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その四・押してもダメならもっと押せ 前編





奇跡のように何事も起こらず、土曜日になった。


「第一回! 西之谷 夕樹君で遊ぼう、大会〜!」

『わああああぱちぱちぱち』

「待てコラ」

 

その日、朝っぱらから俺たち8人は、総合アミューズメント施設【グランドアイン】の前に集結していた。

そのメンバーはと言うと――

 

まず俺。濃いグレーのシャツにクリーム色のスラックス、同じくクリーム色のジャケットにフェルト地を使った薄茶色のシューズ、服に合わせていつもの黒いソフトハットではなく白いストローハットを被るという休日仕様。うむ、完璧。

 

そしてなぜかいきり立っている主役の西の字。ライトイエローのパーカーにブラウンのバミューダパンツ、そしてトレッキングシューズという出で立ちなんだが……やっぱ女の子にしか見えないな。多分どんな服着てもそうなんだろうけど。

 

次いでのぶやん。スニーカー、カーゴパンツ、野球のユニホームを模したシャツに青いブルゾンという格好だ。う〜ん、サングラスのせいか微妙にチンピラっぽい。

 

さらにおまけというかにぎやかしいうか、ついでに誘った旦那。長袖Tシャツの上に半袖シャツを重ね着し、普通にジーンズ履いてバッシュで締めてる。総じて黒系で纏めているその様相は……普通に格好良い。見た目だけとは言え美形は得だねまったく。

 

対する女性陣ですが、いやあ華があって良いね野郎と違って。

 

のぶやんの右隣が定位置の春沢ちゃん。いつものツインテールにリボンが追加され、子供っぽさが増し……げふんげふん。え〜、白いブラウスに濃いブラウンのベスト、赤いチェックのフレアスカートにニーソックス、パンプスというどっかの制服みたいな格好ですが、良く似合ってて可愛いと思いますまる。

 

のぶやんの左隣が定位置の冬池ちゃん。普段は降ろしたままの髪をポニーテイルに纏めて活発さをアピール。薄い青の膝丈デニムパンツとピンクのキャミソールがよく似合ってますね。ちょっと寒いのか白いカーディガンを羽織っております、これもまた可愛らしい。足下はサンダル。う〜んちょっと気が早いかなって気がしますね。……何でファッションチェックしてんだ俺。

 

それはそれとして、そのにこにこしてる二人を苦虫を噛み潰したような顔で見ている女子側おまけ、秋沼ちゃん。グレーのキュロットスカートに柄の入ったTシャツ。そしてグレーのカーゴベストにスニーカーという、微妙にやる気のない格好だ。彼女にしたら着飾る理由がないんだろうが……黙って普通の顔してたら可愛いのになぁと少し惜しまれる。

 

で、最後夏川ちゃん。ごついブーツにジーンズ、タンクトップに赤いライダーズジャケットという男前な格好。元々モデル並みのスタイルだから映える映える、正直格好良い。


「……そんで一人だけ浮いている格好の南田君よ、聞いていい?」

「常にボルサリーノと在るのが俺ちゃんのスタイル。それはそれとして何よ?」

 

不満げな顔を見せて俺に問う西の字に澄ました顔で問い返すと、ヤツはぶすっとした顔のままこう言った。


「まあ色々と言いたい事あるんだけど……とりあえずどうしよっての?」

「お前さんがメインなんだから、ご希望の通りにって考えてんだがどーよ。身体動かす方が性に合ってるたあ思うが」

「その通りだけどさ……僕こういうところ来たことないんだよね」

「だったら一通り回ってみるかい? 基本的なところでボーリングとかビリヤードとかダーツとかあるし、とことんまでやりたかったら筋●番●クラスの施設もあんぞ。あと懐かしいところでた●し城とか」

「ふ〜んそう……いや待てそれはおかしい」

 

頷きかけてからツッコミをいれる西の字。うん確かに町中にあるレジャー施設としては破格の設備を有しているけどな、そこはそういうモンだと流しておけ、話が進まん。


「何かこうぞんざいってか……まあいいや、で、何があるって?」

 

む〜とか唸ってぶつぶつ言ってから、施設のアトラクションが示された案内板を見上げる西の字。……んお?、何か視線を感じるんだが。

ざくざく刺さるような気配を感じて振り返ってみれば……な、何ですか皆さん、その生温い視線は。ちょっと気圧された俺に向かって、微妙な視線を保ったままの夏川ちゃんが皆を代表するかのように口を開いた。


「あのさ……端から見てたらアンタらじゃれ合う恋人同士にしか見えなかったよ?」

 

西の字と二人揃って落ち込みました。


「ま、まあそこら辺は、ね。仕方がないって言うかなんて言うか」

「見た目だけの問題ですから見た目だけの。大切なのは真実ですよ」

 

フォローになってないフォローどうもありがとう。わたわたしながら言う冬池ちゃんと春沢ちゃんを一瞥してから立ち直る。こんな事をやってる場合じゃない。

ともかく遊ぶぞその為に来たんだから。


「で、どこ行くか決めたか?」

「できればみんなでやれる事が良いよねえ。……やっぱ基本、ボーリングとか」

「おっし、まず1ゲームやってみようか。後はそれからだ」

 

有無を言わさず皆を急かす。その最中誰かが言った「やっぱカップルっぽいよなあ」とかいう独り言は聞こえなかった。聞こえなかったったら聞こえなかった。

 

それにしても…………いや、後で良いか。

 

とにもかくにも、長い一日が始まった。


 













ぱかんとピンが吹っ飛ぶ。

 

意外な事に、ボーリングは旦那の天下となった。この男、ストライクとスペアしか出しやがらねえ。


「ふむ、久々にやったらやはり調子が狂うか。スペアが多いな」

 

嫌味かこの野郎。散々な自分のスコアと比べると心底泣けてくるじゃねえか。

 

ひとまず男性陣と女性陣に分かれてゲームを始めてみたわけですが。まー双方共にレベル差の激しい事。トップを独走している旦那、それを追従している夏川ちゃんの二人が頂点あたりにいて、西の字、冬池ちゃん、春沢ちゃんがそこそこの成績。そして俺やのぶやん、秋沼ちゃんがケツを争っている。

俺も運動神経は悪くないと思うんだけどねー、どうにも球が真っ直ぐ転がってくれない。おっかしいなあ何でだ?


「フォームが安定してないんだよ。あと球をもちっと重いのにしておいたら?」

 

球を拭きながら西の字がそう言った。そうなのか、しかしあんまり重い球だと腕痛くなってくるんだよな。


「それは余計な力が入りすぎてんの。軽く押し出すように転がせばいいんだってば。……まあ北畑みたく力業でなんとかしちゃう人もいるけどさ」

「む? 異な事を。ボーリングはパワーだぞ? いやさボーリングだけじゃなく球技全体に言える事だが」

「めちゃくちゃ極論だな。技を重んじる剣術家の言う台詞かよ」

「何にしろ基本は体力。力のない者が力を振り絞るのは難しいが、力のある者が力を抜くのは楽なんだ。余裕があれば幅は広がる。そうすれば優位なれるというもの」

「うわ、なんか北畑の台詞じゃないみたい。すげー違和感」

「なんだ、中身のある話できるじゃんよ旦那」

「……お前ら普段俺様をどんな目で見てるんだ」

「…………」

「何で目を逸らす東山」

 

話の内容はともかく、雰囲気はそこそこだな。西の字も大分調子を取り戻しているようだ。ま、とりあえずはゲームに集中っと。えーっと球を換えて…………おいしょ、と。力を抜いて、押し出すように…………ゴロゴロ〜ん、と。

 

ごとん。


『あ、ガーター』

 

全然ダメじゃねえかっ!


「っていうか何で真っ直ぐ投げられないんですかあなたは」

 

隣のレーンで投げていた春沢ちゃんが言うけれど、そんなん俺が聞きたいやい。

 

その後も色々と試行錯誤しながら投げてみたんだけど……どうにもさえない結果に終わった。どうやら基本的にボウリングに向いていないらしいな俺は。


「フォームは様になってきたのに……なーんで球が真っ直ぐ行かないかな? 終わりのあたりなんかピンの手前あたりですごい変化球になったよ? まさかと思うけどわざとやってない?」

 

西の字が疑り深い目で言うが、んなわきゃないだろ。相性が悪いんだよ、相性が。多分秋沼ちゃんもな。


「ふ、ふふふ…………一本も、一本も倒れないなんて……」

 

悪い方向にすさまじい才能だった。まさか球がピンに当たったのに倒れないっていう現象を目の当たりにするとは思わなかった。つーか秋沼ちゃん体力無さ過ぎ。一番軽い球でも亀のような速度しか出ないってのはどうかと。


「だから言ったろう、パワーだと」

 

いや旦那よ、多分それ以前の問題だと思うぞ?

 

それにしても……これ以上続けたところで格差が広がっていくばかりだな。そろそろ河岸換えようか。そう意見したら皆が揃って諸手をあげて賛成した。むうやはり旦那がほぼ一人勝ちしているっていう状況は違和感がありまくったか。


「重ね重ねお前ら俺様の事をどんな目で見てるんだ」

『…………』

「一斉に目ェ逸らすなや」


 




ごこんと音を響かせ7番と8番、そして9番が次々とポケットに吸い込まれる。

 

ふっ……俺の天下が来たか。

 

構えを解いてキューの先端をひと吹き。人差し指でハットを押し上げつつ振り向けば、ぽかんと惚けている皆の顔。ふふふ見直したか恐れ入ったかどんなもんでえ。


「……うあ、ちょっとときめいた」

「お前が言うなよ西の字!」

 

まるっきり乙女の表情は止めれ。

 

さてさて、河岸を変えて俺たちは、ごらんの通りビリヤードに興じていた。

わざわざ言うまでもないが、実は俺ちゃんビリヤードが大の得意だったりする。親父の物好きが高じて、うちには折りたたみの簡易ビリヤード台があるのだ。子供の頃からそれでかこんかこんと遊んでいた俺の腕前は、自分で言うのもなんだが結構なレベルにあると思う。プロ級とは言わないが、ほとんどビリヤードを経験した事のないコイツらに比べれば雲泥の差があって当然だ。

 

とは言ってもやはり何事もそつなくこなす人間てのはいるわけで。


「なるほど、手首は柔らかく、ね」

「真っ直ぐ球が転がるようになったら何とかなるもんですね」

「結構面白いもんだ」

 

最初の頃は戸惑っていたのに数回突いたら瞬く間にコツを覚えてしまったのが冬池ちゃん、春沢ちゃん、夏川ちゃんの三人。聞いてみたらばこの人達、実はボーリングもほとんど初体験だったらしい。もしかして後何回かやったら俺より上手くなんじゃねえのこのスポーツ万能ども。

 

対してどうあがいても上達しない人間もいる。


「あっっっれェ!?」

「……ふふふふふ……球に、球に当たらない……」

 

ボーリングでは天下取ってたくせにキューを握った途端ダメ人間に成り下がった旦那。そして最初っから全力全開でダメなまんまの秋沼ちゃん。

 

旦那の場合はあれだ。パワーがありすぎてボールのコントロールが上手くいかないのだ。勢い余ってボールが外に飛び出る。的玉と手玉が一緒に落ちる。ブレイクショットで手玉を含めた全てのボールが台から飛び出した時にはわざとやってんのかと疑ったほどだ。

手加減を覚えさえすれば素晴らしいプレイヤーになると思うが、残念ながら全力全開が染みついた旦那には難しい芸のようであった。力のある人間が力を抜くのは楽なんじゃなかったのかよ?


「……の、はずなんだが……うむむむむ」

 

ま、せいぜい悩んでおいてくれい。で、秋沼ちゃんの場合は基本形から最終形まで全部ダメだった。ダメダメ帝国のダメダメエンプレスだった。

姿勢が悪い。キューが真っ直ぐ動かない。ボールの真芯を捕らえていないなどなど、技術的な問題は山積みなのだが、何より人の話――特に“男”の話を真っ当に聞こうとしないのが最大の問題だ。だだでさえ会話が成り立たない事が多いというのに、意固地になるとさらにそれが酷くなっているようだ。何でそこまで野郎を嫌うのかは分からないけど、経験者としてのアドバイスすら聞き流しているような状態では上手くなるはずもないのだが。

しかも女性に教わったら女性に教わったで――


「もう少し姿勢を低くして球を真っ直ぐ見なきゃ」

「う、うむ……ああ、背中に密着されているこの幸福感は……口惜しいが少し大きくなった感触もなかなかに……」

「っ! ど、どこの何の感触を楽しんでるのっ!」

 

別な意味で気もそぞろだったよこの百合娘。

 

やれやれ、この調子じゃ彼女は上達しそうにない。……手の打ちようがないから放っておくか。さて、ビリヤード的に一般人代表の西の字とのぶやんに、ちょっくら手本を見せてやるとするかね。


「得意だからって調子に乗っちゃってまあ」

 

西の字が何やら言っているが聞き流し、キューを構える。

 

打ち抜かれた手玉が奔り、9つのボールが散った。


 




かっ、と僅かな音が響き、軽快な電子音が派手に鳴り響いた。


「ふっ……ボクの天下が来たか」

 

ニヒルな笑みを浮かべて眼鏡をくいっと直すのは誰あろう、先程までダメダメクイーンの名を欲しいままにしていた秋沼ちゃんその人であった。

 

旦那の下手さが他のプレイヤーたちの迷惑になりそうなレベルに達し、秋沼ちゃんのセクハラもまたシャレにならないレベルに達してしまったので、俺たちは逃げるようにビリヤード場を後にし今度はダーツコーナーへと足を踏み入れた。

そこで頂点に立ったのが秋沼ちゃん。まるで吸い込まれるように次々とダーツが電子制御式のボードへと突き刺さっていく。

一体全体何がどうしたのだろう。俺たちはぽかんと馬鹿みたいに口を開けてその光景を見やるしかなかった。


「あ〜、りんちゃん? ……上手いね?」

 

やっとの事で声を発したのは、秋沼ちゃんと一番付き合いが長いという冬池ちゃん。彼女が発した言葉に、秋沼ちゃんはふふんと自慢げに胸を張って見せた。


「無論だとも当然だとも! この秋沼 林檎ことダーツにおいては右に出る者などおらんさ! いつか訪れるであろう檸檬のピンチに颯爽と現れ悪漢どもを駆逐し檸檬のハートをがっちり掴むために磨いた腕は伊達ではないのだよ! 残念ながら以前公僕に職務質問された時に怒られたのでダーツは持ち歩けないのだがね!」

 

腕前はともかくやっぱり色々とダメだった。職務質問て、一体何したのこの人。

 

対してここで新たにダメな人認定を受けたのがのぶやん。別にフォームがおかしいわけでも力が入りすぎているわけでもないのになぜだか的に当たらない。まるで的がダーツを避けているかのようだ。


「…………むう」 

 

心なしかしょんぼり肩を落しているかのように見えるのぶやんを、春沢ちゃんと冬池ちゃんが懸命に慰めている。彼女ら自身はそこそこの腕前のようだから、多分これからべったり貼り付いてコツでも伝授しようと言うのだろう。

羨ましいっちゃあ羨ましいが、折角良いところ見せたのにあっさり鞍替えされた秋沼ちゃんが、ハンカチを引きちぎらんばかりに噛み締めながら血の涙を流しつつ恨み骨髄に徹す目で睨み付けているので替わってやりたくはない。

 

で、俺はと言うと。


「可も不可もなく、って感じだなあ」

 

大外れというわけじゃないが狙ったところに確実に刺さるってわけでもない。だがまあ初めてやったんならこんなもんだろう。

旦那や西の字も似たり寄ったり。「結構面白いね、これ」「まあな」とかいう会話を繰り広げながら、ひょいひょいと軽くダーツを投げていく。


「北畑だったら、こういうの上手そうな気がしてたんだけどね」

「小刀ならそれなりにいけたがな。やはり勝手が違う」

 

小刀ておい。ジョークじゃなさそうってところが怖いな、あんま旦那を怒らせないようにしておこう。

 

それはさておいて、と。


「俺ちょっとトイレ行ってくるわ」

「ん、分かった」

 

頷く西の字に軽く手を挙げ応え、俺はダーツコーナーを出て廊下へと進み出る。

そのままトイレへ……向かわずに、廊下にあった自販機で、適当に選んだ缶コーヒーを“二本”買い、暫しその場で待つ。

 

ややあって廊下の角から現れた人影に向かって、俺は手にした缶コーヒーの一本を放った。


「……女がトイレから帰ってくるのを待ち構えるたあ、マナーがなってないね」

 

缶コーヒーをキャッチし、憮然とした顔で言うのは夏川ちゃん。それに対して俺は肩を竦めながら答えてみせる。


「俺もそう思うけど、なかなか機会がなかったんでね。無礼は勘弁してくれや」

 

言いながら手にした缶コーヒーを軽く掲げ、ふるふると振ってみせる。


「二人だけでちょいと話したい事があるんだが、一杯付き合ってもらえるかい?」



 












人気のない休憩コーナーのベンチにどっかりと腰を据え、プルタブを開けコーヒーを喉に流し込む。

 

……ぶ。


「うあ、何このコーヒー風味の薄めた練乳」

「知ってて買ったんじゃないのかよ」

「や、あまり見たことのないヤツだったんで、どんなのかなあと……」

 

凄まじく甘党向けのコーヒー……いや、コーヒーっぽい飲み物だった。こんなもんしょっちゅう飲んでたら糖尿病になるわ。

 

さり気なく缶コーヒーらしき物脇に除けた俺を、夏川ちゃんはじと目で見ている。


「チャレンジャー精神もほどほどにしておかないと痛い目見るよ。……で、話ってなんだい?」

 

俺はちょっと困ったような表情を作り、言い出しにくそうな雰囲気を装って口を開いた。


「あのよ、この間から思ったんだが……お前さん、西の字に何か恨みでもあるのか? 時々“妬ましそうな目”でヤツ見てんぞ」

 

これは半分本当。実際は妬みも含んでいる(と思われる)複雑な表情で時折西の字を見ていた、が正確なところだ。


「特に今日は朝っぱらからずっとだぜ? 気付いたら気になるってモンだろうが」

 

これは本当。何か事ある毎に西の字をちら見してるのは注意してればすぐに分かる事だ。

 

全面的に本当の事を言わなかったのはわけがある。多分西の字に向けている視線は無意識だろうから、“自分が嫌う類の感情を向けているように見える”と思わせておいて動揺を誘うと同時に、自身が西の字に対してどのような感情を抱いているか、考えて貰うきっかけにしようと思ったわけだ。

好意を抱いていると誘導するやり方もあるだろうが……生憎と俺はそこまで器用じゃない。それに場合によっては意固地になられる可能性もあるからな。ま、俺流もやり方でやってみるさ。

 

果たして俺の言葉を聞いた夏川ちゃんは目を丸くして硬直し、しばらくしてからばつの悪そうな顔で視線を逸らして、落ち込んだように俯いた。


「…………そうかも、知れないね」

 

しばしだんまりを決め込んでいた後に出た台詞はそのようなものだった。

自分自身でも考えを纏めながらなのか、夏川ちゃんはぽつりぽつりと俺と会話し始める。


「なあ……夕樹って、可愛いよな」

「男の“娘 ”って表現したいくらいには、な」

「…………ぶっちゃけアタシよりも女の子してるじゃないか」

「そこまで卑下する事ないし多分本人聞いたら首括るぞ」

「……でも事実そうだろう?」

「………………ノーコメント」

「返答しないのは肯定と取るよ。ともかくアイツ見てたらさ、なんていうか…………自分が女らしくないのが余分に際だつような気がしてね」

 

つまり何か? 女としてのコンプレックスが刺激されていると?

十分女らしいと思うんだがなあそういう考え方。

 

ちょいと呆れた俺の心情に気付かない夏川ちゃんの語りは続く。


「あいつ自身は気に入ってるんだアタシは。けどさ、アイツの側にいると何かこう、かわいげのない自分がやになるっていうか、それを感じて自己嫌悪してるというか、そういうところがちょっとはあるのさ。まさか顔にまで出てるとは思わなかったんだけどね」

 

自嘲する。ふむむ、こればっかりはいかんともしがたいなあ。西の字が可愛いのも夏川ちゃんが男前なのも本人のせいじゃないし。

しかしだね、こういうのは考え方一つしだいなのですよ。俺はこほんと咳払いして言う。


「かわいげがある、ってのがそもそもお前さんのウリだった。そんならそいつは分からないでもないけどな。キャラ被ってるわけでもないだろうよ」

「っ! そういう問題じゃあ……」

「そういう問題なんだよ、俺から見れば。言っておくがお前さんは掛け値なしの美人だ。それこそそこらの有象無象が妬みの視線を向けるほどのな。それは変えられない事実だし否定もできねえ、そうじゃないか?」

「アタシの事はどうでも――」

「よくない。お前さんの話でもあるんだから。それとも何か? アタシブサイクだし〜とか卑下してるんだか実は誉めて欲しいんだか良く分からない主義主張を持っているんじゃなかろうな?」

「そういうわけじゃないけれど……かわいげはない、と思う……」

「そんな事で悩んでる時点で十分に可愛らしいっての。確かに西の字とはベクトルが違うけどな。……何かアレか? 女らしさとかいうところを刺激するトラウマでもあんのか?」

 

びくんと分かり易い反応が返ってきた。うあマジすかテキトーぶっこいたのに。

よしこの辺は刺激しないようにしておこう。藪をつついて蛇が出てくるのは御免被るし。 さりげなく話のベクトルを変更するべえよ。


「ともかくさ、ヤツの事嫌いたくはないんだろ?」

 

そう言ったら「う、うん、まあね」という返事が返ってきた。だったら話は持って行きやすい。


「だったらよ、ヤツが少しでも男らしくなるようにさり気なく仕込んでいかねえか? 俺も前からその辺は気になっていたところだし、女の目から見たやり方ってのもあるだろうからお互い協力するって感じで。それを考えていけばお前さん自身も逆にかわいげってヤツを考えられるんじゃねえの?」

「え? ああ。……なるほどねえ」

 

夏川ちゃんはむむむと考え込む。穴だらけの理屈だが、それが逆に計画性を感じさせないだろう。これを承諾してくれるのであれば、こっちもダイレクトに関わりやすくなる。そして断る理由は心情的な物以外にないはずだ。いかなる返事をしようとしたのか夏川ちゃんが口を開こうとしたところで――

 

ダーツコーナーの方から爆発音が響いた。






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