第一話その2:阿久川英雄
10/7 サブタイトルを変更しました。
どうしよう、すげぇ喜んでんぞひかりちゃん。
比呂も俺の肩をバンバン叩いて良かったと言ってるし。何だよお前ら好き同士じゃねぇのかよ。幼馴染の男女って言ったら恋愛の基本中の基本だろうが!
俺は空手と喧嘩ばっかだったから恋愛なんて分かんねぇし、好きだと思った奴もいない。告白されても全て断って来た。まぁどれも(頭の)悪そうな女ばっかだったが。
それがどうだ、してないはずの告白にOKを出され、今日からお付き合いが始まりましたって!?
そんなすれ違いコントみたいな話が我が身に降りかかるなんて思ってもみなかった。
幼馴染の男女と言えば生まれる前から付き合ってるようなもんなんじゃねぇの?何だよそれ、俺が正統派ヒーローとして認定した比呂のヒロイン役が幼馴染のひかりちゃんじゃねぇの!?
あ、俺が本気でひかりちゃんと付き合い出したら比呂と敵対する流れにはならないんじゃね?
ボコッ!バキッ!!
考え事をしながら組み手の相手をしていたら、もろにイイのを食らってしまった。カッチーン。
「お前、古宮さんにOKもらったからって調子に乗ってんじゃねーぞ」
あ!?高校生のクセして中二の恋愛に嫉妬してんの?だからさっきから超本気出しちゃってんの?あ~そう、了解で~す。
バキボコドカドンッ!!!
「ストップストップストップ!ヒデお前やり過ぎだ!!何を格下相手にムキになってんだ!」
親父に羽交い絞めにされてしまった。足元にはすっかり伸びている格下の高校生さん。めっちゃ鼻血出てる。はぁ、これだけボコッても俺を止めに来るのは親父であって、正統派ヒーローではないのか。
「きゃー!さすが私の英雄様ぁ~!!」
そしてヒーロー不在のまま、ヒロインが私の彼氏よアピールして来て俺キョドる。
比呂は腕を組みながらニヤニヤしてやがる。おい、そのポーズは悪役ヒーローである俺のものだろうが!
そのニヤニヤ比呂にお上品そうな奥様が声を掛ける。腕組みを止めて姿勢を正し、奥様と話し出す比呂。ペコペコしてやがる。2人してこちらへ向かって歩いて来る。
「初めまして、古宮ひかりの母です。いつも娘がお世話になって、ありがとうございます」
この人はひかりちゃんのお母さんか、俺も姿勢を正し会釈する。こういうときどんな顔をすればいいかわからないの。
「もっとしっかり頭下げろバカ」
親父に頭を押さえ付けられた。
「お母様!」
ひかりちゃんが走って来た。あのね、あのね!と耳元で内緒話。まぁ!そうなの!?にこやかに笑いかけるひかりちゃんのお母さん。
「こんな娘ですけど、よろしくね」
うわぁ、母親公認の仲になっちまったぜ……。今さら『“お茶に”付き合ってほしいと言ったんです、娘さんの勘違いなんですよハハハ』なんて言えねぇじゃんか!
「古宮さん、先日はご丁寧にありがとうございました」
ん?親父はひかりちゃんのお母さんに会った事があるのか。あまり社交的ではない親父がどこでこの奥様と会う機会があったんだろうか。
「え?お母様いつお会いになったの?」
ひかりちゃんも知らなかったらしい。
「この間近くまで来たからね、道場を覗いてみたの。そうしたら先生がいらして、ひかりの母ですってご挨拶させてもらったのよ」
それはそれはご丁寧にどうも。じゃぁ今こちらまで歩いて来て挨拶をしてくれたのは、親父に対してじゃなく俺だけに挨拶してくれたって事か?本当にご丁寧な人だな。
「すみません、練習中なのでこちらへ」
そう言って親父がひかりちゃんのお母さんを道場の端へ連れて行く。
それにしても綺麗な人だな。ひかりちゃんもいずれあんなべっぴんさんになるんだったら……、いやいやいやそんな考えで付き合うのは良くない。そんなゲスい考えで付き合うなんて、それじゃぁただの悪役だ。
俺はあくまで悪役ヒーローになりたいんだ。絶対防衛ラインを越えちゃぁならん。
「英雄様」
うわっ!?いつの間にかひかりちゃんの顔が真横にあった。思わず仰け反ってしまい後ろの門下生に後頭部をクリーンヒットさせてしまった。すげぇ痛い。
「大丈夫ですか!?おケガはございませんか!!?」
「大丈夫、大丈夫だから!」
そんな身体をペタペタ触らなくても打ったのは後頭部だけだから。それに後ろで倒れてる被害者にも目を向けてあげようぜ。
「すみません先輩、大丈夫でしたか?」
大丈夫じゃなさそうだ、比呂を手招きして呼び道場の端へと移動させる。
「……、自慢の息子なんです、……」
親父何言ってんの?少し離れてるからよく聞き取りにくい。親父はこちらに背を向けているので表情が窺えないが、ひかりちゃんのお母さんはニコニコしている。あ、目が合った。ニコリと笑いかけて来たので会釈しておく。それに気付いて親父が振り向いた、何かすげぇ難しそうな顔してるな。この表情の差は娘を持つ親と息子を持つ親の違いなんだろうか。
「すごい美人だろ、ひかりのお母さん。38には見えないよなぁ。ひかりが20以上歳取ってもあんな美人なんだぞ。お前いい判断だ、青田刈りってやつか?」
刈り取ってどうする、買うの間違いだバカ。
あぁ止めてくれ、お前が喋れば喋るほど正統派ヒーロー像から離れて行く……。
「24年後も一緒に……、うふふふふ」
ゾクゾクゾクッ、背中に寒気が走った。大丈夫、付き合いたてだからテンションがおかしいだけ。多分そう、きっとそう。
稽古後、自分の部屋へ戻ってゴロンと横になり、そのまま寝てしまった。
結局ひかりちゃんのお母さんは最後まで見学し、執事っぽい人が運転する車でひかりちゃんと帰って行った。比呂は1人で帰ったが、何で一緒の車で帰らないんだろうか。本当に不可解な幼馴染だ。
ひかりちゃんにケータイの連絡先を聞かれたが、俺は持ってないと伝えると非常に残念がったいた。代わりに道場の上階にある、この家の電話番号を教えておいた。
ぐるぐるぐる……、腹減った。いつもは俺が夕食を作るんだが、今日は精神的に疲れたから何もする気にならず、そのまま寝てしまったからな。
ひかりちゃんのお母さんが「良かったら食べてね、うちのシェフが作ったのよ」とタッパに入ったハンバーグとポテトサラダを貰ったので、皿に移してレンジで温める。米炊きは親父の担当だ。研いで炊飯器に入れて予約ボタンをピッとするだけだが。
いつもこの時間帯は親父が社会人の部の稽古を見ているので、夕食はだいたい1人で済ます。
頂きます。うっまコレ。ハンバーグをもう1つ。美味い!お米お代わり。はふはふ。さすがお金持ちの家だ、夕食を家でシェフが作ってくれるなんてすげぇな。ふぅ、ごちそうさまでした。
ん?こんな時間に電話が。誰だろう。
「もしもし阿久川です」
『英雄様!私です、ひかりです!!』
テンション高いよ、キンキンして耳が痛い。
「ああ、ひかりちゃん。今お母さんから頂いたハンバーグを食べ終わったところだ。ご馳走様でした」
お、ちょうど親父が帰って来た。テーブルに用意した夕食に手を付けている。いつも稽古中にささっと食べて、もう一度階段を下りて道場に向かうのが毎日の流れだ。
『ハンバーグですか?』
「うん、お母さんがシェフが作ったハンバーグよって言ってたけど?」
親父が口を動かしながらこちらを見ている。こっち見んな、彼女との電話中だ。ほっとけ。
『おかしいですわ。今日は父がお仕事で遅くなるから母と2人で外食したんです。ですのでシェフは今日午後からお休みされていると思うのですが……』
「昨日の残り物って事は?」
『昨日はパスタでした。あ!もしかしたら、母が自分で作ったのかも知れませんね。お気を遣わせないようにとそうお伝えしたのかも』
お金持ちの奥様でもハンバーグを手作りする事ってあるんだな。シェフに作るように言った方が楽だろうに。あ、今日はもう帰ってるから自分で作るしかなかったのか。
「あのハンバーグお母さんの手作りだったんだ。すげぇおいしかったよ」
うげぇ!!みたいな声を出して親父がトイレに駆け込んだ。何だ、漏らしたか?洗濯する身にもなれよな、道着は白いんだから目立つんだ。親父のクソが付いた道着を手洗いするなんて嫌だ、自分でさせよう。
『そうですか、母にそう伝えさせて頂きますね』
「うん、親父も美味そうに食べてたよ。ハンバーグなんて滅多に作らないからな」
ある程度家事が出来るとは言え、男2人だけの家で手の込んだおかずを作るなんて事はしねぇしな。
『まぁ!英雄様はお料理されるのですか?』
「ちょっとだけな。ちゃちゃっと作れるモンだけ。あのさ、その英雄様って呼び方止めねぇ?ひかりちゃんは当たり前なのかも知れないけど様付けで呼ばれたら何か喉の奥が痒くなって来るわ」
『え?あぁ、そうですか……。では何とお呼びすればよろしいでしょうか』
ひかりちゃんって比呂には比呂って呼んでるよな。確か敬語も使ってなかったし。
「呼び捨てでいいぞ?比呂には呼び捨てだし、敬語も使ってねぇだろ?」
『比呂は幼馴染ですから……、でもそうですね。ではヒデ君と呼んでもいいかな?』
ヒデ君ねぇ、まぁ悪くはねぇか。
おっと、親父が青い顔して戻って来た。さすがにこんな会話聞かれんの嫌だしそろそろ切るか。
「ゴメンひかり、片付けや何やかんやしねぇとダメだからさ、ぼちぼち切るわ」
『ひかり……、そうですね。遅くまですみ、いえ、遅くまで付き合わせちゃってゴメンね。お休みなさい』
「ああ、お休み」
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