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入学式

ハーメルンで書いてた二次作品をオリジナルに改訂した小説です。といっても全部書き直していますので、設定の流用みたいな感じですね。よろしくお願いいたします。


 “飛騨美濃の深山に玃あり。山人呼んで覚と名づく。色黒く毛長くして、よく人の言をなし、よく人の意を察す。あへて人の害をなさず、人これを殺さんとすれば、先その意をさとりてにげ去と云”






 人の心は醜い。常に多くを望み、常ならぬとも分を弁えず、身の丈を超えた殷富を尚も願う。己等と少し異なれば排斥し、けれど己等を特別と感じてやまぬ。足元に在る富を、それでも隣の田は更に青いと要らぬ争いを続ける。踏ん反り返り働かぬ豪族も、戦果を誇らしげに語る士も、みなが畑を耕せば飢える者など出なかろうに。


 けれど人間は醜く、故に何百年経とうとなにも変わらぬ。いや、変わるものはあったろう。そこに気付かぬ者が消えただけ。それに気付かぬ者が消えただけ。神も仏も妖怪も、天使も悪魔も魑魅魍魎も、微細な変化に気付かぬ愚昧が消えて、目敏く耳聡い智慧者が残る。


 人は人なくしては生きられず、化生は人なくしては生きられず、けれど人は化生なくとも生きられる。そこに気付かぬ阿呆が嘆いたところで時遅く。


 準備をした化生がただ生きて、幸運な化生がただ生きて、愚かな人間は更に隆盛を誇る。やれ科学を賞賛し、やれ理学を信望し、無から生まれた霞のような我等を無きものとする。それが時世というならば、所詮は星の営みの一つだというならば、唯々諾々と滅びの定めに従う者こそ意志ある者として正しいのだろうか。


 されど私は無が怖い。人の心を誰よりも知る私は、誰よりも消えゆくことが怖い。一つ、また一つと未知が未知でなくなれば、人間は未曽有の繁栄へと足を伸ばし、故に私達の道が崩れていくのだ。


 嗚呼、崩れゆく道を否定するならば、私は醜き“モノ”にならねばならぬ。私は強くない。ただただ人の醜さを見続け悟る『覚』なればこそ、それが愚かであっても縋らんと。私は強くない。誰も彼もが私を忘れれば、ただただ消えゆく程に儚くか弱い。


 人の世は鬼も仏も裸足で逃げ出す生き地獄。騙し騙され、憎しみに身を焦がす悪鬼羅刹が蔓延る恐ろしき場所。けれど私は心が読める。たとえ人に混じって人になろうとも、魂こそは覚と相違なし。故に私は此処を生き抜ける。



 死こそが恐怖なれば、たとえ地獄の世であろうとも生き抜ける。


 ――生き抜こう。人の世を。





































 そんなわけで、今日から始まる高校生活! ついに私も花の女子高生とやらになるのだ!


 ん? 前と言ってることが違うって? ふふん、生活の豊かさは心の豊かさなのさ。そこにいるサラリーマンとかが社畜の自分を嘆いていたり、通学途中の女学生が人間関係に悩んでいたり、そんなものは私の笑顔で吹き飛ばせる程度の些末な悩みだ。しないけど。


 人間社会は豊かになった。だって日の出から日没まで働いて、収穫の七割とか持っていかれてる農民よりよっぽどマシじゃない? しかもそれでなにかの保証があるというわけでなし。だいたい人間関係で悩むのは村八分られてから悩みなさい。昔の“嫌われ者”があう体験は今の比じゃないぞ。知識と知恵の平均がぐんと上がった分悩みも増えたかもしれないけどさ、道徳観念はもっと上がった――覚である私の感覚での話だけどさ。


 今の世はというと食事は美味しいし、人間は優しいし、家族はもっと優しい。そりゃあヤなこと考える人もいっぱいいるけれど、昔に比べりゃみんな聖人君子だ。ちょいと油断すれば斬った斬られただの、盗んだ盗まれただの、物騒な世はどこぞに消えてしまったのだ。まったく、誰だよ人間の心が醜いとか人の世を地獄とか言ったやつ……あ、私か。


「きりーつ」

「れーい」


 そんな私は今、入学式を終えて教室で教諭に礼を捧げているところである。本来ならばこの才色兼備で文武両道、眉目秀麗なパーフェクト美少女に礼を捧げてもらわねばならぬところであったが、流石に初日でそれを理解しろというのも酷な話だ。あ、冗談だからね……パーフェクト美少女ってとこ以外は。


「入学おめでとう! 私がこのクラスの担任を務める『佐藤 心文月さとうココナナだ! 高校生初日ということで浮ついている者もいるだろうが、一応は大人として扱われる年代でもある……自制を心掛けるように! 羽目を外すなとは言わんが、飲酒喫煙は即退学だ! 受験勉強を勝ち抜いてきた苦労を水の泡にしないよう気を付けるように」


 ぷふっ、なんてキラキラネームだ……よく教師になれたな。名前がピッカピカですね、ナナちゃん! しかも若干熱血の気がある教師だ。やだやだ、あーいうのに限って心の中は変態だったりするんだもんね。後でどんな心模様かを読んでみよう。


 …ん? 『覚』ならすぐ読めよって? それがねぇ、人間の器を手に入れた結果能力が劣化しちゃいまして。直接触れないと上手く読むことができないんだよね。四六時中周囲の思考が入ってくるのはうるさいからまぁいいんだけどさ。『覚』が基本的に山を住処にしているのは、鬱陶しい思考の嵐から身を護るためだし。


「今日は自己紹介と委員決めるだけで終わりだから、ぱっぱっと決めちゃいましょう! 先生も新年度は仕事が山積みなのよ!」


 こらこら、事実だとしてもそれを生徒の前でいいなさんな。というか速く決まったところでチャイムが鳴るまでは終わらんのじゃなかろうか…? まあそれはさておき、ナナティーチャーに急かされるまま自己紹介が始まった。自己紹介――それは照れやさんにとっては、高校生活最初の登龍門といっても過言ではないだろう。


 私? 私は頭が良くて超絶可愛いから大丈夫。前の席でそわそわと落ち着きなく体を揺らしている紫髪の少女とはモノが違うのだよ。なんか覚悟を決めようか決めまいか迷ってるような雰囲気というか……ああそうだ、戦に行く前の人間がちょうどこんな感じだったかもしれん。


 いや、ちょっとおおげさだな。どちらかというとゴキブリを始めて目にした臆病な子猫がこんな感じだったかもしれん。『本能のままに飛び掛かるべきか……だが、しかし……』みたいな。


 大方なにかおもしろいことでも言おうとしているのだろうが、まだ誰とも仲良くなっていないこんな空気の中で笑いなどとれるわけがない。まさに無謀――だが安心していいぞ、名も知らぬ小娘よ。この私がしっかりと笑ってやろうではないか。失笑か、もしくは嘲笑になるかもしれんが。


「次は……『芦屋川』――えーと……『未来みく』、でいいのか?」

「…『未来みらい』、です」


 しかしなんとも、先程の教諭の名前といい今の世は珍妙な名前が増えたものだ。熊太郎とか虎次郎とか鷹三郎みたいにかっこいい名前にすればいいのにね。しかしミライちゃんとやら、意を決した瞬間にナナ先生に出鼻を挫かれてしまったようだ。小さな体躯の、その背中にかかる紫の尻尾が震えていておもしろい。がんばれー。


「…グワァッ!」


 ――いっだぁぁぁ!! 痛ぁぁい! ぬぅぅ……貴様が勢いよく立ち上がったせいで! お前が座っていた椅子の背と私の机がごっつんこしたじゃないか! ぶらさげていた私の指が挟まったんですけど! 一本百万はかたい私の指が! 事故でちょん切れた時の保険的な意味じゃなくて、美術品的な意味でだぞ!


 しかも気付いてないしぃ…! ええい、くのやろうこのやろう。滑ったらおもいっきり馬鹿にしてやる、馬鹿にしてやるからなぁ…。


「――こほんっ。ん、んん゛っ! こっ、ここっ、ここ――こにょっ、こけっ」


 おい落ち着け。君はにわとりさんかな? 緊張しすぎだろ。笑ってやる気分も吹き飛んで悲しくなってきたわ。こういう空気にするのやめておくれよ……後に続く人間のことも考えていただきたい。冷えた空気を温めるのって難しいんだぞ!


「…ぁ、芦屋川みらい……でぅ」


 しかも結局諦めるの!? …まったく、半端で終わるなら最初からやるなというに。しかも最後噛んだし。ほら、教室のみんなもどことなく白けた感じになっているじゃまいか。この空気、どうしてくれようか――よし、責任はとってもらおうぞ。笑いものになりたかったんじゃろ。


「あー……こほん。じゃあ次は『九曜葵』」

「はい。元山南中学出身の『九曜葵』と申します。芦屋川さんのように鶏の真似こそ得意ではありませんが、それ以外は多趣味なので話が合う方も多いと思います。よろしくお願いいたしますね。」

「…っ!」


 こっこっこ! 間違えた……はっはっは!


 笑いを漏らしたのが8人で笑いを堪えたのが15人。顔を紅くしたのが一人。30名のクラスだしまあまあの結果といえるんじゃないか? ほれ、みらいちゃん、君の代わりに笑いを取り申したぞ。ほれほれどうした、我が指の痛みに比べればその程度の羞恥など我慢できぬ筈もあるまいて。


 ふふふ、顔真っ赤。みらいちゃんの顔真っ赤。ねえ今どんな気持ち? あとで読んであげましょうね。


「…うん、これで全員ね! これから一年、一緒に歩むクラスメイトだ。自己紹介が上手くいった人もそうでない人も、仲良くするように。特にイジメなんてもってのほかだ! 人の道に反した生徒は体罰上等、PTA上等で厳しく指導するからな!」


 いちいちセリフが臭い先生だ。しかし若い美人教師の厳しい指導か……うーん、ちょっとみらいちゃんをイジメてみようか。なんつって。


 さて、委員決めもつつがなく終わり休み時間になった。ちなみに私は風紀委員に立候補し、特に問題もなくそこに収まった。悪事を企てる不逞の輩を事前に察知し、風紀を乱す悪の一味を成敗するなんて私にぴったりだろう。風紀委員の名のもとに、エロ本持ち込み男子やらエロDVD持参男子やらを退治してくれよう。


 男の半分はそういう状況になった時、『じゃ、じゃあ本は捨てるから責任とって風紀委員が処理してくれよ!』という妄想をするらしい。そして一厘ほどの割合で実践してくるらしい。ほんとか?


「ねね、九曜さん! LINEのグループ作ったから招待していい?」


 うん? 私は今男どものヤらしい妄想への対策を思案しているところだぞ、慎みたまえ。なんてまあ、そんなことは実際に口には出さないけどね。美少女が美少女たる所以は体の所作と心の所作両方が完璧であってこそだ。パーフェクト大和撫子な母上様と天上天下唯我独尊なパパ上殿がそれを所望している以上は、私もそうあらねばならぬのだ。


「ええ、ありがとうございます。あなたは雨ヶ崎さん……でしたっけ。よろしくお願いしますね」

「よろしくぅ! そんな堅苦しいのもあれだしさ、気軽にレミって呼んでよ!」

「よろしくお願いしますね、麗美」

「のんのん、『麗美』じゃなくてレミ! もっとネイティブな感じでフランクに!」

「レミ?」

「イエーすぅ!」


 オーケーオケー、ルゥウェィムィちゃんね理解した。というか麗美をネイティブってどういう意味なんだろう。中学校からやり直した方がいいんじゃなかろうか……そもそもよくここに受かったな。結構な進学校だぞ。しかし『雨ヶ崎麗美』って画数多すぎて名前書くとき面倒くさそうだね。


 …ふむ、ついでに握手でもしとこうか。友達を選ぶというのは印象が悪いかもしれんが、“根の良い”やつと“根が悪い”やつのどっちと関係を持ちたいかなんて言うまでもないでしょう? 人はいくらでも変わることはできるけど、そこには決定的ななにかが必要だからね。類友って言葉は馬鹿にできないし。


 レミーに手を差し出したけれど、首を傾げて動かない。察しが悪いお馬鹿ちゃんめ、この私が握手しようというのだからさっさと手を出しなさい。青髪ショートで目がクリクリしててちょっと可愛いからってそれはあざと過ぎるというものだ。うーん、可愛いなぁ。


「んと……ああ! 握手! へへ、よろしくねー!」(美少女ゲットだぜ!)

「え、ええ…」


 どないやねん。いや、印象通りといえばそうなのだろうか…? まあ悪い娘ではなさそうだし、私が世界的美少女であるというのを理解しているところが素晴らしいね。仲良くするのも吝かではないぞ、良きに計らえ……なんちって。


 ところでレミーちゃんは典型的なネアカで陽キャな女の子のようだ。クラスの同輩からかわるがわる連絡先を聞いて回り、LINEのグループに入れて回っている。これならこの教室にぼっちは出ない――かどうかはともかく、グループから爪はじきされる人間はいないだろう。みんなが仲良くできるかどうか見守ってる雰囲気を醸し出している先生も、うんうんと頷いていらっしゃる。いや、休み時間なんだから職員室に帰れよ。


 まあなんだかんだで教室を見渡してみれば数人のグループで仲良く話し出しているし、初日ということを考えれば悪くない滑り出しなんじゃないだろうか。私も連絡先を聞き終えて戻ってきたレミーのグループに誘われ、他愛ない話に付き合っている状態だ。黒髪ロングの綺麗系少女『深江燕』と、赤髪のツインテ関西弁少女『青木扇』ちゃんを含めた四人なのだが……まあなんというか個性的な少女達である。


 …はて、誰か忘れているような。おお、そういえばみらいちゃんが消えているじゃないか。思い返せば、チャイムが鳴ってすぐに教室の外に出ていったような気がする。顔真っ赤だったような気もする。どうしたんだろう。


 うーん……ここは優しくてたおやかな完璧淑女の私が、教室に居辛くなってトイレに引き籠っている、情けなくもみすぼらしいぼっち少女を引き戻してやろうではないか。言い過ぎだって? いやぁ、なんか指がどんどん痛くなってて……折れてないよねこれ? 大丈夫だよね? 動かせないんだけど。


「ありゃ、どこいくのアオちゃん?」

「失礼します、少し化粧直しに」

「おしっこ?」

「レミ、あなた一回死んだ方がいいわ」

「ツバメっちひどいっ!?」

「いやー、今のはうちも擁護できへんわ…」


 私おしっこもその他もしないから。いいなレミー? こんどそんなことを言えばお前の黒歴史を白日の下に晒してやるから覚悟しておきなさい。


 おっと、それはそうと今はみらいちゃんのことだ。可哀想な少女を引き連れて戻ってくる美少女……しかもタイミング的におそらくチャイムが鳴るか鳴らないかくらいだろう。クラスメイトの視線が集まり、状況を理解した暁には『九曜葵ちゃんって美しいのになんて優しいんだろう!』となるに違いない。ふふふ、君は引き立て役ってやつだ芦屋川みらい! 指の仇、今こそとらん!


 こそこそ……おお居た。トイレにある鏡の前で俯いていらっしゃる。物憂げなその雰囲気は、クラスでも一番小さいであろう体躯と相まって見る者の庇護欲を掻き立てている。だが私には聞かないぞ、芦屋川みらい。なにせ私こそがそういった、いわば『愛される系の視線』を独り占めする存在だからな。


 さてと――みらいちゃん、そんな悲しい顔してどうしたの? できることならなんでもするぜー。


「芦屋川さん」

「…? あ、え……と」

「九曜です。九曜葵。もうすぐチャイムも鳴りますし、行きましょう?」

「あ、ちょ…!」


 しっかり手を握って、と。さてさて、あなたの心はどんな色ですか~。


「…」(はぁー、豆腐の角に頭ぶつけて死なないかなこいつ。さっきのこと謝りにきたと思ったらなんだこれ。仲良くお手て繋いで教室に戻りましょってなにそれ。初対面で人のことニワトリよばわりしといて何もなし? 腹黒いわー、絶対腹黒いわーこいつ。どうせ可哀そうなやつを引き連れて戻って『私良い子』でござーいってとこだろ? はぁー、石橋に叩かれて死なないかなこいつ。あと手が柔らかい…)


 ははは、割りと合ってて笑うわー……じゃなくって! なんだよこいつー! 小動物みたいな外面して、とんだゲスやろうじゃないか! 


「…むぅ」

「…?」(なにが『むぅ』だよ。ムー大陸でも探し求めてんの? だいたいクラスメイトにも敬語とかキモイわー、いまどきラノベでもそんなキャラいねーよばーか。あとなにこの良い香り……香水でもつけてんの? 校則違反じゃね? 風紀委員が聞いて呆れるぜバーロー。河童に流されて死ねばいいのに)


 こ、こ、こいつぅ…! 上目遣いで首を傾げながらこちらを窺うという高等テクニックを駆使しながら、内心でこんなことを思っているとは…! 毒舌も過ぎればチャームポイントだとでもいうつもりか? そっちがその気なら戦争じゃい!


「そういえば芦屋川さん、自己紹介の時なにを言おうとしていたんですか?」

「へっ…? あ、いや……その…」(こ、こいつ人の失敗を抉りやがる…! のほほんとした顔しやがって、絶対にわかっててやってるだろぉ…!)


 ふふん、その通りだ。よくわかっていらっしゃるではないか。ほれほれ、さっさとゲロしなさい。


 …ほう、『この中に妖怪、人外、転生者がいたら私のところにきなさい!』と言いたかったんですか。痛いわー、本気で痛いわー、この子。高校デビューのはっちゃけにしてはあまりにも痛すぎて涙がちょちょ切れますよ、うん。しかし噛んでよかったじゃないか。全部言い切っていたら間違いなく灰色の高校生活が始まっていたぞ。ネタにしても寒すぎるし。


 ん? そういえば私も輪廻は介していないが転生した人外で妖怪だったな。よしよし、きてやったぞみらい嬢。


「そういえば私、妖怪とかの文献調べるの好きだったりするんですよね。芦屋川さんはなにか趣味とかおありですか?」

「え…? あ、えーと……私もそういうの結構好き、かな」(あんだよ急に。脈絡もなく話変えるとかアスペルガー症候群でも患ってんのか?)

「ぐ、こ、この……あ、いえ、それは嬉しいですね。ふふ……自己紹介の時に話そうかとも思ったんですけど、いきなり妖怪がどうとか言い出す人なんて神経疑われますから、心の内にしまっておいたんです」


 そう、お前のことだみらいちゃん! 悶えるがよいわ!


「ぬぐっ…!?」(わ、私の神経がおかしいだと? こいつ…! いやいや待て待て、流石に偶然だろ。結局妖怪のよの字も出してないし……つーかいきなり妖怪がどうとか言い出してるのこいつじゃん。神経疑うわー。私は結局口に出してないけど、こいつは今口に出したし)


 むがー! なんなんだこいつは! くそう……どうにかしてやり込めてやりたいが、彼女の心は自己弁護と自己肯定の鉄壁要塞だ。外面の反応だけでいえばやり込めることはできるだろうが、内心を屈服させてこそ『覚』の本懐…! 錠前だらけのこの娘の心の扉を破壊できれば、それはどれだけ甘美なことだろうか。


 よーし、わかった。これからお前は私のライバルだ! 『覚』としての手練手管を駆使して、必ずや惑わせてみせようじゃないか! 妖怪としての性質がみらいちゃんの心を求めてやまないぜ。『覚』は人の心を覗き、人の心を惑わせることこそが存在理由。


 となるとだ。難攻不落の城を落とすには時間がかかる……ここはひとまず仲良くなっておこうじゃないか。とりあえず私に対する無礼は許しておいてやろう。


「芦屋川さん」

「…?」(なんかいきなり両手で握ってきた……つーか右手の指が毒々しい色で腫れてて笑うわー)


 お前のせいだっつーの!


「お友達になりましょう! 私! 芦屋川さんがとっても素敵だなって! 思うんです!」

「な、なな…!?」(はあ!? な、なんだこいつ…!)

「ダメですか…?」

「え、ええと…」(いやいや、今までの会話のどこに素敵な要素があったよ。なに企んでんだ…? はっ、もしや美人局…? 私の筒を弄んでから現金を請求するつもりか!)


 お前に筒ねえだろうが! それにしても、なんて察しのいいやつだ。私のお願いに頷かない人間などあんまりいないというのに……しかも両手で相手の手を包み込むサービス付きなのに。私の方が背が高いせいで上目遣いが出来ないのが痛いな。うーん、しからば……そうだ、最近は『壁ドン』なるものが流行っているらしいな。くらえっ!


「――っ!」

「うぇっ!?」(か、壁ド……ってなんで泣いてんの!? なにごとだよ!)


 い、いた、痛い…! 指、指が今ので完全に逝った…! うう、痛すぎて涙が出てきた。一ミリでも動いたら激痛でのた打ち回る自信がある。しかし美少女たるもの、そんな無様な姿は見せられない…!


「だ、ダメ、ですか…? ひっく…」

「だ、ダメじゃないけど…」(こえーよ!)


 よ、よし勝ったぞ! なんか色々あったが、この形になることこそが私の思惑だったんだから私の勝ちだ! 後は詰め将棋のようにじっくり料理していってやろうではないか。なぁに、時間はそれこそたっぷりあるさ。三年……いや、一年以内に『芦屋川みらい』、お前を攻略してみせようではないか!


「これからよろしくお願いします、みらいちゃん」

「う、うん……九曜さん」(なに勝手に下の名前で呼んでんだよ……まあいいけどさ)

「葵、でお願いします」

「あ、葵……ちゃん?」(こっ恥ずかしいわ!)

「はい!」


 ふふ、呼び方というのは重要だからね。さ、時間も随分過ぎてしまったしさっさと教室に入ろうじゃないか。というか教室の前で長々と話し込んでしまった。なんで先生出てこなかったんだろ? それに妙に静かな気が…?


「すいません、遅れまし――」

「す、すいま――」


 言葉を失った。狭い教室を見渡してみれば、うんうんと頷く熱血教師とニヤニヤ笑うクラスメイトのレミー。下世話な妄想でもしているかのような幾人かの男子生徒に、親指を立てるツバメちゃんとおーぎ嬢。


 …うわーん、恥かいたー!

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