第6章 「内気な令嬢は最高の友…お菓子交換が結んだ絆!前編」
その日の放課後。
中学受験のための塾や学童施設などに行く友達と別れた私は、同じ訓練服を着た子達と一緒に、遊撃士養成コースの訓練生を支局まで送迎するためのスクールバスに校門から乗ったんだ。
護衛同乗をしていた特命遊撃士のお姉さん達は優しかったな。
特命遊撃士養成コースの講義は、中学校や高校の授業と同じく1コマ50分。45分授業に慣れた小学生は、少しだけ戸惑ったね。
私はこの曜日だと、必修科目である基本教練と重大事件史の、2科目の講義を履修していたんだよ。
当時の私の場合は、中学進学までに養成コースを修了させたかったので、1日2~3科目履修していたんだ。
2科目履修している日だと5時半には家に帰れるけど、3コマ履修だと家に帰れるのは6時半になるね。
この点については、小学5年生の3学期から養成コースに参加していた枚方京花ちゃんと和歌浦マリナちゃんは、時間に余裕がある分、私や英里奈ちゃんよりも有利だったろうね。
春休みだって、集中講義という形で使えただろうし。
1コマ目の基本教練は、特命遊撃士として基本となる動作様式を習得する科目で、この日は各個教練の礼式がメインテーマだった。
50分間ミッチリと、各種の敬礼と捧げ銃を教え込まれたから、あの後しばらくは、普通に挨拶する度に敬礼が出ちゃったなあ…
講義と講義の間には20分間の休み時間があって、その間に教室移動や休憩が取れるんだ。
2コマ目の重大事件史は座学だから、教室に着いたら、教導隊の先生が来られるまでは好きな事をしていて構わないの。
学校の宿題を仕上げる子もいれば、仲良しの子と、お喋りや携帯ゲームで遊ぶ子もいる。
大人数のグループだと、多目的室でボール遊びをする場合もあるよ。
「ふう、やれやれ…おっ…!」
残りの休み時間をどう過ごそうかと考えながらトイレから戻って来た私は、教室の隅の机にポツネンと腰掛けて、所在なげに漫画雑誌に目を落としている先客を見つけたの。
腰まで伸ばされた癖のない茶髪のロングヘアーは手入れが行き届いており、同性である私の目から見ても美しかった。
幼い美貌には育ちの良さを感じさせる気品があったけれど、内気で気弱そうな表情には自信という物がまるで感じられなかったね。
「あの子、確か…」
自己主張に乏しい内気で気弱な雰囲気から、他の訓練生の子達の印象には残らなかったみたいだけど、私の記憶にはよく残っていたの。
それも、この子の気弱さが原因でね。
先程の基本教練の講義では、敬礼と捧げ銃の練習をやったと言ったよね。
何分初めての事だから、力が入っていなかったり間違えたりして、教導隊の先生に何度も叱られちゃったんだよね、私。
-敬礼の手が逆ですよ、吹田千里准尉!
まあ、こう言う具合にね。
お陰様で講義が終わる頃には、正しい敬礼と捧げ銃を習得出来たんだけど、私が叱られる度に茶髪の子はブルブルと震えていたの。
まるで、自分が叱られているみたいにね。
-私のせいで茶髪の子が萎縮してしまって、今後の養成コース生活で気まずい思いをさせてしまったら、本当に申し訳ない事になってしまうなあ…
「ねえ、君!隣、少しいいかな?」
そう思った私は考えるより先に、茶髪の子が座る椅子の隣に腰掛けたの。
「は…はい…」
ピクッと震えて、茶髪の子は漫画雑誌から顔を上げた。
私に応じた声も弱々しい。
どうやら茶髪の子の気弱な態度は、今に始まった物ではなくて、元からの性格だったようだね。
「さっきの基本教練の講義では、本当にゴメンね。私が敬礼や捧げ銃を何度もしくじっちゃったせいで、君にも怖い思いをさせちゃって…」
「いえ、貴女のせいでは御座いません…私が怖がりだからいけないのです…」
凄く丁寧な喋り方だよね。
もしかしたら、本当に御嬢様なのかも知れないね。
何とか会話を繋げようと思った私の視界に入ったのは、茶髪の子が漫画雑誌のお供に食べていたチョコレート菓子だった。
よし…これをきっかけにしよう!
「ねえ!君が食べているそのお菓子、凄く美味しそうだね!私のお菓子と交換してくれないかな?」
私は祖母におやつとして持たされていた栗羊羮を、その子に差し出したの。
「はい、どうぞ…でも、宜しいのですか?」
茶髪の女の子が素直にチョコレート菓子を差し出してくれたので、私としてもホッとしたよ。
少なくとも、拒絶されていない事だけは確かだからね。
「それは私が言う事だよ。だってそのチョコレート、フランス製の高級な輸入品でしょ?私の栗羊羹よりも絶対に高いよ!」
「いえ、自宅にあった物を持って来ただけですので。どうぞご遠慮なく、召し上がって下さい。」
こういう言葉は、下手な成金では自然とは出て来ないよ。
この子、どうやら本物の御嬢様のようだね。