プロローグ
舞台設定は構想しているものの、ストーリーは全く出来ていない状態からの出発です。
ヒロインのツクシと違って見切り発車が大好きな筆者です。
多分更新はだいぶ遅くなると思いますが、長い目で見てあげてください。
CE2120年
十五年前、世界は一度終わった。
きっかけは石油の枯渇から始まる物質文明の崩壊、異常気象と大飢饉、そして核戦争。
相互確証破壊による安全保障の理論は崩壊し、文字通り相互確証破壊に至る。
空は燃え、地は焼け、海が溢れ、人の文明は罪と共に洗い清められた。
生き残った人々は地球全体でおよそ五万人。
彼らは旧文明の残滓を採掘することで生きながらえ、新たな社会を築き、人類の再建を目指していた。
「車長、後三分で次のポイントです。ノード1587番ポイントを左に。確認されたし」
鉄道員のスーツをきっちり着こなし、腰まであるブラウンの三つ編みに深く制帽を被った少女が一段高い場所にある車長席に座った初老の男に伝える。
「あいよ!」
車長と呼ばれた男は少女の伝達に返事をして制帽を斜めに傾け、望遠鏡を覗き前方を確認する。『1587』の番号が振られた起動切り替えポイントを示す標識の右側の円が緑に、左側の円が赤に表示されている。
「あっちゃ~! 残念、右だわ! ノード1587番ポイントを左に切り替え!」
「了解。ノード1587番ポイントを左に切り替えます」
少女が車長席の後方に設置された簡素な椅子から立ち上がり、車両の左に移動して窓から外を覗く。
「左翼ポイント切り替えアーム、出します!」
少女はシュッ!シュッ!と鳴り響く蒸気ピストンの駆動音に負けないよう大声で車長に伝えると、窓の下の床に設置されたレバーのロックハンドルを握り込み、力の限り引いた。
ガチャリ。レバーの歯車とリンクの噛み合う音と感触が少女の腕に伝わる。
その瞬間、ガチャン!と重い金属の接触音と共に、二人が乗る機関車両の左脇からフックの付いたアームが展開する。
「衝撃音に注意!」
少女が叫びながら両耳を抑えると、ギィン!と金属同士がたたきつけられる音が運転席に鳴り響く。
線路脇に設置されたポイント切り替え装置のレバーにアームが叩き付けられフックが引っかかると、そのまま一メートルほどレバーが引っ張られ、リンクを伝ってポイントが切り換えられた。標識の右側の円が赤に、左側の円が緑に替わる
「ノード1587番ポイント左、クリア!」
車長の声で少女はレバーを戻し、ほっと一息つくと、今度は席の脇に置かれた台から懐中時計のはめ込まれたバインダーを手に取り、懐中時計の秒針を追いながらポイント標識の通過を待つ。
「1587番ポイント通過。車長、飛ばし過ぎです。 通過予定からマイナス三分二十五秒ですよ」
少女はペンを持ち、運行管理票に時間を記録しながら車長に言い放つ。
「あいよー」
車長は少女の注意に頭を掻きながら緩い返事をする。
「ツクシ、速度調整の計算お願い。今の駆動蒸気圧力は五十二だ」
「了解」
ツクシと呼ばれた少女はバインダーが置いてあった台からグラフの描かれた別のバインダーを出し、取り付けられた定規をスライドさせて数字を読み取る。
「圧力調整マイナス五。駆動蒸気圧を四十八に設定してください」
「りょ-かい」
車長は返事と共にいくつも並ぶ圧力計の針を見ながら駆動蒸気バルブのハンドルをクルクル回した。
「駆動圧力四十八。オッケーだ」
「了解。次のポイントまで後二十五分の予定です」
「あいよ。おつかれさん」
ツクシは、ふぅ、と息をつきながら席に座り窓の外の景色を眺めた。
遠くには水平線、紫の空には雲一つなく、緑の海が穏やかに広がっている。
――世界が終わる前までは、空も海もキレイな青だったんだぞ。
ツクシの耳に遠い記憶の父の声がよみがえる。
「ツクシ、ターミナルまで操作ポイントはあといくつだ?」
のんびりした車長の声がツクシの意識を呼び戻した。
「はい、あと五か所、およそ二時間で到着です」
「ふぅ、今回の長距離運行もやっと終わりか」
「今回は大陸の端から端まで、私もこれだけの距離は初めてです」
「はは、良い経験になっただろ」
「はい、車長のおかげです。長距離貨物運行は学ぶことが多くて、本当に良い経験になりました」
「いやいや、優秀な運行管理士が来てくれて助かったよ。最初は若いお嬢ちゃんでびっくりしたが、そこいらの連中よりよっぽど優秀だ。専属の相棒にしたいくらいだよ。ああ、俺もあと十歳若くて女房も子供もいなかったらなぁ」
「車長、そんなことばかり言ってると管理局に言いつけますよ」
「へへぇ、それだけはご勘弁を~」
ツクシが冗談めかして言うと車長は派手なリアクションで許しを請うた。
「また、向こうに戻る時は車長の便を指定させていただきますね」
「ああ、ありがとよ。そんときゃよろしく」
ツクシは再び窓の外に視線を戻す。
近くの波打ち際には倒れて折り重なる旧世界の高層建築が、まるで巨大な消波ブロックのように波を受けていた。