5、レオポルドの妃候補 ー その三
アウローラはゼギアスの奥様達との面接があり、それをクリアしないとレオポルドの妃候補になれないのだと知り、その面接には誰でも参加できるのだと判ると笑みを浮かべた。
自分のような地位もコネも資産もない女が、地位もコネも資産もある女達と同じスタートラインに立てたのだと喜んだ。
それに何も失うモノがないからこそ可能だった勝負で、ヴァイスハイトの目に留まりヴァイスハイトの下で働ける可能性を掴んだ。
アウローラの中では収支は既にプラス。
賭けた勝負には既に勝っていると思っていた。
チャンスを自分の手でたぐり寄せたアウローラ自身を褒めてあげたいと思っていた。自然と笑いそうに崩れてしまう表情を引き締めるのに苦労していた。
目の前で見たレオポルドは人の良さそうな王で、地位もさることながら伴侶とするなら良い相手だとアウローラは感じている。だから、収支はプラスになったからと言っても面接に向かう気持ちは少しも醒めずにいた。
面接が行われる迎賓館前に貼り出された面接のお知らせを見るアウローラは燃えていた。この首都エルの上空に広がる青空も、アウローラの未来のように開けていると感じていた。
「よし!やるわ、私!」
アウローラの目はレオポルドに焦点を合わせていた。
面接するのはレオポルドの母親達だが、アウローラはあくまでもレオポルドにとって有益で愛される自分を考え、それを面接で伝えるだけだと考えていた。
◇◇◇◇◇◇
レオポルドの生みの母ベアトリーチェの父アルフォンソは、正妻であろうと第二夫人以降であろうとレオポルドの妃の一人にはエルフに居て欲しいと思っていた。ベアトリーチェをゼギアスの妻にと送った時と異なり種族の存続をかけたような必死さはない。だが、初孫のレオポルドの相手がエルフだったら嬉しいと思う気持ちは強かった。
だから、今回の騒動でも日頃からレオポルドの妻に相応しいと見ていたエルフの女の子を送っていた。
アイリーンという子で、ブラウンの髪に青く優しい瞳を持つレオポルドより一つ年下のエルフ。魔法全般をそつなくこなし、ちょっと大人しすぎるところもあるが、容姿も能力的にもレオポルドの妃候補として恥ずかしくないとアルフォンソは考えていた。
アイリーンは幼い頃から学校に通うレオポルドを見て知っていた。
ゼギアスの子供達は全員有名人だったからアイリーンじゃなくてもレオポルドのことを知らない子は学校には居なかった。
ゼギアスの息子達はだいたい活発的なタイプが多いが、レオポルドとアルバーニは少しタイプが違う。レオポルドもアルバーニも落ち着いたタイプでレオポルドは優しく大人っぽい感じで、アルバーニは冷静な研究者の雰囲気を持っていた。
アイリーンは自己主張の弱い自分を気遣ってくれることの多いレオポルドのことを幼い頃から好きだった。兄のように、そしていずれ恋人として、夫としてそばに居て欲しいとずっと思っていた。
だからアルフォンソからレオポルドの妃候補に立候補してみないか?と言われたとき、レオポルドの他の兄弟相手ならきっと気後れして断っただろうが、アイリーンは是非!!!と気持ちを明らかにして答えた。
ベアトリーチェ達による面接のことを知っても、アイリーンの気持ちは前向きだった。自分にできることはレオポルド様に尽くすことのみと、ベアトリーチェ達へもその気持ちと覚悟を伝えるだけと気持ちは決まっていた。
両手を胸の前で握って「よし!私やるわ!!」と気合いを入れるアイリーンの姿が迎賓館前にあった。
◇◇◇◇◇◇
腹を括っている二人を除く面接に臨む予定の他の女の子達は、レオポルドの兄弟達からレオポルドに関する情報を集めようとした。面接前の二日間、次男のルドルフを始めとした年長組にはもちろん、学校に通う年齢六歳以上の兄弟姉妹には誰でも質問攻めを行った。
彼女達は彼女達なりに真剣で必死だったのだ。
サロモン王国国内の女の子は国内の男女比や種族特性の関係上から、サロモン王国国外からの女の子は推薦してくれた領主や国王、親への気持ちから必死に情報を集めた。
気の強いコンスタンツェですら、彼女達の真剣さ必死さの前では聞かれたことに素直に答える状況であった。
だが彼女達の中には、面接で落ちてもこれでルドルフ等と顔見知りになれたと考え、面接落選後の動きを早くも考えてる者も居た。この姿勢も婚活に必死な現れと見ることもできるが、彼女達はゼギアスの奥様達のことを知らなすぎる。
少なくともまだ結果が出ていないうちに、レオポルドとは別の相手を攻略することに気持ちを持つ者を息子達の伴侶候補としては認めないだろう。結果が出て、レオポルドを諦め気持ちを切り替えてというのなら話は別だろうが。
ゼギアスが使える能力は奥様達も使える。
森羅万象龍気であっても程度の差はあるけれど使えるのだ。
そしてレオポルドの正妻候補を決める面接時には確実に使用する。
つまり、面接時には彼女達の記憶や思いは奥様達に読まれる。
そのことを知らない彼女達は既に候補者レースから脱落しているのだが、今はレオポルドとその兄弟のことを思って妄想している。
無知は時に人を幸せにするのかもしれないなどと、このことを知ったらゼギアスは思うだろう。もしくは彼女達の未来に幸あれと祈るかもしれない。
面接前の二日間の過ごし方やその時の考え次第で、事実上の候補者は少数に絞られていた。
◇◇◇◇◇◇
頬に当たる風が心地よい、多少雲の多い晴れた日だった。
面接日当日、迎賓館前にはおよそ六百名の面接希望者が適度に着飾って集まっていた。
千名から三百名近く減った理由は幾つかあった。
もっとも大きな理由は、奥様達の面接にビビったサロモン王国国内の女の子達が敵前逃亡・・・・・・いや面接回避したことだった。
ゼギアスの奥様達は、ゼギアスに認められていたというだけでサロモン王国国内では高く評価され、そして畏怖の存在であった。
確かにゼギアスの力は人々の想像の遙か上をいくものであった。
だが、奥様達まで化物レベルかと言えばそうではない。
実際の奥様達はただ必死にゼギアスを支えようとして毎日暮らしていただけであった。
また、戦闘力や魔法力に優れていても、マリオンやスィール、リエッサを代表にゼギアスとイチャつきたい気持ちのとても強い女性なだけだった。
皆が畏れ多い存在だなどと思っていると知ったら「ん?怖くない、全然怖くないよ~。」と当人達は必死に否定したことだろう。
だが、外から見ると実状よりも大きく崇高な存在になっていたらしい。
その結果、奥様達に面接されることを恐れた女の子達にとって、サロモン王国にある政府関係施設で唯一機能と煌びやかさを兼ね備えた迎賓館は、恐怖の館にしか見えなかった。
迎賓館に足を踏み入れるなど畏れ多いばかりでなく、命を落としそうな行為に思えたのだった。
残った勇者達は、面接に向けて気合いを入れていた。
彼女達の表情には不安と緊張が混じった真剣さがあった。
・・・・・・そして時間は面接開始時間の十時になる。
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門が開かれ、面接希望者は前庭に通された。
庭の中央には竜を模した像のある噴水があり、コンクリートでできた門から玄関までの通路の両側には季節の花々が植えられた花壇。その周囲は綺麗に短く切り揃えられた芝の緑が鮮やかだった。
前庭は広く、芝生の上には多くの椅子やテーブルが今日の日のために置かれ、参加者の待機場所として用意は済んでいる。
本館の玄関が開き、中からヴァイスハイトが歩いてくる。
今日はタキシードを着ているが、ガタイの良い厳魔のヴァイスハイトには似合っていない。
本人も自覚しているようで恥ずかしそうな表情を時折見せている。
だが参加者の前に来ると、いつものように毅然として
「本日は、皆様のご参加を国王レオポルドに代りましてお礼申し上げます。これから面接を始めますが、緊張される必要はありません。気楽にいつも通りの自然な皆様を国王のご家族にお見せください。これ以降は、順次お呼び致しますので、こちらの名簿にお名前をご記入ください。」
ヴァイスハイトの挨拶が終わると、侍従達が立っている机へ向かうよう参加者達は促された。
参加者達は机の前に列を作り、机の上の参加者名簿に名前を記入していく。
一枚目が埋まった辺りで、侍従の一人が館の中へ入る者の名を読み上げていく。一度に入るのは面接する奥様達の数と同じ十名。
ちなみにアウローラとアイリーンはまだ列に並んでいた。
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迎賓館には絶対に来ちゃいけないと言われ、自宅でディグレスと共に面接の様子をゼギアスは力を使って視ていた。
居間でソファにディグレスと共に座り・・・・・・ディグレスを膝の上に抱いてのほうが正しい・・・・・・リエラが淹れてくれる紅茶を飲みながらデザートのプリンをスプーンですくって食べている。
この様子も家族と家人以外には見せられたものではないが、ゼギアスの内心も世間には知らせない方が良い類いのものであった。
減ったとは言え、六百名ほどの美しく可愛らしい妃候補希望者が面接に来ている。
この情景は、あれほどベアトリーチェ達から慰められても、ゼギアスのモテナイ男子メンタルを刺激する。
モテナイ男子メンタルは、いかに美しい奥様達が愛してくれようとも心の中に常時存在し、そしてモテてる状況すら別人のことのようにゼギアスに感じさせる。
現在のゼギアスはいわゆるリア充の中でも正真正銘のリア充なのに、リア充死ねと言い切れる心性を作り出す。
さすがにレオポルド等息子達に対してリア充死ねとは思わないが、ディグレスを抱く手につい力が過剰に入る程度には悔しさを覚えている。
まったくもって大人げのかけらもない。
それが面接開始前のゼギアスだった。
だが、面接が始まると、いわゆる合格者が全然出てこないのを奥様達の反応で感じては参加者に同情し、またレオポルドの妃候補が一人でも出るのか心配していた。
口に運ぶスプーンからプリンをこぼしてしまうほどプリンも感情も揺れていた。
レオポルドの父として良い候補が見つかるといいと思う期待の気持ち、大人の男として若い女の子へ同情する気持ち、そして数多くの妃候補がいるジェラシーの三つ巴にゼギアスの心中は複雑だった。
奥様達は森羅万象の龍気を使い、参加者の記憶や考えを読んで対応している。だから奥様達が合格を出さないのには確実に根拠がある。
ちなみに面接者は自分が不合格と判断されてることは判らない。
だがゼギアスには判る。
面接開始からまったく表情が変わらない奥様達。
奥様達に驚きや感動を与えた者が居ない証拠。
日を置いて、参加者には合否は伝えられるだろう。
その時どうしてダメだったのか理由は知らされないだろう。
数多くの失恋を前世で経験したゼギアスは、その当時の気持ちを思いだし心の中でそっと涙を流す。
面接で落とされる女の子達に、振られた昔の自分を重ねて涙していた。
そんなゼギアスの様子など、ベアトリーチェ達は多分判っている。
見なくても奥様達には判る。
繋がっているからではない。
ゼギアスは女性に甘い。
そして自分にまったく自信がない。
そして自信がない理由。
この三点さえ判っていれば、ゼギアスの反応など奥様達にはお見通しなのだ。
ベアトリーチェ達が面接からゼギアスを外したのは正解だった。
外さなければならなかったのだ。
もしも外していなかったら合格者だらけになり、そして自分で多数選んでおきながらレオポルドにジェラシーを燃やしていたことだろう。
本当に面倒くさい男である。
そしてゼギアスを熟知している素晴らしい奥様達である。
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面接希望者に会い、妃候補者を選んでる奥様達もゼギアスが感じてるほど簡単に選別しているわけではなかった。
同じ女として十分理解できる気持ちの持ち主と判っても、母として切らねばならないことが多かった。奥様達全員にストレスを感じさせる作業だった。
面接を終えた参加者は面接終了次第帰宅して貰い、待機者には面接予定時間までなら迎賓館の外に出ても良いことにしていた。
六十名ほどの面接を一人あたり五分ほどでこなし、途中休憩を何度か挟んだこともあって終わったのは夕方の六時だった。
そしてアウローラとアイリーンの二名を妃候補として奥様達は残した。
結果は翌日参加者全員に伝えられる。
いよいよレオポルド自身が選ぶときが来る。