9、体組織変化魔法
サロモン王国前国王ゼギアス第四王妃スィールの子アルバーニ、通称アルは、特別強大な魔法を使えるわけでもなく、身体能力も他の兄弟に比べると高くはない。龍気は四大属性、無属性、聖属性、闇属性を使えるが、父ゼギアスや叔母のサラのような特殊な能力も持たなかった。
だが、アルはどんな魔法でも使いこなせるし、魔法への知識や理解も高かった。だから魔法研究所で幾つもの新たな魔法を開発し、既存の魔法を改善していた。
この話はアルバーニがある魔法を開発したところから始まる。
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アルが開発した魔法は”体組織変化”。
これは父ゼギアスが巨大な龍体から人化するスキルを魔法で実現しようと研究した結果生まれた。
「父さん、できちゃった……どうしよう」
母譲りの銀髪を落ち着きなく何度も手で梳き、赤い瞳にやっちまいました感を浮かべて気まずそうにゼギアスに伝える。
アルが気まずそうなのには理由がある。
”体組織変化”は龍体を人化する程度の魔法に収まらず、性別も変えられるし、身体のサイズも変えられる……外見全てを自由に変えられる魔法だった。
状態異常魔法の石化魔法に目をつけ、生身の身体を石化し、そして石化した身体を生身に戻す仕組みを研究した結果生まれた魔法。状態異常魔法が得意なスィールの息子であるアルバーニらしい研究結果だった。
術式は複雑で必要な魔法力も高い為に誰でも使える魔法ではないが、犯罪に利用される可能性が高い魔法なのは間違いない。
「アル……お前が心配するのは判る。このままでは公表できない。だから、もう少し研究しろ。例えば、体組織変化を使用している者はすぐ判るよう、マーキングも加えるとか、時間制限を加えるとか、そういった手段も使えるようにしろ」
ゼギアスの部屋で、アルバーニは父の意見を表情を変えずに考えている。
一見、無表情に見られがちなのはゴルゴンの血故かもしれない。
実際はそんなことはなく豊かな表情を見せるのだが、家族以外ではそのことを知る人は少ない。
椅子に座り、アルバーニのその様子をゼギアスはじっと見守っている。
息子を見るゼギアスの瞳は温かい。
「何とかなると思う。マーキングも時間制限も術式に加えるのは難しくはないからね。他にも考えてみる」
「そうか。頑張れよ。……お前が開発した付与魔法も随分役立ってるし、レオポルドも喜んでいた。但し、この魔法は成果は公表していいけれど、術式は秘匿魔法登録しておけよ? 」
「ああ、判ってる。付与魔法同様、秘匿魔法登録しておくよ」
アルバーニは明るい表情でゼギアスに頷き、そして部屋から出て行った。
多分、魔法研究所へ向かうのだろう。
「アルは優秀だなあ、誰に似たんだろ? 」
頭脳派とは言えないゼギアスはふとつぶやいた。
そして、親から受け継いだ資質にばかり左右されるわけではないと気づき、
「……アルの努力の成果だな」
息子を改めて見直していた。
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”体組織変化”という魔法がアルバーニによって新たに開発されたと魔法研究所は公表した。
しかし、術式は公表されず、また魔法研究所に問い合わせても秘匿魔法扱いだから魔法研究所に登録されている特定の魔法師以外には教えられないと断られる。
”体組織変化”を現状使えるのは開発者のアルバーニを含めて八名だった。国王レオポルドと魔法研究所で主要な役を務めているデーモン・ゴルゴン・エルフの各族長、そして北部・中央・東部方面の軍事総督が使用者として登録されていた。
これらの使用可能者のうちアルバーニの他には一般の者が利用願いを出しても、その職務の忙しさから喫緊の理由がない限りほぼ断られる。
だから”体組織変化”を利用したい者はアルバーニのところへ集中した。
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「アルバーニ様! お願いです。私に体組織変化を!! 使用料も払います!! 」
こう願う者が、ゼギアス邸の前に列をなした。
その多くが人魚族とラミア族。
下半身が魚体・蛇体のままだと不便な事情が生じている者達だった。
人魚族もラミア族も自身の身体に誇りを持っているから、必要な場合のみ”体組織変化”させたい。
まあ、そのほとんどが、恋人が人間種でデートする際に苦労している魔族だった。
少数の巨人族から、現在の体格では利用できない施設……特に音楽や映像を鑑賞する施設……を利用したいという要望もあったが。
犯罪に利用されてもすぐ所在を明らかにできるようマーキングも術式に組み込まれた。効果時間も自由に設定できる。重ねがけはできない。体組織変化使用中は事前に事情が明らかでない限り他の魔法は使えない制約が課せられる……などの様々な制限があるにも関わらず利用希望者が大勢いた。
希望者からの要望をまとめ魔法研究所で検討し、許可が下りる要望と下りない要望について公表するということで、皆には要望書を出してもらうこととした。読み書きができない者は魔法研究所へ直接伝えに行く。
「ラミア族からの反応は予想していたけれど、人魚からもあるとは思っていなかったなあ。マーマンからは今のところ反応はないけれど……」
巨人族の要望は対処すべきだろうとすぐ許可が下りた。
事前予約してもらい各種施設利用時に”体組織変化”使用できるようすべきではないかという意見も研究所内で出た。そうなるとアルバーニだけでは対応は無理なので、”体組織変化”使用許可を持つ施設担当者を作らないといけないとなり、その件も検討することとなった。
巨人族の要望は妥当なものとして対応する方向で話はまとまった。
問題は、ラミア族と人魚族、そしていずれ来るかもしれないマーマンからの要望をどうするかだった。
「首都エルにおける独身男性立ち入り注意区域のこともあります。実際、ラミア族の状況を改善するためには認めるべきかもしれません」
「だが、対応するとしたら毎日どれだけの数に魔法使用しなければならない? 」
「……うーん……」
「じゃあ、”体組織変化”を付与魔法でネックレスに付与して、登録者以外には使用不可にしたら? 」
「……なるほど、思念伝達腕輪の貸与と同じ方法をとると……」
「どうだろう? 最初は大変だけど、徐々に落ち着くだろうし……」
「陛下の許可が下りたらその方法でいきますか? 問題が起きたらその際にまた考えるということで宜しいかもしれません」
――――こうして”体組織変化”の利用は進められることとなった。
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一日限定百名で、”体組織変化”ネックレスの登録が開始された。
・変化後の姿は固定され、一度登録したら変更は次回の更新まで不可能
・性別変更が必要な場合は、魔法研究所指定医師の診断書が必須
・登録者以外では効果なし
・半年ごとに更新が必要
・不適切使用発覚した際は没収
などの条件があったが、登録希望者の予約は五ヶ月先まですぐ埋まってしまった。
この登録は魔法研究所にいるアルバーニと各族長の四名で行われる。
アルバーニ等の忙しさを見かねたゼギアスが「俺達も手伝おうか? 」と申し出たが、「これは私達がやるべきことですから……」とアルバーニは断った。
各種施設を利用するために……
巨人族の体格を小さくしたい。
小人族の体格を大きくしたい。
体格の変化に合わせて装飾品まで変化しないから、この二つの要望には直接魔法を使用するしかない。だが、件数としてはさほど多くなかったので問題は発生しなかった。
登録が進むにつれて問題も出た。
特に、事前に予想されていた不適切使用。
本来の種族や容姿を隠して他者と接触する問題だ。
”ラミア族(人魚族等)と知らずに付き合っていた”
明らかになっても問題なしの場合もあるが、騙されたと被害を訴える者も居る。
多くの場合は、言い出せなかっただけなのだが、中には故意に隠していた者も居る。
これはやはり何とかしなくてはいけないと魔法研究所では”解除スペースを魔法研究所前に用意”することとした。
魔法研究所前に小さなサークルを置き、その中に入ると”体組織魔法”の効果を強制的に無効にする。サークルの外へ出ると再び有効になる。
世の中何がウケるか判らないものだ。
このサークルを設置してからというもの魔法研究所前が観光地化した。
カップルがサークルの外と中で写真を撮り、その写真を見てビフォーアフターみたいな楽しみ方をする。
……カップル目当ての露天も出る始末。
まあ、これはこれで活気が出てきたので良しとしている。
次に多い問題は、修正問題。
要は、パートナーの好みに体組織変化したいという話。
男性であれば、マッチョな身体にしたいとか、サイズを大きくしたいとか。
女性も同様で、胸を大きくしたいだの、もう少し小さくしたいだの、○○を上向きにツンとしたいだの、局部についての要望はとても多い。
他にも公には大きな声で言えない要望が多々ある。
それをいちいちパートナーが変わるたびに対応してくれと言ってくる。
全て次の更新時まで却下。
昨日登録したばかりだからとか言われても知らんということにした。
ただ、現在半年後の予定の次回更新まで一年近くかかるかもしれないので気持ちは判らないわけではないというのが魔法研究所内の感想。
あと……問題ではないが、体組織変化したマーマンが惚れた相手が、体組織変化した人魚で、体組織変化する必要なかったんじゃねぇ? という事案も生じてるらしい。
まあ、見た目が変わると印象も当然変わるから、そこで今まで気づかなかった相手の良さに気づいてということなのだろう。
それはそれで良いことだ。
とりあえず、問題が生じたらその都度対処する方針を変更せずとも良い。
そういう結論が現時点で出されている。
アルバーニ等魔法研究所所員は一安心していた。
―――― だが、首都エルで執念深く、商魂じゃない性魂逞しくしている奴らは体組織変化魔法を利用した新たな生活を考えついていた
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『あなた好みの女性を一年間ご用意したします』
このビラが首都エルに住む、もしくは訪れる独身男性にばらまかれたのは、体組織変化魔法最初の更新予定が公表された翌日である。
ビラには
『外見から○○まで全てあなたのご要望の全てに応えます。さあ、夢のパートナーを手に入れませんか? この権利が手に入るのは今だけ♡ 詳細は、北××西△△、ラミア族集合アパートメント1F □□まで、お気軽にお問い合わせください』
考えたものである。
いつもパートナー探しに血眼になってるラミア族のニーズと、自分好みのパートナーを探してる男性とのマッチング商売に体組織変化魔法を利用しようとしている。
詳細など聞かなくても判る。
契約者は週に三回以上共に過ごすこと、契約違反したらラミア族の集合住宅に一年間監禁される……とかだ。
とにかく絞り尽くす気満々なのだろう。
まあ、体組織変化魔法の利用方法としておかしいということはないが、本来の目的からは大きく外れている。だが巧妙なことに、体組織変化の利用条件に違反していない。
事前に正体バレしてるわけだし、利用者間で納得の上で契約を交わすのだから詐欺ではない。
金銭目的じゃなく肉体目的に利用するとは肉食獣の隠語は伊達じゃない。
噂では順調に契約者を増やしているらしい。
しかし、この状況を黙っていない者達がいた。
人魚族とハーピィ族などの半獣半人系魔族だった。
『唯一の難点だった磯臭さもこれで解決♪ いつもあなたのお側に元人魚があなた好みに変わってお仕えいたします』
『軽くて豊満なボディが実現しちゃいます。ちょっとした移動なら空での移動はいかが? 昼と夜、生活場面に応じて機能が変わりますよ』
などなどと宣伝文句を多少変えたビラがまかれた。
だが、これらの動きから学んだ国民が増え騒動が起きる。
セックスレス夫婦が、パートナーの外見を一年ごとに変えられるならと気づき、体組織変化の新規申し込みがドッと増えた。
外見に自信がなかった者も申し込みを始め、増えたなんてもんじゃない、国民のほとんどが申し込みを始めた。
後に”変化騒動”と呼ばれる騒ぎである。
申込者が異常に増えたために、魔法研究所は頭を痛めた。
一日限定百名ではいつまで経っても登録できない者が出る。
かといって、増やすと他の仕事ができない。
更新も限定しているが、このままでは希望者の不満が膨れ上がり、デモが起きそうな状況となった。
それにだ。
国民のほとんどが”体組織変化”で外見を変えたら、誰が誰だか身近な者以外には判らなくなる。
それは治安の面から考えても危険だ。
だが今更、体組織変化の利用は禁止などと言おうものならデモどころか暴動さえ起きる可能性が高い。
アルバーニと魔法研究所所員達は、LGBTなどでの医師の診断が無い者は登録した一カ所……ほとんどは自宅になるだろうが……以外での体組織変化を無効にするとした。
新規登録・更新業務の軽減のため、ゼギアスと奥様達も駆り出される。
現国王レオポルドが弟アルバーニの苦境を見かねてゼギアスに頼んだのだ。
ゼギアス達ならアルバーニ達よりも素早く処理できる。
可愛い息子のためと、ゼギアスは千体の分身体まで創造して対応した。
ゼギアス達の支援のおかげで一日辺りの登録・更新可能件数が一万近くになった。
「父さん、母さん、ごめんね」
アルバーニが申し訳なさそうに謝ると、
「なに、暇だから構わないよ」
ゼギアスも奥様達も気にする必要なしと笑顔で答える。
ちなみにエルザークだけはゼギアスの中に籠もって「我はラゼハードの記憶を読んでおるよ」と手伝わなかったが、居ても真面目に仕事しそうにないので誰も文句は言わなかった。
こうして一月後にはアルバーニと研究所所員達だけで処理可能な状況になる。
デモや暴動を起こさずに済み、レオポルドも安心した。
”体組織変化”魔法の影響はこれで済まなかった。
半獣半人の魔族のうちラミア族とゴルゴン族、ハーピィ族は雌しか産まなかった。
だが人化した状態で妊娠し出産すると、雄のラミアやゴルゴン、ハーピィが産まれることが判った。
人間種も産まれるが、雄の魔族も産まれたのだ。
つまり雌しか産まなかった種族から雄が産まれる。
これによってサロモン王国を長年悩ませてきた男女比問題が改善するのである。
だが、ここに特定の趣味を持つ者が嘆いていた。
そうホーディンである。
ホーディンは、ラミア族の嫁さんを巨乳だからと立て続けに二人も貰い、いつ三人目を貰うのかなどと、なかなかパートナーを得られずに困っていたラミア族からは神だと称えられていた。
しかしアルバーニが開発した”体組織変化”の効果の方が高い。
趣味が偏った雄を待つ必要が無い。
神の称号はホーディンからアルバーニに移った。
ホーディンをちやほやしてくれる者は二名の奥さんだけになった。
仕方ないと判っていても、ちょっと寂しいホーディン。
そしてホーディンを慰める奥様達。
ホーディンの寂しげな姿がカリネリアでしばらくの間見られるようになったという。
――そのホーディンの姿をゼギアスが「アヒャヒャヒャ……」と楽しんでいたのは言うまでもない。