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その五・必ず最後に勝つのは愛なのか? 前編

 





二十余名、今回の騒動で捕らえた襲撃者の数だ。

 

今そいつらは、生徒会の手の者――ぶっちゃけ涼華ちゃんとその仲間たちの手によってここ、とある貸倉庫の中に縛り上げられて転がされていた。


「ん……んう?」

 

使用されていた薬が切れたのか次々と目を覚ますそいつらに、俺は鷹揚さを装って声を掛ける。


「おはよう諸君。目覚めの気分はどうかね?」

 

唖然と俺の姿を見る襲撃者――BL主義者ども。さもありなん。今の俺はブランド物のスーツ(借り物)を身に纏いサングラスをかけ、ブランデーグラスをくるくるしながら豪奢な椅子に身を預け、二人のちょっとばかしボリュームの足りないバニーガールを侍らせているのだから。

 

うわあ退いてる退いてる。そりゃそうだよ、こんなんがいきなり目の前に現れたら俺も退く。悪のりして演出考えたはいいが、正直ハズいわコレ。しかしまあ、我慢我慢。本番はここからなんだから。


「さて、なぜ諸君がここに集められたか分かるかね?」

 

分かるわけないよなと思いながらも問うてみる。悔しげに顔をを歪める者、怯える者、睨み付ける者など反応は様々だったが、一人だけ口を開いて問いを投げかける者がいた。


「くっ、拷問でもして我等が内情を吐かせようとでも言うのかの、南田の。じゃが早々簡単に口を割るとおもうてもらっては困る」

 

この期に及んでまだ強気の発言をする奇岩坊ちゃんを見下すような目で見る。正直内心びくびくモンだが、ここで弱気に出るわけにはいかない。殊更冷酷さを装って俺は答えた。


「諸君の内情? 今さらそのような物に興味はない。なぜならそれは“すでにこちらの知るところ”なのだからね」

 

ざわりと動揺の空気が満ちる。探るような目で奇岩坊ちゃんは俺を見るが、生憎ハッタリじゃないのさこれが。無闇に人材を取り入れたのは徒だったな。……と、そんな事はいい。俺は傍らのバニーガール(無論卯月と五月だ)にブランデーグラスを預け、身を乗り出して両手を組む。


「望むのは二つ。諸君の主旨替えと、ちょっとした“お手伝い”を頼みたい。対価となるのはこの場における諸君の身の安全、その保証だよ」

「馬鹿にしておるのか? たかがその程度の物で我等を動かせるとおもうておるのか?」

 

小馬鹿にしたような態度で言う奇岩坊ちゃん。まあ普通はそう思うよな。けど動かせると思ってるからやってるのさ。


俺は黙ってぱちりと指を鳴らした。

 

それに応じ、バニーガールたちが立ち上がり、俺の横に鎮座している巨大の箱状の物に掛かっていた布をばさりと剥ぐ。

中から現れたのは――


「ひ、ひいっ!?」

 

誰かが引きつった悲鳴を漏らした。

人が数人余裕で入られる檻。その中にいたのは体重300キロはありそうな巨大な猪。たいそう興奮しているようで目を血走らせながらぶふーぶふーと荒い息を吐き檻の中をうろついている。

できるだけ凶暴そうな生き物をと美月姉奈月姉に頼んでおいたんだが、どこから連れてきたんだろう? 肉食獣じゃなかっただけマシだけど。

ともかくそいつにちらりと視線を向けた後、再び主義者どもに視線を戻す。この後の展開が予測できたのか幾人かは顔を青ざめさせていた。くっくっく、怯えろ、竦め。己の無力さを噛み締めながら絶望するが良いわ!。……おっと、黒くなってる場合じゃなかった。

俺は肩を竦めて何でもない事のように言ってみる。


「ここにいるのはなぜか発情状態になった猪ビリー君(♂)なんだが……」

 

ここで表面上は平気そうな顔をしていた人間も盛大に引きつる。奇岩坊ちゃんなんかはチビりそうになってた。くっくっく、奈月姉が用意した媚薬が予想通り動物にも効いたようで何より。なんもなしで都合良く発情状態になんかできはしないからな。

内心ほくそ笑みながら俺はもう一度主義者どもを睥睨する。


「これだけいるのなら、一人二人放り込んでも構わんだろう?」

 

実際放り込む気は欠片もないんだけど、「ひいっ!」とか「い、いやあ」とか言う小さな悲鳴が上がり、全員が完全にすくみ上がった。ふん、他人に妄想を押し付けて人の道を踏み外させようとしたくせに、自分がそうされる覚悟もないってか。人の事はそんなに言えないが呆れたもんだ。

ま、おかげでこっちは話が進めやすいがね。俺はにっこり笑って再び問うた。


「さて、“お願い”を聞いて貰えるかな?」















「はふう……良かったです。こうえも知れぬ新たな感覚がこれまた……」

「素敵だったっす最高だったっす。ああ悪の道に目覚めてしまいそうっす」

「首輪……調教……香月君に飼われる………………イイ………………」

「思った通り似合っていたわ香月。やっぱり素質があるのよ」

 

はっちゃけ姉妹うっとり。俺げんなり。

 

仕込みを終え止り木(ウチ)に場所を移した俺たち。あー疲れた。もう二度とやりたくねーよこんな事。

の、割には結構楽しんでいたんじゃないかって? 腹黒キャラは疲れるンだよ色々と主に精神的に。あと恥ずかしさハンパないわ。

 

べたりとカウンターに突っ伏していた俺はのろのろと顔を上げ、傍らでコーヒーを前に所在なげな様子で姉妹どもの方を伺っている女の子に語り掛けた。


「そっちもお疲れさんだったね“小春ちゃん”。協力感謝。本格的な礼はまた改めてって事で、とりあえずそのコーヒーは奢りだよ」

「え、あ、ありがとう……」

 

縮こまってコーヒーを口にする小春ちゃん。彼女の協力がなければBL主義者どもに対する対策はもっと後手に回っていただろう。

は彼女、BL主義者に潜り込んで情報をリーク――つまりスパイの真似事をしていたのだ。急速に勢力を拡大していた連中は、まさしく来る物拒まずな状態だったようで、そこに目を付けた奈月姉の指示による行動だったのだが……想像以上の活躍ぶりだった、らしい。

その辺の情報は奈月姉と美月姉が握っているのでよく分からん。俺が毒されてしまうとかなんとか余計な配慮からの物だが、俺もまあ連中の内情なんか知りたくもないからそれはそれでいい、うん。

まあおかげさまで、西の字と夏川ちゃんを無理矢理くっつけないでも連中を何とかできそうな状態まで持っていけたのだから良しとしよう。連中を黙らせることができたならもう余計な心配をしなくて済む。平穏無事が戻ってくるわけだ。

 

……しかしそうなると、この子を西の字に引き会わせなきゃならなくなるわけだが………………ま、いいか。別段西の字と夏川ちゃんのカップリングにこだわる必要はなくなるわけだし、修羅場でも二股でも好きにやってくれい。


「心配しないでも約束は果たすさ。どうなるかはアンタ次第だと思うけど」

「え? ああ、うん……」

 

おや、なんか思ったような反応じゃない。喜ぶとまではいかなくとも、もうちょっとこう元気な反応があってもいいんじゃなかろうか。奥歯に物が挟まったような歯切れの悪さが気になる。

小春ちゃんはコーヒーカップを両手で包み込むように持ち、俯き加減でその中身をじっと見て何か考え込んでいるようだった。ややあって彼女は上目使いでこちらに視線を向けると、おずおずと口を開く。


「あのさ……西之谷君なんだけど……」

「うん?」

 

迷う小春ちゃん。待つ俺。


「……やっぱり、いいや」

 

待たせておいてそれかい。思わずツッコミ入れそうになったけれど小春ちゃんの表情を見て堪える。

 

力のない、寂しそうな笑顔だった。

 

アレか、ノンケの人間がアブノーマルな連中の中で活動するのはやっぱり辛かったのか。……などとボケるつもりはない。ワリと深刻そうだぞコレ。

何かあったのかと尋ねるべきか、少し悩むが止めておく。彼女から話してくれるんならともかく無理矢理聞き出すってのはちぃと気が咎める。俺は素知らぬふりでカウンター内の仕事に戻った。

 

さて小春ちゃんの事は置いておくとして、やっとの事で“詰める”ところまで持ってきたんだ、ここで下手打つわけにはいかないんだけど……こいつら本当に大丈夫かなあ。俺はちらりと呆けたままの4人に視線を移す。と、俺の訝しげな視線に気付いたのか、卯月が「どうしたんです?」と声を掛けてきた。


「別に何でもない。気にするな」

「…………む〜、何かそっちの人に比べて扱いが薄いです」

「客に気を使うのは当然だっての。それはそれとして、本当にそっち大丈夫なんだろうな?  浮かれてヘマすんじゃねえぞ」

 

俺の言葉に、はっちゃけ姉妹は一瞬顔を見合わせた後、揃ってにっと笑顔を見せる。


「だいじょぶですよ任せて下さいです」

「かづにぃは大船に乗った気持ちでどーんと構えているっす」

「ふふ、安心して任せておきたまえ」

「そうそう、何しろお姉ちゃんたちは……」

 

そこで四人はぴったり息を合わせて人差し指を立て、ウインクしながらこう言った。


『貴方が信じてくれている限り、絶対無敵なんだから!』

 

どこの戦うヒロインたちですかアンタら。やれやれ、愛されすぎるのも困るぜと、呆れて肩を竦める俺に、小春ちゃんが言葉をかける。


「…………四つ股?」

 

断じて違う。


 













時は満ちた。


夜の講堂に、人影が集う。

 

その数は徐々に増え、ざわめきが場を満たしていく。

 

期待、そして興奮。集う者達の瞳にはある種の欲望にまみれた色が、澱みとも言えるレベルで濃く満ち溢れていた。

 

先の襲撃のおり多大なる犠牲を払っが偶然にも極上の映像を入手した。その知らせが同志の間に瞬く間に広まり、早速上映会をという流れで話が纏まって、各員の気持ちが急く中今日ついにその時を迎えたのだ。

美少年たちのナマ本番、夢にまで見たその実物を映像とは言え目にする事ができる。その思いが彼女らの目を曇らせていた。見え隠れしている作為に気付かぬほどに。


「うわあ、これ全部腐ってるんすか」

「学校の女子の4割くらいいってるみたいです」

「そこまでハマる気持ちが分からないね」

「ま、お姉ちゃんたちには香月君いるし」

「で、自分らこのビデオ流せばいいんすね」

「うう……目立たないしアピールできないです……」

「その分後で香月君になでなでして貰うといい。あと膝の上でゴロゴロ」

「こっちからサービスするのも忘れちゃダメよ? ……っと、そろそろね。きっちりケリつけるわよ。香月とお姉ちゃんたちの未来のために」

『ふぁいと、おー!』

 

影で円陣を組む彼女らの姿を見て、同じく影に潜んだ人影が、ひそひそと言葉を交わしている。


「……恐るべき、恐るべき方々よ。…………こちらに付いたのは僥倖であったと言うべきかもしれんのお」

「貴公もそう思われるか。だが貴公ほどの筋金入りの衆道まにやが容易く主旨替えするとは思わなんだ」

「けっ、貞操あっての物種という事さね。高く売り付けるつもりはないが、畜生相手に安売りする気もないわ」

「アレはあくまで脅迫だと思うが。貴公も分かっておろうに」

「……甘いのお。南田 香月という男、アレは見た目通りの人間ではない。半歩踏み出せば“やる”ような狐狸の類よ。此度の件で随分とどす黒くなりよったわ。後もう一押しあれば、本気の生徒会長とやりあえるやもしれん」

「随分と買っているな。確かに何だかんだといって策を巡らせるのに躊躇がなかったようだが、それも彼女らがいなければ成り立たなかったであろう」

「恐るべきはその彼女らをあれほどまでに引きつける魔性よ。ただの優男にそこまでの物があると思うてか。アレは化けよる。間違いなくのお」

「ではどのようにするつもりか。今のうちに首でも獲るか?」

「まさか。あのようなモノには金輪際関わるつもりなぞないわ。うぬこそ今後どのようにする? 下手をすればうぬの主の前に立ち塞がるぞえ?」

「それがしは契約によって役目を果たすただの野良犬。契約者が討てというのであれば討つ。それだけだ」

 

………………お〜い、聞こえてますよ〜。つーか目の前でやるな目の前で。

ダメだシリアス3分も保たねえ。やっぱり俺げんなり。


「はあ、もういいや。……どうやら面子も揃ったようだし、とっととおっぱじめようぜ」

 

早く終わらせたい。そしてとっとと帰って寝たい。そういう思いを抱きながら、俺は犬を追い払うように手を振って皆を急かす。後はこいつらに任せるわけなんだけど、集まった連中に対し一体何を見せるつもりなのかは俺も知らない。知らない方が身のためだと言われているが、筋金入りのホモ好きに何を見せて矯正を謀るのか想像もつかない。ろくなモンじゃないのは確かだろうが。

ともかくやることがないので講堂の裏口あたりで待機。耳だけそばだてて中の様子をうかがう。


「お集まりの淑女の皆様、お待たせいたしました」

 

放送が入りざわめきが収まっていく。この声は……卯月か。


「では始めに同志代表より開幕のご挨拶を……」

 

普段のどこか甘えたような口調はなりを潜め、堂に入った司会者ぶりを見せている。やっぱり普段のアレはキャラ作りだよなあ、こう言うところは俺と似ているんだが。

一人でうんうん頷いている間にも話は進み、上映の時が迫る。その間に講堂の出入り口全てが“外から鍵をかけられている”のに気付く者はいるだろうか。

……涼華ちゃん率いる忍者衆のやる事だから無理だろうなあ。かてて加えて内情を知っている奇岩坊ちゃんたちにも協力して貰っているから、手抜かりはないだろう。


「…………それでは、上映会を開始いたします。どなたさまも最後までごゆるりとお楽しみ下さい」

 

お、始まるか。期待と緊張に満ちた沈黙が場を満たす。

はてさてどんな映像が流れるんだと、俺は耳を澄ませる。

 

…………………………え゛?


『…………………………ぎ、ぎぃやああああああああああああ!!!????』

 

硬直する俺。そして講堂を揺るがすような無数の悲鳴。

 

ちょっと待てちょっと待てちょっと待て。今聞こえたのが間違いじゃないとすればおかしいぞ? 何で“アレ”を見せて更正させられる事になる。そして集まった連中がどうしておぞましい悲鳴を上げる? 一体全体どうなってんだ。

疑問に思っていたら、裏口から何者かが姿を現す。げんなりとした態度のその人影――涼華ちゃんは出てくると同時に溜息を吐いた。


「あ、中はいいのか?」

「ああ、それがしと配下は外に出た者を押し込める役目。まあ容易く出られるとも思えぬが」

 

早速悲鳴と共にどがんどがんと扉を叩く音が響いている。確かに講堂の扉は鉄製の頑丈な物だからそう簡単には破られはしないと思うけど、あの勢いだと分からないぞ?

そう聞いたら再び深い溜息を吐いて涼華ちゃんは答えた。


「貴公の姉君と妹君が鎮圧に乗り出しておられる。逃げられはせんさ」

 

そうですかそうですか。……何やってんだアイツら。


「しかし…………どうしてアレで――“ハードゲイのビデオ”で連中恐慌状態に陥ってるんだ? BL好きなら逆に喜ばねえか?」

 

そう、俺の耳が捕らえたのはおっさんたちの濃厚な喘ぎ声という、できれば未来永劫耳にしたくない類の音声だった。どう聞いてもハードゲイですありがとうございましたなそれはホモ好きなはずの連中になぜか多大なる精神的ダメージを与えているようなんだが、なぜホワイ?

尋ねてみたらば涼華ちゃんは気が進まないと言った様子ではあったけれど答えてくれる。


「奇岩坊殿から聞いた話だが、きゃつら――文章や漫画などの美少年を愛好する衆道まにやは、基本妄想でしか衆道というものを知らんらしい。つまり現実と剥離しておるわけだ。のめり込んでいればいるほどその傾向は激しい。そんな者どもが実際の衆道、しかもはあどなヤツを目にしたならば……」

「あまりのギャップに拒否反応が出る、って事か。なるほどね。……しかしそれにしたって」

 

俺はちらりと出入り口の方を見る。そこからは地獄から響いてくるような叫びが放たれ続けていた。


「いやああああああああ! 開けて出して開けて出して開けてええええええ!」

「違うのおおおおお! こんなんじゃないの違うノヨオオオオ!!」

「うそよあんなのわるいゆめなのわたしはいまねてるのおふとんのなかなのここをでればめがさめるの……」

「……かふあっ!」

「……ふ、ふ……故郷の弟に、勇敢に散ったと伝えて……」

「ああ吐血した! そっちも死亡確定!? メディーック、メディーーーーック!」

 

正に地獄絵図だった。


「…………どんだけ酷いんだ上映されてんの」

「…………聞いた話によれば某校長閣下のコレクションらしい」

「をい」

 

そっち系だったのかよあのはっちゃけ最終教師。今度から二人っきりにならないよう注意しておこう。

帽子を被り直して目元を隠す。同情する事なんてないが、せめて冥福ぐらいはしておいてやろう。俺は十字を切って祈った。


「放して、放してえ! わたしは逃げるの明日へ脱出するの!」

「逃がしませんですよ。最後までお楽しみ下さいって言ったです」

「ちなみに朝までノンストップ上映っすから。今夜は寝かせないっすよ」

「ごめんなさいもう勘弁して下さい助けて下さい見逃して下さい……」

「泣き言を言うな、顔を上げて目を開け。コレが世界の真実だ」

「ちょ、何この拘束具!? どこから出てきたの!!??」

「うふふ、香月に使うつもりなんだけどまだ試作品だからついでにテストさせて貰うわね」 


……うん聞こえない。

 

何も聞こえないったら聞こえない。






  

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