第9章 「支局ビル休憩室における束の間の酒宴。栗羊羹はおつまみになるか?」
「ボルドー産のワインボンボンに栗羊羮…珍しい取り合わせだとは思っていたけれど、由来を改めて聞くと納得出来るね。」
英里奈ちゃんがお茶請けと称して休憩室のテーブルに並べてくれた菓子鉢の中身を見つめながら、マリナちゃんが感慨深げに呟いた。
特命遊撃士養成コースの講義を終えた訓練生を、御自宅に送り届けるスクールバスへの護衛同乗業務が、私達にはまだ残っている。
休憩室での待機時間の慰みにと言って、御自宅からお菓子を持って来てくれた英里奈ちゃんには、本当に頭が下がるよね。
「要するに、特命遊撃士養成コース時代の千里ちゃんと英里奈ちゃんの仲を取り持った、馴れ初めの味という事なんだよね…」
間違ってはいないけれども、何とも紛らわしい言い回しだよね、京花ちゃん。
そんな私の思いを知る由もなく、菓子鉢の中身を1つ摘まんで口の中に投げ込んだ京花ちゃんは、次の瞬間には首を捻ると、微妙な表情を浮かべるのだった。
「ああ…!口の中に残った苦味と栗羊羮の甘味が、大喧嘩をしているよ…」
「アハハ!缶ビールのつまみに栗羊羮だなんて、さすがにそいつは無理があるんじゃない、お京!」
面白そうに笑うマリナちゃんが差す指の延長線上には、京花ちゃんの左手に握られた輸入ビールのロング缶があった。
マリナちゃんも同じロング缶を傾けてはいたけれども、京花ちゃんとは違って菓子鉢には手を着けていない。
俗に言う「カラ酒」という奴だね。
もっとも、ドリンクサーバーから汲んだミネラルウォーターを手近なテーブルに控えさせているから、口の中をリセットしてから食べる意志はあるみたいだね。
「それもそうだね、マリナちゃん…じゃあ、口の中をワインボンボンで中和しようかな。」
再び菓子鉢に手を伸ばした京花ちゃんは、今度は満足そうな表情を浮かべた。
口元に微笑を閃かせながら、丸めた金色の包み紙を指で弾く。ワインボンボンの包み紙が綺麗にゴミ箱へと吸い込まれると、その微笑はさらに深まった。
どうやら今度は、ビールの後味が残る口に合ったみたいだね。
「ちょっと、京花ちゃん…せっかく英里奈ちゃんがお茶請けに持って来てくれたんだから、口直し扱いをするのはやめてあげてよ。それに、この栗羊羮だって高級品なんだよ。もう少しありがたがって食べても、罰は当たらないと思うよ…」
こうやって眉間にシワを寄せた私は、「宮内庁御用達」と白字で書かれた栗羊羮の紙箱に目をやった。
私の家だと、御盆と御彼岸の御供えに使われるレベルの栗羊羮だよ。
これが普段使いの茶菓子として扱われるとは、さすが戦国武将を御先祖様に持つ旧家は一味違うね。
「良いではございませんか、千里さん。次の護衛同乗までの待ち時間を愉快に過ごして頂ければとお持ちした次第です。皆様に楽しんで頂けるなら、それで私としては満足ですわ。」
お茶請けを持って来てくれた御本人に、このように言われちゃったら、私としても矛を収めるしかないよね。
「英里奈ちゃんがそう言うのなら、私は別にそれで構わないけど…」
「私、この方法でしたら、おつまみとして栗羊羮が無理なく成立するかと存じますの。御機嫌を御直しになって、御一緒しては頂けませんか、千里さん?」
こう言って英里奈ちゃんが差し出した2本のアルミ缶をよく見ると、それは新製品の緑茶割り焼酎だった。
缶の表面には「アルコール度数7%」という、何とも心強い標示が踊っている。
「あっ!これって季節限定品じゃない!私、喜んで御相伴に預からせて頂くよ!」
「はい。宇治産最高級玉露の一番茶のみを厳選使用致しましたので。」
アルミ缶に書かれているキャッチコピーを読みながら笑い合った私と英里奈ちゃんは、2人仲良く栗羊羮を口に含むと、プルタブを開けて緑色の液体を喉に流し込んだの。
宇治産最高級玉露の馥郁とした風味と、一番茶ならではのテアニン成分がもたらす極上の旨味が、口の中一杯に広がる。
僅かな時間差で身体をジンワリと熱くするのは、胃から吸収された焼酎のアルコール成分だ。
そこに、羊羮の淡泊な甘味と栗の歯応えが適度なアクセントをつけてくれる。
一言で言い表したら、ベストマッチ。
私にもっと語彙力があれば、このベストマッチ具合を充分に表現できるのに…
語彙力不足でゴメンね、英里奈ちゃん。
「いい…!いいよね、この組み合わせ!栗羊羮にピッタリ合うよね!」
「御満足頂けたようですね、千里さん。そのように喜んで頂けたなら、選ばせて頂いた私としても、冥利に尽きるという物ですわ。」
私と英里奈ちゃんったら、酒臭い吐息を漏らしながら大はしゃぎしていたんだ。