8、GO!GO!バルトロ ー その二
調子に乗ったバルトロは、カンドラ~ライアナ間の移動中でも見かけた魔獣を倒していった。この辺りの猟師が倒す一年分を数日で倒してしまう。
丈夫で防湿効果の高い貴重な革がたくさん手に入って、カンドラとライアナの防具職人が大喜びしている。
今のバルトロの状態はまさに有頂天。
ゼギアスが見たら「天狗だ!天狗様が現れたぞ! 」と表現しただろう。
ジラールでもバルトロは尊敬も感謝もされている。
だが、カンドラとライアナではジラールよりも激しく歓迎されてるとバルトロは感じていた。
もうイケイケだった。
当然イクイクだった。
マーキから「あまり調子に乗るとどこかで手痛い失敗するかもしれません」と言われても「僕聞こえな~い」だった。
『魔獣討伐は正義!! 』
ストレス解消に役立ち、人々の安全に繋がり、バルトロの自尊心を満たす。
良いことをしてるんだからガンガン行こう!
心の中で『GO!GO!バルトロ』と気持ちを昂ぶらせていた。
そして、バルトロはやらかしてしまうのだった。
◇◇◇◇◇◇
いくら調子に乗ったとしても周辺情報を集めることまで怠るバルトロではない。弱い雑魚魔獣を倒すよりも強い魔獣を倒した方が人々が当然喜んでくれるからだ。
今日も人々の脅威になっている魔獣の出没地域を通って、ヴァンレギオスへ向かっている。
魔獣の集団をバルトロ達は見つけた。
「ヒャッホ~イ! 」
正義の鉄槌を下すべく、ヤンキーバルトロは魔獣に突っ込んで、手当たり次第倒していく。
頭部と腹部の二カ所を狙って、拳と蹴りをぶち込んでいく。
バルトロの拳や蹴りで魔獣の頭部は吹き飛ばされ、腹部は削れていく。
デザートスネーク相手のように手加減することなく、気持ちよく拳をスイングし、蹴りを振り回す。バルトロはさながら暴力の化身のように魔獣を壊していく。
魔獣の悲痛な叫びが響く度に、血の匂いが濃くなっていく。
魔獣と一緒に折られた木々も相当な数になっている。
やがて魔獣が逃げ出す。
バルトロには敵わないと一目散に逃げ出した。
この時バルトロが調子に乗っていなければ、現在地が危険な場所だと気づき追いかけずにいただろう。
「これ以上奥には行ってはいけません」というマーキからの 注意にも耳を傾けただろう。
だが、ノリノリのバルトロは「逃がさねぇよ!! 」と言って追いかけた。
逃亡した魔獣に追いついては倒し、そしてまた追う。
目の前に火竜が姿を現すまで、バルトロのノリノリ状態は続いた。
・・・・・・
・・・
・
バルトロの強さは護龍に匹敵する。
だから火竜相手だろうと負けることはない。
それどころか魔獣を屠るのと同じように倒せる。
しかし、「生息域から出ずに居る竜には手を出してはならない」とゼギアスからきつく言われている。
竜の生息域は竜達に与えられた権利という暗黙の了解を破ってはならないとも言われている。
この暗黙の了解を守っている限り、竜と人型生命体の共存は可能だし、各地にちらばって生息している竜も生息域の外には出てこない。
「生息域から出て襲ってきたらその時は倒していいよ」
だが、バルトロの現在地はこの地で竜に許された生息域の中。
林に入る前に集めた情報の中にも、竜の生息域についてはあった。
グランダノン大陸のどこでも竜の生息域の情報は重要情報だからバルトロもしっかり確認したのだ。
しかし、魔獣狩りに夢中になって忘れていた。
竜の生息域内の魔獣は竜のための餌だ。
それを勝手に殺すというのは、盗みみたいなものと考えられている。
今のバルトロが火竜の怒りに触れるのは当然。
そして目の前の火竜は怒り狂っている。
「どうしよー。マーキ、どうしたらいい? 」
我に返ったバルトロはヤンキーバルトロからベビーフェイスバルトロに変わっている。
「バルトロ様は火竜が生息域の外に出ないよう防いでいてください。決して怪我させたり、もちろん殺しちゃいけませんよ? 」
「うん、判ったー」
マーキはゼギアスに緊急連絡した。
目の前の火竜を倒してしまっては、竜族とその他の生き物との間に争いの種を産むことになる。
源龍ラゼハードの身体と意思を継ぎ龍王ディグレスも妻としたゼギアスには、竜族を守る責任がある。竜には生息域から出ないよう、竜族以外には竜を刺激しないよう、その状況をゼギアスは守る責任がある。
ゼギアスの判断なしに目の前の竜を倒すことなど、バルトロもマーキも考えられない。
マーキもその白い肌が青白く変わったように見えるほど焦っていた。
(ゼギアス様、申し訳ありません。火竜の生息域で複数の魔獣を倒し、火竜を怒らせてしまいました。非はこちらにあるので、火竜を倒すこともできません。現在、バルトロ様が生息域の外へ出ないよう対応していますが・・・・・・)
マーキは思念伝達でゼギアスに連絡しながらバルトロの様子を見る。
バルトロは黒赤色の火竜からのブレスを避け、火竜が自身の攻撃で傷つかないよう気をつけながら尾の攻撃を受け止めてる。手加減が面倒で嫌いなバルトロだが、さすがにそんなことは言ってられず慎重に火竜の相手をしている。
(判った。今から行くから待ってろ! )
ゼギアスの返事を聞いて
「バルトロ様~~! ゼギアス様がこれから来てくださるそうです。もう少しの辛抱です」
「うん、判ったよーー」
バルトロが気を遣いながら火竜の相手をする様子を見守りながら、マーキはもっと自分が強く注意していたらと後悔していた。
「お待たせ! あとは任せろ」
ゼギアスがディグレスを連れて転移してきた。
その姿を見てマーキは「ゼギアス様達なら火竜の怒りを抑えられる」と安心した。
「静まれ! お前には悪いようにはせぬ。だから静まれ。龍王ディグレスの名においての命令だ」
美しく蠱惑的な女性が火竜に近づいていき命令する。
紅いノースリーブのワンピースを風が揺らす。
その女性の後をゼギアスがついて行き
「悪かったな。こいつにはあとでキツく叱っておくから許してくれ」
火竜に頭を下げている。
今までバルトロ相手に戦い息を荒くした火竜は、ディグレスの前で大人しく頭を垂れた。
「うむ、お前には後でたっぷり餌を用意させる。気持ちを静めてくれ」
「ああ、バルトロに謝罪させるし餌も用意させる。俺も約束する」
ディグレスに頭を撫でられてる火竜は身体も地面に横たえた。
「ごめんよー。僕もつい熱くなってしまってー。ここがどこなのか判らなくなってたんだー」
バルトロがゼギアスの横に来て頭を下げている。
「ここまでの間に倒した魔獣を全部ここへ持ってこい」
「うん、行ってくるー」
ゼギアスは怒ってはいなかったが、バルトロは命令に素直に従った。
ディグレスが頭だけじゃなく腹まで撫でて火竜の機嫌をとっている。
「龍王自らが慰めてるんじゃ、あの火竜も怒るに怒れないだろうな」とゼギアスはその様子を眺めていた。
エルザークが見たら「もちろん龍王に慰められてるせいもあるだろうが、源龍と龍王が目の前に来たら竜族なら平伏するしかないじゃろう」と火竜の気持ちを代弁したことだろう。
そうしているうちにバルトロが戻ってきた。
抱えた数頭の魔獣を火竜の口元にドサリ置き、再び魔獣を取りに駆けていく。殺られたてホヤホヤの魔獣を火竜は口を開いて次々にくわえる。
またバルトロが戻ってきて、魔獣を置いていく。
そして再び駆けていく。
七回ほど繰り返して
「これで全部だよー。本当にごめんねー」
バルトロは火竜にもう一度謝っている。
「これで許してやってくれ」
ゼギアスは火竜に近づいて言う。
火竜は軽く頭をもたげ、バルトロとゼギアスの顔を交互に見て再び顔を降ろす。
「ああ、許すそうだ」
火竜の腹を撫でながら微笑み、ディグレスは火竜の気持ちを伝えた。
「これからは気をつけろよ」
「うん、ごめんねー」
ゼギアスはバルトロに一言だけ注意し、もう一度火竜に謝罪したあとディグレスと共に転移していった。
ゼギアス達を見送ったあと、バルトロもマーキと一緒に火竜に謝った。
「ふうー怒られなくて良かった-」
「そうですね。でもお願いですから気をつけてくださいね? 」
「うん、マーキもゴメンねー。僕も注意するよー」
バルトロは素直な性格だ。
たまに我が儘を見せたり反抗することもあるが、そんなことは滅多にない。 ゼギアスに叱られた以降は特にそうだ。
ゼギアスに預けられてから、学校にも通い様々な種族の友人も首都エルにはいる。ジラールでも同年代の子と仲良く遊ぶこともあった。
バルトロは魔獣相手にはヤンキー顔を見せるが、その他の種族の前ではベビーフェイス。
友達や知人が喜ぶことを好む性格で、マーキはバルトロのお供をするのが誇らしい。
今回も調子に乗った理由は、住民が喜んでくれたのがとても嬉しかったのだからと思っている。
一度失敗したことは繰り返さないバルトロだ。
調子に乗ることも今後は無くなるだろう。
そう考えれば、今回の失敗は笑って済ませられる。
マーキは温かい目でバルトロも見ていた。
――だが、やらかしではないけれど、もう一度バルトロが反省することが起きる。
◇◇◇◇◇◇
ライアナからヴァンレギオスへの途中にある小さな村にバルトロ達は到着した。ヴァンレギオスまでの地域情報は既に手に入れてあるから、ここの村は通過するだけの予定だった。
特に不足してるモノも無かったので、何かを購入することもなく予定通り通り過ぎようとした。
バルトロが村から出たちょうどその時、ヴァンレギオス方面から馬の三倍程度はある獅子に似た肉食系魔獣が一頭駆けてきた。
このままでは村に侵入されると思い、バルトロは拳を握って、向かってくる魔獣の頭を吹き飛ばした。
これで村は安全と気を抜いたとき、バルトロの背後から
「ゲティちゃん! 」
バルトロの外見と同じような十歳から十二歳程度の女の子が、必死に駆けてきた。そしてバルトロが頭を吹き飛ばした魔獣の遺体にすがりつき、名前を叫びながら泣き出した。
「え? 」
魔獣を殺して泣かれた経験がないバルトロは女の子の様子に困惑した。
呆然としているバルトロの魔獣の血で汚れた手をマーキが拭いてくれている。
「……僕、悪いことした? 」
「どうやらあの女の子が魔獣を飼っていたようですが、今のは仕方ありませんよ」
事情を知らないバルトロ達の前に魔獣が駆けてきた。
バルトロ達の背後には村があり、魔獣の接近は危険と判断するのは普通のことだ。
倒せない者なら逃げるだろうが、バルトロに限らず魔獣を倒せる者なら戦うだろう。
バルトロは倒せるから倒した。
それだけのことだ。
バルトロは間違ったことはしていない。
背後を振り返ると、村人も女の子を可哀想と感じてる者はいるが、バルトロを責めるような目を向けてる者はいない。村人達も今の状況ならばバルトロの対応は当たり前だと理解している。
だが、バルトロは思い起こしていた。
魔獣からは殺気や闘気のようなものは感じられなかった。
でも、そのことを気にせずに倒すと決めそして倒した。
今思えば、魔獣の様子に違和感を感じて殺さず気絶させることもバルトロにはできた。だが、そこまで気が回らず倒してしまった。
マーキも村人達もバルトロの行いは仕方なかったと感じている。
それはバルトロもそう思う。
でも、他の対応をすることもバルトロならばできたのだ。
目の前で泣く女の子を見ていると、問答無用で魔獣を殺してしまった自分が悪いと感じてしまう。
「すまない。君の友達だとは判らなかったんだ……」
バルトロは女の子に謝った。
責められてもいいと覚悟して謝った。
口調はヤンキーバルトロだが、表情は今まで見たことのない沈痛な表情をしていた。
「いいの……私が悪いの……お父さんにも注意されてたのに……ゲティを小さな頃のまま村に出入りさせてたから……」
バルトロには顔を向けず、魔獣の遺体に顔をこすりつけながら女の子は答えた。
女の子にぺこりと頭を下げて、バルトロはヴァンレギオス方面へ歩き出した。マーキはその後を追う。
「マーキ、俺は悪くない。悪くないと思ってる……だけど何故か胸が痛いんだ」
「……バルトロ様」
「どうしたら良かったかは判る。でもそれができたかと言えばきっとできなかった」
「……。」
「母さんが、世界をたくさん見てこいと言うのは、きっとこういう経験をたくさんしてこいってことなんだ。やっと判ったよ」
「バルトロ様。元気をお出しください。様々なことを経験する中には、今回のようなどうしようもないこともありますよ」
「ああ、そうだな。今まではさほど考えて動いてこなかったが、これからはもう少し考えるようにするよ」
成長しているとマーキは感じていた。
そしてそれは事実だった。
バルトロはギズムルと同じように、いつかどこかの土地の土地神になるかもしれない。
こうして成長を続けていけばきっとなるだろう。
その時、今回の件のおかげで優しさを失わずに命に接する土地神になる。
マーキはその時のことを思うと、今は表情には出せないが嬉しくなる。
「さあ、凹んでいてはダメですよ? ヴァンレギオス方面には倒して良い魔獣がたくさん居るんですから」
「そうだな」と返事するバルトロの背中を見守る。
――――まだ随分先のことになるが、バルトロはジラールで土地神となる。
バルトロの土地では、魔獣を含めた動物達が生き生きと暮らせるようになる。
……だが……
調子に乗った魔獣に対しては
「オラオラオラオラァァァァァ!! 土地神舐めてんのかぁ? 」
土地神自ら制裁を下すという。
バルトロはいつまでもバルトロのままであった。