6月 9日金曜日 物理化学準備室 作戦会議
三重陽子
放課後、北校舎3階の『事務所』にみんなすぐやってきた。
まず秋山さんから学生食堂の『おっちゃん』から聞いた話の報告があった。
「……って訳で学生食堂の『おっちゃん』は困惑してたわ」
肇くんが少し笑いつつ突っ込んだ。
「なあ、秋山。俺も少し調べたけど、県のサイトに出ている入札結果の書類見たら多分おまえが『おっちゃん』って呼んでる人、社長だから」
「えっ」
『事務所』は笑い声に包まれた。肇くんは続けた。
「とは言え、その社長が話聞いてないって分かったのは大収穫。やっぱり話がそもそも通るわけないって思っている奴が適当な絵図書いてるな」
冬ちゃんは右手人差し指を自分の顎に押し当てた。
「この話、難しいところは学生食堂の人を巻き込むのはあんまり得策と言えない所かな。もし学校側が仕掛けてるなら『黙って話を合わせろ』でしょ。そういう形になったら食堂の人を巻き込んでの論戦は不利だよね」
「確かに。まずいな」
加美さんが左手で指をパチンと鳴らした。案外キザな事もするんだ。
「尋問戦術をやれれば潰せますね。公開討論会を開くことが出来ればその場で具体性について探る質問ぶつけていけばいいんです。事実関係だけなら食堂の『おっちゃん』も嘘は言えない事だと言えば済むだけですから。問題は公開討論会は立候補者全員の合意がないと出来ないことです」
私は中間結果をまとめた。
「向こうが乗るとは思いにくいわね」
姫岡秀幸
政見放送の影響について検討が始まった。2年生については僕たちは現状すぐ数字は動かないだろうとの判断をしていたが、加美さんは違った。
「2年生はイーブンぐらいだと思ったほうがいいです」
加美さんは鷹のような鋭い眼でみんなを見渡した。
「大勢がひっくりかえるような大きな変動は起きてないとは思います。古城先輩が穏当な事を考えていると知って、多くの人は納得しただろうし運動部の人たちも少しはこちらに鞍替えしたかも。ただ制服については表には出てきていませんがもっと過激な願望を持つ急進派っていると思うのです。彼らにとっては決して満足する内容じゃないです」
この子が言いたいことは分かったつもりだけど、秋山さんがちょっと困惑しているので確認の質問を入れた。
「加美さん。指摘は分かったつもりだけどそういう急進派に接近した方がいいって訳じゃないよね?」
加美さんはこくりと首を縦に振った。
「はい。あの人達は発想的には生真面目な吉良さんにシンパシーは持ってますから、追うだけ無駄ですしほっとけば表に出てくる事もないと思います。2年生で必要な事は最低でもイーブンに持ち込む事。あと3年生では大負けしないことです。そこから上は上手くいけばいい、無理な後追いはしない事は大事です」
秋山さんがちょっと怒った感じになった。
「それだと1年は加美さんで絶対に勝つって事?」
加美さんはあっさり「いいえ」と首を横に振った。
「1年もイーブン落着死守が最低ラインというのは変わりません。目標130のつもりではやってますし、現状110ぐらいはあるとは思ってます。今日は放送後に古城先輩と教室を回って質問を受けたりしたので少し上乗せ出来ましたし。これは1年生が制服改革の利益を一番受けられる立場にあるから、その点を加味した判断なんです」
秋山さんは加美さんの話に右手を挙げていた。納得したらしい。加美さんは話を続けた。
「先輩達にお願いしている2年生でイーブンって話は死守してくださいねって話です。負けるなというのが最低条件だという話なのでとても厳しいと思います。3年生では負ける事もありえると思いますし。
大勝ちを狙って特定の課題について票に媚びるような事を考えだしたら最後譲歩につぐ譲歩で制服の件だって押し流されるでしょう。そういう事にならないようにするためには1,2年では負けないで僅差で確実に勝つという発想で充分です。あとは3年で大負けさえしなきゃ、私たちは勝てます」
とは言え唯一の1年生がここまで言うんだから2年生も頑張らなきゃと思っていたら秋山さんが、
「加美さん、分かった。私も姫岡も少しでも吉良さんの優勢覆すようにがんばるわ」
うわっ。秋山さん、俺をいつの間にか巻き込んで答えてるし。とはいえ僕と秋山さんのクラスはもろ「敵地」なので僅差勝負に持ち込むにはクラス内大負けの現状を少しでも取り戻す必要があるのだ。これぐらいの意気込みは必要だろう。
秋山さんが古城さんに状況を聞いた。
「冬ちゃん、A組はどんな塩梅?1年A組の子は味方してくれてるよね?」
古城さんが頷いた。
「うん。運動部も1年A組の子が入れるからさって言ってくれてるよ。イーブンぐらいにはなってきたけど、他のクラスから来た子は松平さんの応援傾向はあるね。そういう子たちにも公約説明していくつもり」
こんな会議をやっていたら、思わぬ来客がやってきた。