その二・こんなはずじゃなかったよねと言ったところでどうにかなるもんじゃない 前編
「と、いうわけで! 西の字に彼女を作ってやりたいと思う!」
【西の字を愛欲の彼方に大作戦 〜正常な方向で〜】と書き込んだホワイトボードに拳を叩き付け、俺は止り木に召還した連中に向かって言い放った。
事情を聞かせた面子の反応は様々。ぽかんとしていたり頭抱えていたり無表情なフリして脂汗を流していたり、事態をおもしろがっている様子は一切ない。ま、そういうメンバーを集めたんだから当然だが。
集めたのは三人。真ん中にどっしりと構えて無表情を貫き通している……ように見えてどうも動揺しているらしいのがのぶやん。で、その右隣で頭を抱えているのがのぶやんラヴァーズ力の一号冬池ちゃん。そしてその反対側で唖然としているのがのぶやんラヴァーズ技の二号春沢ちゃん。
なぜこの三人だけを選んだのかと言えば理由は至極簡単、すでにデキちゃってるこの人達ならば暴走する可能性が少ないと踏んだからだ。何しろ旦那と秋沼ちゃんはアレだから、足を引っ張りこそすれども役に立つ可能性は低い。ぶっちゃけ邪魔。料理研究会の面々や常連客などは好奇心旺盛でもこういった話で役に立つかどうか未知数な連中ばかりだし、巻き込むのもちょっと心が退ける。
そして、夏川ちゃんだが…………彼女をここに呼び出すわけにはいかなかった。なんでかって?
そりゃ当事者を、“西の字にあてがおうとしている当人を”呼び出すわけにもいかないだろう?
「う〜ん、確かになっちゃん彼氏とかいないけどね……」
計画の簡単な骨子を聞いた冬池ちゃんは、眉を顰めて渋る表情になった。ふむ、やっぱ夏川ちゃんには何かありそうだな。この際だ、もし問題があってそれを解決する必要があるのなら纏めて片づけちまわないか? 勿論話して聞かせて構わないレベルの話だったらだけど。そう冬池ちゃんに言ってみたら、彼女はどうしたモンかなと顎に手を当てて考え込む。
ややあって、冬池ちゃんは言いにくそうではあったが口を開いた。
「わたしも詳しい事は知らないんだけど……なんかなっちゃん昔の彼と酷い別れ方したみたいなのよね。そのせいかどうか知らないけど、なんかこう男女関係から一歩退いてるというか、臆病というか……ともかくこういうのには向いていないんじゃない?」
なるほどなあ。しかし俺が言うのもなんだが、尼さんになるわけでもあるまいしいつまでも恋愛関係から逃げているわけにもいかねえだろう。今回の事はある意味チャンスになるんじゃねえ? 夏川ちゃんにとって。
そんな俺の意見に物申したのは春沢ちゃん。
「そうかも知れませんけど、本人の居ないところで勝手に話を進めるのはよくないと思いますよ? 確かにかりんさんは西之谷君を気にはしているようですけれど、それならそれで事情を説明して本人の是非を問うた方が」
うんまったくもってごもっともな意見だ。けどね……。
「今回の場合、表だって行動するわけにはいかんのよ。何しろ敵が敵なんでね」
「敵って……?」
訝しがる三人に、さらに詳しい事情を説明する事にする。裏でこそこそするのはそれなりの理由があるのだ。ぶっちゃけると妨害者の存在。敵、と大仰な言い方をしたが、ようは先に西の字へと告白した女のように何らかの邪魔をされる可能性があるって事。相手の正体らしきモノは分かっているけれど、そのメンバー、そして人数などの規模は生徒会の方でもはっきりとは掴めていない。表だって堂々と行動するのは危険すぎる。
夏川ちゃんは良い意味でも悪い意味でも直情的な人間だ。もし俺たちが焚きつけたせいでやる気になったら正々堂々真っ向から西の字を落しにかかるだろう。そうなった場合まず間違いなく妨害が入る。となれば結果またぞろ大騒動になるのは目に見えている。
「……だから事態を軟着陸させるためには、アイツら自身が自覚しないウチに付き合うことになっちゃいましたっていう状況に持っていくのがベストだと思う。ま、ここで何もしないで知らんぷりってのが一番楽なんだが……西の字が道踏み外して男に走ったところなんか見たい?」
うっと息を飲む三人。ああ、その顔は「み、見たいかも知れない……はっ! 一瞬とは言えなんて事を考えてしまったんだ!」って顔だな? 西の字の人となりを知り、なおかつ良心が残っているのならばそう言う反応になるだろう。
くくく、計算通り。一瞬でも良心の呵責を覚えたのであればこの話断りにくくなる。そういう性格だからこそコイツら選んだのさ。俺は内心でほくそ笑み、話を続ける。
「妨害者の介入を鑑みて事は慎重に進めないといけない。けれど時間の余裕があるわけでもない。生徒会も風紀委員も頼りにできない今、俺一人じゃあどうにもできそうにないんだ。だから頼む。協力してくれ」
テーブルに手をつき深々と頭を下げる。わりと情の深いコイツらの事だ、ここまですれば首を縦に振るさ。そう確信していたのだが――
俺もすっかり忘れていた。“ここがどこだったのかを”。
「そこまで困っているのになぜおねえちゃんに一言もないか! 言ってくれれば一肌も二肌も脱ぐというのに物理的に!」
「そうですよ水くさいですよ? そう言う話はまず家族を巻き込む方向で展開してもらわないと卯月たちが話に絡めないですよ」
「ここでかづにぃの役に立って一気に好感度アップを狙うっす。もう言ってくれればお風呂の中からベッドの上までついていくっすよ」
「あらあら、面白そうな話をしているわねえ」
乱入者登場。
そーだよここにはコイツら居たんだよ。しまった、先に関わるなと言い聞かせておくんだったと臍を噛むが後の祭り、一度動き出してしまったコイツらを止める術は俺にはない。あれよあれよと言う間に俺の両隣は卯月と五月に陣取られ、ホワイトボードの左右に美月姉と奈月姉が位置する。
突然の乱入者にのぶやんたち三人は「え? え?」と事情が飲み込めない様子で狼狽えるが、うちのはっちゃけ姉妹は勿論気にしない。一見真剣に見えるが好奇心と悪戯心が目一杯詰まった瞳で勝手に話を進めていく。
火蓋を切ったのは、学校の授業とかで使う伸縮型の指揮棒みたいなやつを懐から取出した奈月姉。片手で眼鏡の位置を直しながら、指揮棒でぴしぴしとホワイトボードを叩きつつ喋り始める。
「話は聞かせてもらった。つまりはこの間うちに泊まっていった子と誰かをくっつけてしまえばいいのだね? OKこのおねえちゃんたちに万事任せたまえ。なあに適当に拉致って特殊な薬物ととある効能のある音楽をエンドレスで聴かせてやれば……」
「こらこらこらこら待て待て待て待て! いきなりフルスロットルでトバすんじゃねえよ奈月姉!」
眼鏡を底光りさせ怪しいオーラを纏いながらくくくと笑う奈月姉を全力で制する。いきなりダメじゃねえかこのはっちゃけ次女。俺は頭痛を堪えつつ彼女らに釘を刺す。
「いいか、この件に関しては非合法な手段を使うの禁止! あと外道な手段を使うのも禁止! ついでに言っておくけど脅迫とか薬物使用とかは犯罪行為だからな!」
『え〜?』
「え〜じゃねえ!」
やっぱり放っておいたらえげつない手段とる気満々だったよコイツら! 頼むから手段は選んでくれ人として。時々怖いよ本当に。
残念ねえせっかくアレが試せると思ったのにとか、ちぇーちぇーあの手が使えると思ったのにですよ〜とか空恐ろしい台詞は全部スルー。暴走する暴れ馬の手綱を取る心境で、俺は話を進める事にする。うちのはっちゃけどもが関わるのはとてつもなく不安なのだが……ここでハブったら絶対後で余計な事するに決まってる。それを防ぐためには嫌々ながらも参加させるしかなかった。
俺は簡単な人間関係と状況を姉妹に説明し(ついでにのぶやんたちに紹介し)、姉どもを押し退け再びホワイトボードの前に立った。
「ともかく! まず必要なのは西の字と夏川ちゃんが一緒にいる時間を増やす事だ。二人の接触する時間が増えれば小細工もしやすくなるし他へのそれとない牽制になる。ただあからさまにしすぎると西の字達や敵に気付かれるおそれがあるから、あくまでさり気なくを装わないとな。……とまあこういう感じなんだが、具体的な方策とか意見とかがあればばしばし言ってくれ」
具体的な策なかったんかいとか言うなよ、生憎俺は元々こういうのは苦手なんだ。だから人を巻き込むワケなんだが……我が姉妹よ、なして皆そんなに嬉しそうかつ何か企んでいるかのような顔で挙手してる。のぶやんたち思いっきり退いてるぞ?
嫌な予感しかしないんだけどな、発言させとかないと落ち着かないだろう。俺は溜息を吐きながら誰に発言させようかと考え――
「あ〜、美月姉。何か意見ある?」
――一番まともに物考えてそうな美月姉に話を振った。
この中では一番の年上だし人生経験はそれなりにある。俺が覚えている限り学生時代から結構もてていた(そして未だにもてている)し、恋愛くらいした事あるだろう。そんな考慮もあっての人選だったのだが。
それが間違いだった。
「良い子ね香月、大好きよ。まあそんな本音はおいといて、ここは一つみんなで遊びに行く、いわば集団デートという形で攻めてみるのはどうかしら? みんな一緒に遊びに行くんなら警戒される可能性も低いし、連携も取りやすいと思うのだけれど。頃合いを見計らってさり気なく二人っきりにしてあげれば、お互い意識の一つもすると思うわよ」
お〜っとみんなが感嘆の声を上げる。さすがは美月姉、一日の長は伊達じゃあない。至極まともな意見が出てきた事に俺は心底安堵した。
皆の反応に気をよくした美月姉はえへんもっと誉めれとばかりに胸を張り、調子に乗ってさらに言葉を紡ぐ。
「まあ二人きりにできなくとも、シメにうちに連れてきて打ち上げと称して馬鹿騒ぎしている間に二人の飲み物にアルコール混ぜて、潰れたところで剥いて一緒のベッドの中に放り込んでおいたらなるようになるでしょ」
どんがらがっしゃん。
俺とのぶやんたち三人は見事なまでにコケた。
何でだ、何で途中までまともな意見だったのに最後で落すかこの姉は!? 奈月姉もそれは良いアイディアだとばかりにうんうん頷くな! 卯月も五月も拍手喝采はやめれ! ああもう、ちょっとでも期待した俺が馬鹿だったよ!
床に両手をつき心底落ち込んでる俺を見て何を勘違いしたのかは知らないが、美月姉はさらに調子に乗った声で捲し立てていた。
「ふ、学生時代この手でくっつかなかったカップルは居ないわ! 私は香月の物だって言ってもひつこく言い寄ってくる野郎を餓えた友達に生け贄として押し付けた経験がこんなところで生きてくるなんて人生って分からないわね!」
「ダメだー! この姉ダメだー!! ってか何をやっとるんじゃ美月姉ー!?」
ツッコんだともさ全力で。そりゃツッコむしかなかろうさ。愛がイタいよイタすぎるよ!
いかんコイツら本気で使えねえ。美月姉くらいは真っ当だと思っていた俺の純真な心を返せ。つーか基本的な発想はまともなのに何で途中から奈落の底に落ちるんだよ。泣いていいか?
悲観に暮れながらいきり立つという我ながら器用な感情で猛抗議しようとした俺の肩を、何かを悟ったような妙に良い笑顔の美月姉がぽんと叩く。そしてこう言った。
「そのうちアナタにも分かるわ。……人生って、綺麗事だけじゃ済まないのよ?」
だからって人の信頼にコールタールぶちまけるような事すんのかアンタはっ! ……とか言っても無駄だってのはよ〜く分かった。俺は端から見ても疲れ果てたと分かるような声色で言い返す。
「前半はともかく後半は却下な。未成年にアルコール飲ませようとすんな」
「ばれなきゃ大丈夫よ。良いアイディアだと思うのだけど」
「むしろ今のはやっちゃあいけないよ的な悪いアイディアだつーの。……はい他に意見他に意見」
香月つめたあいとかしなを作って悲しむフリをする美月姉は無視だ無視。最早まともな意見が出てくるなんて期待はこれっぽちもしちゃいないが、一部くらいは参考になるような意見が出てくるかも知れない。そう自分を誤魔化して今度は五月に発言させる事にする。言っちゃあなんだがコイツは頭よくないから、つまらない小細工とかは考えつかないだろう。油断はできないけれど。
果たして満面の笑みで席を立った五月は、先の美月姉の真似をするかのようにえへんと薄い胸を張り、自信満々の態度で発言を開始する。
「まっかせるっす! 自分はっすね、やっぱ物理的な接触こそが男女の仲を進展させる要因だと思うんすよ。触れ合う手と手、抱き合うときに感じられる互いの体温、飛びついたら思ったより大きな背中、腕にしがみつかれたときに感じるぽよんと弾む胸! どきどきするっしょ心当たりあるっしょかづにぃ!」
……すまん心当たりはあるけれどお前ら相手じゃちっともどきどきしねえ。後嘘言うな弾む胸とかこのミニマ胸。
俺の冷たい視線に晒されながら、このあほは「ああ、かづにぃの熱い視線が心地良いっす!」とか身をくねらせて悦に入った後、話を続ける。
「つまりっすよ、あらゆる手段を用いて二人を物理的にくっつける機会を作るっす! タイミングを見計らってワザとぶつかってみるとか、デッサンのモデルと称して色々ポーズを取らせてみるとか、事故を装って紐状の物でがんじがらめにしてみるとか! 王様ゲームでツイスターとかやらせてみるのも悪くない感じっす!」
ほう、コイツにしちゃあ意外とまともなアイディアじゃないか。ただどのシチュエーションも実際行うとしたら難しいとは思うけど……不可能ではないと言ったレベルだな。機会があったら狙ってみるくらいならできそうだ。
俺はどうすか、どうすか? と尻尾があったらぶんぶか振ってる雰囲気で期待を込めた目を向ける五月に、にやりと笑いかける。
「正直意外にまともな意見が出てきておにーさんはびっくりだ。採用確定というわけじゃあないが、お前さんの意見には花丸をくれてやろう」
ホワイトボードに「物理的接触を狙う・五月」と記入して本当に花丸を書き込む。ただそれだけでやったっす誉められたっす花丸っす〜! と有頂天で小躍りする五月。いや安いねこの女。そこまで喜ばれても、なあ?
と、見れば他の三人の姉妹は心底羨ましいといった顔で指なんかくわえながら五月を見ている。揃いも揃って安すぎるぞアンタら。特に美月姉、アンタの意見は半分とは言えちゃんとホワイトボードに記入してるじゃないか。そこまで羨ましいか花丸が。
まあそれはおいておこう。とにかく何となくだが方向性は見えてきた。あともう一つ二つ策が欲しいところだが……。
ちらりと横目で手を挙げている残りの二人を見る。早く早くとその目は急かしているのだが正直気が進まない。けど一応喋らせとかないとなあ。重い気持ちでまず奈月姉を指名してみる。
「うむ、よく聞いてくれた! まずは体育倉庫でだな……」
「はい却下」
続けて卯月。
「はいですよ。まずは保健室でですね……」
「はい却下2」
『なぜにっ!?』
「なぜと聞くかっ!?」
やっぱりダメだったかこの二人。うちの姉妹の仲で前面に出る過激派な奈月姉と水面下で過激派な卯月。他の二人も似たり寄ったりだが危なさでは一歩抜き出ているこいつらに、まともな意見は欠片も期待しちゃいけない。ぶーぶー不満を口にする二人に対し、文句言うなら暫く口聞かないと言ったら即座に静かになった。
うむ、この手は使えるな。対姉妹用の戦術を一つ編み出せた事に内心頷いて、今までほとんど放置状態だったのぶやん&ラヴァーズのほうへと話を振る事にした。
「放っておいてすまねえ。大体こう、アレでアレな感じでこういう具合になってきたんだけど……ついてきてる?」
圧倒されっぱなしでぽかんとしたままだった三人が、はたと己を取り戻す。のぶやんはそのままむっつりと黙り込んだままだが……あれは戸惑っているのか困っているのか、西の字じゃあないから俺には分からないけど、しばらく意見は出てきそうにない。残りの二人は揃って交互に俺と姉妹を見比べた後、引きつった笑みを浮かべて恐る恐る口を開いた。
「ええっと、なんて言うか……」
「私たちって、要ります?」
要ります。むっさ必要です。そもそも学校関係者でないコイツらがいくら良い意見を出したからって実際に行動に移れるわけじゃあないのだ。現場で動くのは俺たちなんだから、それを考慮に入れて話を煮詰めていかないと。
「……ってかわたしらいつの間にか参加する事が決定されてるし」
はっはっは、そこはそれだよ冬池君。すでに話を持ちかけた時点で逃がすつもりはねえぞこちとら。しっかり巻き込んでやっからな。
とまあ有耶無耶のうちに三人を強制参加させる事へと意識を取られていた俺は気付かなかった。姉妹の誰かがぼそりと「学校関係者……ね」と呟いていた事に。
それに気付けなかったのを後で猛烈に後悔する事になるのだが、そんなのが分かるはずもない俺は計画を煮詰める方向へと話を進める。
「でだね、これまでの話を前提に西の字たちの行動に介入したいと思う。夏川ちゃんの方は二人にお願いするしかないわけだが、頼めるかな?」
「もう嫌だと言っても通じないのね。……あ〜もうしょうがないな、分かったわよ手伝うわよ」
「はあ、仕方ありませんねえ。この間の事で西之谷君にはえらく迷惑をかけたことですし、謝罪の意味も兼ねて手伝わせてもらいます」
快く、とはさすがにいかなかったが協力はしてもらえるようだ。ちょっとだけ罪悪感を憶えながらも二人に向かって頭を下げておく。
「ありがとうよ、助かるぜ。……で、西の字の方なんだが。のぶやん、手伝ってくれるか?」
ここでやっとのぶやんが再起動。むっつりとしたままに見える顔をこちらに向けて、重々しく返事を返してくる。
「……やろう。おれがユウを放っておくわけにもいくまい」
のぶやんの瞳に強い光が宿っている。お、何かやる気になったか? 珍しく(のぶやんにしては)長い台詞を放っているし、これはもしかすると凄い事になるかも知れない。のぶやん自身と西の字は自分達の事を過小評価しているところがあるが、実際この二人の影響力ってのはけっこうでかい。表沙汰にはなっていないけれど実はコイツらの舎弟になりたがっている人間ってかなりの数に上るし、そうでなくとも近隣の不良界じゃあ一目も二目もおかれている。二高が不良同士の学園抗争に巻き込まれないのは不動明王とスレッジビルガーが在籍しているからこそとすら言われているのだ。あの猫犬関係者が躍起になって取り合いしてたのは伊達じゃあない。
不動なる者が、動く。俺は今、歴史の転換点に立っているのかも知れない。
……んなわきゃないが、実際のぶやんが積極的に行動を起こすところなんか見た事ないからなあ、実はちょっと意外に思ってる。やっぱり親友とも言える西の字の危機に際しては本領を発揮せざるを得ないという事かね。
まあこの辺の話は突き詰めていくと敵さんを喜ばせかねないのでひとまずおいておく。で、話を戻すが、のぶやんが動く事によって各方面に影響が出てくる事だろう。無論敵側もそれに乗じて行動を起こすのは目に見えているが……不穏な動きを見せれば必ず生徒会か風紀委員に悟られる。そうなれば後は芋ズル式だ。生徒会や風紀委員の動きは制限されているかも知れないが、一部の生徒の悪行を押さえる程度なら問題はないと思う。
そう考えればコイツが積極的になるってのは嬉しい誤算だ。どうやってやる気にさせようか色々考えていたんだが、生むが易しって事だな、うん。
「OK、快く賛同をいただけて感謝の極みってやつだ。じゃあさっそく話を煮詰めていくとするか」
こんと軽くホワイトボードを叩いて、俺はぐるりと皆を見やった。妙に静かなウチの姉妹が少し気になるが、学校には来られんのだ。余計な意見は採用しないって分かっただろうし発言を控えているのだろうと思う事にする。
「さっき美月姉が言ったどっかにみんなで遊びに行くってアイディアはいい。そいつを核にさせてもらおう。口実としては西の字の気晴らしってのがあるし、さほど不自然にはならないと思う。西の字を誘い出すのはのぶやん、頼むぜ」
「……ああ、わかった。……だが」
「だが?」
「……おれから遊びとかに誘った事がない。不自然に感じないだろうか?」
のぶやんが疑問を口にする。最小限に近いしゃべり方だが、この男がここまで“口数が多くなった”事なんてあっただろうか。相当に気負っているなと感じつつ、俺は答える。
「そこは俺から発案したって言っておいて構わないぜ。事実だし不自然には思わないだろ?」
見た目では分かりにくいだろうがのぶやんは嘘が付けないタイプだ。ならば事実を全部言わせないで都合の悪いところだけ黙らせておけばいい。西の字もそこまで疑り深い性格じゃないし、恐らくはごまかせるはず。
「で、夏川ちゃんの方だが、遊びに行くくらいなら警戒しないだろ彼女。不自然な態度とか取らなかったら問題ないと思うんだけど」
「分かった。それは任せておいて。……でもりんちゃんはどうしよう。みんなで遊びに行くのにりんちゃん誘わないのはおかしいし、誘わなかったら誘わなかったで暴走するよ、多分」
う、確かに。ウチの姉妹並みにはっちゃけてるからなあ秋沼ちゃん。参加させるとどんなアクシデントを引き起こすか分かったもんじゃないんだが……参加させなくてもアクシデント引き起こしそうだよなあ。
腕を組んで考え込んでみる。参加させた方とさせない方、どちらがより被害が大きいか。
……まだ目に届くところにいてくれた方が押さえられる……かな?
目くそ鼻くそとか五十歩百歩とかいう言葉が脳裏を掠めたが、僅かながらも状況がコントロールできる方がまだましだろう。胃のあたりが重くなるのを感じながら、冬池ちゃんに答える。
「正直気が進まないけど、参加させておいた方がよさそうだな。……頼まれて、くれる?」
「了解。……悪い子じゃないんだけどねえ」
それは分かってる。しかしそうなると……男女のバランス比からいっても、“アレ”を誘わんワケにゃあいかんよなあ。こっちはこっちで気が進まないんだが。
「? どうしました?」
小首を傾げて尋ねてくる春沢ちゃんに、俺はちょっと陰鬱になっているであろう顔を向けた。
「いやあ……こんだけのメンバー集めたんなら、アイツも呼ばないと不自然かなあって」
「アイツ……ですか?」
「旦那……北畑 星十郎さ」
なんだかんだで結構行動を共にしている旦那も一応俺たちの友人だ。誘わないのはこれまた不自然だし、可能性は低いが秋沼ちゃんみたく誘われなかったのを理由に暴走するかもしれない。考えようによっては毒をもって毒を制する事になるような気が……ちっともしないな。どっちかつーと毒を食らわば皿までつーか合成してより強力な毒になりました(笑)みたいな感じか。
不安を感じた四人の溜息が唱和する。暗雲垂れ込みまくりじゃねえかこの先。かといって放っておくには後味が悪すぎる。
ええくそ、仕方ねえなあ。俺はばんとホワイトボードを叩いて気合いを入れ直す。面倒だが一度やると決めたんだ、引き下がるわけにもいくめえよ。
俺は内心の不安を吹き飛ばすかのように皆を睥睨し、にやりと笑ってやった。
窮地の時こそ男は笑うもんだ!
その後、喧々囂々紆余曲折を経てなんとか方策もまとまり、後日行動に移す事にしてお開きとした。
やれやれ、これでなんとかなるか。不安を胸に抱えながらも俺はそう思っていた。
……思ってたんだよなあこん時は。




