第7章 「内気な令嬢は最高の友…お菓子交換が結んだ絆!中編」
「それじゃ、遠慮なく頂きま~す!」
私は茶髪の御嬢様からチョコレート菓子を受け取ると、手触りの良い金色の包み紙をむしり取り、一気に奥歯で噛み砕いたの。
「あっ!御待ち下さい、それは…」
「ん?」
今更、「やっぱり返して。」なんて言わないでね。もう食べちゃったよ…
「おやっ…?」
チョコレート菓子は拍子抜けする程にあっさりと砕け、中からドロリとした液体が溢れ出した。独特の芳香と濃厚なアルコールの味が口の中一杯に広がる。
「ねえ…君、もしかしたらこれって…」
「はい。ワインが入っております。ボルドー産のワインボンボンです。その点を申し伝えようと存じたのですが、貴女がすぐに召し上がってしまって…もしかして、ワインはお口に合いませんでしたか?」
うん、話を聞かずに意地汚く食べた私が全面的に悪いね。
「ううん、お酒は全般的に大好きだよ。心の準備が出来ていなかったから、戸惑っただけだよ。君、ワイン好きなの?」
「はい。特にスパークリングワインがお気に入りです。貴女は?」
さっきの私の反応が面白かったのか、茶髪の御嬢様が笑みを浮かべている。
これは、私に心を開いてくれたと解釈してもいいのかな?
「私は甘いカクテルが好きかな?グラスホッパーとか、カルーアミルクとか…ねえ、いつまでも『君』とか『貴女』とか呼び合うのも変だから、君の名前を教えてよ!私は吹田千里!堺市立土居川小学校6年2組だよ!」
私の自己紹介を聞いた茶髪の御嬢様が、意外な表情を浮かべたんだ。
「奇遇ですわね!私も土居川小学校6年2組なのですわ。私、生駒英里奈と申しますの。以後お見知り置きを、吹田千里様。」
椅子から立ち上がった英里奈ちゃんが行ったのは、ベルサイユ宮殿や鹿鳴館で行われるような、優雅で美しいお辞儀だった。
残念ながら、私はどちらも行った事がないから想像だけどね。
「千里でいいよ、英里奈ちゃん…英里奈ちゃんは、本当に礼儀正しいね。」
「はい…両親と使用人の方々に厳しく躾られましたから…」
問わず語りに英里奈ちゃんが話してくれた内容を、私なりに要約すると、次のようになるんだ。
英里奈ちゃんの御実家は古くから続く名家で、御先祖様は織田信長に仕えた戦国武将の生駒家宗らしい。
織田信長を主人公にした大河ドラマにも、時々出て来る武将だね。
そう言えば小学2年生の生活の授業で、校区内のお寺さんのフィールドワークをした時に、「生駒」という表札の上がった、立派な和風のお屋敷を見掛けたっけ。
引率していた担任の先生は、「このように立派な普請のお屋敷を見た江戸時代の人は、『堺の建て倒れ』と言っていたんですよ。」と説明していたけど、今にして思えば、あのお屋敷が英里奈ちゃんのお家だったんだね。
旧家に生まれた英里奈ちゃんは、御嬢様として育てられたんだけど、私がイメージする御嬢様のように好き勝手が出来た訳では決してなかったみたい。
むしろ、跡取り娘として礼儀作法などを厳格に御両親や使用人の人達に叩き込まれたために、すっかり内気な臆病者になってしまったんだ。
御両親も厳格過ぎる教育方針を反省したんだけど、時既に遅し。
娘の引っ込み思案をどうしたものかと考えあぐねていたタイミングで、健康診断で英里奈ちゃんに特命遊撃士としての適性がある事が分かり、養成コース編入をきっかけに友達が出来ればと、御両親は期待しているらしい。
そうは言っても、長年の厳格過ぎる教育方針で染み付いた内気で気弱な性格は、急には治らないみたいで、なかなか初対面の人に話し掛けられないのが英里奈ちゃんの悩みの種だそうだ。