第4章 「我が防人稼業の黎明。」
元化21年3月30日。
人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局ビル。
南海高野線堺東駅から徒歩5分の距離にあって、県庁舎と仲良く並ぶこのビルは、前年度のつつじ祭りで訪れた時と、外見的には何も変わらないはずなのに、検査報告書を貰ってからは、妙に気安くて身近に感じられたの。
それはきっと、私がもうすぐ、この支局ビルの関係者になるからだろうね。
完成した訓練服を受け取るついでに、私は支局ビルの医務室を訪れたの。
医務室の前の廊下には、私と同年代の女の子達がズラリと列を成していた。
最前列の子が医務室に入室すると、入れ替わるように1人退室するのだけれど、退室した子のほぼ全員が、妙に自信満々な微笑を浮かべていたのが印象的だった。
まあ、数分後には私も同じ顔で退室するんだけどね。
そして、ついに私の番がやってきたの。
小学校の保健室や病院の診察室と大差のない医務室。そこでは優しそうな女医さんと、若くて可愛らしい衛生隊員さんが待っていた。
私は衛生隊員さんに袖をまくられ、女医さんに注射器を突き立てられた。
左腕の静脈に注射針が刺され、無色透明の液体が注入される。
痛みはなかった。実感もなかった。
しかし私の身体はこの時、それまで11年余り生きてきたのとは異なった性質に、内側から確実に変化していったのである。
私の静脈に注入されたのは、単なる薬品ではない。
人体を戦闘に適した物に改造する極小機械群、通称「生体強化ナノマシン」だ。
私の身体は、今までとは比較にならない程の、高度な運動能力と強靭な耐久力を備えた物に強化改造された。
言うなれば今の私は、知能と人権を持つ生体兵器。
しかし、私の身体に起きた変化はそれだけではない。
私は健康診断で見出だされた特殊能力である「サイフォース」を引き出して、それを正義のために行使する事が出来るようになったのである。
私は正義の味方の第一歩を踏み出したのだ。
歴史の授業で習った範囲でしか言及出来ないけど、私達が生まれるずっと前に終戦を迎えた「珪素戦争」の初期は、自力で実戦レベルにまで「サイフォース」を高めた女の子だけしか任官資格を得られなかったらしいの。
でも、今は生体強化ナノマシンの性能も上がっているから、すぐに実戦レベルにまで到達出来るのがありがたいよね。
もっとも、珪素戦争当時は「特命遊撃士」ではなくて「義勇隊士」という役職名で、所属組織名も「人類防衛機構」ではなくて「人類解放戦線」という名前だったらしいけど。
支局で受け取った訓練服は、現在私達が着ている遊撃服と同素材で、デザインもほとんど同じだったの。
赤いネクタイを巻いた黒いセーラーカラーとベルトも、縁を飾る金糸の刺繍と金のボタンも、本物の遊撃服と変わらない。
黒いミニスカとニーハイソックス、そしてローファー型の戦闘シューズに至っては、正式の特命遊撃士に任官された私達が現在使用している物と同モデルだ。
遊撃服との違いを強いて挙げるなら、遊撃服だと白い生地が訓練服だと水色になっている事と、左肩の階級章がない事位かな。
何せ、この訓練服を着ている人は全員准尉なんだから、階級章で識別する必要性がないもんね。
更衣室で訓練服に着替えた私は、私服をコインロッカーに預けると、訓練生手帳の身分証明欄に貼り付ける証明写真の撮影を待つ列に並んだ。
精一杯キリッとカッコよく顔を引き締まらせたつもりだったんだけど、写真として現像されると違和感が拭えなかった。
私、こんな顔じゃなかったと思う…
そんな違和感の拭えない証明写真でも、訓練生手帳の身分証明欄として手元に戻って来ると、「これで私も人類防衛機構の立派な一員なんだ。」という実感が得られるので、実に感慨深いね。
特に最高だったのが、階級欄だね。
だって、「准尉」とキッチリ明記されているからね。
特命遊撃士養成コースに編入した時点で、私達には准尉の階級が与えられるの。
養成コース修了の暁には少尉に昇格して、正式の特命遊撃士になれるから、その日をみんな待ち望んでいるんだ。
こうして慌ただしく3月が過ぎ、4月になって年度が切り替わると、私達は晴れて正式に特命遊撃士養成コースに編入となるんだ。