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ととさんと私

 明かりを感じて瞼を開けると、燭台の蝋燭の炎が眼の前でゆらゆらと揺れていた。周りが薄暗い。もう陽が暮れたんだ。

 眼だけ動かして周りを見回すと、ここは自分の部屋で、私はベッドに横たわっていた。多分、倒れた私をととさんが部屋に運んでくれたんだ。


 そっか、私、倒れたんだ……


 男の人の紫の瞳と、女の人の白銀の髪を見た途端、眼の前が真っ暗になって、気を失ったんだ……真っ暗…?あれ?なんか別なこと感じたような気がするけど……(おも)い出せない……

 それにしても、なんで私、気を失ったんだろ……驚いたけど、あの人達を見て、ホントビックリしたけど、気を失うほどのことじゃないし……


 揺らめく蝋燭の炎をぼんやりと眺めながら考えていたら、ドアが開いて燭台を手にととさんが入ってきた。私の眼が醒めているのに気づくと、戸口の台に燭台を置き、心配そうに眉をひそめながら、ベッドへと駆け寄ってくる。


「レミー、気がついたのか」

「……私、どれくらい、こうしていたの?」

「鐘の音二つ分ぐらいかな」

「そっか……」


 帰ってきた(とき)から考えると、もうすぐ暮れ三つの鐘が鳴る頃なのかな。

 そういえば……あの人達はどうしたんだろ。ととさんからは気にかけるような素振りがみえない。だとしたら、今この家にあの人達がいないってことだ。


「……あの人達は…」

「レミーが気づくまでは、としばらく待っていたんだけどな、もう夜も遅いし、帰ってもらったんだよ。ほら、この家狭いから、泊まれないだろ?」


 ととさんは冗談めかして、にやりと笑う。


 確かに、ととさんと私の二人だけでいっぱいの狭い家だけど、狭くなくったって、お貴族様が泊まれるようなお綺麗な家じゃないじゃない。


 部屋があったら泊めてたのに、というととさんの冗談に、思わずクスリと笑ってしまう。


 私が笑ったのを見て、ととさんは静かに息を吐いた。私に気づかれないように、そっと吐いたつもりみたいだけど、ととさんって雑なんだからバレバレだよ。……心配かけちゃったみたい。

 そりゃそっか。帰ってきたと思ったら、突然お客を見て、倒れたんだから。ビックリ仰天だよね。私もビックリだよ。


 自嘲の笑みを笑い顔と勘違いしたととさんは、それに答えるように優しく笑いかけてくる。


「あの方達は、ベルゲン隊長の家に泊まってもらうことになったよ。この町には、あんな上位貴族の方を泊まらせれるような宿がないからな」


 そんな上位のお貴族様なんだ。これまたビックリだね。


「そうだね……あの大きな家?」

「そうだ、世話人(せわにん)専用にして隊長は一切住んでない、あの無用の長物だ。それをやっと活用させてやったんだ、感謝されまくりだな」


 無駄を無くしてやったんだ、と得意気にととさんは笑う。あの家の話をしてた時ととさんは「金持ちヤロウのお貴族様め!」とか言ってたっけ。


「……だから、あの方達をお願いすることになったことに、引け目なんか感じる必要なんかないからな」


 心配するような、気を遣うような、そんな眼を向けてくるととさんを不思議に思う。


 私が引け目?なんで、私がベルゲンさんに申し訳なく思うっていうの?赤の他人なのに……あ、そうか、他人じゃないんだった。


 紫の瞳と白銀の髪――私と同じ瞳と髪……もしこれで血の繋がりがなかったとしたら、それはそれで、またもやビックリだよね。


 ……なんだか変な感じ……自分じゃなくて違う人に起こったことを、別のところから見てるみたいな、どこか他人事のような、そんな感じがしてる。


 だって現実的じゃないもの。だっておかしいじゃない。え?だって、お貴族様だったよ?お貴族様だよ?そんな人達と私?いやいやいやいや、ないないないない、いやいやいやいや……冷静に考えてみておかしいでしょ、平民の私と、え?お貴族様?……ないないないない、絶対ない、有り得ない有り得ない、おかしいじゃない、おかしいおかしい、うん、現実的じゃない。


 だとしたら、あの人達は……何?


「あの人達……」


 思わず口から漏れた言葉に、ととさんは一言一言噛みしめるように答える。


「…………そうだ、レミー……お前の、ホントの、父母(おや)だ」


 自分に言い聴かせるような物言いで、つらそうに眉間に皺を寄せて、ととさんは顔を歪ませた。


 待って……違う、そんなの違う!


 苦しげに歪むととさんの顔を見た瞬間、物事が一気に他人事から我が事になった。


「私の親はととさんだけだよ!記憶を失くした私の保護をして、愛情いっぱいくれて、『知ってる事』を増やす手伝いをしてくれて……ずっとずっとずっとずっと!ずっと一緒にいてくれたのは、ととさんじゃない!」


 私の親はととさんだけ。ととさん以外知らない。ととさん以外要らない。


 私の父さんは、逞しい元傭兵で、朝がちょっと苦手で、香草茶の味も解らない鈍感で、私の危機には飛んできて、何がなんでも護ってくれて、ドジでお茶目で、親バカって門兵仲間に呆れられてる、大好きで大好きな『コゾン』ただ一人!


 体を起こして、私はととさんに縋りつく。


 約束なんてしらない。そんなの私の知ったこっちゃない。『絶対に親にならない』なんて……そんな約束、クソ食らえよ!


「私の親はととさんだけよ!」


 そんな私をととさんは一瞬抱きしめて、でもすぐに私の肩を掴んで、私の体を離した。


 どうして!なんで!?


「……そんなことを言っては駄目だ」

「でも!私には――」

「レミー!」


 私の言葉を強く遮って、瞼をぎゅっと閉じて、ととさんは言う。


「そんなことを言っては駄目だ」


 私に言い聴かせるように、静かにゆっくり力強く、ととさんはもう一度言って、瞼を開ける。眼には有無を言わさぬ強さを滲ませている。


「六年だ……六年もの間、あの方達はお前のことを捜し続けてきたんだ。決して諦めず、希望を捨てず、レミーが生きていることを信じて、ただひたすら捜し続けていたんだ……いいか、六年だ」


 解るか、というととさんの言葉に、私は頷くことができなかった。


 ととさんに引き取られて六年。その間もずっと捜し続けていた執念は凄いとは思う。私に対するそれだけの思いにも感謝はする。


 でも、それとこれとは話が違う。私にはあの人達の記憶が一切無い。いくら親だと言われても、見た目からしても血の繋がった両親だと解っても、それでも記憶のない私からしたら、まったくの赤の他人。


 そんな人が突然現れて、ととさんと私を引き裂こうとしている。そんなの私からしたら、悪者以外何者でもない。


「あの方達はレミーを捜すため、資産を(なげう)って、中央貴族から地方領主に降位してまで、捜し続けてくれたんだ」


 貴族の事情なんて知らない。それがどれだけのことなのか知りたくもない。あの人達が勝手にしたことなんだから、私には関係ない。


「……突然のことで、戸惑っている気持ちも解る……ずっとレミーに、ホントは貴族の娘であることを、ずっと秘密にしてお前に話さなかった……俺のせいで尚更戸惑ってるだろ……すまない」

「そんな、謝らないで!ととさんは全然悪くない!」


 だって、ととさんは話そうとしてたじゃない。ちゃんと話してくれようとしていたじゃない。話す前にあの人達が来てしまっただけで。


 申し訳なさそうに眉をひそめるととさんに、あの人達に対して怒りが湧く。


 なんで勝手をしたあの人達のせいで、ととさんが謝らなくちゃいけないの?なんでととさんに罪悪感を抱かせるの?

 ホント悪者以外何者でもない。


「いや、俺が悪かったんだ。もっと早くに話すべきだったんだ。……機会はいくらでもあったのに――」


 続く言葉を呑み込んで、ととさんは苦々しく自嘲気味に笑う。


「……知っていれば、レミーもここまでショックを受けることもなかったろう……ホントすまない」


 頭を下げるととさんに、更にあの人達に対する怒りが湧く。


 まったく悪くないととさんが、なんで私に頭を下げる羽目になってるの?なんであの人達のせいで、ととさんが謝らなくちゃいけないの?


 悪いのは、急に現れたあの人達なのに。


 ととさんは私が、ホントの両親が、それも見るからに貴族の親が、現れたことにショックを受けて倒れたと思っている。


 ……違うのに…


 ビックリはしたけれど、別にそれが原因で倒れた訳じゃない。……倒れたのは、なんでだろ……見た瞬間気を失ったのは確かだけど、気を失うほどのショックじゃなかった。


 原因が何かははっきりしないけれど、ととさんが思ってるそれが原因じゃないのだけは、はっきりとしている。


 もし原因をあげるなら、それは、あの人達の存在よ。


 首をブンブンと横に振る私を苦笑いで見つめながら、ととさんは私の頭を優しく撫でる。愛おしそうに凄く優しく。


「レミー、六年前の、助け出したあの日のことを、あの日からのことを、どれだけ憶えている?」


 記憶が凄くぼんやりしていて、はっきりとはしないけれど、確かあの日は――


「私は木箱にいた」

「そうだ、周りに平民の奴隷候補の子供達もいたが、レミーだけは貴族の子だったから『特別な商品』として別枠で『出荷』されようとしていたんだ。そこを俺が、俺や隊長が助け出したんだ」


 そうなんだ……薬のせいでぼんやりとしていたけれど、未だにはっきりとしないけど、誰かが私を抱きあげてくれていた。あれはととさんだったの?


獣車(じゅうしゃ)に子供達がいっぱいいた」

「そうだな、保護した子供達を獣車に乗せて、みんなで王都に行ったんだよ」


 そう……みんな、一緒にいる私から離れるようにしていて、遠巻きに私を見ていた。そんな私を誰かが連れ出した。そして気がついたら、いつもととさんが傍にいた。そんなととさんと取り決めをした。


「『朝食は必ず一緒に食べる』」

「そうか、そうだったな……その時決めたんだったな」


 ととさんは懐かしそうに遠くをみる。


「あと『俺の話が聴こえたら必ず頷く』『部屋の鍵は開けない』『俺以外の者の言う事は聴かない』とかあったな……あ、あと『俺の言う事に納得できなければその都度その場で言う』てのもあったな」


 そんな取り決めあったんだ……今じゃそんなの当たり前になってるし……そういえば、今は日常になってる物が不思議だった。


「水の魔具が不思議だった」

「そうだったな、花瓶やコップを置いては、水が湧いて八分目で止まるのを興味深そうに眺めていたよ。レミーの知りたがりはその時からかもな」


 そうだったんだ、ととさんが教えたがりなんだと思ってた。おかげでいろんな事を知る楽しみができて、いつもある、未だに在り続ける、心の中にポッカリと空いてる穴を忘れることができている。

 そうしていた時、急に出かけることになったんだ。


「旅をした。なんか凄く遠い旅」

「そうだ、ベルゲン隊長の好意で仕事を紹介してもらって、王都からこの国境町にやって来たんだよ。六日もかかる、確かに長旅だったな」


 何日かかったかは解らない。ただずっと、朝から晩まで獣車に乗って、ずっと獣車の中で揺られていたことは憶えてる。それが楽しかったかつらかったかまでは憶えてないけど。

 大形乗合獣車だったから、ととさん以外の人がいたのは憶えてる。顔までは憶えていないけど。


「憶えてないけど、ミンディとはその時に知り合った」

「あぁ、二日目ぐらいでか乗ってきたな。レミーのことが気に入ったみたいで、ずっと道中構ったり話しかけてたりしてたなぁ。他に子供もいたんだが、余程お前を気に入ったんだろうな。ここに住み始めた時にはご近所さんになったし、縁があったんだろうな」


 そっか、ミンディはその時から私の姉さんだったんだ。ミンディが出逢いはその時だと言ってたから知ってるだけで、気がついたらずっと一緒にいるから、何時(いつ)からなんて考えたこともなかった。道中だけじゃなく住み始めも近所になって傍にいることになるなんて、ホント縁があったんだね。

 住み始め……そうだ、ここに住み始めた日――


「この町に住み始めたその日に、ととさんと二つの約束をした」

「……そうだな…」


 一瞬ととさんは息を呑んで、その息を吐くように静かに言った。


「それでその日から、ととさんと『親子ごっこ』を始めた」

「……そうだな…」

「その日が『生まれ変わりの日』」

「……そうだ…」


 ととさんとした約束――『時が来れば話をする』と『決して親にはならない』


 頑固者のととさんは、約束を覆すことはなかった。『時』が来た今、話をしてくれた。ととさんは遅くなったっていうけど、ちゃんと話をしてくれた。

 だからもう一つの約束も破らない。ホントの親が現れた今、ととさんは絶対破らない。


 ととさんは絶対、私の『父さん』にはなってくれない……


 ホントの父娘(おやこ)じゃないことは知ってたし解ってた。でも私にとって、ととさんはどうあっても『保護者』じゃない。でも、ととさんは『保護者』以外なる気はない。


 解っていたことなのに、事実をしっかりと眼の前に突きつけられると、こんなにも寂寥感に苛まれるもんなんだ。心の中を冷たい風が吹き抜けていく。


 ホントに寒さを感じて、私は自分の両腕を抱きしめた。そんな私を心配してか、ととさんはまた私の頭を優しく撫でてくる。


「奴隷商に捕まってたところを保護した時、大事に大切に育てられた子だと、一目見て解ったよ。それに着ていた服もあって、レミーが貴族の子だとも、すぐに解った。だがその事実を、レミー自身にも秘密にしていたのには、ちゃんと理由があるんだ。この辺りで平民に混じって貴族の子がいることがバレたら、犯罪に巻き込まれてしまう可能性が高かった。そんな中で子供のレミーに話して、なんかの拍子に喋ってしまったらまずいからと、隊長と話し合って、引受人が現れるまではと秘密にすることに決めたんだ。……だが……レミーはしっかりした子だったし、迂闊に喋ることもなかったろうし……もっと早く話していたら良かったな…」


 自嘲気味に笑うととさんに、私は首を横に振って否定する。

 私のことを案じてしてくれたんだから。私のことを一番に考えてやってくれたんだから。だから構わない。全然構わない。


「レミー、あの方達はホントに必死にお前を捜し続けていたんだ。深い愛情がなければできないことだ。何を犠牲にしたとしても、愛する我が子を再びその手に抱きしめるために、六年間、それはそれは必死に、藁をもすがる思いで、小さな希望を捨てず、どんな小さなことも見逃さず、決して諦めることなく、六年間、ずっと捜し続けてきたんだ。きっと、今回見つからなかったとしても、レミーを見つけるまで捜し続けていただろうな……だからレミー、一度ちゃんと、あの方達とちゃんと向き合って話し合ってごらん……いいね?」


 解らなきゃ駄目だ、というととさんの言葉に、私は今度は頷くしかなかった。


 ととさんは『保護者』のままで『父さん』にはなってくれない。私の『父親』は、あの紫の眼をした男の人で、私の『母親』は、いつも母親代わりをしてくれていた豪快なラミンさんじゃなくて、あの白銀の髪の女の人。


 それは変わらない事実。認めなきゃならない現実。だから……凄く凄く嫌だけど、あの人達と向き合わなきゃいけない。そんなこと、私だって解ってる。解ってるけど……


「色々あって疲れただろ、今日はもうゆっくり眠るといいよ」


 私の体をベッドに横たえ布団を被せ、ととさんは優しく私の頭をそっと撫でる。何度撫でても足りないみたいで、今日のととさんは、何度も何度も私の頭を撫でてくれる。それが心地良くて、私は目を閉じた。


「……『レミエル』…」

「…え?」


 ぼそりと呟くように言ったととさんの言葉に、瞼を閉じたまま訊き返した。


「『レミエル』……お前のホントの名前だ」


 そうなんだ……


「……変な名前…」


 私の呟きに、ととさんの苦笑したような気配がした。


 外から暮れ三つの鐘が聴こえてくる。その音を聴きながら、私は夢の世界に落ちていった。



ととさんの思いをレミーは知りません。

それでも、レミーにとったら一番大切な人なのは変わりません。


次話は両親との対面です。

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