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エコー・シリーズ

想い出のエコー

作者: ラウンド


 世界には音が溢れている。自然の発する音を始め、他の存在や自分自身の発する音も。

 ただ、自分が今いるこの場には、何処までも静寂が広がっているように感じられた。

 見渡す限りの廃墟と、そこに力強く繁茂した草花。廃墟を貫通した樹木。見えるものはそれで全てだった。

その景色の中を、カジュアルな旅装に身を包んだ少女と、立方体にマニピュレータが付属したような四脚歩行の機械とが、一緒に歩いていた。

「うん、良い景色だね。これなら広い範囲を見て回れるし、探し物もすぐに集まりそうだよ」

 少女はチェック柄のトリルビーハットを被り直し、銀色の髪を弄りながら微笑を浮かべる。一方、彼女に追従している四脚歩行機械は、立方体の頭頂部からセンサーらしき装置を展開していた。

「周囲に敵性体ノイズ無し。ヴァイスの探査範囲拡大案を支持」

 機械は装置を別の方へと向けると、立方体の前面に付いている目のような赤いランプを明滅させながら、報告するような口調の音声を発した。

「ありがと。引き続き警戒を宜しくね、ボクス」

「了解」

 ヴァイスと呼ばれた少女は腰にしているホルスターを軽く確認すると、近くに存在している廃墟の一つへと足を踏み入れた。ボクスと呼ばれた四脚機械は、ヴァイスが入ってから数秒のあとに追従した。

「ここも広いね…。昔は、ここで法律っていうものとか、裁判っていうものとかを扱う仕事をしてたみたい。面白いね」

 近くの本棚に置かれていた分厚い古びた本を手に取ったヴァイスが、興味深そうな表情を浮かべて室内を眺めている。

「周囲から得た情報を整理…。この施設は裁判所。罪を犯した咎人に対する、刑の量定、つまり、与える罰則の程度を決定するための施設。法律とは、その程度を判断するための基準を定義したもので、現在のレゴールに当たる存在である模様」

「へぇ…。知の民には、他の民に罰を与える権利を有する存在が居たんだね。面白いなぁ…。きっと事細かに整備された基準があったんだろうね。それじゃ、これ宜しく。私は少し探索してくる」

「了解」

 ボクスの説明にますます興味を引かれたらしいヴァイスは、埃を払った分厚い本をボクスに収納させると、そこかしこに放置されていた本棚を嬉々として物色し始めた。


 一時間後。“裁判所”を探索し終えたヴァイスとボクスは、建物の外に出て休息を取っていた。

「いやー、大漁大漁。まさかあそこまで強力な情念エコーが集束してるなんてね。あそこでどんな出来事があったのやら…」

 ヴァイスは、透き通った青色をした四角い小型の機械を手に、満足げな表情で感想を口にした。一方のボクスは、銀色の棒のような装置を伸ばして何者かと交信していた。

「…輸送車カーゴとの通信及び迎えの手配、完了。ドクターより速やかなる撤収が提案されています」

「うーん、もう少し探索したかったところだけど、嵐響域近くで敵性体ノイズが現れたら面倒だしね。なら急いで準備しよっか」

「了解。なお、拾得物及び情念エコーの汚染検査、問題なし。全て持ち帰ることが出来ます」

「オッケー。ドクター、喜んでくれるかな?」

 ボクスの事務的な音声報告に、ヴァイスは何処か期待するような表情で微笑む。

「不明です。しかし、こちらの損耗が無い点、及び、拾得物の内容や情念エコーの大量入手と言う観点から、ドクターもお喜びになられるかと推測します」

「だよねだよね!うん、なら急いで帰らなくっちゃ」

 会話を切り上げたヴァイス達は、荷物や装備を一つにまとめ、この場所を訪れた時と同じように、その足で立ち去って行く。遠くから接近する、一両の装甲車両を見やりながら。


「素晴らしい成果だね。何より、二人が無傷だったことが」

 輸送車カーゴに戻ったヴァイス達からの報告を受け、金属製の椅子に座った女性、ドクターと呼ばれている人物は、いつもそうしているように緋色の髪を掻き上げながら笑う。

「それにしても…。よくもこれだけ大量の情念エコーを無管理で堆積させて、敵性体ノイズ化しなかったもんだよ。そっちに驚きを隠せない。本当に何もなかったんだね?」

「肯定です。当該区域及び、探索した建築物で敵性体ノイズの発生は検知していません」

「うん。私の知覚にも、何も映らなかったし、廃墟以外は本当に何もなかったよ」

 専用の台座に降着しているボクスと、これまた専用の椅子型機械に座っているヴァイスの言葉に、ドクターは目を閉じて二回、頷いた。

「ならばその…えー…“裁判所”は、当面は安全な採取場所と言うことになるね。これでまた浮遊都市アルカディア暫定政府との商交渉がやりやすくなる」

「提案。ドクター、当該区域の情報は秘匿するべきと考えます」

 唐突にボクスが意見を発した。

「根拠は?」

 興味深そうに微笑み、ドクターの視線が向く。

「はい。当該区域は嵐響域に隣接しているため危険度が高く、凪の時を見計らわなければ探索には向かないためです。加えて、その凪の情報を掴んでいるのは、現状ドクターだけですので…」

「ははっ…!」

 ボクスの、やはりどこまでも事務的な音声が終わった瞬間、ドクターは破顔した。

「つまりボクス。君は、『今のところ、自分たちしかこの場所の情報を知らないのだから、独占した方が色々と都合がいいのでは』と、そう言うんだね?」

「肯定です」

「わー、ボクスってば腹黒ーい」

 言葉の意味が分かり、ヴァイスが茶化すように笑った。

「…合理的な判断を下したまでです」

「でもまあ、言いたいことはわかるなぁ。ねえドクター」

「そうだなぁ。うん、なるほどね。幸い、ボクスの言うように、ここは嵐響域にほど近い場所だ。もし報告を請われたら、偶然成果があったが危険すぎて易々と近寄れる場所ではない、とでもすれば、向こうも諦めざるを得ないし、レゴールに反することにもならない」

 そう言った後、ヴァイスと共にひとしきり笑い、しかしすぐに表情を引き締めて席を立った。

「さて、楽しいお喋りはここまでにしないと。ヴァイス、君はメンテナンスに入れ。ボクス、私に代わり、輸送車カーゴの操縦を頼む。ここを離れるぞ」

「了解しました」

 ボクスが、先ほどまでドクターが座っていた席に移動。

「はい、ドクター」

 ヴァイスは、後方に設けられた医療用と見られるカプセルベッドへと向かった。

 身に着けている衣服を全て脱ぎ、ベッド部分に体を横たえた彼女は、すぐに手近の空洞に手を入れ、体から力を抜く。

ドクターはすぐさま隣の機材を操作し、カプセルのキャノピー部分を閉じる。空気が抜ける様な音と共に、ガラス戸がスライドしていく。

「メンテナンス、準備…と」

 更に機材を操作し、情報を入力していく。

『これより、当該対象の全身チェックを行います。対象、V型ヒューマノイド。個体識別名を“V-ice”と認識。チェック項目は響鳴機関ハーモナイザーの動作…』

 入力が進むにつれ、復唱するように機械が報告する。ボクス同様に自然な声音で、機械のものと思わせないそれが、車内に心地よく響いた。

「これでよし。ブレイン、前準備の全工程終了後、速やかにメンテナンス作業を開始して」

 ドクターは機器から手を離し、今度は天井部分に向けて話しかけるように声を上げた。

『了解しました。ドクター・ドール。貴方もメンテナンス…休息をお取りください』

すると、すぐさま近くの出力装置から反応があった。

「ああ、そうするよ。何かあったときは、ボクスと連携して対応をお願い」

『了解しました。ドクター・ドール』

「さて…と」

 ドクターは、メンテナンス作業の始まったカプセル内で目を閉じているヴァイスを優しげに見つめたあと、自分もまた手近にあるカプセル型ベッドに横になった。

「次は、何処を目指したもんかね…」

 そう呟いて、目を閉じた。次に微かな揺れを感じて車が発進したことを知ったが、同時に微睡へと沈んでいくのだった。


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