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第一話:阿久川英雄

なつのと申します。

よろしくお願い致します。

 俺は小さい頃から強くあれと育てられてきた。


 俺の親父は空手の師範で、俺は物心つく前から親父の道場で稽古をする毎日だった。

 俺の母親は病弱で、俺が試合や大会に出た時も見に来る事が出来ないほど身体が弱かった。

 空手で成績を残すと母は俺を褒め、「頭が悪くてもいいからとにかく強くなりなさい」と言った。自分が病弱だから余計にそう思っていたのだろう。


 母は俺が小学校3年生の頃に亡くなった。


 いつも強くあれと俺に言う父が人前で声を上げて泣いているのを見て、俺も一緒にワンワン泣いた。

 思い切り泣いたからだろうか、それ以降母親がいない事に対して寂しいだとか、辛いだとかは思わなかった。

 母は亡くなった。母は俺に強くなれと言った。だからひたすら稽古に励み、いつか親父をも超える強い男になろうと頑張った。


 親父は道場主として、流派の会合や会議に出席する事が多かった。その時俺は決まってお気に入りのDVDを見ながら留守番をした。


 戦隊ヒーロー物の中で、特定のシリーズを繰り返し何度も何度も見た。最初は悪役で出て来た登場人物が、ヒーロー達と戦って敗れ、ヒーローを纏めるリーダーの説得に応じて仲間になるという展開が大好きだった。

 そしてその悪役はリーダーよりも強くなり、悪の組織との最終決戦の際に自分の身を犠牲にして仲間を守って散って行く。


「英雄になりたいのか!?」


「ふん、お前に破れた時点で俺は死んだんだ。俺にかまわず先に行け!……、地球の平和を守るんだろう?」


「くっ……、絶対戻って来いよ!」


 最初は敵対していたヒーローに、心を許して仲間となる悪役ヒーローに憧れた。このやり取りだけ何回も見直した。1人2役で何度も英雄になって果てて行くシーンを熱演した。家には誰もいないので、好きなだけ物語に入り込む事が出来た。


 しかしそれだけでは物足りなくなって来た。俺ももう中学2年生。小学校の頃に買い与えられたDVDを見て、真似をするだけでは満足出来なくなったしまった。


 どうすればこのモヤモヤが解消するのか考えながら街をうろついていると、他所よその中学生が気弱そうなうちの学校の生徒を囲んで突っ掛っているのを見つけた。

 コレだ!と思った俺はすぐに行動に出る。有無を言わせず後ろから後頭部を蹴って1人沈め、驚いてこちらを振り返った1人の顔を殴り上げ、最後に残ったもう1人を腹パンで黙らせた。

 今まで絡んでいた怖い奴らを瞬時に無力化した俺を見て、気弱そうな奴が「ありがとう、助かったよ」と言って来た。いや待て、それでは俺が正統派ヒーローになってしまう。俺は正統派ヒーローじゃなくヒーローのライバルになりたいんだ。だから最初は悪役じゃないと意味がない。

 どうしたものかと考えていると、腹パンを食らわせた奴がゆっくりと起き上がろうとしている。


「お前、俺が誰か、分かって、やってんのか……?」


 そんな弱々しい声で言われても何も怖くない。腹を抑えながら足をプルプルしているそいつの顔に思いっきりビンタしてやったら、簡単に吹っ飛んでしまった。そうだ、こいつに犠牲になってもらおう。

 そのまま馬乗りになり、バチンバチンと往復ビンタを食らわせる。さっきの威勢はどこに行ったのか、泣きながらスミマセン、ゴメンナサイを繰り返している。


「すみませんじゃねぇよ、早く出すもん出せや」


 そう言って自分で財布から金を取り出させ、未だ起き上がれないでいる2人の財布からは勝手に抜き取った。そして気弱そうな奴にも手を出して催促する。


「ほらお前も、助け賃払えよ」


 まさか助けてくれた俺にもカツアゲされるとは思っていなかったのか、真っ青な顔をして金を渡して来た。すまんな、ただ助けるだけじゃ悪役ヒーローになれねぇんだわ。

 重い空気の4人を放っておいて帰ろうと思ったが、これだけでは悪役ヒーローになれない事に気付いた。

 くるりと振り返り、ひどくビビっている4人に向けて自己紹介する。


「俺は阿久川あくかわ英雄ひでおだ、助けてほしかったら金を用意してから呼びに来いよ」


 金が欲しいわけじゃないが、いかにも悪役ヒーローっぽいセリフを吐いてから退場する。

 これで俺の悪役ヒーローっぷりが広がれば、いずれ正統派ヒーローが俺を倒しにやって来るだろう。

 その日が楽しみだ。



 何日待とうが正統派ヒーローはやって来なかった。来たのは頭の悪そうなマジの悪役のみ。それも全身黒タイツの下っ端タイプばかりだ。

 俺に対して名乗りを上げ、それから喧嘩を吹っかけて来る。どうせなら不意打ちで来たらいいのに。いくら大勢で囲まれようが、連携がなっていないから何の問題もなく相手が出来てしまう。

 不思議な事にナイフや鉄パイプを持って来る奴はいなかった。変なところで律儀な奴らだ。所詮は中学生と言ったところか。


 俺は意味もなく弱い奴らに喧嘩を吹っ掛けるわけではないので、学校での扱いや立ち位置に大きな変化はなかった。休み時間になれば誰かが放課後どこどこに来いと言いに来て、そして指定された場所へ行ってボコボコにするというのが日常になってしまった。

 正統派ヒーローはいつ来るんだろう。




「引っ越すぞ」


 ある日の夕食時、親父が突然そんな事を言い出した。


「何で?」


「爺さんが海外で空手を教える旅に出たいから、実家の道場を継げと言って来た。俺の道場は人に任されているだけだしな。後任が見つかったら実家へ引っ越す」


 中学2年の間に引っ越しを済ませれば、高校受験にも大きな影響はないだろうと親父が言う。俺もこの街に正統派ヒーローがいない気がして来ていたので、ちょうど良かった。

 街を歩けば下っ端悪役から挨拶をされ、大人になっても悪ぶってる方々からはスカウトされ、金を払うから生意気な女を痛い目に会わせてやってという女子生徒を怒鳴り付けてと、最近では悪役ヒーロー活動も自粛気味だったのでいい機会だと思う。


 爺さんの住む街はここよりも大きいし、道場の門下生の人数も多い。どこかに正統派ヒーローがいるかも知れない。

 俺が転校するという噂はすぐに街中に広まった。興奮気味に俺達も付いて行くと言う奴らや、泣きながら別れを言う女子達に囲まれて学校を後にする。

 他校の生徒達も転校の噂を聞きつけたのか、校門に何十人もの(頭の)悪そうな奴らが俺を出待ちしていた。


「引っ越しすんじゃねぇよ!」


「勝ち逃げするつもりか!」


「誰が俺達を纏めるんだよ!」


「行くなよ!」


 口ぐちに好き勝手な事を言う。よし分かった、相手をしてやろう。

 荷物を地面に置いて構えると、どういうわけかみんなが抱き着いて来た。違うんだ、俺はこんな安っぽい青春ドラマがしたいんじゃなくって、殺伐とした中にキラリと光る友情が感じられる戦隊ヒーロー物がいいんだ。

 あ~、みんなワンワン泣いてる……。俺そんな心に響くような行動してたっけか?そう言えばカツアゲをしたのはあの時の1回だけだったな。

 次の街ではこうはならないようにしないと。もう一度あのDVDを見直して確認しておかなくては。




 そしてそいつを見つけた。やはりこの街に来て良かった。

 やっと見つけた。俺はこいつだと確信した。こいつこそが正統派ヒーローだ。

 親父が継ぐ道場、その門下生として通っている俺と同い年の男、瀬戸せと比呂ひろだ。

 そいつは見るからに正義感が強くて情に厚く、暑苦しくて好意を隠さないタイプだ。俺はこいつを正統派ヒーローであると認定し、どのように決闘する流れに持って行くかプランを練った。

 正々堂々と戦い、真っ向からぶつかる方がいいか。

 それとも誰かを人質にして卑怯に攻めるも返り討ちに会う方がいいか。


 俺は瀬戸の幼馴染だという古宮ふるみやひかりに目を付けた。こいつにちょっかいを掛ければ、幼馴染の瀬戸が黙っていないはずだ。

 古宮も両親の方針でうちの道場に通っているので、この2人と一緒になるタイミングはいくらでもある。まずは悪役らしくチャラい感じで近寄って行くか。最初に拒否されてもしつこく付き纏うパターンだ。


「ひかりちゃんさ、練習終わったらお茶しに行かない?俺引っ越して来たばっかだからさ、この近くを案内してもらいたいんだよね~、付き合ってくれない?」


 こんな感じでどうだろうか。実に慣れ慣れしく実に鬱陶しい。俺が女だったら全力で股間を蹴り上げるような軽いナンパ男風に誘ってみた。

 ほら瀬戸よ、お前の大事な幼馴染にチャラい奴が声を掛けているぞ?早く殴り掛かって来い!


「は、はい!英雄様、私、英雄様とお付き合いさせて頂きます!」


 胸の前で手を合わせ、顔を真っ赤にさせながらそう言う古宮、もといひかりちゃん。あれ?何か思ってた展開と違うな。


「良かったなひかり!おう英雄、ひかりを泣かせたらタダじゃすまねぇからな!!」


 幼馴染を祝福する瀬戸。何か俺の肩に手を回してバンバンして来る。


「あぁ~良かった。ひかりに相談されてからどうやってお前とくっ付けようかと悩んでたんだが、お前の方から告白してくれるとは思わなかったぞ!なかなかやるじゃないか英雄、俺の事は比呂って呼んでくれよな親友!!」


 あくまでお茶に付き合ってと言っただけだ、と今さら言ってももう誰の耳にも届いていない。

 耳まで真っ赤になった顔を手で隠し、イヤンイヤンと左右に揺れているひかりちゃんと、チューしろチューしろと囃し立てる瀬戸、もとい比呂。さらに何故か道場の隅で頭を抱えている俺の親父。



 こうして彼女と親友が同時に出来ました。


 俺のヒーロー道はどっちだ!?



「友達の彼女の告白を断ったら、お断り屋にスカウトされました!」を連載しております、なつのと申します。

本作は上記作品と同一世界・同一時間軸で展開される中学生の恋愛の物語です。

クロスオーバー作品ですが、主人公達はお互いの作品には出さない予定です。

単作としても楽しんで頂けると思いますが、合わせ読んで頂くと物語の背景に潜む何かが浮かび上がって来る、そんな展開にして行きたいと思っております。


投稿予定等は活動報告にて告知するつもりですので、よろしければご確認下さいませ。

今後ともよろしくお願い致します。

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