閑話 保護した少女(前編)
俺はコゾン。二十五歳。傭兵を生業としている。
「コゾン!お前また面倒を起こしたのか!?」
隊長が額に怒りを浮かべて、休んでる俺の所にやってきて怒鳴りつけてくる。真新しい騎士の制服に身を包み、褐色がかった金髪を身奇麗に整えて。
使い古された服を着てる俺とは違い、洗練されたお貴族様の騎士らしい装い。
俺だって負けてねぇよ?褐色の髪は柔らかくて気持ちいいとか、青い瞳は澄んだ湖みたいだとか。特にこの鍛え上げられた体は、宵町の伎女達をベタ惚れさせてるんだよな、これが。
「別になんもしてないっすよ」
「嘘をつけ!他の者から苦情が出ているのだぞ!」
へらへらと笑って答える俺を、隊長は俺よりも若そうなその顔の緑の瞳に、額と同じく怒りを浮かべて、険しい表情で睨めつけてくる。
「それは心外っすね、隊長さん。嘘は言ってないっすよ」
隊長の言葉に心底驚いたふうに、俺は大袈裟に眉間に皺を寄せてみせる。
「ただ、ちょっと……実力もないのに威張ってる奴がいたから、ちょっと身の程ってやつを教えてやったことはありますがね」
「それが問題だと言っているのだ!」
まったくうるさい隊長さんだ。俺よりも劣るくせに、騎士ってだけで威張りくさるから、だからどんなもんかと相手してやっただけじゃねぇか。多少切り傷や打撲があるかも知れねぇが、大きな怪我を負わせた訳じゃなし、命に別状はねぇんだ、別にそれほど騒ぐことでもねぇだろうに。
それにしてもさっきの奴、騎士って名が付く者のくせに、告げ口するとは小物だな。
「まったくお前ときたら、毎度毎度問題を起こして……一体何を考えている」
「そりゃ隊長さん、悪かったっすね。これからは気をつけますよ」
呆れたようにため息をつく隊長に、手をひらひら振って、もうこの話は終わりだ、と俺は示した。俺の周りでは、事の成り行きを見ている傭兵達がニヤニヤ笑ってる。
隊長は俺や周りを見ながら、難しい顔をして、二、三度口を開けたが、結局何も言わず騎士団の元へと帰っていった。
自分からふっかけた喧嘩に負けたからって告げ口するなんて、親に泣きつく子供みたいな奴らだ。あんな小物達の面倒を見なきゃならんとは、隊長さんも大変だねぇ。同情するよ。
自分の荷物を枕にして、俺は体を横にした。離れた所では焚き火の炎が揺れている。
夏の野営は冬とはまた違った大変さがある。体を刺してくる虫もそうだが、夏の焚き火はその熱がつらい。ましてや今は夏の暑さが一番強くなる時期だ。
だが明かりがないと、こんな山道真っ暗でなんの作業もできなくなる。
俺達傭兵集団から離れた向こう側、騎士団の方からどっと笑い合う声が聴こえてきた。俺達と違って、騎士達はお貴族様だから魔具もいっぱい持ってて、風を身に纏い暑さも虫も吹き飛ばし、快適に夜を過ごしてる。
ちょっとはその魔具をこちらにも分けてくれれば、少しは騎士と傭兵の関係も良くなるだろうに、あいつらはお金が有り余ってても、平民にはケチなんだ。その上、無駄に自尊心が高い。
……この仕事を終える前に殺られるかもな。
『貴族はバカでなんも知らん平民が生きてけるよう色々教えてやるんだから、平民は貴族に感謝して文句も言わず従って、貴族が暮らすための税でも納めていろ』てのが、国の決まりだ。
そういうことでお貴族様は、貴族はこの世で一番偉い。どんな無茶な道理もまかり通る――と思ってる。
平民は平民という生き物で、貧民なんかはもはや生き物じゃなく、そこら辺に生えてる野草。そんなモノは貴族に逆らうことはおろか機嫌を損ねるだけでも、不敬罪を言い渡し、好き勝手できる――そう思ってる。
だから、俺のようにお貴族様である騎士達を傷つけたり怪我させたりするのは言語道断。即座にその場で斬り殺せるだけの罪である――はずなのだ。
それをあいつらがしないのは、『騎士たるもの、高潔であれ』とかなんとかの騎士道精神とやらに従ってのことじゃない。
傭兵は騎士ほどじゃないにしろ、それなりの地位を国から認められているからだ。
傭兵は国にとって、都合の良い捨て駒。何かあった時、その度に貴族の騎士を失うのはもったいない。そんな時は傭兵が代わりに死ねばいい。それ故にこその要員で、だからそれなりの地位を与えてる。そいつに地位がないと、国も何かと使いづらいから。
貴族より下だが平民よりは上。貴族が簡単に手出しできない立場であり、数を減らしたくない国の考えがあるから、あいつらは公に手を出してこない。
だからこそ、何かしらの罰則を与えてほしくて、隊長に告げ口してんだろうが……あの隊長、変わり者なんか、それとも審理の場が必要だから、と頭でっかちに考える堅物なんか、どっちか知らんが、俺を怒鳴るだけでなんもしてこねぇ。
『上官には絶対』の騎士だから、隊長が何もしなければ、自分達も何もできない。
おかげで、ストレス溜まりまくりだろうな、あいつら……なんかの機会にわざとだと解らんように、なんかしてくるかもな……ま、アホな貴族に殺られる俺じゃねぇが、もし殺られてしまったら…………そんときゃそん時だな。
寝る準備をするため、腕や足の袖口を塞ぐように、顔と首を覆うように、布を巻きつける。暑苦しいが虫除け対策なんだからしょうがない。
遠くで真夜中を告げる宵の鐘が鳴ってる。その音を聴きながら、俺は瞼を閉じて夢の世界に落ちてゆく。
毎夜見る夢はいつも同じ。
俺が傭兵の仕事で家を空けている時、町を襲った野盗に殺された妻と息子。その殺される場面を夢に見る。夢の中でも俺は妻も息子も助けることができない。何もできないなら見るだけ無駄なんだが、何故毎晩その夢を見るのか、よく解らない。
明け一つの鐘が聴こえて瞼を開けた。辺りは明るさを増していて、もうすぐ陽が出そうだ。
その場に立ち上がると、腕を上に伸ばして体をほぐす。眠りが浅いせいか体の疲れが残ってる感じで、常に体がだるい。
妻と息子を亡くしたと知ったあの日から、俺は熟睡をしたことがない。その浅い眠りのおかげで、朝はすぐに起きられるようになった。
朝が弱い俺を妻はよく怒りながら起こしてくれていたことを憶い出し、ほろ苦い思いを噛み締めながら、携行食を食べた。
「そろそろ出発するぞ、みんな、準備しろ」
隊長の号令にみんなノロノロと動き出す。外していた防具を身に着け、武器を確認する。後は枕にしていた荷物を持って行くだけだ。出発しだした騎士団の後ろを、荷物を担いだ俺達傭兵が続く。
今回の仕事は『治安部隊』簡単に言えば、いくつかの地を巡って、町に潜む悪者を退治する、正義の味方だ。
この国に来た時、最初にこの仕事に眼がいった。こんな治安部隊があの国にもあれば、あの町にも来てくれてたなら、今頃妻も息子も生きていたかもしれない。そう思って、この仕事を選んだ。
治安部隊は効果を発揮していて、今迄行った町で潜んでいた悪者を捕まえたり殺ったりできている。それに関しては大満足だ。騎士達のことさえなければ。
次の町でこの仕事も終わりだな。次の仕事はどうすっかなぁ……一緒にいる奴らはともかく、久し振りにやりがいのある仕事だったんだがな……もう少しで精霊祭だし、それが終わるまでしばらくゆっくりと休むとすっかな。
暑くなってきた陽差しが降りそそぐ空を見上げながら、俺は腰の水筒の水を一口飲んだ。
『治安』は強制捜索で行われる。怪しげな建物に突然押し入り、怪しい人物がいないか、怪しい物がないか調べるのだ。調べは手分けして行われる。騎士三人に傭兵二人。騎士が先頭に立ち、傭兵がその補佐をする――んだが、その補佐がめんどくさい。
先頭に立つはずの騎士の大半が未熟なんで、俺達傭兵が騎士を守りながら攻撃しなければならないことが多くて、その負担が大きい。
そうやって頑張ってる俺達に対して騎士達は酷いもんで、へたに騎士としての矜持があるもんだから、庇われる行為が許せず、後から言いがかりをつけてくる。後からならまだしもその場で「自分の邪魔をした」と言いがかりをつけられることもあるから、ホントめんどくさい。
だったら勝手に死ね、と放っておきたいところだが、終了後に金を貰える契約だから、せざるを得ない。何もできない分素直に守られるだけの商人の護衛とかの方がよっぽど楽だ。
俺は他の騎士とあまり仲がよろしくないんで、最近では隊長の組に入れられることが多い。隊長は動ける上に傭兵の使い方を知ってるから、一緒に行動するのは楽でいい。それに一緒にいる騎士二人も隊長の眼があるからかおとなしいもんだ。ラビルみたいだから、ラの騎士、ルの騎士と密かに呼んでる。
「コゾン、そっちに逃げたぞ」
「よっと、仕留めましたよ……しっかりして下さいよ、隊長さん」
「すまない」
嫌味のつもりで言ったのに、隊長は素直に自分の非を認め謝ってきた。決まりが悪い……というか、気味が悪い。貴族が平民に謝るか?……ありえん。
「こいつらで最後ですか……抵抗した割には何もないですね」
「確かに、ちょっと怪しいな」
ルの騎士の疑問に隊長は頷く。
俺達が踏み込んだ建物は結構な人数がいて、どれもこれも曲者ばかりだった。にもかかわらず、そいつら以外怪しい人も物も何もない。ここはただの拠点か?
「これはなんだ?」
再度みんなで建物内を捜索していた時、隊長が無雑作に机に置かれていた地図に気づいた。地図上には明らかに怪しいバツ印がついた場所がある。ここから鐘の音一つぐらいか。
「罠だろうか…」
難しい顔をして隊長は訝しんでるが、そりゃないだろ。踏み込んだ時、攫ってきただろう女を襲っていたこいつらの行動は、そりゃあ間抜けなもんだった。自分の下ろしたズボンに足を取られて派手に転んで……初動対応に失敗してたあいつらが、人を罠にハメれるほど頭がいいとは思えない。
ちなみに襲われてた女性は、俺達があいつらを成敗してる内に逃げ出したようで、気がついたらいなくなってた。まったく、礼ぐらい言ってけよな。
しかし……しまったな、ついつい調子に乗ってみんな殺っちまった。一人ぐらい生かしておけば良かったが、そんな余裕なかったしなぁ。あの騎士達、襲われてる女を見て「許すまじ!」と問答無用で斬りかかったし。まぁ、その尻馬に乗って、俺も暴れさせてもらったけど。
ちょっとだけ後悔してる俺の横で、隊長は結論を出し行動を決めた。
「いくら考えても仕方がない。罠かどうか解らないが、とりあえずこの場所に行ってみよう」
地図の示した場所は洞窟だった。入り口を隠すように木々の葉が生い茂り、地図がなければ見逃してしまう、そんな洞窟だった。
「木の魔法陣が幹に直接描かれています。多分洞窟を隠すように木の葉を生えさすためでしょう」
周囲の木々を調べたルの騎士が隊長に報告する。
隠すようにしてる時点で罠の確率はかなり下がった。あの野盗のバカさの確率はかなり上がったけどな。いくら洞窟を隠しても、地図に印ってバカだろ。
松明を持つ隊長を先頭に、列の最後は同じく松明を持つ傭兵が歩く。警戒をしつつ中に入っていくと、奥に行くにつれ、かすかに人の声が聴こえてきた。
……泣き声?
ゆっくりと奥に進んで行ったその先には、足を鎖で繋がれた何人もの子供達がいた。歳は五歳から十歳ぐらい、全部で二十人ぐらいだろうか、洞窟奥深く松明の明かりさえない暗闇の中、自分達の温もりだけが支えだったのだろうか、子供達はみんな互いの体を固く抱き締めあっていた。
松明に照らされたその顔は、どの子も涙と泥で汚れている。
「奴隷か…」
忌々しそうに隊長は呟く。
この国はもちろん近隣国でも奴隷は禁止されている。発覚すれば、奴隷商だけでなく、保持者も重い罰則が下される。だが奴隷は無くならない。
壁の松明受けに松明を挿し、騎士はもちろん俺達も子供の鎖を外していく。助けるために近づくのだが、その近づいてくる大人に怯える子供達に、隊長は苦々しく顔を歪めた。
「これで全員か?他にはいないのか?」
鎖を外しながら隊長は子供達に優しく問いかける。子供達は怯えながらも、お互い顔を見合わせ、おずおずと口を開いた。
「……あっちに一人いるよ」
「……特別な子、なんだって」
子供が指差した先には、子供一人が入れそうな大きさの木箱が置いてあった。
木箱の中?!
俺は慌てて木箱に近づくと、被せてある蓋を開けた。中には六歳ぐらいの寝着を着た白銀の髪の小さな女の子が一人入れられている。寝着は汚れていたが、他の子に比べれば身綺麗にされていた。
抱きかかえ助け出した少女は、ぐったりとしている。多分今日『出荷』のため木箱に入れられ、その時に薬でも嗅がされたんだろう。
少女の服の黒い汚れはよく見ると土の汚れとかじゃなく、血が乾いたものだと気づいて、慌てて少女の体を調べたが、擦り傷などはあったが、血が流れるほどの傷はなかった。
「おい、大丈夫か?」
軽く少女の体を揺すり声をかけると、少女はうっすらと瞼を開けた。薬のせいなのか、少女の紫の瞳は焦点があっていない感じで、なんの感情も見えない。
こちらにやってきたラの騎士が「保護する」と腕を伸ばしてきた。少女の瞳を見たせいか、何故だか離しがたく、だがいつまでも俺が抱いていてもしょうがないから、そっと少女を騎士へと手渡した。
ふと服が引っ張られた気がしたので下を見ると、少女の手がぎゅっと俺の服の端を掴んでいる。無意識に掴んでるようで、少女の瞳は未だ焦点があっていない。服を外すため、そっと少女の手を握った。
少女の手は小さな、ホントに小さな手だった。
保護された子供達は町で手配した二台の幌付大形獣車に乗せられ、王都の孤児院に運ばれることになった。そこに預けられるのは一時的で、手配が整えば親元に帰されるそうだ。
あれから少女の姿を見れてない。俺が助け出した少女だ、その後が気になる。気になるが、獣車は常に騎士が警護していて、傭兵嫌いの騎士達のせいで近づくことができなかった。
会えないなら、どうなったか話だけでも聴きたい。明日には王都に到着するし、チャンスは今日しかない。
ずっと監視していた隊長がやっと一人で休憩を取り出したので、俺は自然にさり気なく、休憩中の隊長にそっと近づいた。
「……隊長さん、その…今日は天気が良く…はねぇが、暑さが…楽にもなってないっすね」
「……お前、何言っている…」
唖然とした表情の隊長と眼が合って、思わず眼を逸らす。バカなことは言ってねぇ。ただ……ただちょっと、会話の選択を間違えただけだ。
動揺のせいで立ち竦んでしまった俺に、隊長は呆れたように眉をひそめる。
「お前は本当に……あの少女のことだろう」
隊長に切り出されたことに気まずさを感じつつも、俺は頷いた。隊長は眉間の皺を更に寄せて、難しい顔をした。
「実は問題があって……他の子供達と違って、あの子は貴族だろう」
それは俺も思った。珍しい髪色だけじゃない。大事に丁寧に手入れされてる、綺麗な髪に綺麗な肌。汚れてはいたが、触った手触りだけで解るほど上等な布で作られた服。
野盗が『特別な子』と言っていたのは、平民ではなく貴族の子だったからだ。そこら辺を歩いてる平民の子と違って貴族の子は、それもこんな小さな子は、常に親がもしくは護衛が傍にいて、攫うことなど困難を極める。その貴族の子が奴隷として用意できたであれば、それは最高の商品だ。
「情報が欲しくて色々と訊いてみたのだが……あの子、記憶を失くしているらしくてな」
「記憶を?」
「そうだ。一切何も憶えていないらしい。自分の名前は勿論どこから来たのか、どうしてここにいるのか。常に薬を嗅がされていたことも原因らしいがな」
「他の子から何かは?」
「他の子にも訊いてみたのだが、解ったのは『あの子は三日前にあそこに連れて来られた』という事と『あの子が木箱に入れられるまで、常に誰かがあの場所にいて、あの子の世話を一番にしていた』という事だけだ」
最後の方は苦々しい顔をした隊長の意に俺は気づいた。多分子供達は『特別な子』という言葉と、実際にされていた特別待遇に、自分の不遇な身の上に対する憤りを、野盗ではなく彼女へと向けてるんだ。
接触期間が少ない上に、敵意を向けてる相手からの情報なんか、得られる物が少ない。だが本人は何も憶えていない。情報が何もない状態で打つ手なし。八方塞がりだ。
「このままでは、あの子は孤児院に入れられることになるだろう」
「救済院じゃなく?」
「そうなるだろう、貴族としての証拠がないとなると……」
「そんな……あの子は貴族じゃないっすか。貴族の子を平民の子と一緒に入れるなんて……」
平民と一緒に平民の暮らしをさせるのが問題なんじゃない。身分格差による差別は何も身分の低い者にだけ行われることじゃない。ましてや、あの子は他の子供達に敵意を抱かれてる。
保護された子供達は孤児院に入ることになるが、身元が判明した者から順に親元に帰される。ただ子供達が去ったとしても、それまで一緒に過ごした少女に対する差別は孤児院内に残される。
そんな環境で少女はその後もそこで過ごさなければならないのか。少女と他の子と、受けた非道さは変わらないのに。
「それは俺だって解っている……身元の証明ができなければ、貴族どころか平民とされるかどうか……最悪貧民扱いになるかも知れないからな」
俺以上に貴族である隊長の方が、少女の置かれてる厳しい状況を理解してるだろう。だが打破できる材料がない。
難しい顔をしていた隊長がふと憶い出したように俺を見る。なんか嫌な予感がする変な顔だ。
隊長は得意げに微笑んで、俺に言い放った。
「そうだ、コゾン、お前が引き取れ」
コゾンさんは昔、性格悪かったです。
きっと盗んだポスニで走り出した十五の夜を体験してることでしょう。
そして、ナメてた隊長は意外と曲者?
二人はどうなるでしょうね。