第10章 「乙女の成長、刮目して見るべし!」
そんな私達を、京花ちゃんが何とも物欲しそうな目で見つめている。
「いいなあ…私も買って来ようかな、それ!」
「あいにくだけど、変わり種の季節限定品だから、支局の地下コンビニにはないよ、お京。」
立ち上がろうとした京花ちゃんの出鼻を、マリナちゃんがクールに挫く。
支局の地下コンビニは売り場面積に限りがあるから、定番の売れ筋商品しか置けないんだよね。
この点は、支局から出なくても買い物が出来る利便性と引き換えに、割り切るべきポイントなのかも知れないね。
「仕方ない!だったら、外のコンビニか『高鳥屋』の酒屋にでも大急ぎに…って、そんなに時間はないんだよね、さすがに…」
「残念だったね、お京。」
意気消沈しソファーに腰掛けた京花ちゃんの背に、マリナちゃんが声を掛ける。
訓練生を自宅へ送り届けるスクールバスに護衛同乗する事を計算に入れると、休憩室でお酒を飲むには充分だけれど、支局ビルの外に出て買い増しするには厳しい残り時間だった。
ましてや、買い増ししたお酒を飲む時間など…
もしかしたら、思い出深い組み合わせのお菓子をぞんざいに食べた京花ちゃんへの、英里奈ちゃんなりのささやかな意趣返しなのかも知れないなぁ。
もし仮にそうだとしたら、なかなかに強かな発想だよね。
少なくとも、養成コース時代の臆病な英里奈ちゃんだったら、意趣返しなんて考えもつかなかっただろうね。
緩やかにだけど、英里奈ちゃんも精神的に強くなりつつあるのかも知れないね。
「ちえっ、いいなあ…」
物欲しそうに私達を見つめる京花ちゃんの表情が、ほんの少しだけ恨めしそうに変化したのは、私の気のせいかな?
すると英里奈ちゃんは、菓子鉢の栗羊羮を幾つか手に取ると、栗羊羮を買った和菓子屋の店名が入った小さな紙袋にそっと投げ込んだの。
小さな紙箱で個別包装されている羊羮だからこそ出来る芸当だよね。
「私からのお土産ですよ、京花さん。」
立ち上がった英里奈ちゃんは何事もなかったかのような笑顔を浮かべて、栗羊羮の入った紙袋を京花ちゃんに示したのだった。
「えっ!?いいの、英里奈ちゃん?」
「これは元々、京花さんに割り当てさせて頂いた分ですので、どうぞ御遠慮なく。最高のコンディションで召し上がって頂くのが、栗羊羮と京花さん双方の幸福に繋がると考えた次第でして。」
両手で押し包んだ小さな紙袋を、京花ちゃんに笑顔で突き出す英里奈ちゃん。
適度に意趣返しはするけれども、後々のわだかまりにならないようにフォローも果たし、その上で、自分の株もキッチリと上げる。
人付き合いにおける高等なコミュニケーションのテクニックが使えるようになったみたいだね、英里奈ちゃんも。
御自宅における厳格な教育が、優しくて細やかな気遣いとして現れたのだとしたら、「多感な幼少時に厳しくし過ぎた結果、娘を萎縮させてしまった…」という御両親の負い目も、少しは軽くなるのかも知れないね。
受け取った紙袋と、贈り主である同僚を交互に見比べる京花ちゃん。
その愛らしい美貌には、満面の笑みが浮かんでいたんだ。
「さっきはゴメンね、英里奈ちゃんの思い出のお菓子に失礼な真似をしたみたいで!でも、本当にありがとう、英里奈ちゃん!帰り際に、それと同じお酒を買って家で試してみるよ。」
落ち度に自分から気付いて、素直に尚且つ爽やかに謝れるのは、明朗快活な京花ちゃんの良い所だよね。
「そいつは後のお楽しみだよ、お京。訓練生のお子様達が、私達に御自宅までエスコートされるのをお待ちかねだからね!」
マリナちゃんに軽く肩を叩かれた京花ちゃんに釣られて壁掛け時計を見ると、帰りのスクールバスの乗車予定時間が間近だった。
「もう少しお預けか…これを励みに行きますか!」
紙袋にチラリと目をやった京花ちゃんに、私達は無言で頷いた。
開封済みのビールと緑茶割り焼酎を一気に流し込み、残りのワインボンボンを口の中に投げ込んだ私達は、各々の個人兵装を手にして休憩室を後にしたんだ。
「先にエレベーターホールに行ってエレベーター待たせとくから、A組の2人は焦らず来なよ!」
マリナちゃんの大型拳銃や京花ちゃんのレーザーブレードみたいに遊撃服の内ポケットやショルダーホルスターに収まるコンパクトな個人兵装とは違って、私達の個人兵装は多少嵩張るんだ。
私と英里奈ちゃんの1年A組コンビは、仄かにワインの香りが吐息に混ざるマリナちゃんのお言葉に、ありがたく甘える事にした。
「英里奈ちゃんって、本当に用意がいいよね。お土産用の小さい紙袋まで持って来たんだから。」
レーザーライフルを片手で保持した私は、同じくレーザーランスを手にした英里奈ちゃんに向かって話し掛けた。
「昔から、食べ物の恨みは恐ろしいですからね。それに…」
「それに?」
英里奈ちゃんが妙に意味深な区切り方をしたので、私は後を促した。
「それに京花さんも、私と千里さんの大切なお友達ですからね。もちろん、マリナさんもですよ!」
こうやって微笑む英里奈ちゃんの顔は、初めて出会った日に見せてくれた笑顔と、何一つ変わらない素晴らしい物だった。
「だよね!じゃあ、エレベーターホールまで急ごうか、英里奈ちゃん!B組のサイドテールコンビを待たせても悪いからね!」
「あっ…御待ち下さい、千里さん!」
私はレーザーライフル片手に笑いながら、エレベーターホールへと駆け出し、オロオロと狼狽えながら英里奈ちゃんがその後を追う。
ゆっくりではあるけれど、英里奈ちゃんの心は確実に強くなってきている。
私はそれでいいと思うよ。
少しずつ、自分のペースで前に進めばいい。
大切にしておきたい良い所が、そのままならね。