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Scene 6 地下車両基地(ミュージアム)

 ハワードに一礼し駅長室から退室した二人は、俯きがちにそわそわと焦るように早足で歩くピートに合わせてツクシが続くように並んで廊下を渡り、壁面に後付された白熱ランプが照らす薄暗い階段を降り、地下へと向かう。

「ミュージアム? 博物館、ですか?」

階段を降りた先の廊下の途中、ツクシがピートを気遣うようにゆっくりとした口調で問いかけ、少し歩く速度を落とす。

「ん、ああ、ミュージアムっていうのは、ここの地下車両基地の通称だよ。今現在運行している原子力蒸気鉄道とは別に、旧文明時代にオーストラリア大陸を走っていた電子制御式の電気鉄道を回収して保存しているんだ」

「だから、ミュージアムなんですね」

ツクシの声で我に返るようにピートは顔を上げ、遅れるツクシに合わせるように足を進めるペースを落として答える。

「そういうこと。 ……僕はね、ツクシさん」

「はい」

ピートは一息つくと、二、三歩進んで足を止め、ツクシもピートのすぐ背後で立ち止まる。

「今回の計画で使われる原子力蒸気鉄道の実用試験車両NWL-XB003型は、さっき駅長が言ってたように、運転士の父と運行管理士だった母が僕の生まれる前から大陸中を走り回っていた車両でね。僕は終末戦争が始まる直前、五歳になるまでその宿泊車両で両親と一緒に暮らしていたんだ」

振り返ることなく真っ直ぐ前を向いたまま、後に立つツクシにピートは言う。

「……つまり、ピートさんの生まれ育った家が、ここに眠っているのですね」

ツクシはピートの背中を見つめて静かに答える。

「そう。もう二度と、帰れないと思ってた……」

震えながら消え入るような声でつぶやくピートの背中に、ツクシは黙ったままそっと右手を添えると、ピートはそれ以上は何も言わずに、ゆっくりと白熱ランプの連なる廊下の先へ向かって歩き始める。


 静寂に包まれた暗い廊下に二つの足跡だけが響き、やがてピタリと止まる。二人は廊下の突き当り、『地下車両基地管理室』のプレートが示す両開きの扉の前に立ち止まり、顔を見合わせる。

「さ、着いた。ここだ」

ピートは制服のポケットから先程渡された鍵を取り出してツクシに見せ、影を避けるように半歩斜め後ろに退がって鍵を持ち直し、小さく深呼吸をして鍵穴に添える。

「ん…… あれ?」

ピートのカギを握る右手はかすかに震えて鍵穴を捉えることができず、左手を添えてもう一度試みるが、鍵の先端が鍵穴で遊ぶ金属音だけが響く。

「代わりましょうか?」

「はは、は…… 参ったな…… ごめん。任せるよ」

ピートはツクシの提案に照れ隠しに左手で後頭部を指先で掻きながら、右手を差し出すツクシに鍵を手渡す。

「お気になさらないでください。 ……開きましたよ」

鍵を受け取ったツクシはピートと立ち位置を変わると、造作もなく鍵穴に鍵を差し込み半回転させると硬質な音が扉を微かに伝う。

「あ、ああ、うん…… それじゃあ入ろう」

右手を見つめていたピートが鍵の開く音に顔を上げて扉のノブに手をかける。


 管理室の扉を開くと、インクを溶かし込んだように真っ暗な空間に埃の匂いが篭る室内の様子に二人は半歩後ずさる。ピートはちらりと隣に立つツクシの横顔を見て意を決したように室内に侵入して薄暗い廊下から入る明かりを頼りに壁面に取り付けられたスイッチボックスを探り当てる。

「えっと、これかな?」

ボックスに並んだロッカースイッチを操作すると音もなく室内に明かりが灯り、廊下の白熱球とは違う冷質で均一な光が駅長室よりもさらに広い室内を明るく照らし、一面ガラス張りの向かいの壁が、入り口に佇む二人の姿を映し出す。

「ここはまだLED照明なのですね」

「ああ、地下だから半導体がEMP兵器に耐えられたのかな? うーん、でも、スフィアリンクは死んでるから単純な電子制御しかできないと思うけど…… ん〜、ここも寄せ集めの部品と創意工夫でなんとか明かりだけは確保できてる感じかな」

ピートの手元のスイッチボックスには壁に開けられた穴から引き出されたケーブルがつながれ、更に室内を見渡すと真っ黒なホログラムモニターの埋め込まれた洗練された曲線で構成されたデスクが整然と並ぶ真っ白な部屋に似つかわしくない、廃材を使って手作りした書棚が壁面に並び、綴紐で綴られた書類が収められている。

「そのようですね。 ……その向こうが、地下車両基地(ミュージアム)でしょうか?」

ツクシが奥のガラス壁に映る自分を指差す。

「うん、多分。 明かりは……?」

「あそこに」

ガラスに映るツクシが横を向き別の壁を指差し、ピートがその先を追って壁に無理やり取り付けられた無骨な操作盤に目をやる。

「ぽいね」

操作盤の前まで移動したピートが扉を開けて中のスイッチ類の銘板を一つ一つ確認する。

「……当たり。天井の採光窓を開けて照明代わりにしてるんだ。開けるよ」

操作盤の中で並んだトグルスイッチを一つ一つ切り替えていくと、ガラス癖の向こうで蒸気を吐き出す音とともに蒸気シリンダーの動作音が響き、天井の採光窓が少しずつ開いて西に傾いた陽の光が差し込みはじめ、次第に広大な地下車両基地の全貌を露わにしていく。


 地下車両基地(ミュージアム)に光が差し込むとともにツクシがガラス壁に駆け寄って壁に張り付くように眼下に広がる基地の全体を見渡す。

「凄い、こんなにも……! 流石に博物館と呼ぶだけの事はありますね!」

「う……うん。 僕も下で作業したことはあったけど、これほどの車両が集められているとは思っても見なかったよ。ここに父さんの……気づかない訳だ」

目の前の光景に興奮し瞳を輝かせて見つめるツクシから視線をそらすようにピートは俯き、後頭部を掻きながら頬を少し赤らめて答える。

「ピートさん! あれ!」

「え、もう見つけたの?」

普段と印象の違うツクシの声にビクリと反応し、指差す先を追う。その先には数多く並ぶ車両の中で、美しい流線型の純白のボディに青いラインがデザインされた車両が特に異彩を放つ存在感を示している。

「新幹線ですよ! 新幹線! まさか、本物をこの目で見られるなんて!」

「嘘!? ……本当だ、凄い! 僕も写真でしか見たことなかったけど…… こんなものまで保存してたのか」

Advanced(アドヴァンスド)Trans(トランス)Tech(テック)三千六百系新幹線。旧文明の二十一世紀末、第二次ソヴィエトロシア連邦と大中華統一共和国の軍事衝突が激化した時に西太平洋非戦同盟だった日本から大移民団とともにオーストラリアに持ち込まれた車両です」

「そういえば、ツクシさんはジャパニーズでしたか、珍しい名前だなって思っていたけど…… って聞いてないか」

「綺麗な車体……」

ツクシはピートの声が聞こえているのかいないのか、額をガラス壁にくっつけ、うっとりと目を細めて食い入るように新幹線を見つめている。

「旧文明の鉄道技術の最先端、完全自律運行が特徴で運転士や乗務員はおろか管制も不要でダイヤグラムすら乗客の需要に合わせて自動生成されてたらしいけど…… 今の原子力蒸気鉄道のシステムを考えたら信じられないなぁ」

ピートもツクシの隣に立ち、そこにある新幹線を見つめて呟く。

「今のシステムも旧文明の最先端ではあるのですよ。この日が来ることを予見して全く電気を使わず人間の能力だけで運行できるように設計されているのですから。そのために作られた超小型(Micro)原子力(Nu-Fi)機関(Reactor)も……」

「全く。自らを破滅に導いた技術でこうして生活しているんだから、人間というのは業の深い生き物だね」

ピートは大きな溜息を吐いて採光窓から覗く紫の空を見上げ、自嘲気味に言う。

「それでも、私達は生き延びなければなりません。だから、貴方もここにいるのでしょう? ピートさん」

いつの間にかガラス壁から一歩退ったツクシがピートの方に身体を向ける。

「うん、その通りだ。ツクシさん。  ……さて、探そうか」

空を見つめていたピートがツクシの瞳に視線を移し、ゆっくりと瞬きするとガラス壁に両手を着いて眼下に並ぶ車両の一両一両を確認しはじめ、ツクシもそれに習うように再びガラス壁に両手をついた。

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