6月 1日木曜日 生徒自治会会議室 立候補届を巡る攻防戦1
宮本丈治
生徒自治会長選挙、思わぬ人物が立候補するらしいとの話は2年B組、E組の学級委員長が選挙管理委員の辞退を宣言した所から始まった。
すぐB組担任の吉川先生、E組担任の小川先生に依頼して探りをいれてもらったが、吉川先生は日向に言い負かされ、小川先生はどうやら私の依頼自体が気に入らなかったらしく三重からは聞き出せずに終わっていた。彼らの交友関係からおおよその予想はしてみたものの、彼らは2年になってクラスがバラバラになっていて、しかも校内では会わなくなったようで尻尾が掴めずに終わっていた。
こうなるともう立候補届を見て公約を確認するしかない。私は昨日、生徒会長の大村を呼び出すと生徒自治会会議室の選挙管理委員会で立候補届の受付を立ち会う旨伝達した。
そう、これは命令であって要望ではない。彼は一瞬反対しようとした感じがしたが、受け入れない理由を見いだせなかったようで「どうぞ」と言われて放課後になると会議室へと入った。
放課後の16時過ぎ。ありがたい事に立候補者はあまり遅くならずにさっさとやって来た。2年A組の古城だった。意外な感じがした。
日向と三重の交友関係を担任らに確認した時、名前は挙がってきていたが家の関係で帰宅部という話も聞いていた。交友関係から言えば最右翼ではあったものの帰宅部という要素を考えれば普通は立候補なんて出来ないだろうという事でマークしてなかったのだ。何故、古城なのか。二人のどちらかでもいいだろうにさっぱり分からん。
古城ミフユ
私は立候補届を大村会長に渡そうとした。すると宮本先生が割り込んで届けを私の手から取り上げるや内容を読んだ。そして読み終えると私の方を睨みつけて来た。
「古城、この公約、制服の見直しというのは本気か?」
「はい。本気です」
「生活指導担当教諭としてこのような事は認める訳にはいかない。この部分は取り消してくれ」
怒っているようだったけど言葉は丁寧だった。とはいえそんな事は関係ない。宮本先生が言っている事の内容に問題がある。冷静にでも言うべき事を考えて伝えた。
「何故ですか? 今の制服だって80年代に生徒自治会の取り組みでブレザーに変ってます。前例はあるし生徒自治会が動いて悪い問題だとは思えないのですが」
肇くんは何か言おうとしたけど陽子ちゃんが止めているのが視界の端の方に見えた。宮本先生はボルテージを上げないようにしつつ、説得の体裁で私に話しかけて来た。
「そういう問題じゃない。学校が決める事で生徒が決める事じゃないんだ。おまえらが言い出して良い事じゃない」
「先生のその主張、根拠規則を示して下さい。立候補を考えるようになって私も規則類は読み込みましたが、生徒自治会で制服の変更について学校に要望する事を禁止する規則はありませんでしたし、今のブレザー制定という前例すらあります。宮本先生の要求を受け入れる理由が見当たらないです」
宮本先生は首を横に振った。この強情もんめ!ぐらいだろうか。
「勘違いするなよ。私は頼んでいるだけだ。古城、嫌か?」
「無理ですね。ますます理が通りません」
宮本先生は私への説得を諦めると大村先輩の方へと振り向いた。
「大村、この立候補届は受理保留にしてくれないか」
大村会長は「生徒自治会選挙」という背表紙の大型バインダーの中を開いてみていた。そして顔を上げると宮本先生の方を見た。
「先生の顔を立てて部活終了時刻までは保留にしますが、それまでに何か規則を示されないならその時点で受理します。規則上は即日受理を求めているのでこれ以上は無理ですし、僕の知る限り古城さんの意見は正しいと思いますので、何か規則上の理由を示されるのであればそれまでに願います」
宮本先生は大村会長の言葉に怒りそうになったが堪えたのか声のトーンは変わらなかった。
「分かった。じゃあ部活終了時刻の19時までは保留にしてくれ」
そういうと宮本先生は大慌てで教室を出て行かれた。
大村会長はあきらめ顔で私達三人に言った。
「悪いけど19時までここで待機してくれるかな。用事とかあるなら連絡が取れるようにしてくれたらいいけど」
選挙管理委員で詰めている他の1、2年生の子達はやり取りに驚いていた。立候補届け出一つでこんな騒動。私も想像はしてなかった。