第5章 「養成コース編入、准尉任官。運命の出会いに至るまでの軌跡」
元化21年4月1日
私達訓練生の大半は、この段階でお酒を覚えるの。
日本の法律では私達は未成年なので、普通だったらお酒が飲めないよ。
しかし、人類防衛機構に所属すると、特例で許可されるんだ。
その理由は、私達に投与された生体強化ナノマシンにあるの。
生体強化ナノマシンには面白い特性があって、一定量以上のアルコールを摂取すると活性化して、運動能力の向上は勿論、疲労の回復や怪我の治癒力の向上が認められるんだって。
編入祝いとして、両親に連れて行って貰った居酒屋で飲んだ生ビールが、私の人生初の能動的な飲酒体験だったの。
それまで飲んでいた炭酸飲料とは違って苦味がある事に、一口目は多少戸惑ったけれど、すぐに気にならなくなって、一気にジョッキを空にしてしまった。
もっとも、生ビールの後に飲んだ甘いカクテル類の方が気に入ったけどね。
生クリームが特徴的なグラスホッパーも、コーヒー牛乳みたいなカルーアミルクも、この時から私の好物だった。
私の味覚は子供舌なのかな?
元化21年4月2日
土居川小学校で新年度の始業式が行われる前日、訓練生である私達は、堺県第2支局の地下講堂に集められたの。
そう、元化21年度第1期特命遊撃士養成コースの編入式だ。
水色の訓練服に身を固めた女の子達が、地下講堂にズラリと整列している様は、実に壮観だった。
小学校も違えば、学年も様々。
もっとも、様々な小学校と言っても、第2支局の管轄地域内だし、学年にしても、下は精々が小学4年生で上が中学1年生だから、そこまで幅広い訳ではないんだけどね。
当時の支局長だった准将さんによる開会の挨拶が終わると、現役特命遊撃士代表による歓迎の挨拶が始まったんだ。
代表として壇に上がった、ピンク色のポニーテールが印象的な女の子は、私よりも1学年上なだけの中学1年生だったけれど、この時点で既に大尉の階級を頂いているのには驚かされたね。
「こうやって、皆さんにお会い出来る日を迎えられた事を、私は心から喜ばしく思います。もし何か困った事がありましたら、私を始めとする現役の特命遊撃士や、特命教導隊の先生達に、いつでも気軽に相談して下さい。」
他の人が言ったら、単なる月並みな挨拶に終わってしまう内容でも、このお姉さんが言うと、不思議に説得力が備わっていた。
幼い子供ながらに、「この人について行きたい。」と思ったね。
この人こそが、後に堺県第2支局の支局長に就任される、明王院ユリカ先輩だったんだ。
元化21年4月3日。
特命遊撃士養成コース編入式の翌日に行われた、堺市立土居川小学校の始業式。
私は水色の訓練服に袖を通して、通い慣れた土居川小学校に足を運んだんだ。
強制ではないけれども、特命遊撃士養成コース在籍の訓練生には、訓練服の着用が推奨される。それに、放課後に養成コースの講義を履修している日は、訓練服の準備は義務だ。
だったら訓練服を普段使いする事で、習慣にしてしまったらいい。
幼い私は、このように考えたんだけど、同じ魂胆の子は多かったね。
みんな、考える事は同じなんだね。
訓練服は養成コースの制服だから、続けて着ても誰も奇異には思わないの。
お陰で、小学校に着ていく服のコーディネートに迷う手間が省けたね。
貧乏とか不潔とか言わないでね。
ただ単に、訓練服を着忘れて懲罰を受けたくなかっただけ。
私の場合、洗い替えと予備も入れたら訓練服は3着持っていたし、この時からお給料も貰っているからね。
クラス替えで私は6年2組になったけれど、私のクラスで訓練服を着た子は、私もカウントすると、全部で7人はいたね。
特殊能力「サイフォース」は女性にしか発現しないんだけど、その平均的な発現率は全女性の5人に1人。
6年2組は28人クラスで、男女比は半々だから、平均よりも2倍半だね。
それとも、私達の世代は発現率が高かったのかな?
「あっ、久しぶり!吹田さんって、特命遊撃士になったんだね!」
「あっ、亀岡さん…」
4年生の時には同じ1組だった亀岡さんが、私を認めると話し掛けてきたの。
一般人である亀岡さんは、ごく普通の私服を着ていたんだ。
当り前の事だけれども。
この年の3月までは、私も亀岡さん達と同じように私服を着ていたはずなんだけれど、何だか随分と昔の出来事のような気がしてくるから不思議だよね。
「うん…でも、正確には特命遊撃士じゃないよ。まだ私、訓練生だよ。」
一応訂正はしたんだけど、亀岡さんは食い下がったね。
「それでも准尉の階級は頂いているんでしょ、吹田さん?いいなあ、吹田千里准尉!カッコいいなあ!」
「え…そう?カッコいいかな?エヘヘ…」
ニヤニヤと笑いながら慣れない敬礼をしたけれど、この締まらない敬礼も、この日が見納め。
この後すぐに、正式な敬礼を骨身に叩き込まれたからね。