第九話 龍のヨド③
「サビのお父さん、ひどく落ち込んでたわ。」
焦った様子の父親の顔を思い出した。
「ああ、帰ったら説明しなくちゃな。」
サビは無事に帰ることが出来ると良いが、と言いかけて止めた。
本当に帰れなくなってしまう気がしたからだ。
「仲が良いのね。」
ルリがそう言った所で、兵士がサビを探しに来た。
「時間だ。」
「分かりました。」
「その女は誰だ?」
「たまたま会いました。野犬に追いかけられてたのを助けたんです。」
サビは咄嗟に嘘をついた。
「ふん、結構な事だな。行くぞ。」
兵士は馬鹿にしたように言い、馬車に向かって歩き出した。
「サビ、あとどれくらい馬車は走るの?」
「エノイから龍ヶ洞まで半日位だから、まだ半分以上あるな。」
「そんなに!」
ルリはうんざりした顔をした。
「スズの武器屋に行っててもいいぞ。行くところが無いって言えば、親父も悪いようにはしないと思う。」
ルリが首を振った。
「着いていく。サビが殺されそうになった時は連れて逃げないといけないもの。」
「殺されはしないと思うが…分かったよ。」
「じゃあまた後でね。」
ルリは羽を広げ空に飛んでいった。
馬車は走り続けた。
馬車の御者が交替したようだった。
一人の兵士の顔がさっきまで座っていた人と変わっていた。
途中にもう一度休憩を挟んだ。
そのときに降り立った街はさっきの街よりも閑散としていた。
龍ヶ洞に行くに連れて住人が減っている様だった。
龍ヶ洞は首都の西の山岳地帯にあった。
その山岳地帯はきれいな湧水で有名だった。
そこで詰められた水は病に効くと言われ、高値で取引された。
普通の人間は山岳地帯には行けても、龍ヶ洞に入ることはできなかった。
「着いたぞ。」
兵士が言った。
馬車の外はもう薄暗くなっていた。
サビは馬車から降りて伸びをした。
山の麓の宿泊所らしい。
ほとんど人工的な物は見当たらず、見渡す限り自然があった。
木は伸び伸びと枝を伸ばし、川は夕暮れの色を反射して薄紫色をしていた。
薄暗く、視界が悪い時間帯にもかかわらず川を泳いでいる魚がはっきりと見えた。
絵の中の世界に迷い混んだ様だった。
サビが景色に見とれていると、兵士の一人が話し出した。
「今日はこの宿に泊まる。明日の朝、日が出る頃に出発する。ヨド様がいる洞窟は山の中腹にある。そこまで歩いて登る。」
質問はあるか?と聞かれた。
一番聞きたい事はなぜ今自分がここにいることだったが、聞いても答えは得られない事をサビは知っていた。
「ありません。」
「では明日に備え今日はよく休むように。」
宿の部屋の鍵を渡された。
最初は偉そうとしか思わなかったが、意外と親切なのかもしれないとサビは思った。