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その五・必ず最後に勝つのは愛なのか? 後編

 





一夜明けて。

 

登校してきた一般生徒たちが、戸惑いの表情を浮かべている。

 

決して少ないとは言えない数の女子生徒が、真っ白に燃え尽きたといった風情でのろのろと登校してきていたからだ。

 

ゾンビか幽鬼のごとき様相のそいつらを見やりながら、俺は肩を竦める。


「いい気味……とはちょっと言えないなあ。少し可愛そうかも知れんね」

 

俺の隣でむうと腕を組むのぶやん。こめかみにちょっぴり汗が流れているところを見ると見たような意見なのだろう。(最近やっと感情が読めるようになってきた)

あんな目にあったのだ、彼女らも暫くは使い物になるまい。むしろ男性恐怖症とかにならないか心配だ。

ともかくこれでもう、西の字や俺たちに対してちょっかい出そうという気は起こらないだろう。もしそれでも懲りないと言うのであれば今度は容赦しない。俺じゃなくて生徒会とか風紀委員とかはっちゃけ姉妹とかが。

 

で、それはいいとしてだ。


「あの二人の様子は何?」

『…………こっちが聞きたい』

 

思わず発した俺の問いに、仲間たちが一斉に答えを返した。

 

向かって左。そっぽを向いてがりがりと頭を掻きながらづかづか歩くのっぽの女性。

 

夏川 かりん。

 

向かって右。そっぽを向いて頬をぽりぽり掻きながらづかづか歩くちっこい少年。

 

西之谷 夕樹。

 

速度を合わせて並んで歩いている癖に微妙な距離を取り、時折お互いをちらちらと見ているデコボココンビ。いつの間に一体何がコイツらの間にあったのか、何が何だかさっぱりだと首を傾げて俺たちは考え込む。


「どうしてラブコメモード入ってんの。あれから俺たち何もしていないだろ?」

「…………うむ」

「あ〜、あのわけの分からない騒動の後結構ごたごたしてたから、メールで互いの無事は確認してたんだけど……」

「今朝ばったりであったらいきなりあんな事に……」

「おのれおのれおのれ檸檬ばかりかかりんまで……」

「ハンカチを噛むな血涙を流すな」

 

一人ばかり反応が違っているのがいるけど無視。俺たちは遠巻きに二人を観察しながらひそひそと話し込む。


「だが、問題はないだろう? 最初から意識させる予定だったんだ」

 

旦那が納得はいかねども結果がよければ問題なしとばかりに言う。それはそうなんだがね、自分達の知らないところで話が進んでたってのが気になる。またぞろ何かやっかいな事が起こる前触れじゃなかろうな。いや自分でも疑り深いってのは分かっているけど。


「あんな騒動起こった後だから気にするのは分かるけどね」

「後でかりんさんにそれとなく聞いておきましょうか? 話してくれるかどうかは分かりませんけど」

 

以外と話してくれそうな気がするけどな。この間だってあまり接点のなかった俺にあんだけ喋ったんだから。女の子同士ならなおさらだろ? そう言ったら冬池ちゃんは肩を竦めてこう言った。


「女の子同士だから話しにくいって事もあるのよ世の中には。特に一度色恋沙汰で臆病になると、ここぞって時に肝心な事を口にできないなんてのはよくある話だし」

 

そういうモンかね。しかしどうしたものだろ……って、西の字に聞けばいいじゃねえか。


「というわけで、後で拉致るぞ」

「……ああ」

「承知」

 

野郎三人は力強く頷き合う。べ、別に人の色恋沙汰に興味があるわけじゃないんだからね!?


「こっちもなっちゃん拉致って聞いてみよっか、ダメもとで」

「そうですね、気にはなりますし。むしろ興味津々」

「かりんだけは、かりんだけはっ、正常な道に戻さねばっ……!」

『あなたは大人しくしてなさい』

 

女性陣は女性陣で動くようだ。では休み時間にでもきりきり聞かせて貰うとしますか。















「というわけで、とっとと吐いて貰うぜ」

「ちょ、何!? なんでいきなり空き倉庫なんかに連れ込まれてるの僕!? そしてなんで後ろ手で鍵なんかかけるの!?」

 

一限目が終了した途端に見事なまでのコンビネーションで西の字をかっさらい、俺たちは以前保健室を覗き見るのに使った倉庫へと足を踏み入れた。

 

件の騒動が一応の終結を見たと判断した美月姉は一切合切の資材を片づけたようで、倉庫内は元の姿を取り戻している。その真ん中でへたり込んで怯えている西の字の姿は、無双でBASARAな事をやらかした戦闘民族と同じ者とはとても思えない。僅かに罪悪感が湧かないでもないが、それよりも好奇心が勝った。俺はずいっとにじり寄り、西の字を問いつめる。


「さて、今朝見ていたら何だか夏川ちゃんと微妙な関係になっているようだが、一体全体どういう事になっちゃっているわけよ。きりきり白状してくれなさい」

「え? ななななな、何の話かな僕何の事だか知りませんですの事あるよ!?」

 

全力で動揺して言葉遣いがおかしくなる西の字。思いっきり何かありましたって言ってるようなものじゃないか。その態度に、俺だけでなくのぶやんも旦那もずずいっと迫る。


「………………」

「早いところ白状した方が、身のためだぞ?」

 

野郎三人に詰め寄られてやっと観念したのか、う〜っと唸っていた西の字が視線を逸らしながらもおずおず口を割る。


「…………いやあのさ、この間の騒動の後なんだけど…………何か僕気が付いたら気絶していたじゃない?」

 

気が付いたら気絶って表現もおかしいがそれはいい。あの後俺たちはなぜか異様に協力的かつ同情的だった施設のスタッフの人達と後始末に奔走していたのだが、その直前に西の字は――


「…………それでその、目が覚めたら…………あの、後頭部に意外なほどにやーらかーくてそれでいてみっちりとした質感の、何やら夢見心地なディモールトすばらしい極上のアレですよ。分かりますか?」

「素直に膝枕されていたと言えや」

 

ちょっとした罪悪感に駆られた夏川ちゃんの気まぐれ。一度はやって貰いたい男の夢である浪漫である。姉妹の誰かに頼めばさくっとやって貰えそうな気はするが、後が怖いし身内にされても嬉しくも何ともない。

いやそれはいいんだよ。ともかくこう、気が付いたら膝枕とかされててそれでその後恥ずかしいやら何やらで気拙くなったってわけか。青いですな青春ですな。よし放っておこう犬も食うかこんなもん。

 

後はもう当人たちの問題だとぶん投げる気満々だった俺だが、続く西の字の台詞に思考が凍結する。


「…………あーっと、膝枕はいいんだ。良かったけどいいんだようん。…………それでその、目を開けたらアレですよ。何かかうっすらと頬を染めて軽く目を閉じたやたらと色っぽい風情のかりんがどアップで………………顔のごく一部が接触する行為をしようとしていたように思われないでもないでもないかもしれないような気がする今日この頃皆様いかがお過ごしでしょうか」

 

…………………………………………はい?

 

………………え〜と、つまりその、いきなり色々とすっ飛ばして、なぜかいきなり………………ぶちゅっとやられそうになってしまったと? しかも夏川ちゃんの方から一方的に?


「素直にキスだと言えばいいだろうが」

「きょわーーーーーーーーーー!!!!!」

 

旦那がぼそりと言ったキスという単語に触発されてとうとう羞恥心が限界を突破したのか、奇声をあげながらのたうち回る西の字。気持ちは分からないでもないので、落ち着くまでそっとしておいてやるか。

 

しかしここにきてなんという急展開。俺の知らない間に一体何が夏川ちゃんにあったのか。前々から西の字に対して好感は抱いていたような感じだったけど、そこまでパラメーターが上がっていたともフラグが立っていたとも思えない。一時的な気の迷いか? まあどこか可愛いもの好きなところはあったようだけど。

 

考え込んでる間に何とか立ち直ったのか、よろよろと床から身を起こした西の字が、顔を真っ赤にしたままぼそぼそ話を続ける。


「…………で、思わず「え?」とか言っちゃったもんだから…………目を開けたかりんとがっつり目があっちゃって…………にょわーーとか叫ばれて膝の上から放り出されて…………直後に施設のスタッフとか工務店の人とかがなだれ込んできて揃って追い出されて…………結局有耶無耶に…………」

 

なあるほど、ねえ。西の字としては精神的に落ち着き書けていたところに奇襲食らったようなモンか。確かに動揺せざるを得まい。これで夏川ちゃんがふざけてそういう事をよくやる人間だってんならまた話は別だけど、あの娘はそういう事を冗談でできるような人間じゃないと思う。気の迷いだったとしてもそれだけの理由があるはずだ。

ふうむ…………こうなると女性陣の話を聞いてみたくなるな。マナー違反だし何より放っておいてもそのうち自然に何とかなりそうな感じなんだが、このまま放置するってのはどうにもすっきりしない。またぞろ騒動になってしまったりするのは勘弁して欲しいからな。

だがどうしたものだろうか。


「そんなこともあろうかと! 卯月と五月の耳より情報室参上ですよ!」

「帰れや現役中学生」

 

突如しぱたーんと扉を開けて乱入してきたあほ娘に対して冷たく言い放つ。そろそろ出てくるかと思ったら本当に出てきやがってこのお馬鹿。

俺のそっけない態度に、必死な表情で懇願を始める卯月。


「えー折角なつねぇから出番を強奪…………譲って貰ったのにそれはないですよ! クライマックスなんですよフィナーレ近いんですよ!? ここで出番を稼いでおかないと後がないんですよ!」

 

知らねえよぶっちゃけんなよメタな話を。

まあいい、ともかく何かしに来たんだろうとっとと始めろやと、俺は投げやりに卯月を促した。

愛がないですよおとかぶつぶつ言いながらも、卯月は何処からともなく取りだしたノートパソコンを手早く用意し始める。その光景を唖然とした表情で見ていた西の字は誰ともなく問う。


「あの、なんで南田の妹さんがここに……?」

「気にするな。気にするから気になる俺ちゃんはもう気にしない事にした。一々気にしてたらコイツらの家族はやっていけねえ」

「は、はあ…………」

 

正直に事情を打ち明けるわけにも行かず、適当な事を言ってごまかす。西の字は納得が行かない様子であったが俺の態度にまともな答えを返すつもりがないと看取ったのだろう、不承不承ながらも大人しく推移を見守る事にしたようだ。

そうこうしている内に用意が整ったようだ。俺たちは揃ってモニターに映る光景を覗き込む。


『こちらレポーターの五月っす』

「…………なにゆえ手書きのテロップか」

 

画面の向こう側で小さいホワイトボードを抱えたあほ娘2号に思わずツッコミを入れると、律儀にも答えを返してきやがった。


『気配を消すためとこちらの音声をよりクリアにお届けするためっす。それでは中継をお送りするっす』

 

五月の姿がモニターから消える。持っているカメラの位置を変えたのだろう。そして映し出されるのは、校舎の屋上の隅っこで固まっている――正確には一人の人間を囲んでいる娘っこどもの姿。


「さあて、そろそろきりきり吐いて貰うわよなっちゃん。あんまり駄々こねるとりんちゃんけしかけるからね」

「そうですよ、貞操は大事でしょこんなつまらないところで失いたくはないでしょう? 素直に吐いたほうが身のためですよ?」

「あ、あの〜二人とも? ボクの扱いが何げに酷いような……」

『黙れ?』

「……すいません」

 

いいマイクを使っているのだろう、割りとはっきり会話が聞こえている。この際内容は無視するが。

三人に迫られた夏川ちゃんは逃れられないと悟ったのだろう、溜息を吐いてからそっぽを向き、顔を紅くしてぼそぼそと口を開いた。


「あの…………この間の騒動の時さ…………結局みんなバラけちまったろ? そん時その、夕樹と一緒になっちゃってさ…………アイツ後先考えないで暴れまくってくれたものだから、終いにゃ気を失って…………そんでその、目が覚めるまで付いてたんだ…………」

 

沈黙。その後に続く言葉を吐き出すのは恥ずかしいどころではないんじゃなかろうか。けど内容を知っている俺たちと違って何があったか知らない冬池ちゃんたちは容赦しない。むしろここぞとばかりに責め立てる。


「そんでそんで? 包み隠さずゲロっちゃいなよYOU! 出せば楽になるわよ?」

 

女同士でも言いにくい事があるんと違うんかい。どうせあの状態じゃ実際言ったところで止まりゃしないだろうけど心の中だけでツッコミを入れておく。

ほとんど吊し上げられているような状態になっている夏川ちゃんはそれでも目を逸らしうううと呻きながら抵抗していたが、飢えた獣のごとき様相となったのぶやんラヴァーズの前にとうとう陥落してしまう。

視線は合わせないまま俯いて、長身を可哀想なくらいに縮こませた夏川ちゃんは、ほとんど半泣きのような声で話を続けた。


「アイツの寝顔見てたら………………髪の毛さらさらだなあとか……睫毛長いなあとか……顔ちっちゃいなあとか……色々目に付いちゃって……気が付いたらその、吸い寄せられるように顔が近くにあって……心臓がとまんなくてばっくんばっくんいってて……その……あの……いつの間にやら、顔と顔のごく一部が接触しそうになっていたような感じがなきにしもあらずといったかも知れないかも知れなかったのですがどうでしょうかスタジオにお返しします」

「なんだとおおおおう!?」

 

夏川ちゃんがどっかの誰かさんと似たような台詞をごにょごにょと放った途端、いきり立つ声が上がる。誰かは言うまでもない。


「いかん! いかんぞかりん! それは確実に精神疾患だ! 早いところ治療しなければ手遅れになる! 病院、否ここは身友たるこのボクが誠心誠意全身全霊を込めて手ずから治療に当たろう! まずは保健室だ、そしてベッドだ! このボクのテクニックもといハンドパウァで天国にも昇る心持ちにさせ汚れた男の気配など記憶の底から消去……」

「はいはい、大人しくしてましょうね」

 

吠えたてる秋沼ちゃんの首筋を春沢ちゃんがきゅっと掴むと、一瞬にして秋沼ちゃんは白目を剥きその場に崩れ落ちた。

そしてゆっくりと視線を夏川ちゃんに向ける春沢ちゃん。その表情はカメラの位置関係上分からないがきっと有無を言わさぬものなのだろう。それを見た夏川ちゃんがびびくんと身を震わせる。


「それで、その後はどうしましたか?」

「いやその………………直前で夕樹のヤツが目ぇ覚まして…………それでその、思わず放り出してそれっきり有耶無耶に……」

「ダメダメちゃんね」

「ダメダメちゃんですね」

 

消え入りそうな言葉を切って捨てる二人。そのまま左右からがしりと両肩を掴み、夏川ちゃんの顔を覗き込む。


「なっちゃん、正直に答えなさい。……実は可愛いもの好きでしょ」

「え!? あ、いや、その!?」

 

冬池ちゃんの質問に見るも無惨な狼狽え方をする夏川ちゃん。彼女に向かって二人は追い込むように質問を重ねていく。


「ファンシーショップの前でつい立ち止まってしまう」

 

びくん。


「子犬とか子猫とか大好き」

 

びびくん。


「しるばにやふぁみりーを集めていた」

 

びびびくくん。

 

……へ〜、そうだったのか。意外なように見えて以外でも何でもないなあ。何となく分かるし。

だらだらと脂汗を掻いて必死に視線を逸らす夏川ちゃんに、無慈悲にとどめが刺された。


『そして、とても可愛くかつ自分と気があって腕っ節も互角な西之谷 夕樹は、実の所好みのストレートど真ん中』

 

びしり。

 

凍った。夏川ちゃんだけじゃなく画面のこっち側の空気も凍った。

あ、え、いや、気にしている様子はあったけど、何? そうだったの!?

唖然とする俺たちを置いてけぼりに、画面の中では状況が進行していく。


「ふ〜ん、やっぱりそうだったんだ。もしかしてとは薄々思っていたけど」

「必死で隠してたんですね気にしてるってところ。でもここまできたらもうコクってもいいと思いますよ?」

 

二人の言葉に夏川ちゃんはしょんぼりと肩を落して、泣き出しそうな声で言う。


「でも…………アタシ可愛くないし。夕樹には釣り合わないし」

「いや可愛い。十分可愛い。ギャップが萌えるむしろ王道」

「大体お互いを名前で呼び合う仲になっておいて今さらだと思うんですけど。まさかそれだけでちょっと幸せもう充分とか考えてたりします?」

「あ、あう……」

「純情っていうか臆病っていうか、経験者から言わせて貰えば一歩踏み出せばなんとかなるものよ?」

「まあその一歩を踏み出すまで色々あったわけですが我々は。それはそれとして女は度胸です何でもやってみるものです」

 

その辺で止めてやれ、もう夏川ちゃんの精神力はゼロだぞ多分? 

 

最早あうあう言うだけのマシーンと化した夏川ちゃんの様子を見て、同情するだけはしてみた。どうせ手出しはできないし現場にいたところで止められもしない。せめて生暖かい目で見守ってやろう。え? 見るの止めたらって? 人の不幸は密の味って言葉知ってるかい?

 

とか思っていたら、あうあうマシーンに動きがあった。

視線は逸らしたまま、どこか怯えた様子で夏川ちゃんは再び語り出す。


「…………怖いよ。アタシずっと片思いから振られっぱなしだったから」

「え? あれ、彼氏いたんじゃなかったっけ?」

「…………一度もそんな事言った覚えないけど」

「何か勝手に思いこんでました檸檬さん?」

「あ、いや、あはははは………………ごめん」

 

おいおい昔の彼氏にこっぴどく振られたっていう前提が狂っとるやないかい。じゃ何か? 夏川ちゃんトラウマとかあったんじゃなくて単に恋愛に臆病だっただけなのか? ある意味骨折り損かよ。


「…………まあ惚れた相手を巡って色々あったりしたけどさ。…………ナイフ持った女と争ったり、鉈持った女と争ったり、鋸持った女と争ったり。…………で、いつも最後は攻略後回しにされてそのまま忘れ去られてしまいました、みたいな扱い受けて…………」

『をい』

 

何をやっているか。トラウマとかもうそう言う問題じゃなくなってるだろうそれ。ツッコミどころが多すぎるわ。

 

なんつーか疲れた。気ぃ使う必要なんざねえなもう。俺は黙ってノートパソコンの電源を落した。


「はえ!? どうしたんですかづにぃ?」

 

面食らった卯月が問うがそれを手で制して、俺は呆然としたままの西の字に声を掛けた。


「覗き見たあ言え向こうさんの気持ちは分かったろ? どうする?」

「ど、どうって……」

 

戸惑いの声。見上げてくる瞳は迷いに揺れている。

予想外の展開に付いていけないのだろう。すぐさま答えを出すのは難しいか。俺は答えを急くような真似は止めておこうとしたのだが、それを良しとしない者がいた。

 

わし、っと西の字の頭に置かれる大きな手。意外な事だが滅多に動かないのぶやんが西の字本人よりも早く反応していた。


「…………会ってやれ」

「え…………?」

 

わしわしと乱暴に髪の毛をかき回しながら、ぶっきらぼうにのぶやんは言う。


「…………会って、応えてやれ」

 

多くは語らない。それだけで伝わるだろうと言わんばかりの態度だ。

西の字は答えない。しかし、瞳の迷いは消えていた。


「決まり、だな」

 

俺の台詞に答えは返ってこない。しかしもう十分だろう。

 

俺は携帯を取りだして、のぶやんラヴァーズの二人にメールを送った。

 

夏川ちゃんを引きずってでもつれてこい、と。


 













始まりの場所。園芸同好会が不法占拠している裏山の空き地。

 

ついこの間一方的な告白が行われたその場にて相対するのは――

 

西之谷 夕樹。

 

夏川 かりん。


数メートルほどの距離を取って向かい合う二人。

 

その様相は。


「え、え〜っと………………」

「あの、そのさ………………」


照れ照れもじもじ照れ照れもじもじ。

 

正直鬱陶しいわ!!

 

落ち着かない様子で顔を真っ赤にしながらいじいじきょろきょろとなかなか本題に入らない二人に対して、影からこっそり覗き込んでいる全員が苛立ちを覚えていた。


「ここまでお膳立てされておいて何で躊躇するのよ! ほらだきっとかぶちゅっとかいっちゃえ!」

「触れば墜ちるんです! そこ、踏み出して! 足使って下さい!」

「もごご! ふんうぬぬぬ!」

「何で猿ぐつわかましてまでこの女を連れてきたんだ?」

「………………」

 

一部を除いて全員が固唾を呑んで見守っているが、状況は一向に進展しそうにない。実際こんなモンか。俺だけがそう見切りを付けている。ここで決着付ける必要はないんだし。

しゃあねえなあ助け船出すか。後は地道に解決してくれと問題を先送りする気満々で動き出そうとしましたら。


「させぬ! これ以上はさせぬぞ!」

 

だ〜か〜ら、何で丸く収めようって時に乱入者が現れますかこんちくしょう! 空気読めってか空気壊すなよおお!

 

突然西の字たちを囲むように現れたのは、あちこちに包帯巻き付けたり湿布を貼り付けたりした満身創痍の似非忍者っぽい人達。あのハードゲイ上映会を耐えたのか逃れたのかは知らないが、間違いなくBL主義者の残党だろう。その中のリーダー格らしき人物が、松葉杖をひょこひょこ突きながら一歩前へ出る。


「最早我等の悲願、叶う事なし。しかし、せめてノーマルカップリングの成立だけは成してなるぶぎゃめちゅわ!?」

 

口上は断ち切られた。他でもないもじもじきょろきょろしていた二人の拳によって。


『あ…………』

 

条件反射だったのか、揃って拳を突き出した姿勢の二人は揃って間の抜けた声を上げる。暫しその姿勢のまま硬直していたが、ややあって西の字が姿勢を直し、ぽりぽりと頬を掻く。


「あ〜も…………なし。告白とかなし」

「え?」

 

きょとんとする夏川ちゃんの顔を真正面から覗き込み、西の字は矢継ぎ早に言葉を放つ。


「だからめんどいしハズいしそういうの一切なし! 今まで通りとは言わないけどいいじゃんもう改めて口に出すとかそういうのは出せるときに出したらいいんだから! 僕は背中任せられるかりんがすごく気に入ってるの文句ある!?」

 

開き直って問題先送りしやがったあの男! いくら何でもそれはどうよと俺は思ったんだが――


「ふっ…………ふふふふふ、そうだね。無理する必要も我慢する必要もないか」

 

何か夏川ちゃん的にはOKだったらしい。華も綻ぶような笑みを見せて彼女は大きく頷いた。


「そうさ、アタシらには――」

 

言いながら回し蹴り一閃。隙を伺って飛び掛かろうとしていた雑魚が吹っ飛ぶ。


「――こうゆうのが一番合ってるんだろうさ!」

「そういう事!」

 

言い合ってニヤリと笑い合い、二人は有象無象を蹴散らしていく。


「あの〜、案ずるより産むが容易かったわけ? 色々な意味で」

 

呆然と呟いた俺の言葉に応える人間は誰もいなかった。

 

アレ恋愛じゃないよなんかベクトル違ってるよ。分かっていても誰が止められるはずもなく――

 

俺たちは呆然と立ちつくすしかなかった。


 













その後、調子づいたというか無二の相方を得たというか、ともかくテンション上がりまくった二匹が近隣をシメて回ってどうこういう噂が流れたが――

 

知らん。

 

俺はもう知らん。







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