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その二・こんなはずじゃなかったよねと言ったところでどうにかなるもんじゃない 後編

 





翌日。


「はあ!? 西の字が行方不明!?」

「……どうもそうらしい」

 

いきなり俺たちの計画は暗礁に乗り上げていた。

 

微かにだが消耗した様相を見せているのぶやんの言葉に、思わず裏返った声で返事を返してしまう俺。何でも昨日帰ってから西の字との連絡が一切取れなくなったらしく、また家にも帰っていない様子なので一晩中心当たりを探し回っていたとの事。

今回こっちの予想の斜め上行きやがるなあアイツは。せいぜいいぢけて家に籠もっているくらいが関の山だと思っていたのに。こりゃあどうしたもんだか。


「……つか、探し出すしかないわなあ。しゃあねえ、今日はサボるか」

「……すまん」

「のぶやんのせいじゃないだろ? ともかく心当たりをあたってみるさ」

 

校門前の道を引き返しながら、俺は携帯を引き出して知り合いに連絡を回そうとする。と、その時、彼方から何かの音が響いてきた。

登校中の生徒達も、何事だと足を止め怪訝な顔をしている。音源は徐々にこちらへと近づき、その正体を掴んだ者たちは一斉に眉を顰めた。

複数……いや、多数のバイクの排気音。しかもどうやら改造車のようだ。集団で行動しそのようなバイクを駆る人種なんぞ一つしかない。

 

暴走族ゾク。迷惑この上ない社会不適合者の集団。俺ちゃん調べで関わり合いになりたくない人種上位にランクインしている方々が、よりにもよってこんな朝っぱらから登場かよ。ったく、ただでさえ面倒事が起こってるつーのに、厄日か今日は?

爆音の響きは一層激しくなり、同時に道路一杯の幅まで広がって走るバイクの集団が伺えるようになった。原形をとどめぬまでに改造されたバイク、トゲやプロテクターのついたパンク風レザー、そして大半の頭上に輝くモヒカン。

 

……何でか世紀末な救世主伝説っぽい集団の中央で爆進してるのは、バイクの常識を越えたでかさ――1トンくらいはありそうな三輪バイク(トライク)。いかついにーちゃんが駆るその後部座席には、腕組みをしマントのような物をなびかせた人影が見受けられる。アレがリーダーなのだろうか。……って待てよ、どっかで見たような気がするぞアレ。

 

どっかのデスメタルバンドのごとき衣服を纏い、凶悪な形のサングラスをかけたその人影が記憶の中の人物と一致した時、俺は我知らず唖然とした声で呟いていた。


「……何してんの西の字」

 

そう、なんか勘違いした格好はしているものの、アレは西の字本人に間違いない。その事実に気付いた人間は俺と同じように間抜けな面を晒している。そんな周囲の様子など一切目に入っていないであろう西の字率いる暴走族は、異様な雰囲気を保ったまま校門前にいたり一斉に停車。そこで西の字が腕を解き、マントをはためかせながら右手を横に振るってこう宣った。


「トロピカルエンジンストーップ!!」

 

どこの芸人シンガーソングライターかおまいさん。多分俺と同じようにコケた全員が心の中でそうツッコんだに違いない。(流石に怖くて皆口には出せなかったようだ)

 

あほな西の字の言葉に不満の一つも漏らすでなく、配下の皆さんは一斉にエンジンを止め王のごとく中央に立つ西の字に向かって頭を垂れる。それを睥睨し、西の字が何やら言おうと口を開きかけたその時、校門の方からこんな声が飛び込んできてそれを中断させた。


「ちょっと何やってんのよ西之谷! 朝っぱらからこんな愉快な連中引き連れて!」

 

校門の中から肩を怒らせつつ現れたのは、麗射さん率いる風紀委員の面々。うわマズ、西の字が何考えてこんな事やらかしたのか知らないけれど、このままじゃ激突必死だ。危機を察した聡い人間は早々に場を離脱し始めているけれど、俺らはそういうわけにはいかんよなあ。本格的にやばそうになったら止めにはいるしかないと諦め気味に覚悟を決め、事の推移を見守る。

半ば殺気立っている麗射さん以下風紀委員に対し、族の面々は沈黙を守っている。いや、西の字の静かな威圧感に押さえられて行動を起こさないのか。たった一晩で荒くれ者の集団を忠犬のごとく従えるとは、一体何やらかしやがった西の字。


戦慄を覚える俺たちの注目を受ける中、西の字はサングラスを外しその格好と威圧感に添わない穏やかな声で麗射さんに語り掛けた。


「騒がせて済まないと思います麗射先輩。ですが我等には成さねばならぬ事がありますゆえ、どうか道を譲って頂きたい。抵抗しないのであれば一般生徒、職員には一切手出しをしないと約束しましょう」

 

普段と全く違う口調が違和感を際だたせている。丁寧な言葉遣いだがその中には有無を言わさぬ気配が練り込まれていた。もし立ち塞がるのであればたとえ麗射さんであっても容赦するつもりはない、そんな不退転の覚悟が滲み出ている。

格好はともかく全身全霊で本気だと悟ったのだろう、麗射さんの顔も鋭く引き締められる。それに合わせるかのように風紀委員たちも左右に展開。いつでも戦闘行動に移れるよう身構えた。こちらもまた不退転の構えだ。人数こそ暴走族の十分の一以下であるが、二高内外の強者や変人と渡り合ってきたその実力は折り紙付き。なまなかな戦力ではない。暴走族との戦力比は、下手をすれば五分を下らないだろう。

 

一触即発の空気の中、一見自然体のようでいて全く隙のない麗射さんが口を開く。


「成さねばならぬ事、ね。……わざわざここまで話をでかくするような事なわけ、それ?」

 

事と次第によっちゃただじゃ済まさないという気配を滲ませながら、麗射さんはそう尋ねた。対する西の字は感情を揺るがす事なく、穏やかとも見える表情で対応している。


「これほどの威を持って当たらねばならぬほどの事だという事です。聞けば貴女にもご理解頂けましょう」

「いやいやいやいや、とてもじゃないけどあたし理解が追い付きそうにないから。たぶん無理だから」

 

同類と見られるのを嫌ったのだろうか。麗射さんはぶんぶか首を振って西の字の言葉を否定する。俺の脳裏には一瞬西の字と並んで族を率いる麗射さんの姿が浮かんだり、何だ意外と似合うじゃないかという考えがよぎったりしたが、それはまあそれとして。

 

ともかく麗射さんの態度を意に介さず、西の字は勝手に語り始める。


「この学舎は、病んでいる。 正常なる道をねじ曲げ、世界を暗黒に陥れようとする外道が存在する! いや、正しいか正しくないかは問題ではない、ヤツらは滅ぼさねばならないのだ! たとえこの身が後の世に悪鬼羅刹として語り継がれようとも!!」

 

ぐっと拳を握りしめ、猛々しく吠える西の字。その言葉を耳にした麗射さんは、なるほどそっかといきなり理解の色を見せて、踵を返しながら軽い口調で言う。


「ああなんだ、詩亜の事か。ちょっと待ってて今連れてくるから。思う存分滅ぼしてやってちょうだい」

「違うよ!? 僕も滅ぼした方が良いかなとかちょっと思っちゃうけど違いますよ!?」

 

思わず素に戻ってツッコむ西の字へと再び向き直りながら、え〜違うのおとでも言いたげな表情を麗射さんは見せる。一瞬俺らも納得しかかったけど、西の字が会長に対してこんな大事にする理由はないと気付き、では何だと考えて――

 

昨日から頭を悩ませている件について思い当たった。

 

おい、まさか……。

 

頭痛を覚える俺の目の前で、こほんと咳払いして再び威厳のある雰囲気を纏った西の字はばさりとマントを翻して語りを再開し始める。


「我等が敵は権力にあらず! 闇に潜み、人の尊厳を踏みにじる外道! 情報を歪め真実をねじ曲げる冷血なる獣たち! そう、二高ゴシップ系報道機関全てだ!」

 

あ、そっちか。一瞬安堵しかけて……だめじゃん! どのみち暴力に訴えるんだったら一緒じゃん! いや滅ぼしちゃった方が世のためだと俺も思わないじゃないけど!?

 

多分裏の事情も分かっているであろう麗射さんも、何か複雑な表情で額に手を当てている。


「いやあの……気持ちは分かるけど、ひとまず落ち着け? あほな事してたら連中の思うつぼよ?」

「ならばヤツらの横暴を放っておけと? 否! 否である! 人の心を弄び民衆に妄言を振りまくヤツらは汚物! 汚物は……消毒だっ!!」

「うわーいだめだテンパりすぎて人の話聞いてないよこの子」

 

麗射さんは、たはーと気力の全てを吐き出すような溜息を吐く。そうしてから、再び真剣な表情へと戻り、西の字を真っ向から睨み付けゆっくりと拳を握った。


「まったくもう、口で言っても分からないみたいね。……OK、ぶん殴って真人間に戻してあげるわよ」

 

その言葉を聞いた西の字は、得たりとばかりに口の端を歪め、マントをはぎ取るように外す。


「それでこそ麗射先輩、相手にとって不足なし。……皆、手を出すなよ」

 

言い放った西の字がその場から宙に飛ぶ。綺麗に弧を描いて蜻蛉を切り、そして格好を付けて麗射さんの眼前に着地する――

 

直前に、横から猛スピードで突っ込んできた何かに跳ね飛ばされた。






『り、リーダあああああああ!?』

 

一斉に泡を食った叫び声を上げ、族の皆さんが頭から塀に刺さった西の字の元へと血相を変えて駆け寄る。

西の字を跳ね飛ばした物の正体、それは濃い蒼に塗り上げられたスポーツカー、ニッサンGTR。外見こそノーマルだが、排気音などから判断するに相当手を入れてあるであろうその車に、俺はもの凄く見覚えがあった。

 

校門――正確には“俺の”目の前に堂々と停車したGTRのドアが開き、一人の人間が降り立つ。すらりとしながらもグラマラスな肢体を着崩したスーツに包み、ショートカットに眼鏡をかけた見た目だけなら美女なその人物に、俺は気力という気力を削がれつつも、何とか声を掛ける。


「………………何してやがんだよ奈月姉」

 

そう、どことなく誇らしげに俺の前に立つのは、はっちゃけ姉妹次女俺の姉南田 奈月その人だった。

現在大学生である奈月姉がこの場に現れる理由など思い浮かばない。ならばなぜここに来たのか。まあ、まず間違いなく俺がらみの事だとは思うのだけど、一応尋ねてみる。

奈月姉は格好を付けてふっと笑うと、どこか芝居じみた調子で俺の問いに答えた。


「何、単位稼ぎで教育実習を受けなければならなくなってね。“偶然”にも“母校”が受け入れ先になったと、そういう事だよ」

「そんな話今朝までなかったろうよ。てめ一体何しゃがった」

「急な話だったからね。こっちも驚いている」

 

それは絶対嘘だ。眼鏡の奥の目が笑っている。だが問いつめたところでこの姉はのらりくらりとかわして白状しないだろう。非常に困った事態だが、ここまで堂々と乗り込んできたんだ、話はすでに決まっているに違いない。ならば今さらどうこうしようってのは無駄だ。

 

せめて被害が広がらないようにするにはどうしたらいいかといった事が俺の頭の中を巡り始めたその時、濃厚な殺気が奈月姉の背後に漂っている事に気付いた。

 

あ、奈月姉の登場がインパクト強すぎて忘れていたけれど、族の皆さんの事すっかり忘れていたよ。リーダーがやられりゃ怒るわなそりゃ。もんのすごい顔になって得物を捕りだした暴走族の面々に気付いて、俺を含めた校門前の生徒全員が冷や汗をかきつつ退いた。

一触即発どころではない。今にも飛び掛からんとしている暴走族を目の前に為す術など――


「止めておけ、貴様らじゃその女に勝てねえぞ」

 

突如掛けられた声が、場に冷水をぶっかける。

 

その声の主は、いつの間にやら門柱に背を預けて腕組みなんかしちゃってるティーチャー天野。いやあのせんせ? 態度といい口調といい火に油注いでませんかひょっとして?

とか思っていたら。


「お、おい、アレ……」

「【黒き炎(シャドウフレア)】じゃねえか!?」

「近隣のヤクザも手ぇださねえって、あの?」

「なんでこんなトコいんだよ」

 

殺気を消した、というか戸惑いながら言葉を交わす暴走族の面々。何地道に有名人なんでしょうか天野先生。しかも恥ずかしい二つ名つき。いや何となく分からないじゃないけどよ。

唖然とする俺たち生徒の目の前で、天野先生は腕組みを解いて歩み出す。そして、奈月姉の目の前まで歩み寄ると、にかりと笑いかけた。


「よう、しばらく姿見ねえと思っていたら、今度は教師の真似事か? ご苦労なこったな」

 

知り合いだったのこの二人!? 目を丸くする俺の目の前で、さらに驚愕の光景が展開される。

何と奈月姉が、あの傍若無人を実体化したような人物である奈月姉が、天野先生に向かって礼儀正しく深々と頭を下げたのだ。


「お久しぶりです。息災のようですね」

 

敬語が、敬語が出てるよ!? 度肝どころか魂抜かれたぞこれは。余りの光景にくちをぱくぱくさせるしかなかった俺をよそに、状況はあらぬ方向へと進んでいった。


「ふん、こんな時期にどこのどいつがと思ったが、相変わらずの無茶ぶりだな」

「ご面倒をおかけします。これも……愛ゆえの事とご理解ください」

「これまた相変わらずのブラコンかい。……まさかウチのヤツだとは思わなかったが」

 

和やかに会話する二人を遠巻きにしながら、暴走族の面子はひそひそと語り合う。


「ど、どーするよ。黒き炎相手じゃ分が悪いどころじゃすまねえぞ?」

「噂だけだろ。……た、多分な?」

「じゃお前逝けよ」

「オレだってやだよ。……つか黒き炎と張ってるあのオンナ何モンだよ?」

「どっかで見たような気はしてんだけどよ……」

 

彼らの話が耳に入ったのか天野先生は会話を中断し、族の連中を睥睨しながら肩を竦めて言った。


「おいおい、コイツ知らねえたあモグリかお前ら? コイツぁ【百姫夜行】の“二代目頭”だぜ?」


『ぶーーーーーーーっ!!!???』

 

暴走族の皆さんが一斉に噴いた。俺も噴いた。

 

百姫夜行。全国に名を轟かす女性暴走族(レディース)である。神出鬼没かつ、ぶつかる者は全て粉砕する凶暴性で各地を制覇。「退かぬ媚びぬ顧みぬ」をモットーとし、一般の暴走族はおろか広域暴力団ですら道を開けるという超硬派集団だ。しかし一度たりとも警察に検挙された事のないところから、その実在を疑われ幻とすら言われていたのだが……。

まさか自分の身内がそんな恥ずかしい集団の頭張ってたなんて思わなかったよ! 時々夜中に出かけると思っていたらんな事やっとたんかい!

 

奈月姉は珍しく恥ずかしげな様子で「過去の話です。面はゆい」などと言っているが、百姫夜行の名を聞いた暴走族の皆さんにはそんな一見可愛らしくも見える様子すらも恐怖の対象としか思えなかったようだ。皆「ひいっ」と小さく悲鳴を上げながら後退り、そして――


『す、スンマセンしたーーーーー!!!』

 

――一斉に頭を下げ、すごい勢いでバイクを翻し、電光の速度で彼方へと消えていった。

 

どういう反応をしたらいいのだか分からない俺含む生徒達を置いてきぼりにして、天野先生は暴走族を見送った後頭をぽりぽり掻いて奈月姉に言う。


「最近の若い衆は根性ねえなあ。……ま、とりあえず車中に入れて手続きしろや」

 

奈月姉は「はい」と頷いて、車に乗り込みながら俺にウインク。


「では、また後で、な」

 

……身内じゃなかったら魅力的だったんだがなあ。なんでその愛想を実の弟に向けるんでしょうか我が姉は。俺は校内に入っていくGTRを見送りつつ深々と溜息を吐くしかなかった。

 

……まあその、アレだ。とりあえずのぶやんと一緒に校門横の塀に刺さったまんまで放置された西の字を回収しよう。話はそれからだ。



 



で、目を回したまんまの西の字を保健室へ担ぎ込んでみたわけですが。


「いらっしゃいませ……あら、香月じゃない」

 

なぜ白衣装備で待ち構えていらっしゃいましたか美月姉。

 

即座に床へと突っ伏した俺の様子をあらあらと眺めて、悪意の欠片もないように見える笑顔で美月姉は平然と宣う。


「五体倒置するほど喜ぶなんて……無理言ってねじ込んだかいがあったわね」

「何をだよ! どこにだよ! 喜んでねえよ!!」

 

即座に身を起こして渾身の三段ツッコミ。効き目なんぞは欠片もないがやらずにはいられない。

こんのあほ長女め、一体全体どうやって養護教諭の席に収まりやがった。資格とか色々と問題があったろうに。俺の視線で何が言いたいのか分かったのだろうか、美月姉はにぱりんと満面の笑みで俺に語る。


「コネって便利よねえ……具体的にはマスク被った学園の守護者とか」

 

あんのおっさんか何してくれやがるんじゃああああああ! 虚空に現れ良い笑顔でサムズアップなんかしてみせる似非ダンディの幻影に向かって心の中で吠える。実際に口に出したところで虚しいだけだからやらないけど……もうアレだ、幻影とか見える時点で俺はかなり疲れているのかも知れない。

 

もーいい、もー分かりました。抵抗するだけ無駄だともかく仕事してくれ仕事。俺は背後を振り返って西の字を担いだまま唖然としているのぶやんに入ってくるよう促して、とりあえず西の字をベッドに放り込む事にした。

 

絶対余計な事すんなと美月姉に釘を刺す事だけは忘れなかったが不安だ。……ん、待てよ?

 

僅かな時間に思考を巡らす。ええいこの際半分自棄だ、行き当たりばったりになるがウチのはっちゃけ姉妹が本気で関わってくる以上しっちゃかめっちゃかになる事は確定してんだ、関係者全員巻き込んじゃらあ。

心の中に宿った黒い何かに命じられるまま、俺は携帯を操作し昨日アドレスを聞き出していたのぶやんラヴァーズの二人に素早くメール。そうして再び美月姉の方へと向き直る。


「くくくくく美月姉、頼みがある」

 

自分でも悪役じみた態度と笑みだと思うが止められない。のぶやんは退いているようだが美月姉は平気な顔で「え? なになに? お姉さん何でもやっちゃうわよ?」とにこにこ顔で安請け合いしてる。よしOKならばやってもらおうじゃありませんか。


「くくく、では“西の字をベッドから出すな。そして俺と俺のダチ以外には指一本触れさせるな。で、それ以外の事はするな。”できるな?」

 

俺の言葉に美月姉は「まっかせなさい」と胸を張って応えた。よし、これでお膳立ては整った。美月姉の事だから“いかなる手段を用いてでも”俺の頼みを遂行するだろう。こうなりゃとことん利用し尽くしちゃる。くはははは我に使われる事を幸福と思うが良いわ!

 

ちょっと暴走気味に思考をトバしていたのは一瞬。くいくいっと袖が引かれるのを感じて俺は我に返った。

見ればちょっと上目使いになって俺の顔を覗き込んでいる美月姉の姿。近い、近いよ。実の弟相手に雰囲気出すなっての。

まあ俺の心境など知った事ではないのだろう。美月姉は恥ずかしげにもじもじと身をくねらせながら言う。


「あ、あのね香月、お姉さん言う事聞くからね。……その、ちゃんとできたらご褒美、欲しいかな〜。なんて……」

 

うん、可愛いんだけどねー、身内に向けられてもねー。内心げんなりしたが、無碍にして拗ねられると困る。かといって下手な約束をしてしまうと後で困った事になりかねないからなあ。……よし、ここはちょっと冗談めかして。


「分かった分かった。ちゃんとできたら……頭撫で撫でしちゃる」

 

いつもいつも俺をからかいまくってくれるんだ、これくらいの茶目っ気は大目に……っておい。


「うわあ、ホント!? 絶対よ約束よ! わーいわーいお姉さん頑張っちゃうんだから!」

 

ぴょんぴょん跳び回ってこれ以上ないってくらい喜んでますよこの姉。

 

あ〜何か、ちょっと罪悪感。あまりにも安すぎるぞ美月姉よ。舞い上がりまくっている美月姉にツッコむ気力もなく、「まあその、頼むわ」と声を掛けて、俺たちは保健室を後にした。舞い上がっちゃいるが……仕事と頼んだ事はちゃんとしてくれるだろう。

 

きっと。

 

多分。

 

ますます広がる不安をあえて無視して、俺は教室に向かう道すがらさっき咄嗟に考えた計画をのぶやんに説明し始める。

ついでだ、折角いるんだから“もう一人”にも役に立って貰おうか。







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