11月にもうそうなっていていいとすら思う。出来れば変えたい不合理の一つかな」
「なんで、うちって文化祭実行委員会がないんでしょうね?」
「中央高新聞のバックナンバーを見る限り一貫して変わってない『伝統』の一つではある」と古城先輩。陽子先輩が付け加えた。
「加美さんの言うとおり、文化祭実行委員会があって不都合はないと思う。昔は何かあったかも知れないけどそういう問題は時が押し流していて誰も覚えてないみたいだし。学校側だって分かってないんじゃないかな」
慎重に石橋を叩いて壊してしまう日向先輩が軽く咳払いした。
「とはいえ文化祭の実務は会計委員会が大きく関与している。あいつらそのために委員会に志願して入っているからな。あそことの調整はいるね。あそこは放送委員会と同じ独立委員会だからやり方を間違えると大火傷するから慎重にやらないと」
冷静な分析です。ほんと中学校で組めていたら面白かっただろうな。
「日向先輩の言う通り、あの委員会は手を付けられないですね。でも会計委員会のメンバーが文化祭実行委員会を兼ねるという形でなら組織体の役割分離は出来ますよね。で、実行委員会の委員長は前会長が就任するとか」
日向先輩は右手を顔に当てて身を少し乗り出してきた。
「それはいい手かも知れないな。実行委員長じゃなくて顧問的なポジションでいいかも知れない。古城はどうだ?」
古城先輩は少し考えてから答えた。
「単なるお祭りだという形にならないようにという理由で会長が責任を負うという仕組みになっているんだと思うよ。段階的にいくなら6月改選時に会長退任で文化祭専従にするって話になるのかな。ただ、そういう意味でのコントロールが効いていればいいのなら実行委員長自体は会計委員会で選出してもらって、その上で何か適当な名目で監査、承認確認だけ前会長がやるとかやり方はあると思う」
頷く日向先輩。
「最後は生徒自治会がどこまでハンドリングするかという問題だと思う。この点をはっきりさせれば委員長のポスト自体は会計委員会からの選出でその後見人として前会長がいればいいという仕組みは十分可能だろう」
私は勢い込んだ。
「その線を討論会を打ち出しませんか。文化祭実行委員会を設置して会長は6月で退任交代して文化祭実行委員会の委員長かオブザーバーとしてチェック機構の役割を果たしていく。勿論会計委員会にも関与してもらう事だと言えば話は通ると思いますし、多分文化祭を強化したい文化部の支持は固いです」
「冬ちゃんがいいなら私は賛成」と陽子先輩。
「異議なし」と単刀直入な日向先輩。
「いいと思うよ。……イテッ」と姫岡先輩。
「なんで姫岡が私より先に言うのよ。……運動部だって文化祭は楽しみだから。受けると思うよ。賛成」
最後に秋山先輩が賛意のアタックを入れてきて討論会に向けた方針が決まった。