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その三・だれのせいでもありゃしない? 最低でも俺は悪くない 後編

 





のぶやんたちを保健室に向かわせ、俺と奈月姉は縛り上げられたままのその娘と対峙していた。


「さて、全て話して貰おうか。話さなくとも良いが……辛いぞ?」  

「脅すなそして解放してやれ」

 

ぱこんと意味もなく威張っている奈月姉の後頭部を叩いてから、目の前ですっかり萎縮しまくっている女子の縄を解く。

わりと可愛らしい方だとは思うが、ウチの姉妹や知り合い乙女カルテット(誰かは言わなくても分かるよな?)に比べれば1ランクは落ちる。え? 散々言っているわりには評価高いって? 馬鹿にすんな中身がどうあろうと美人は美人だとちゃんと認めるぞ俺は。面と向かって美人だとか絶対に言わないけどな。

はてどこで見たんだっけかな? 思い付くヒントを得るために、頭を押さえてみ〜とか唸っている奈月姉にどこでどうやってこの子捕らえたと問う。


「うう……愛が痛いの。……あ〜こほん。校舎の外でな、あ〜とかう〜とか奇声を上げつつ保健室を覗こうとしていたのさ。どこをどう見ても不審者だろう?」

 

奈月姉に言われちゃおしまいだよ。しかし保健室の中を覗き込んでいたって事は、西の字の関係者か……あ。


「西の字に告白して振った非道極まりない人!」

「うっ! その通りですその通りなんですけど! ……ううう、その通りなんで文句言えない……」

 

床に両手両膝付いて滝のように涙を流す告白女(仮)。そう、すっかり忘れ去られていたが、西の字がああなった原因を作った張本人その人だ。

う〜ん、また何で今になって西の字の周りをうろちょろしてる? 実は未練たらたらだった? じゃあ何で振った? 

考えても俺の少ない脳味噌じゃ分かるはずもない。ので直接聞いてみる事にした。


「というわけでとっとと事情を教えれ。教えてくれればもれなく無事に解放される……ような気がしないでもない」

「ほ、保証はないんですか……?」

「内容によるんじゃない? アレも一応ダチだから、場合によっちゃあ温厚な俺ちゃんもちょっと考えさせて貰う、かもよ?」

 

びくびく怯える告白娘に追加で脅しをかけておく。必要ないかも知れないけどね、実際俺は今回のことでかなり迷惑を被っているわけだ。ちょっとぐらい意趣返ししてもバチは当たらないと思う。他の連中は何だかんだ言ってお人好しぞろいだから結局許しちまうんじゃなかろうか。多分西の字本人すらも。


俺の言葉に顔を青ざめさせて告白女は俯く。脅かしすぎたかと思ったが、彼女はそのままぽつりぽつりと話し出した。

 

彼女の名は【小春 ひより】。俺たちと同じ一年で、俺たちや夏川ちゃんたちとも別なクラスらしい。

全く接点のない彼女がどうして西の字を知ったのかと思ったら、どうも中学の頃からの同級生だったようだ。


「西之谷君は、いろんな意味で目立ってたから……」

 

あー、そうだったよな。喧嘩無双だわ女の子と思いこまれて告白受けまくりだわ、目立たない方がおかしい。

……もしかしてそのころから?

俺の問いにふるふると首を振る小春ちゃん。「気にはなってたんだけど、そこまでは……」と言ってるけど、じゃあなんで今頃になって?


「あの……例のイベント、アレ見てちょっと……」

 

例のイベント……ってあのはっちゃけ校長大爆発だったアレですかい。あん時の西の字は鬼神と化して旦那をフルボッコにしたり、乙女二人にターゲッティングされてブルってたりしてたけれど、あの状況のどこに心惹かれる要素があったのでしょうか?

そう思っていたら、意外な言葉が小春ちゃんの口からこぼれ出た。


「酷いと、思ったの」

 

…………え〜と、どゆこと?


「だって、あの場のどこにも西之谷君の味方になってくれた人なんていなかったじゃないですか。それでも逃げ出さないで頑張ってたのは、ちょっと、格好良かったかなあ、なんて……」

 

後半は多分逃げたくても逃げられなかっただけじゃあないかなあ。思ったけれども口に出さないくらいの分別はある。いつの間にか顔をほんのり赤くして、小春ちゃんは言葉を続けた。


「多分将来的に、いい男になると思うんですよ西之谷君て。今のうちに唾付けておかないと後で絶対後悔するって思ったから、思い切って告白したんですけど……」

 

そこまで言って今度は暗い顔に。なるほどね、そこで何かあったわけだ。……もしかして、カップリングがどうこう言ってる連中に何かされた? 

こう尋ねると、小春ちゃんは目を見開いて「ど、どうしてそれを!?」と驚愕の声を上げる。ビンゴ、やっぱりか。

会長の言っていた通り、やはり敵側の介入があったようだ。


「で、どんな連中で何されたわけ? 話せる事柄ならできるだけ詳しく聞かせて貰いたいな」

「……正体は、分かりません。全員覆面をしていましたから」

 

ただ間違いなくウチの女子生徒ではあったと小春ちゃんは言う。そりゃウチの制服着てたんなら当然なんだがそれはまあいい。で、そいつらは何を?


「恐ろしい、人達でした。……彼女たちは告白の後興奮さめやらぬまま浮き足立っていたわたしの後を付けていたのでしょう、帰宅後突如窓から部屋に乱入し……卑劣極まりない事に! ひよちゃんを! ひよちゃんを人質に取ったのです!」

 

………………え゛?


「ひ、ひよ? 何?」

「ひよちゃんです。ぬいぐるみです」

 

こら。

 

何かいきなりダメエアーが漂ってきましたよー。ちょっと頭痛を覚えて額に手をあて暫し堪える。堪えてからなんでぬいぐるみ人質にされて素直に言う事きくかなと呆れ気味に聞いてみたら、小春ちゃんは猛然と食って掛かった。


「ひよちゃん馬鹿にしないで下さい! 幼い頃からわたしの側に常に在った親友、いえ、最早魂の姉妹と言っても過言ではありません! もうふわふわなんですよ! ふわふわのもこもこなんですよ!?」

 

ダメだこの女。何かもう色々と。穴の空いた風船のように気力が萎えていく俺の目の前で、小春ちゃんはその当時を思い浮かべてか、目に涙を湛えてまで力説してた。


「事もあろうに彼女らは! ひよちゃんに漂白剤を使うなんて残酷な事をしようとしたんです! それではひよちゃんがにわとりさんになってしまうじゃないですか! し、しかも、柔軟剤を、柔軟剤を使わないなんてっ! 神をも恐れぬ所行……っ!」

 

……西の字、お前さんの価値はぬいぐるみ以下だったらしいぞ。あまりのあほさ加減に、俺は天を仰いで涙を流すしか反応のしようがなかった。

 

……まあその、人の価値観はそれぞれだし、それを批判する権利は俺にはない。そうやってとりあえず自分を誤魔化しておこう。そうじゃないとやってらんない。俺は帽子の位置を直し、改めて小春ちゃんに問い掛けた。


「それで、その後連中はどうしたの?」

「……はい、彼女らはわたしが断腸の思いで告白の撤回を承諾したのを確認したら、ひよちゃんを解放し「我々はいつでもこうやって貴様の元に現れる。その意味が分かるな?」と捨て台詞を残して去りました。その脅迫に負けて西之谷君に酷い事をしてしまったのですけれど……流石にその、気まずいというか後味が悪すぎるというか、気になってしまって。こっそりと様子をうかがっていた次第でして……」

 

悪気はないんだが、ねえ……この娘もどっかおかしいな。しかしどうした物だろう。話を聞いたはいいが彼女に対する処遇を思い付かない。まあ、このまま解放すりゃあいいという意見もあるだろうが、この様子だと西の字の周りにちょろちょろ出没して話を混ぜっ返す可能性もある。言い聞かせるにしても……振ったとはいえ告白した男に女宛おうとしている最中だなんて話を聞いて大人しくしているだろうか。

 

むうと考え込んでしまう。乙女心なんて代物は分からないからさっぱりだ。ウチの姉妹? ありゃ乙女の範疇から外しておいた方が良い。いろんな意味で。

さてどうだまくらかすか、そう考えていたら誰かがちょんちょんと俺の肩をつつく。


「悩んでいるようだね香月君。ここは任せてくれないか?」

 

三人しかこの場にいないから他にこんな事するヤツぁいないわな。何か妙に自信満々な奈月姉だがちゃんと理解しているのだろうか。怪しいモンだ。


「要は彼女に邪魔をさせなければいいのだろう? 大丈夫、手はある」

「…………それは合法的な手段なんだろうな?」

「…………………………」

「なぜ目を逸らす」

 

やっぱりかこの姉。ソンナコトアリマセンヨとなぜか片言になって決して目を合わそうとしない奈月姉に、俺は冷たい視線を向ける。すぐさま冗談冗談ハッハッハとか言いながら奈月姉は陽気を装ってこちらに笑いかけるが、その側頭部にでっかい汗が流れるのを確かに見たぞ俺は。

けどなあ、このまま手をこまねいているわけにもいかない。不安だ、不安ではあるが……任せて、みるか? 

その、アレだ、た、たまには身内を信じてみようかなあなんて思ってないんだからね!?


「大丈夫だ、と言った」

 

俺の要請を受けてめっさやる気になった奈月姉が力強く頷き小春ちゃんへと向き直る。その細いはずの背中が大きく見えるほどに気迫を放つ彼女は、背中越しに言葉を続けた。


「香月君には、香月君だけには嘘は吐かない。それは絶対だ」

 

やたらと男前だった。やべ、一瞬惚れそうになった。

 

ぶんぶんと頭を振って気の迷いを追い出している俺の様子に気付かないまま、奈月姉は小春ちゃんの顔を覗き込んで彼女に語り掛けた。


「さて、君の話は分かった。いずれにせよ不埒者が君を脅迫し、告白の撤回を強制させたのは間違いない。人質が使えなかったとしても別な手段を取っていたさ。それに関しては君に否はないと言えるが……このままでは西之谷君の前に出る事は叶わない。分かるね?」

 

奈月姉の雰囲気に気圧されたか、小春ちゃんは神妙な顔で頷く。


「問題は二つ。本質的には一つ。君は不本意だったとは言え彼を傷付けた。これが一つ。だがそうさせたのは誰だ? そう、君を脅迫しそうなるようにし向けた者どもがいる。これが二つ目にして全ての原因。そいつらをなんとかしない限り、君は誤解を解く事すらままならないだろう」

 

なるほどな。俺はここで奈月姉が何をしたいのか――小春ちゃんに何をさせたいのかが何となく分かった。


「幸いにしてと言うか、我々はそいつらを何とかしようと考えている。つまり、君とは協力しあえると思うのだがどうだろう? もし協力してくれるというのであれば……全てが片づいた後、西之谷君との話し合う場を設ける事を約束しよう」

 

狸だ。この件が全て片づいた後というのは、“西の字と夏川ちゃんが上手くいった後”でもある。その状況で小春ちゃんを引き合わせても……良くて修羅場が発生する程度だろう。俺としては敵さえ片づいてしまえば問題ないし、奈月姉、なかなかやるじゃあないか。ちょっと見直したぞ腹黒いけど。

あわれ小春ちゃんは詐欺に遭ってるとも気付かずに「やる! やりますやらせて下さい!」と目ェきらきらさせて快諾している。うん、見事に騙されてるな。まあ一度騙されておけば将来的に酷い目に遭う可能性も少なくなるだろう。高い授業料だと思って犬に噛まれたと諦めて頂きたい。


「奈月姉……やればできるじゃないか」

 

今後の方策を小春ちゃんに指示して解放した後奈月姉にそう語り掛けると、小憎らしいくらいの良い笑顔を見せながらこう切り返してきた。


「香月君の好みを考えて……ちょっと頑張ってみた。ときめいたかい?」

「実の姉弟じゃなきゃな」

 

そうかと満足げに頷く奈月姉。暴走しなきゃまともなんだよな、普通にすりゃいいのに何でいつも変な方向へと突っ走るんだろう。特に最近は酷くなったんだけど……いつからだ?

考えてみたら思い当たる事が一つ。西の字を家に泊めたあの日、あの後から姉妹のはっちゃけぶりがニトロぶっこんだみたいに加速しだしたような。

 

……もしかして、心配してた?


「ん? どうかしたかい?」

「……いや、何でもない」

 

つい視線を逸らしてしまう。いやその、気付くと気恥ずかしいね。多分うぬぼれじゃないと思うんだ。どっかおかしい姉妹ではあるけど、俺を本気で慕ってる事くらいは分かってるから。

 

愛が重いぜまったく。

 

遠くで授業が終わった事を示すチャイムが鳴る。結局授業をまるまる一つサボっちまったが……まあ、たまにはいいさ。
















「南田殿、少しよろしいか?」

 

一人トイレに寄った後、いきなり背後からそんな声を掛けられ俺は驚いた。

危うく出そうになった悲鳴を何とか堪え振り向こうとしたら、「そのままで。他に気取られてはなりませぬ」と制される。

この声、そして口調。もしかして……。


「ええっと、涼華ちゃん、だったけか?」

「ちゃ、ちゃん!? ……こほん、失礼。左様にございます」

 

一瞬声をひっくり返して驚いたようだが、即座に冷静さを取り戻す。間違いはなさそうだ、この間助けて貰った忍者女――影忍の涼華その人だ。

何かあったのだろうか。この人は会長と関係が深そうだが、それはどうやらビジネスライクに寄った物だと俺は見ている。(最低でも涼華ちゃんの方はその関係を維持しようとしている)無意味に俺と接触する必要はないだろうから、会長か誰かに頼まれてここにいるという事になるんだが……またぞろ面倒な事じゃないよな?

そう思いながら周りをはばかって小声で移動を促し、場所を変える。気配はないが、承諾の声を聞いたので彼女は確実に付いてきているだろう。そう信じて中庭に出て、人気のない木陰まで移動する。


「さて、この辺で良いかな。……とりあえず顔見せてくんない? 誰もいないところに話し掛けるのって、どうもね」

「分かり申した」

 

さあ、と風が目の前を過ぎる。と、それが収まったそこにはいつの間にやら現れたか一人の少女の姿があった。

俺たちと同じ一年の制服。鴉の濡れ羽色の髪をショートボブにした、何というか目立たないタイプの美人としか表現しようのない女の子。微笑みを浮かべれば結構可愛らしいであろうその顔に氷のような無表情を貼り付け、切れ長の目で射抜くように俺を見詰めている。

何となく居心地の悪さを覚えるが、別段彼女に対して後ろ暗い事をした憶えはない。俺は内心の動揺を押し殺して彼女に話し掛けた。


「で、どうしたのかな? 俺が一人のところに話し掛けてきたって事は、あんまり他の人間に聞かせたくない話だと思うんだけど、違うかい?」

 

俺の言葉に別段驚いた様子もなく、涼華ちゃんは淡々と答える。


「左様。もっともそう判断したのは御大将……預菜振様にございますが」

 

ふむ、わざわざそう答えるって事は、彼女自身は別段聞かれても構わないと思っているか、“聞かれている事を前提に”話しているか、ってところだな。


「OK、じゃあ差し支えない範囲で話聞かせてもらおうか。……後さ、同級生なんだからへりくだった言葉遣いとかしなくていいぜ?」

「それがしこれがでふぉるとなのですが……善処いたすことにしましょう……しよう」

 

デフォルトて。……まあいい、ともかく涼華ちゃんの話を聞くとしよう。


「預菜振様よりの伝言が一つ。敵の尻尾をつかんだ、思った以上に根が深い。とりあえず要注意と思われる人物を知らせておく、十二分に注意をとの事」

 

言葉とともにUSBメモリーが差し出される。後はこれを見ろって事ね。受け取りながらサンキューと軽く礼を言っておく。


「他に何か言ってなかった?」

「これより生徒会との連絡はそれがしが受け持つ事となる。他の人間がきた場合にはまず疑ってかかれ、だそうだ」

 

手渡したUSBメモリーをちょいちょいと指しながら、涼華ちゃんはそう言った。用心深い事で、言葉には出さなかったのだがそう表情にでていたらしく、涼華ちゃんはわずかに苦笑している。


「面倒をかけるがよしなに。では、それがしこれにて」

 

涼華ちゃんはそう締めくくって再び風とともに消え失せた。忙しい人だよまったく。肩をすくめてから、俺は自分の襟足あたりに向かって言葉を発する。


「聞いてたな美月姉。今から倉庫の方にいくから何とか都合つけて抜け出してこい」

 

また授業さぼる事になっちまうが善は急げってね。むしろ悪巧みの部類に入るけどな。

盗聴していないんじゃないかという不安はない。ある意味期待は裏切らないからなあの姉は。

件の倉庫に顔を出してみれば、案の定盗聴デスクの前に居座っている美月姉。足を組んで余裕のある大人の態度を演出しているようだが、ぜいぜい息を切らせながら「ま、待ってたわ……香月」と絶え絶えに言葉を発していて全部台無しだった。

無意味に無理すんなよと声をかけつつ、さっき受け取ったばかりのUSBメモリーを取り出してデスクの上に展開されたノートパソコンへと差し込む。俺はそのまま内容を表示させながら、美月姉に尋ねた。


「西の字は気付いたんだな?」

「ええ、一応ね。なんか唖然としてたけど。大事を取ってしばらく休んでおきなさいって言っておいたわ。本当は病院にでも放り込んでおいた方がいいんでしょうけどね」

「おもくそ轢かれてたもんなあ。ま、それくらいでどうにかなるとは思わないけれど……っと、これか」

 

圧縮されたデータを展開。特におかしな仕掛けもなく素直に内容が表示される。

生徒会諜報部(何かおかしいがあるのだウチの生徒会には)による調査書。敵――西の字を同性愛という暗黒面に堕とそうとするクソ外道どもが、危険度によってランク付けされ記されている。うあ、思ったよりも数多いぞこれ。漫研や文芸部の女子がほとんど丸ごとってのは予想していたが、他にも山ほどいるじゃねえか。しかも料理愛好会ウチ、園芸同好会、剣道部と、西の字と愉快な仲間たちが属しているところ全てにそのメンバーは潜んでいた。

これで氷山の一角だって? ごく一部の勢力どころじゃねえ一大勢力じゃないか。へたすりゃ犬猫両派上回ってるぞ? ……ってあれ? ここ最近でいきなりメンバー増えてる? なんちゅう感染力。

会長が危惧を抱くはずだ。これじゃインフルエンザよりタチ悪い。インフルエンザなら寝込むだけだけど連中あさっての方向に暴走してるかんなあ。早いところ西の字と夏川ちゃんくつっけないとどんな被害が出るか。連中が見る分にとっては天国かもしれないが俺らノーマルな人間からすれば地獄な光景が展開される事になる。


「無理があるが……計画を早めるか」

 

顎に手を当て独り言のように言う。何事もなければ今のやり方で二人をくっつけられると思うんだが、もうそんなに余裕はない。多少強引な手段を使ってでも奴らの仲を成立させないといかんな。データに付属していた会長のメッセージを見つつ新たに策を練る。

なんつーか悪巧みも堂に入ってきたなあ俺、いやこんな事威張れないけどなうん。自嘲しながら美月姉の方を見る。


「正直に言えよ美月姉。……媚薬の類、用意してんな?」

「もちろん♪ ……って、薬の類とか使わないんじゃなかったの?」

「もう手段を選んでる余裕はねえ。けど他の人間には秘密にしておく。……まあ“西の字たち”に使うつもりはないんだけどな」

「??」

 

首をかしげる美月姉を横目に再び画面へと向かう。やはり中核となっているのは漫研と文芸部か。だけどそこを潰したからって全てが片づくはずもない。やるんだったら纏めて一網打尽だ。そこが難しいところだが、さてどうするか。

幸いにしてこちらの戦力は高い。しかも変人ぶりでは間違いなく格上だ。…………今かなり不安になったけど、やりようはあるはず。きっと。

とりあえずそっちはそっちとして、西の字たちをどうやって接近させるか。不自然じゃない程度で急ぎで小細工ができて……と考えたら、やはり皆で遊びに行くか。元々そっちの方向で考えていたんだからネタは山ほどある。けど確実に妨害ジャマ入ってくるだろうなあ。正面からきたらのぶやんラヴァーズが粉砕してくれんだろうが、裏でこそこそってのは……ウチのはっちゃけ姉妹を当てればいいか、な? 

 

考えながら皆にメールを回す。コースは以前決めたものをそのまま使う。つっても大した物じゃない。近隣にある総合アミューズメント施設に出かけようって話だ。スポーツもできればゲームもできる。カラオケだって歌えちゃうしご飯も食べられちゃうそこは、値段の安さもあって近隣の中高生とか予算をかけられないご家族やカップルに大人気だったりする。誘うには不自然じゃないし、予算的にも痛くない。

決戦は土曜日。それまでに色々と仕込んでおくとしようか。

まずは西の字、だな。



 




目が濁ってる。


ずいぶん久しぶりに見たような気がする西の字の表情は、地獄の釜を覗いたような絶望感に満ちていた。


なんつーか、死期を宣告された末期ガンの患者よりも酷いんじゃないかこれは?

ベッドの傍らに立っているのぶやんは滝のような脂汗を流し続けている。まるで蛇に睨み付けられた蛙のようだ。

保健室に入った俺の存在に気付いたのか、西の字はぎぎいと軋むような音を立てながら虚ろな視線を俺に向ける。正直怖い。

腰が引けるのを堪えつつ、語りかけてみる。


「に、西の字? 生きてるか健康か?」

うふふふふ生きてるよ健康だよなんか高層ビルから飛び降りたような心持ちだよ。

 

帰ってきた返事は吹き出しの中に入ってなかった。


「うをおおおおおおおおい!?」

 

ダメだー! なんかすっごくダメだーー!? そりゃのぶやんもガマガエル化するよこの様子じゃ!

 

咄嗟にツッコんだが後に続く言葉が浮かばない。と、ともかくコイツ何とかしないと心臓に悪いぞ一種のホラーだぞいやマジ。


「あ、あのアレか? ダメか?」

うんダメだわもうかなりダメ。ダメダメキングダムのダメダメ王子。

 

……確かにかなりダメっぽい。つか流行ってんのかこういう表現。

どうしてここまで落ち込んでんのか正直理解に苦しむが、ここまで精神的にもろくなっているのであれば逆にチャンスかもしれない。そう前向きに考えないとやってられないという本音は胸の奥に沈めて、俺は恐る恐る口を開く。


「な、なあのぶやん、あの話言ったか?」

「…………いや」

 

そんな事言う余裕なんてなかったよとサングラスの奥から訴えている(ように見える)のぶやんに、任しておけと頷いて、拒否反応で勝手に視線を背けようとする体を押さえつけて西の字に向き直る。

 

うふふふなんだい僕にとどめでも刺そうってのかい一人で死ぬかよやつもやつもよぶ。

 

ヤツって誰だよ、そうツッコミ入れたいのを堪えて言う。


「あのな、お前さんえらく落ち込んでるみたいだし、ここらでぱっと気晴らしにみんなで遊びに行かないかって話なんだが、どうよ?」

……遊び?

「お、おう。考えてみりゃつるみだして結構経ってんのに、そういう事ってあんましてねえじゃん俺ちゃんら。行ってみたら楽しいぜ、きっと」

………………。

 

お、考えてる考えてる。目の色もまともな色に戻ってきた。もう一押しってトコだな。

俺は決意を促すべく、カードを一枚切って見せた。


「それにお前、不可抗力とはいえ夏川ちゃんにずっと看病させてたんだぞ? この機会に礼の一つもしておいたってバチは当たらないと思うけど」

「へ? な、なんでかりんが僕の看病を!?」

 

驚きのあまりか完全にいつもの調子に戻った西の字は、目を丸くして素っ頓狂な声を上げる。おし乗ってきた。ここで楔を一つ打ち込む!

俺は素知らぬ顔で、意識してちょっと呆れたという感じの言葉を放つ。


「お前さんが突然夏川ちゃんの袖つかんで放さなかったんじゃないか。ちゃんと後で礼を言うか謝るかしとけ。言いにくいってんだったらあの人も遊びに誘ってるからそん時にでも気ぃ回しとけや」

「あ、あうううううう」

 

さっきとは別な意味で落ち込む西の字。のぶやんも一安心といった感じで胸をなで下ろしているようだ。

このままなし崩し的に遊びに連れて行く方向へと持っていく。今の西の字なら小細工に気付く余裕はないはずだ。夏川ちゃんとの伏線も張っておいたし細工は隆々。仕上げをご覧じろってな。

 

この時の俺の様子を見ていたのぶやんは後にこう言った。俺の背後に悪魔の羽根と尻尾が見えたと。

ふっ、歪んだ欲望の餌食になるくらいだったら、悪魔に格安で魂売ったるわい。

 

…………まあ敵は悪魔よりもタチが悪かったんだが。








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